泉界のアリア

佐宗

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第一部 血族

8 闇の王②※

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 ……瞼を開けると、そこは寝台の上だった。
 すぐ傍に、王の熱を帯びた眼差しがあった。

「そなたの寝顔はいとけないことよ。子供のころを思い出す。ようこうして添い寝してやったものだが、大きくなっても寝顔だけは変わらぬな」
 一瞬、自分の置かれている状況を把握できず戸惑ったが、ほどなく理解した。
 ナシェルは眠たげな風を装い、乱れた掛布を引き寄せた。実際にはしっかり眼が覚めてしまっていたが、王の顔をまともに見るのは気恥ずかしく躊躇われた。

「……そんなことをおっしゃるために起きておられたのですか。意地悪な方だ」
 ナシェルは寝返りを打つことで視線を拒んだ。肩から流れた黒髪に、口づけられる気配を感じた。
「そうではないよ……眠ってしまうとその隙に、そなたが帰ってしまうのではないかと心配でな」
 ナシェルの肩甲骨のあたりに、冥王は愛しげに口付けを繰り返す。
「顔を見せてくれ、そっぽをむかれては睦言を囁きあうこともできぬではないか」
 肩を掴まれて、寝返りを強いられる。
「何をむくれておる……?」
「……優しいことをいうわりに、ひどかったではないですか」
「ふふ、それは済まなかった」

 父王は詫びたが、その瞳の奥には勝者のような愉悦がある。ナシェルは意識を失う前に行われていた伽を不意にまざまざと思い出し、頬を紅潮させた。
 あまりの激しさに翻弄され、揺すぶられ、高みに押し上げられ、我を失い、幾度も降参し、許しを乞い、何度達したか分からない。気を失っていなければきっとまだ続いていただろう。

 ナシェルは王から逃れようとした。だが何度となく貫かれた体の奥には疼痛と甘い痺れが残っており、力がまるで入らない。起き上がるどころではなかった。
 逃亡を諦め、ため息とともに敷布に沈んだ彼を、冥王は上から囲むように見下ろした。
「どこか痛むか」
「腰と……その……、でも、大丈夫です。帰れぬほどでは……」
「無理するな。起き上がることもできぬではないか」

 そういって、王はナシェルを引きとめようとする。いつもそうだ。すぐには起き上がれないほどに、さんざん念入りに抱いて、ナシェルをへとへとにさせ、別れの時を先延ばしする……。
「領地に戻らなければなりませぬ」
「……もう少しそなたと共にいたいのだ、帰るなどとつれないことを云ってくれるな」
「ですが」
 それ以上の反論を、唇で塞がれる。避けようとすればするほどきつく抱きすくめられ、息すら満足に吸えなくなる。
 強引な支配者の下に組み伏せられて、とうとうナシェルは抵抗を諦めた。唇を至るところに受けながら、眼を閉じ、全身を委ねる。
 彼の改心を悟って、王の口づけも激しいものから優しいものへと移ろってゆく。
 王はナシェルを二つ名で呼んだ。
「いい子だ、死の影の王シャフティエル
 セダルが囁くたび、裸に剥かれた胸に吐息がかかってくすぐったい。身を震わせながらも、その吐息の熱さを心地よいものに感じた。セダルはその反応を見ながら、既に何度も接吻を受けほんのりと赤みの差している胸に、さらに舌を這わせ、歯を立てる。痛みと心地よさに狂わされ、ナシェルの唇から微かな喘ぎが漏れる。 

「……ん……陛、下……お許し、を」

 感じやすくなっている己の体を恨めしく思いながら、ナシェルは掠れた声で乞う。しかし甘美な感触は離れるどころか弥増し、ゆるりと肌の上を這っては意識を混濁させる。
 耳元で、王は残酷に囁く。もう一度だけ、しよう。続きを……。
「陛下、これ以上は……」
 無理だと云っても、悪戯な唇は止むことはない。秀麗な眉を顰めて抗うナシェルを、執拗な愛撫が襲う。
 細い顎を仰け反らせて、甘辛い疼痛に耐える。
 無理……。もう、動けないと云っているのに……。

