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29残念なヒロイン

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スケッチブックに絵を描きたくて急いで帰ってきた。記憶に残っている二人のあれやこれやを思い出していれば、ガレットさんがちょうど玄関にいた。
「ただいま戻りました」
とすぐに自部屋に行きたかった。しかし、
「アーシャ様、何か学園内で異変がありましたか?」
もしや、それを聞く為に玄関で待ってましたか?
「いいえ、わかりません。いやそれも違いますね。答えかたが難しいのですが、何というか変わった方を見たと言うべきでしょうか?」
そんなことを言えば、ガレットさんは、
「では、情報を集めましょうか?」
と言った。

それは違う気がした。他人の恋愛に首を突っ込むのは、やはりおかしい。マリーさんがフランツ王子を好きでもいいし、ゼノンさんに惹かれてもいいはずだ。婚約者がいなければ。例えいたとしても二人が決めることか。
「大丈夫です、単なる興味ですから」
と言えば、ガレットさんは、表情崩さず、
「そうですか、わかりました」
と言い、私も移動した。

ミリーが温かいお茶を淹れてくれる。思い出しながら描くイラスト。
やっぱり、マリーさんは、あの場所で目的な方と話す予定があった。事前に知っていたから、時間潰しのように同じ言葉を言っていたのかな、台詞のように。
小鳥はいなかった。もちろん、怪我もないのに、嘘を言った。決められた言葉なのだろうか?

『予告書』

マリーさんもこの漫画を知っている?予告書じゃなくて言葉までしっかり知っているのだろうか?
もしもの仮定、知っているとして。
自分がフランツ王子と恋することを知っていて、だから、ゼノンさんがきたのに怒っていたんだろうな。でもゼノンさんなのに、何故あの台詞の続きを言ったんだろう?止めてフランツ王子を待てば良いのに。

考えてもわからない。
関わらない、決定事項に従って覗き見をしていたんだけど、それもね、いやらしさが残る。
罪悪感だろうか、人の秘密を見たような感じがした。しかし私の残像と欲は止まらない。ペンが走る。

『どうしたの?小鳥さん事件』

同じ言葉を繰り返す令嬢、そこに通る剣術帰りの騎士、出会い、名を言い合う、見つめて笑う、そして突然の別れ

フゥー描いたわ。いやらしさだの罪悪感だと何だかんだ言っても、私が絵を描きたい欲が過熱したわ。
これは、恋に落ちる一幕だろうな。

「アーシャ様、何を夢中で書いているんですか?あら、またお勉強じゃないですね。何ですか、これは?ロマンス小説を絵にしたんですか?」
とミリーに言われた。
「見ないでよ、ミリー。これは、今日会った場面、小説じゃないわ」
と言えば、確かに一連の流れが、くさいわね。
「あれですか、狙いを定めた殿方の前で、薔薇の棘を触って怪我したり、殿方の前で転んだり、気を引く手法は、ロマンス小説の常套句ですよ、お嬢様。まさかロマンス小説を書かれるつもりではないですよね?」
とミリーが言う。
「書かないわ」
と答えた。ミリーの言う通り、常套句。私と同じものを夢で見たとは限らないかな。

翌朝は、事件が起きた。
朝、登校時間にフランツ王子様が現れた。生徒達は、道を開ける、両脇に人が集る。
私はこっそり2列目あたりから見る。また首筋あたりに視線を感じ、払った後、周りを見たが、みんな王子様に夢中だ。
そんな中、
「キャアー、痛い、押さないで」
と言いながら、開いた道の真ん中に転んだ令嬢が一人。
飛び出してきた風で膝をついている。

フランツ王子が、冷たい視線を向けた。令嬢は、
「押されてしまって、すいません。フランツ王子様。許してください」
と泣き声のように聞こえた。
「気にするな」
と言い、そのあと令嬢は、
「本当は、こんな人集りを作った責任が私にもあるって思ったでしょう。違いますよ、フランツ王子様。みんな王子様をお迎えしたかったんです。人気者ですね」
と言った。マリーゴールドさんは、満面の笑みを地面に膝を突きながら、言っていた。
「凄い、笑顔」
思わず、呟いたが、私の声なんてルイーゼ様の足元にも及ばない。
「お退きなさい、あなた。フランツ王子様が教室に向かえないではありませんか。邪魔をしないで下さる」
ほっほー、これが悪役令嬢対ヒロインの最初なのか?
描きたい欲が過熱する。
フランツ王子は、ルイーゼの方を見るでもなく、サッと通り過ぎていった。後ろに控えていたフェルナンドさんが、マリーさんに手を貸していた。二人が進み、ルイーゼもそのあとを続こうとすれば、
「ひどい事言わないでください、邪魔なんてしてません。私は、登校するのにこの人集りに巻き込まれただけです」
と反論した。怒りの形相のルイーゼに対して、マリーさんは、しょんぼり顔だ。
「あなた、上位貴族に逆らうの?私は、フランツ王子様の婚約候補者のルイーゼ・ドミルトンですのよ」
とドヤっとして言った。
「そんなつもりはないです。ただ同じ学園の一年生です。上位貴族とかないのではありませんか」
と言ったあとルイーゼの頭の上に鳥のフンが落ちた。
周りは笑いたいのを必死に我慢していたが、真っ赤な顔したルイーゼは、そそくさと逃げていった。そしてみんなの笑い声が止まらない。
マリーさんは誰かに話しかけられているようだったが、人集りがバラけて見失った。
これがラッキーな事?
凄いけど。

