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第十章 船旅は穏便に?
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しおりを挟むその日の深夜。
縄を解かれたアシールは予定通りに船内カジノルームの一角で、古物商に会い、『暁の雫』を売却する交渉に入った。
監視のためについてきたヴァニオンとナシェルが扉ごしに聞き耳をたてる中、無事に売買は成立した様子だ。金銭の授受が行われ、件のオレンジサファイアは立派なケースごと、怪しげな古物商の手に渡る。
「あの古物商まで偽物とかってこたぁねえだろな~? けっこう俺、もう何も信じられなくなってきちまってるんだけど……」
「あー……あの宝石、売ってしまうのは勿体なかったな……」
二人はそれぞれ違う方向の感想を抱きながら細く扉を開けて、カジノルームの中を窺う。
小太りでチョビ髭を生やした中年の古物商は、宝石ケースを大事に黒鞄に収め、アシールへのあいさつもそこそこに部屋を出てきた。
鉢合わせしそうになった二人は慌てて廊下の反対側――海に面した丸窓側を向く。ヴァニオンがナシェルの肩に手を回して抱き寄せてきた。あたかも恋語らいの男女のようにイチャついてその場をしのごうというのだ。ナシェルの図体が女性にしては立派すぎるので、ヴァニオンがナシェルの後頭部を引き寄せて自分の陰に必死に隠そうとする。身じろぎを封じるように強引に唇を重ねられた。
「ん―――っっ……?」
カジノルームから出てきた古物商は、目の前の通路でいきなりイチャついている大柄の男女にビックリしてのけぞり、エヘンと咳払いした。ナシェルたちがキスしたままカニ歩きで数歩よけると、古物商はイチャつく二人を迷惑そうに一瞥し、突き出た腹を揺らして廊下の反対側へ歩いて行った。
「痛ッ、仕方ないだろ、部屋覗いてたのバレそうだったんだから……」
乳兄弟が頬をさする。パンチをお見舞いしたナシェルは頬を赤らめ口元を拭った。
「フリだけで良かったのに舌まで入れるからだ!」
「あ、つい。ごめん。でも久々だし良かったろ俺の……♡」
「馬鹿ッ……」
と罵りつつも、ヴァニオンのキスは上手だとナシェルも認めざるを得ない。ばかばか、父に言いつけてやる、と口から出かかった言葉を呑み込んだ。まぁいちいち修羅場も面倒くさいのである。
「めっ! おすわり! 次やったら承知しないからな!」
「ハイハイ、わんわん♡」
などとやっている所へ、カジノルームから遅れて出てきたアシールが、札束の入ったカバンを差し出してきた。
「今の売買代金、一億ラールです。一応ざっくり真札と確認してあります」
「む……ご苦労だったな」
ナシェルは鞄を受け取る。なんだか自分まで悪いことをしているような気がしてきた。(盗品を売っぱらった代金を詐欺男から掠めとる……――充分悪い。充分悪いのだが、相手も悪いのだし感覚も麻痺してきた)
そのとき、廊下の向こうから叫び声と大きな物音が響いてきた。
「わああっ!」ドタッ
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