「陛下などと……よそよそしいな。父上と呼ばぬか」
 冥王はナシェルから掛布を剥ぎ取るようにすると、無理やり腰を上げさせる。何度も精液を流し入れ、もう充分濡れそぼっている彼の後ろに、再び指を含ませ始めた。一本、二本、そして三本と……。
「あ……あッ」
 もう感覚など遠のいたはずのそこに、また感じる疼き。
「そなたも……本当はもっと欲しいであろう? 余も…もっとそなたに注いでやりたいのだよ」
「……父、上」
 闇の神司ちからを餌にされれば、ナシェルに抗う術はない。それはひとりの神として生理的に、本能的に欲しているもの……。理性の歯止めは利かない。
 中を掻き回され、くちゅくちゅと卑猥な音が響き渡る。シーツに顔を埋め、堪えようとしても、どうしても甘い声が漏れてしまう。
「んっ……あ、う、っああっ……」
 ナシェルの狂おしげな喘ぎを、冥王はどんな顔で聞いているのか。背中から覆いかぶさり、空いている左手が前に廻され、硬く張りつめた上反りを掴まれる。
「あぁッ……」
「もう無理などと嫌がっていても体は正直だ。まだちゃんと……こちらも、して欲しがっている」
 王の親指が、蜜でぬれた鈴口をちゅぷちゅぷと念入りに擦り上げる。
「あッあッ――……や……それ、だめ……父上、っ」
 もう何度も果てた後だというのに、愛撫を加えられれば反応せざるを得ない、己の、淫猥な躯……。
「こんなにあふれさせて……また、達きたくなってきただろう?」
 必死でがくがくと頷くと、そのまま指で執拗に高められ、父王の手の中に射精させられた。
 だがぐったりする暇も与えられず、後庭を弄んでいた指が引き抜かれ代わりに王の楔が侵入してくる。

「ア……ア、あぁ……!」
「もっとそなたの声が聞きたい……」
「は……、ぁ……、父上……ッ許し……」
 途切れ途切れの懇願が、さらに冥王を昂らせるのか、腰を高く突き出させられ、深い部分まで挿入される。張り詰めた痛みと深い快感に、ナシェルは溺れ、無我夢中でシーツを掴んだ。
 やがて激しい律動が加えられると、もうナシェルは呼吸を合わせひたすら腰を揺らすしかない。
 背後から降ってくる、王の荒い息遣い。
「ナシェル、愛している……愛しているよ」
 繰り返される囁きとは正反対に、壊れそうなほど激しく突き上げられる。
「あ……父上……父上……!」
 朦朧とする意識の中、ただ快楽の波に身を任せて譫言のようにナシェルも呼ぶ。
 突き上げられるたび、その愛が一点の曇りもないものだと思い知らされる。
 そなたは余のものだと……。
 今、この刹那だけは、支配されることに無情の悦びを感ずる。

「う……く、……」
 セダルは短い息と共に、何度目かの精を体内に放った。
 闇の力が、繋がったそこから注ぎ込まれてくる感覚。
 体が、悦びに震えた。この瞬間だけはいつも思う。もう何も要らないと……
 ただ貴方の齎す享楽以外は。




◇◇◇




「そなたの苦悶に喘ぐ顔は美しいな……、何度でも、また見たいと思わせる」

 ナシェルはまだ呼吸を乱して倒れ込んでいたが、セダルのほうはけろりとしてそんなことをうそぶいている。気を失う前と合わせて合計何回しただろう……、多分、父は化け物なのだろうと思う。

