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75三戦目

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「妹を連れ去って、めちゃくちゃにしたこの魔女が!」
と唸るような声…怒りが震えている。
クラウス殿下のものだった。

金属音がぶつかる音がした。
戦っている?
あんなにたくさん騎士が見えた中で、お一人でなんて無茶よ。
隙間から角度を変えて見ると中央ホールに移動しながら戦うのは、騎士対騎士だった。クラウス殿下の護衛騎士も数人いたようで広い所で戦おうとしているみたいだ。
ホールにいた関係のない人は、悲鳴をあげながら逃げる。階段を駆け上がってきた人もいた。
「ティアラ嬢、逃げよう」
と引っ張られた。
「ええ」
隠れていた所で立ち上がった。

するとしっかり確認出来た。サクラさんと国王陛下もこの騒ぎに逃げるらしい。

なんなの、あの人は一体!?
本物とか…
意味がわからないけど、ただあの人は最初に、会った時から傲慢だった。
私は、彼女に対して嫌悪感がはっきりあった。

イリーネ様とかは怖いだったのに。
受け付けられない嫌悪、言葉では言い顕せないぐらい。

逃していいの?
あの人は駄目な人。
狡い人。
きっと害になる人。
許しては駄目。
そう、何かが訴えている。

「ごめんなさい、シルベルト様!私、 …」
慌てて靴を脱ぐ。
両方とも。
でも手にしたのは、片足。キラキラピカピカ穢れてない宝石みたいな靴。
私には宝の持ち腐れみたいな本物の宝物。

迷わない。

「イ、ケーーーー」
と全力の右手で投げた。

シルベルト様も突然の事で呆れているかもしれない。
こんな乱暴な非常識な令嬢嫌いになるかもしれない。
彼の贈り物をこんな風にする私を許さないかもしれない。

そんな思いが浮かび上がってきた。

それでも、
「ア、タ、レーーーー」
と叫ばずにはいられなかった。

私は、貧乏で、専属のメイドもいない。自分のことは自分で出来る。
掃除も得意だし、籠いっぱいの芋を持つことも芋の皮剥きだって、もちろん家庭菜園の収穫も農作業も出来る。
普通の令嬢なら、本一冊持つのも苦痛かもしれないけど、私は何冊でも持てるわ。そんなの当たり前よ。

細腕じゃないわ!

あなたに靴を命中出来るぐらいの剛腕よ!

「痛ーーーーーっい」

観念しなさいな。

サクラさんの身体が前に倒れるぐらい頭を下げ両手で頭を抱えている。
膝をついたわね。
すぐに騎士達が国王陛下とサクラさんを囲った。
騎士達と目が合った。

「襲撃犯は、上階にいる。水色のドレスの女と紺にシルバーの上着、ネクタイは水色の男」

あ!襲撃犯になっちゃった!

もう一足投げるか!

私はまだやれる!

騎士が階段を駆け上ると同時に警笛が響いた。
散り散りになっていた警備隊の方々が周りを囲んでいる。更に大きな足音が続く。

中央ホールにトリウミ王国の国王陛下や騎士達が後退りして戻って来た。

未だ頭を抱えているサクラさんがちらりと見えた。彼女はこちらを見ることが出来ないほど痛みに耐えているらしい。

「どういうことだ!トリウミ王国の騎士達よ!」
その言葉は、我が国の陛下のもの。

国王陛下自ら出向いたという事なの?
えっ!?
危険です。シルベルト様も驚いて身を乗り出しそう。

「陛下、後ろに下がって下さい。いくら義兄様が気になって仕方がなかったといえど、みんなにバレたら大騒ぎですよ」
とクラード殿下の声もする。
シルベルト様を見ると、心底ホッとしたようだ。
クラード殿下の側近だものね。

