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76最後の戦い

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ポツンと立つ、年老いた女。着ている服と全てが噛み合わない。

彼女の側に近づく人はいない。

「誰、彼女は…」

「ルーベラ、私の愛しいルーベラを返しておくれ」
そんな必死に縋りつく声が聞こえた。トリウミ王国の国王陛下が動いているのを必死で騎士達が止めている。

「ケ、ケケッケ、こんな姿を晒すなんてね。痛みで呪力が効かないのかね。あぁ痛い、痛いね。靴を投げられたのに、気配にも気づかなかったなんて、どうしたのだろうね。そのまま受けるなんて油断したのかね~」
頭を何度か振った。

先程までとは話し方も違う。
全くの別人。

そして、老女が話した後に黒い霧が拡散する。騎士達が苦しみ膝をついて、ある者は剣を床に落とし、ある者は喉を押さえた。

そしてこの場所も例外ではなく、クラード殿下やシリル殿下は口を押さえ、シルベルト様は、顔色悪くふらついた。これが魔女の力…

「降ろして下さい」
「すぐに口にハンカチを当てて」
と言うとご自分のハンカチを私の口元に当てた。痛みのある左手でシルベルト様から当てられたハンカチを押さえる。

「ケッ、可愛いらしい令嬢は王子様に守れお姫様になりましたかい?どこの絵本の話かい?ケケケッ、可愛いお姫様は魔女に全てを奪われましたの方がいいだろう?それとも攫われましたがいいかい?なかなかありふれた話になるね。でもね、私は許さないよ!お前だけはね。バラバラにして、血の一滴さえも残してやるものか」
と言って、魔女は、手の平に何か刺した。スッと血が落ちた。

ポタポタと続くその血は、細長く動いていた、まるで生き物みたいに、すぐにこちらに飛びかかってくる。
次から次に。

それをシルベルト様が、クラード殿下が、シリル殿下が、ログワット様が、フラン様が、私を庇うように叩き落としながら、噛みつかれ、腕や足に巻き付かれそれでも私の盾になって、戦ってくれている。

「後ろへ」

だって私なんて全然価値のない子よ、あなた達に比べて…

「どうして…?
ご自分の身を一番にお守り下さいよ、お願いだから、私なんてどこにでもいる子なんです。人の気持ちも考えない、自分を優先するような…
関わりたくないとか言いながら、盗み聞きするし、周りとか気にして同じように知りたいし、全然褒められるような子じゃないんです。本当は、落とし靴の姫君に選ばれて気づいてくれて、嬉しかったんです。私もみんなと同じように自己顕示欲も強いし、傲慢にもなるし、好きって言われたら嬉しいし、だから、だから、この性悪魔女~、あんたなんて、あんたなんて大っ嫌いーーー!!」

と涙も鼻水もグッチョリ、乙女令嬢の顔じゃないと思う。溢れ出る涙はどうしてだろう。もうどうなっているかもわからない。無我夢中で右手に持っていた靴を魔女に向かって全力で投げた。

最後の私の武器。

黒い霧の中を、気持ち悪い細長い生き物が飛びかかってきていた、キラキラピカピカと光りながらまるで虹のようにその光の尾びれを残しながら魔女に向かっていく私の靴。
その生き物に動じず、明るく照らされ、むしろ生き物は消えていく。その様子はスローモーションのようで時間の流れる感覚がおかしくなっていた。

周りを見渡してみる。人は綺麗なものを見ると表情が明るくなるみたいだ。
ゆっくり騎士の人達の表情まで見える気がする。黒い霧が晴れていく。


ゴンッ!!!