 「そなたの美しさは余とは比べもつかぬ。其の体に流れる天の女神ティアーナの血が、そなたを美しくみせるのだろうか?そなたは誇り高く高潔な神だ。生まれながらにして醜き容貌を忌まれ、天を追われた余とは雲泥の差だな」
 「天の血? 亡き母には悪いがアルカディアの血などこちらから捨ててやりたいほどです」
 ナシェルは吐き捨てるように云って、寝台の上をごろりと転がった。脱ぎ捨てた服に、まだ手が届かない。

 父の、天上界への想い入れは分かる。自分を捨てた兄弟神たちへの怒りや悲しみとともに、もう戻れはしない故郷への憧憬も合い混ざった、複雑な想いを抱いているのだろう。だが所詮、ナシェルにとっては見たこともない世界で、おまけに父を追放した世界である。なんの郷愁もない。

「だいたい私たちは同じ顔をしているのに、何で父上はそうご自分のことを醜い醜いと……」
「そなたの美しい心では見えぬだろうよ、余の醜さも」
「見えませんよ、醜くなどないんですから」
 ナシェルはため息をついた。父が自分の醜さとナシェルの美しさについて話を始めると長いうえに、理解の範疇をはるかに超えていくのだ。

「とにかく、今度こそ帰ります。いい加減暗黒界に戻らないと、アシュレイドが血まなこになって探しに来かねません」
「つれないなあ……」
「もう充分お相手はしたはずです。それじゃ」
 久しぶりにたっぷり闇の力を注がれ、神司の高まりを覚えたナシェルはすばらしく満ち足りた気分だった。しかし、かといっていつまでも父と恋人ごっこをしてやる気分にはなれない。腰が痛むのを堪えて寝台を抜け出し、衣服を身につける。

「前線の陣にも遊びに来よ、毎晩独り寝は寒くてかなわぬから」
「あんな寒い所は嫌です。父上がフラフラ居なくなったりしているから軍が一向に進まないんですよ。私に相手をして欲しければさっさと氷獣界の魔獣共など一掃してしまえば良いのです」
「氷獣界ごと吹っ飛ばすという方法も考えるには考えたのだが、氷獣界には無害な珍しい魔物もいるゆえ界ごと滅亡させることには反対だと、ヴェルキウス公がうるさく云うのでな…」
「ああ、そうなんですか。でしたら、暗黒界にて吉報をお待ちしております」 
「本当に帰るのか、ナシェル……一晩ぐらいは滞在していってもよかろうに」

 寝台の中でまだもぐちぐち拗ねる王を置き去りにして、ナシェルは王の居室を後にした。


 白い彫像の居並ぶ回廊に出ると、疲労感と自己嫌悪の波がどっと押し寄せた。
 ナシェルは壁に寄りかかり己の額を打ち付ける。

 セファニアに会いに来たのに結局冥王に云われるまま伽の相手をしてしまった……。
 結局、自分は冥王のかせからは逃れられないのか、と思う。
 幼き頃より性愛の対象にされたことへの憎しみはある。
 だが、王を愛していないのか、と問われれば、それもまた否なのである。
 心の奥底に愛と呼べるものはある。絶対無二の父として。

 天を追われた異端の神とその分身……、他に同族と呼べる存在の居らぬこの地底世界で、お互いの唯一の理解者として。
 己の支配者として。
 彼から支配されること、束縛されることを悦ぶ自分もある。

 だが、セファニアに向かう、届かぬものに焦がれるような想いは、それとはまた別の話なのだ……。

 己の、身勝手な裏切りに、言い訳する術をナシェルは持たなかった。
 王はもしかしたらナシェルの裏切りに気づいていながら、好き勝手にさせているのかも知れない。
 その可能性は否定できない。
 そもそもなぜ、幻獣界にいると伝文を送ってきながら冥府へ急に帰還したのか。
 伝文を受けとったナシェルがどういう行動を取るか、予測してのことではないのか?
 
 だとしたら……なぜ私を放置するのか? 束縛しておいて、なぜ今更。

「…………」

 後にしてきた寝室を振り返るも、ひっそりとしたまま。
 冥王の真意は、いつも測れない……。

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