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第十章 船旅は穏便に?
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しおりを挟む「今度はなんだァ?」と乳兄弟。
「――まさか、さっきの古物商ではないか?」
急いで駆けつけると、さきほどの古物商が角を曲がったところに転がっていた。ヴァニオンが助け起こす。
「おいあんた大丈夫か?!」
「あ、ああ……船室に戻ろうと角を曲がったら急に人とぶつかって――」
太っちょの古物商は脳震盪を起こしたらしく、ふらつきながら辺りを見回した。
「カバンがない! 大事なカバンを盗られた!」
「さっき持ってた鞄か?」
「そうだ、大事な商売道具の宝石が入ってるんだ……!」
「えーーっ!?」
さきほど売買が成立したばかりの『暁の雫』をカバンごと盗まれたというのだ。
ナシェルはとっさに振り返ってアシールを睨んだ。褐色イケメン詐欺師はぶんぶんと首を振る。
「わっ私は何もしてませんって!」
「この船、他にもまだ泥棒みたいなのが乗り込んでるってことか?」とヴァニオン。
ナシェルは彼に現金入りの鞄を託し、盗んだ犯人を追う覚悟を決めた。
「ぶつかった奴はどっちに逃げた?」
「あ、あっちです――」
古物商が指差す先へひとまず駆け出してみるものの、船室を囲む通路は周回しているし、突き当たりには甲板に出るための階段しかない。ナシェルの脳裏には船の構造が思い浮かんでいた。
(一度甲板に出て、他の階段で別の階へ降りられたらもう追跡しようがないな……)
周回通路は意味がないので甲板に目星をつけて外に出てみた。
舳先の灯りに照らされた夜の甲板は静かで、ナシェル以外に人影はない。
(早業だな……引ったくり犯として相当の手練れとみた……)
あきらめてヴァニオン達の所に戻り成果なしと告げると、古物商はひどく取り乱した。
「大事な商品が~~~!」
「落ち着け。そもそも、ぶつかってきたのはどんな奴だった?」
「どんな――ええと、小柄で細身で、丈長のゆったりした白のズボン履いてて。すっぽりと布で頭を隠してましたので女? あ、でも、小柄な男かもしれない……」
背の低い古物商は、犯人の背格好を手の平で示してみせた。だが服装の記憶などは当てにならない。着替えてしまえば意味がない。
「つまり小柄で細身、以外は分からないということだな。中に入っていたのは売り物の宝石だけか」
「そうですそうです。さっきそちらの御仁から買い上げた石で――」
「どうするナシェル。いっそ船長に相談して船客全員の持ち物調べてもら……」
とヴァニオンが口に出してから黙り込んだ。身元調査などされても、そもそもVIP2部屋の船客からして全員身元が怪しいのだから、困る。
ナシェルさん、とアシールが脇から袖を引っぱって耳打ちしてきた。
「船長に話したりしたらまた問題が広がってしまいます。あの宝石、そもそもが盗品なんですから」
「そんなこと分かってる。……というかこの船旅で一番問題多めの貴様が、『問題が広がる』云々などとよくも言えたものだな……」
ナシェルは呆れ果ててナンパ詐欺師を見返した。
しかし、このままでは古物商があまりにも可哀想だ。取り返してやりたいが、いつまでも通路でガヤガヤやっているわけにもいかない。他の船客にも騒ぎが広まってしまう。
しょげてフラフラの古物商を宥め、ひとまず彼の部屋まで送るようにヴァニオンに指示してから、ナシェルは船室にいったん引き上げることにした。……売買は無事に成立したのだから『自分たちは無関係』と主張してもよいところを、盗人逮捕についつい協力してやりたくなるのは自分の絆されやすい気質ゆえか。
ナシェルは次から次への騒動に上を向いて嘆息した。
VIP船室を出てから1刻ほどは経っていただろうか。
褐色肌のイケメンニセ宝石商こと、ナンパエロ詐欺師アシールを連れて自室に戻る。(どうでもいいがアシールの肩書が大混雑だ……。)
部屋では冥王がラミ少年の子守りでもしている――かと思いきや冥王の姿がない。
ラミ少年はというとおとなしく、ナシェルの部屋の中央の椅子にちんまりと腰かけていた。
ナシェルが驚いたのは少年の変貌ぶりだ。冥王にお風呂を使うことを許可されて入浴したのだろう、顔の汚れは落ち、不ぞろいの短髪にも櫛を入れて撫でつけてある。つぎはぎだらけの服を脱いでアシールの手持ちの中から(多少だぶついているが、)裾をしぼったズボンと胴衣を身に着け、頭頂にも黄金色の頭布を巻いている。体を洗い綺麗な衣装を着たラミ少年は、まるでもともとVIPルームの賓客だったかのようにその場に馴染んでいた。やはりナシェルが初見で思った通り彼は原石だったのだ。
「ラミ、すっかり見違えたではないか」
「は、はい、お風呂を使わせてもらって、服もありがとうございます」
「いや、服は詐欺師のだから気にするな。何か食べたか?」
「はい。あの、麦粥を運んでもらって」
「父上が注文したんだな。あれ、肝心の父上はどこだ……」
ラミが奥の寝室を指すので覗いてみると冥王が珍しく熟睡している。一瞬たぬき寝入りかとも思ったが大きな枕に巻きつくようにして本当に寝ている。ナシェルは首を傾げた。えっ少年を置いといてこのタイミングで寝る? わけがわからない。……しかしよく考えたら父はナシェルの睡眠中にカジノで稼いだり情報収集などもしていたのだ。合流してから恐らく寝ていない。限界か。仕方ない……、しばらくこのままにしておこう。
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