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43フランツ王子の独白

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カイルは朝方、ドミルトン伯爵領に旅立った。
夏休みの初日、正式にルイーゼ・ドミルトンとの婚約破棄の書類が揃った。これで、晴れてカイルは、アーシャに婚約申込みができる。
私は、伝書鳩の小屋に行き、
『おめでとう』
と書いた紙を鳩の足につけようとしてやめた。
アーシャ嬢には感謝しかない。
冷静に状況や情勢を見てくれる。カイルだけでなく、私も学友だと言ってくれた。

一番駄目だった時、救いあげてくれた。
ピンチの時には颯爽と現れ、消える英雄そのものだ。自分は、表に出ずにいつも日陰にいるような令嬢。
そしてすぐに手を伸ばしてしまいそうになる令嬢。

鳩小屋の鍵を開けぱなしにした。もういいだろう、自由な空を飛んでも。行ったり来たり、君が繋いでくれた道は、とても楽しかったんだ。
だからいつもありがとうしか言えない。
なのに、鳩は飛んでいかない。何故か私と重なるこの鳩を見て、ゆっくり小屋を閉じた。

朝食を食べた後、王妃から、
「本当に良かったのですか?カイルに譲ってしまって、あなたも好きだったのではありませんか?ルイーゼからアーシャに婚約者を変えることだって出来たのですよ。ドミルトン公爵家の責任なんですから」
と言われた。
「いえ、全てアーシャの策のおかげ、これ以上友人の足枷になりたくないのです」

婚約破棄だって、アーシャの案に乗ったから出来たんだ。ルイーゼ嬢が扇子を投げるタイミングに前に出る。私の評判を下げず、ドミルトン家に責任を取らせる方法。王妃から聞いた時驚いた。
「それでは公爵家ばかりが傷がつく」
と書けば、アーシャは、
「ルイーゼ様は、だいぶ評価評判を掘り下げてくれているので、このぐらいは当たり前になった落とし穴です。大丈夫。まだ浅い方だと、それにドミルトン家も早めにルイーゼ様を隠した方が良い」
と書いた紙。何枚も何回もやりとりをした記録は、私の鍵つきの引き出しに入っている。

「これも処分しなければいけないな」

アーシャの描く絵が好きだった。
楽しかった。
見ているだけで温かくなった。

鍵に手をかけて、鍵を差し込めなかった。これは裏切りか?
今日は、出来なかったと誰か笑ってくれないだろうか?

「いかがしましたか?」
とフェルナンドが様子を見に来た。
「いや、何でもないよ。今日は視察に行くんだったな」
「はい」

民の暮らしに笑顔があることの大切さを伯爵領の収穫祭で学んだ。
「何だ、畑の片隅で人集りが出来ているぞ」
と言えば、フェルナンドが
「手押し相撲か腕相撲でしょう。もうすぐお昼ごはんですので、賭けているのでは?騎士団でも腕相撲で、酒一杯は当たり前なんですよ」
と笑って言った。
誰もアーシャが考えたと知らない。勝手にドミルトン伯爵領の収穫祭で盛り上がった競技をあちらこちらで広がった。

「本当に欲がないんだよな」
「はい?」
「いや、何でもない」
いつも思う。たとえ自分の考えや意思だとしても誰かに伝え、誰かに頼り、一歩引いたところでいつも見ている。言ったら言いぱなしで最後はいない。

「だから、君をみんな知らない」

視察から戻ると、エリオンが待っていた。今日から、領地経営を勉強するのではなかったか?
「どうした、エリオン?」
「いえいえ、フランツ王子、今日は、何かゲームでもしませんか?それとも剣術の稽古でもしませんか?こんな時に頼ってくださらないなんて、一番幼き日からの学友として傷つきますよ!」
と少し怒った表情をした。

フゥー、
「せっかくなら、身体を動かしたいな。今日は、馬車に揺られて身体が固まっている。剣術の稽古長くなりそうだが、大丈夫か?」
「そうですね。年月の垢が溜まっておられましょう。全て汗と一緒に流し落としましょう。最後まで学友としてお付き合いさせて下さい」
「そうか…
頼もしいな、エリオン!」