授業中は、お絵描き時間に代わりペンが走る。
『転ぶ先の出会い事件』

フランツ王子の登校、人集りから押され転ぶマリーさん、決め台詞と冷たい目、悪役ルイーゼ様の登場、マリーさんの反論、悪役令嬢のドヤからの鳥のフン

フゥー、熱中した疲労感に満足している。人様のあれやこれなのだが、描く対象がいると頭に残った残像をより現実として描けるのがいい。
想像だと余計なことが入るものなぁ。数枚に渡った紙を見ながら、何が物足りない。
「何だろう?」
鞄にしまいながら、疲労感もあるし満足もしているのに何か足りない、そんな気がしていた。
決め台詞しっかり言っていたな、やっぱり予告書と同じものなのかマリーさんとフランツ王子の恋物語が始まったのか?

クラスメートとお昼を食べ、周りが騒がしくていつも通りなのだけど、何故かモヤモヤする。視点を変えて空を見る。綺麗な青空だと感じる。
普通のことだ。
「ねぇ、皆様、今朝のご様子見ましたか?」
と思いきってクラスメートの令嬢に聞いてみた。
「見ましたわ。フランツ王子様、凛々しくて素敵でしたわ」
そっちかい。
「本当に、氷の王子様でしたわね。私もあの冷ややかな目で見られたいですわ」
「アーシャ様は、心が痛かったですか?ルイーゼ様の従姉妹ですものね」
ルイーゼの頭の上のフンのことね。
「えっ、いえ大変だなぁと思った程度ですの」
と答えた。冷たいと思われたかもしれないが、みんなルイーゼの事もどうだっていいらしく、その後もフランツ王子の素敵さを語っていたご令嬢達。

そう、なんと言えばいいのか絵を描き終わった後の物足りなさ、ヒロイン役のマリーさんの印象が薄い!なんか迫力、悲しみ、笑顔、オーラみたいなそういうのが、足りない!他の令嬢もマリーさんを気にしていない。
「なんでなんだろ」

「アーシャ様どうしました?」
と聞かれたが、私から倒れた令嬢を掘り下げるのも関わらないと決めた以上おかしな展開なので、
「いえ、なんでもありません」
このモヤモヤが期待していたものと違うからか、みんなの印象に残らないヒロイン役のことなのかわからないまま教室に戻るとコルンさんがいた。
「聞いて下さい、皆様。学食からまた抜ける道を通ってきたのですが、今朝、フランツ王子様の前で倒れた令嬢がいたじゃないですか。あの令嬢だったんですよ。鳥に餌を撒いている方。ぶつぶつ言っていた方だったんです」
さすが情報通、コルンさん。
「今日は、満面の笑顔で空に向かって餌を撒いていました。かなり変わっている方ですね」
と難しい顔で言った。それは可愛いとは、かけ離れた姿だったのかもしれない。
「変わった方ですね」
クラスメートも興味無しだ。

授業が終わる頃、ひとつ結論が出た。
マリーゴールド・タイカさん、普通にしていれば可愛いと思うのに、それを台無しにする残念さは、わざとらしさだ。
昨日のこの漫画を知っているからと考えれば、棒読みなんだ。台詞を言っているだけで、その時は見えているのに、時間が経つと印象がない。忘れないように書きとめている私でさえ、印象が薄いと感じている。今日の泣き声も弱く言っただけ、満面の笑みも恋とか花が咲くみたいな笑顔じゃなかった。ミリーがガレットさんに撃ち抜かれた衝撃のような印象がない。

台詞、棒読み、わざとらしさ

きっとこれだ。マリーさん残念だなぁと思いながら、寄宿舎に帰った。

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