あぁ、凄い音だ。

見事に顔に当たった。当ててやりたいと思った所にきちんと当てた。


「グッ、ギャーーーーー、」

それはどんな叫び声よりも汚くて、悍ましくて、耳障りだった。

でも清々しいのは、何故なんだろう。一矢報いた的なものなのか?それとも私も武闘派令嬢だったから、やってやるという意識が強かったのか。

シルベルト様達に巻きついたり噛み付いていた生き物は、消えていた。
みんなは、服装が乱れていたけど、無事のように見えた。

「みなさん、大丈夫ですか?」

「あぁ、なんとかな。魔術か?」
「大丈夫だよ」
「何だったんだ、今の気味の悪い生物」
「あぁ」
「ティアラ嬢、君は、また何しているんだ。ハンカチを口に当てないと駄目だろう?涙も流して、噛まれたか?すぐ医務室に行こう!」


「落ちついて下さい。私なら大丈夫ですから…見て下さい、魔女が、ひっくり返ってます」
と言えば、みんな一斉に魔女を見た。

「泡吹いている」
とフラン様。
「凄いよ、眉間のところ靴の跡で色変わっているよ」
シリル殿下がはしゃいでいる。
「あれは魔女じゃなくても痛いだろうな。凄い破壊力だ」
クラード殿下が呆れたように言う。
「ティアラ嬢って容赦無いんだな、恐ろしい…」
とログワット様は、チラッと私を見てご自分の身を守るような姿をした。

「あれは無我夢中で」
と言い訳じみた返しをすると、一人頬を紅葉している隣の人。

「あの靴の美しさが、汚い物をかき消していく放物線、唯一の武器を使ってくれたんだな、ありがとう。やっぱり君は、私の恩人だよ」
とシルベルト様にギュッと抱きしめられた。
力の入れ具合はもう少し手加減してくれるとありがたいな、左腕が投げた反動かシルベルト様に押さえられているせいか大変痛い。

シルベルト様に呆れられたり、馬鹿にも貶されもしなかった。
凄い嬉しかった。
非難されるかと、怖がられるかと、罵られたり、もう好きじゃないって言われるかと…

それも仕方ないと思っていた。

「「「ちょっと待て!私達の恩人だろう。今回のは、どう見ても私達みんな平等に救われただろう」」」

と一斉に言う生徒会メンバー達。

「あの、本当に凄かったです。私なんて警棒片手に腰を抜かしていただけで…王太子殿下達をお守りすることも出来なかったのに、ご令嬢は、私が小さい頃どこかの劇団で見た英雄譚の活劇のようでした。あんな光り輝くものを見たことありません」

と護衛をお願いしていた警備の方に言われた。

全てのことに恥ずかしい、もうその一言に尽きた。

「はあーー」
深い溜息を溢した。

「大丈夫かい?後の始末は、ここにいるみんなに任せて私は、君を家に届けたい。もう君のお願いも聞いてあげない。全て終わったんだから、ね、ティアラ嬢」
とシルベルト様は再びお姫様抱っこをする。突然抱えるので、慌て首に抱きついてしまった。

「ん、」
シルベルト様が呻いた。
「大丈夫ですか?重いから自分で歩けますから」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
何、急に私も当たり前みたいに受け入れているのよ!

「違う、ちょっと近かったから…」

二人して真っ赤になるのは、仕方がない。まだ、私達は学生で、まぁ色々多感な時期と解釈してもらいたい。


「おい、魔女、おい、妹を治せ、解放しろよ!サクラを元に戻せ!」
クラウス殿下の声が階下から聞こえた。
必死の声が響く。
騎士達が魔女を縄で縛っていた。それでも起きない。

クラード殿下が、
「義兄様の母君は、セノー伯爵の後妻になったんだ。そして二人の間に生まれたのが、サクラ嬢。夜会の会場にいたルーベラ王女だ。義兄様がノーマン王国の庶子王子と聞いて、自分もお姫様に憧れた気持ちをあの魔女に利用されたと裏扉から逃げる時、ルーベラ王女をまず連れたから…問い詰めた。ルーベラ王女の方は、義兄様のこと覚えてない」
と言った。

可哀想だけど、やっぱり色々知っていたんだ。もしくは調べていたのか…
クランさんは、自分で解決しようとしていたのか、私達を利用しようとしていたのか…

私は、彼にかける言葉は見つからなかった。
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