私には、学友がいる。弟がいる。カイルが私を支えてくれた、寄り添ってくれた、カイルが私の本当の気持ちを汲んでくれて、優しく側にいたからこそ、私は笑えるようになった。
学園生活も悪くないじゃないか。アーシャが考えた挨拶運動、面倒くさいが私を守ってくれる鎧になった。第一王子として足固めになった。強力な家柄に後ろについてもらわずとも、自分の足で立てる。
かの令嬢がいなくたって…
私は大丈夫。

私は、大丈夫。

執務に追われる毎日だ。学ぶこと、外交、考えることが多すぎて、暇がないくらいだ。

ある日、ストック国から手紙が届いた。ルイーゼ・ドミルトン。
彼女は、傲慢で高圧的だった。
キツい顔立ちだったのが印象的だ。

私に対しての詫び状から始まった。婚約破棄の件の了承、そして私と過ごせた婚約候補者から婚約に至るまでの期間、自分が、他者を貶める行動をしてきたことや自分の言動の恥ずかしさなどが綴られていた。
最後にありがとうございますと書いてあった。

思えば、ルイーゼ嬢は、いつも真っ青なドレスを着ていた。そして真っ直ぐに私を見ていた。
ルイーゼ嬢は、知っていたんじゃないか?私の気持ちがここにない事を。
それを誰かに当たるのは違うが、もっとも酷い事をしたのは、自分ではないか?

この手紙を読んで初めて気がついた。ルイーゼ嬢をまともに見たことが無かったこと。相談も自分の心を見せたこともなかった。
アーシャには見せても。
顔は分かるのに、寄り添うこともしなかったんだ。ルイーゼ嬢は、手紙には、私への誹謗中傷などなく、私との思い出もなく、この数年をどんな気持ちで過ごしていたのだろう。

ハアー。
自分が今こういう状態になって見えてくる愚かさ。言葉にすれば自分勝手すぎた。
そう言えば、アーシャにも一度自分の気持ちを当ててしまった。気づいたかは別として。
婚約者が決まった。ルイーゼ・ドミルトン
そんな手紙を伝書鳩に乗せる必要はなかった。どうせわかることなのに。あの時、感情を抑えられなかった。あれは、私なりの悔しさだった。本当に恥ずかしい事をした。
「あれじゃ心配してくれって言っているだけだな」

カイルから手紙が届いたのも、少ししてからだ。相談なしの発表に驚いただろうし、アーシャとカイルの婚約も夢になったのだから。
今までカイルは考えないようにしていたのだろう。こんな急に色々動き、自分の思いとは違く進むことに、驚いたのだろうし、流されてしまったことを後悔したんだろう。
カイルは、その後、積極的に国王とやり取りをしているようだった。留学生として学園に来るのもそうだ。今まで、自分の意見を言わなかった。でもそれでは駄目だと気づいたから、情勢を見始めたのだな。まさかお祖父様ではなく国王を頼るところが、カイルの無邪気というか、信じやすいというか。もし国王が側妃に話したら、また命を狙われたかもしれないのに。
今回の婚約申込みの速さは、準備していたのではと思うほどだった。
一度だけ私に確認しにきたが、言葉とは違ってカイル自身、譲らない決意が見えた。弟だが、同じ歳。

あいつの生き方の方がいいなと思った。
思ってしまった。

ある日、学園の理事長が執務室に入ってきた。
「私は、君達の叔父にあたるレイリー・ガレットです。ずっと君には無理をさせていたね。王弟として、近々発表される。君の執務も一部私に動く予定だから」
なんとなく、子供の頃会ったことがあると思っていた。確か、数回一緒に食事をしたことがあるレイリー姫…

お祖父様も国王も何かを守るために犠牲にしている何かがある。それを無情と言うのか。
私にその覚悟があるのだろうか。
カイルとアーシャの事を思い、そしてまだ飲みこめないでいる私に、叔父は、背中を擦り、その温かさに涙が流れた。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいい。君は、若いのだから」
と優しく言った。
この思いを言葉にする事は出来ない。そして許されない。

だから私の愛する二人が一番幸せになるんだと言葉を飲み込んだ。


夏休みが終わっても、私はまだ引き出しの鍵を開けれなかった。
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