「おい、君らここで何やってんだい」
と後ろから声がかかった。
振り向けば、シリル殿下がいた。そして歩いてくるのは、フラン様を肩から支えて歩くログワット様。

「全く参ったよ。シル達が踊り始めて、ウエイターやメイドがさ、ノーマン王国の給仕の仕方や言葉使いが違う者がいると気づいて、慌て王宮の執事長に伝えにいったら、ティアラ嬢がいなくなったって聞くし、見つかったと聞いたら、今度はあちこちで小火騒動、フランの様子を見にいったら、サクラ嬢の軟禁部屋は誰もいないしって、全く逃げればいいのに、こいつ一人で戦ったとか馬鹿だし」

「すまない、止めなければと意識が働いた。未熟さがまた出てしまった」
とフラン様が言った。
話せるぐらいなら、大丈夫ということだろうか。

階段の上階に生徒会メンバーが揃ってきた。
クラード殿下はこちらを見た。何故か騎士を押し除けて歩いてくる。

ん?

ログワット様達も歩みを止めないで階段を一段、一段降りる。

「ほら、行くよ~」

まるでこれからピクニックに行くみたいに誘ってくるシリル殿下。
何故わざわざ自分を晒しにいこうとするんだい、君たちは?標的になってしまうじゃないの?下は危険なのに。

シルベルト様が、右手に片方の靴を持った私に微笑んだ。
意味がわからない。
私、靴履いてませんから。
「靴を渡して」
とシルベルト様が手を出した。

「これは、唯一の武器だから」

と言うと、困った顔をしたシルベルト様を見ながら、私は抱えられた。

「えっ、恥ずかしいわ」

「歩けないでしょう?片方の靴投げちゃったんだから」

「そうですけど。自分がやったことなので、どこかでスリッパを借りるまで裸足で歩きます」

あれ?
なんかデジャヴ…

私の話すことに構わず、階段の真ん中の踊り場に到着すると(結局シルベルト様にお姫様抱っこ)クラード殿下は、

「これは、一体何事だ。トリウミ王国の留学生サクラ・セノー!」
と怒号を飛ばした。

「クラード様、頭が痛いんです。今、視界も歪んでしまって、私襲撃されたんです。それに、私が本物のルーベラ王女なんです。夜会に出ていたのがサクラ・セノーで私、乗っ取られていたんです!」

とサクラさんは、痛む頭を抱えながら上を見た。涙が出ているのが見えた。

その瞬間、

「ティアラーーー!この、モブオンナーーーー
なんで物語みたいに真ん中にお前がいるー!クラード様、シリル様、シルベルト様、ログワット様、フラン様を何故お前が侍らせているんだ!
その場所は、聖女の私の場所。物語の最後のページ、幸せの結末だろうが!
お前が全てを潰して、全てを乗っ取ったのか!
綺麗なドレスを着て、キラキラして隣に王子がいて…
何をしたんだ。どうして、お前のような女が幸せになろうとしているんだ!」

鬼の形相、聖女とはかけ離れた表情。

こんな時でも私の手からキラキラピカピカ反射しまくっているらしく、騎士達が目を遮っていた。

「お前の持っているモノ!靴を私に当てたのは貴様か!!
このどこぞの女狐めーーー」
と叫ばれた。

あぁあらゆるデジャヴ…
クリスマスパーティーの何段か上に上った踊り場で起こった婚約破棄というヒーローショー…

あの時、赤、青、黄、緑、黒のネクタイをつけていた。濃淡はあるけど、ほぼ見ようと思えば同じ…
ただ真ん中のピンクが私の水色のドレスになった。

禍々しい黒い何かが吹き出した。

ふわふわしていた彼女のセミロングの髪の毛がボサボサの白い髪に、肌もみるみる水分が抜けるようにシワシワに変化していく。

「魔女」

騎士の誰かが言った。

さっきクラウス殿下が魔女と言っていた。
「国王を守れー!」

それぞれの国の騎士は、争うよりもすぐに守りを固める形になった。
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