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妙な噂

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「僕も同感だね」

 エドゥアルドは笑顔を崩さぬまま、こちらへと一歩一歩近付いてくる。
 いつものように笑ってはいるものの、その貼り付けられたような笑みには何か含みがあるようにも感じた。

 彼のいた場所は、せいぜい歩いて数歩の距離。
 そう遠くない場所で先程の会話を聞かれていたことで、さすがにまずいと思ったのか――令嬢達は顔を青くし固まってしまった。

「君達はフランシーナに手を回して、僕を一位にして、それで一体どうしたいの?」
「エドゥアルド様……! 私達はただ、エドゥアルド様のために……フランシーナが目に余るから、それで……!」
「彼女はただ優秀なだけでしょう。僕よりも」

 すぐ側まで来たエドゥアルドは、令嬢達の中に割って入る。
 そして呆然とするフランシーナを見つけると、包むように肩を抱いた。

「悪かったね、僕のせいで。さあ行こう」
「でも」

 肩を抱かれたまま、二人は令嬢三人組から離れて行く。

 後ろからはまだ「エドゥアルド様!」と、追いすがる声が聞こえるというのに、彼はその声に立ち止まることもなく裏庭を後にした。



 
「……よろしいのですか。仰っていたことはどうであれ、あの方達はエドゥアルド様のことを思ってのことかと」
「彼女達が言ってた、僕のためって何だろうね」
「え?」
「僕の何が分かるっていうんだろう?」

 彼の口からこぼれたのは、冷たくとも取れる言葉だった。

 それがとても意外に思えて。
 しかし隣にいるエドゥアルドを見上げてみても、彼はやはり微笑んでいる。

 いつも穏やかで、爽やかで、人望も厚いエドゥアルドが……こんな突き放すようなことを言うなんて。

「そもそも、呼んでもないのに寮まで来たりしてさ。追い返されたら逆恨みしてフランシーナに嫌がらせするとか、自分本位にも程があるよ」
「え……あの方達、やっぱり寮にいらっしゃってたのですか」
「ああ、君を待たせてる間にね。彼女達がなかなか引き下がらないものだから時間がかかって……お陰で君が寮生達に囲まれてしまった。男子達に色々と詮索されて驚いたよね」
「い、いえ……」

 なんと、エドゥアルドは男子寮にまでやって来た彼女達を追い返していたらしい。

 昨日は男子だらけの中、女子一人きりで心細さを感じてはいたのだが、彼は本当にフランシーナただ一人だけを招いたつもりのようだった。

「それに、変な噂まで……ごめんね、僕が男子寮になんて招待したばっかりに」
「変な噂ですか……?」
「ああ、フランシーナはまだ知らないんだね。そうだよね、登校してすぐ彼女達に捕まってしまったから」

 こちらを見下ろすエドゥアルドの眉が、申し訳なさそうに下がる。
 けれど、瞳にそれとなく含みが見えるのは気のせいだろうか――

「僕と君の関係が噂になっているんだ」
「エドゥエルド様と私……何かありましたっけ……」
「実は皆に隠れて密かに付き合っていたんだって、僕達は」
「ええ!?」



◇◇◇



「ご愁傷様ね……」
 
 教室で、ヴィヴィアナからは同情めいた眼差しを向けられる。
 
「エドゥアルド様とフランシーナ、ちょっとばかり噂になるかなとは思っていたけど、まさかこんなに噂で持ち切りになるなんてね」
「……ヴィヴィアナは知っていたの? 寮に異性を呼ぶことがどういうことなのか」
「ええ。でもエドゥアルド様の真意は分からないから、敢えてあなたに伝える必要も無いのかなって」
 
 入学以来、勉強ばかりしてきたフランシーナには知る由もなかった。寮に異性を呼ぶことに、特別な意味があったなんて。

 エドゥアルドが男子寮へフランシーナを呼び寄せたことで、それを知った生徒達が噂に噂を重ね、とんでもないことになってしまった。

 教室で、講堂で、廊下で……皆がフランシーナのことを噂する。
 これまで、いてもいなくても変わらぬような扱いを受けていたというのに、エドゥアルドと噂になった途端に注目を集めてしまうとは何事だろう。

 エドゥアルドを慕う女生徒達からは、刺すような視線。
 すぐ後ろから聞こえてくる「あの人が……?」と訝しがる囁き。
 この上なく居心地が悪い。
 
 噂は一日にして学園中に広まってしまったようであるが、フランシーナは断じて潔白だった。

 こちらとしては、ただ呼ばれたから行っただけに過ぎないし、エドゥアルド側にも深い意味などあったようには思えない。
 彼にとってもこの状況は望ましくないのではないだろうか。

 となると、ますます現状をどうにかしなければと焦りが募る。

「ヴィヴィアナ、どうしたらこの噂は消えると思う?」
「そうねえ……やっぱり、エドゥアルド様から公的に否定してもらうのが一番効果的じゃないかしら。あの人の一言ってば、とてつもなく影響力があるから」
「なるほど……」

 確かに。今朝もフランシーナがいくら「そんなつもりは無かった」と否定したところで、エドゥアルドを慕う女生徒達は聞く耳を持たなかった。

 ところが、エドゥアルド本人が登場するやいなや彼女達はうろたえ、嘘のように口をつぐんだのである。

 情けないが、ここはエドゥアルドに頼るしかないだろう。
 彼に言えばこの噂もなんとかなる。そんな安心感を抱きながら、フランシーナは放課後を待ち焦がれた。
 
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