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中年男性と女子生徒の怪しい関係3
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汐音に誘われるままにリナと中年男性の座る席までツカツカと歩いていくと、リナはペコリとお辞儀をして、中年男性はニコニコとした笑顔で会釈をしてくれた。
「こちらは私達の後輩にあたる粟野里奈ちゃん」
どうやら汐音は彼女の名前まで知っていたようで、私にそう紹介してくれた。
紹介を受けたリナは、汐音に続けて口を開く。
「植物の粟に野原の野。里芋の里に奈良の奈。と書いて粟野里奈と書きます。よろしくお願いします」
得意げにそう自己紹介をしてくれた。
ならば私も答えない訳には行かないだろう。
「はじめまして。私は蛮勇の勇に利根川の利、人を愛する愛に蓮華の華と書いて勇利愛華よ。よろしくね」
なるだけ不自然にならないように、いつも通りを心がけて。
「もちろん。先輩の事は知っていますよ。あの『ハツコイノオト』の勇利愛華先生ですよね!?」
「えっ!あっ!そ、そうよ!」
里奈は過去に私が書いた作品を知っていた。面と向かって初対面の人に創作活動をしていると知られると気恥ずかしさを感じる。
赤面してしまいそうだけど、それを必死に抑えて、右手を差し出した。
その右手を里奈は不思議そうにしばらく眺めていたのだけれど、ハッとしたような、表情をした後、握手だと理解したようで私の手を握った。
それを見ていた汐音は顔を背けて笑っている。
自意識過剰だと思われたのかもしれない。
顔に血液が集まって行くのを感じる。
「あ、あの、私、勇利先生のファンで、もし良かったらサインを貰えませんか?」
「も、もちろん。いいわよ」
そう私が答えた後、里奈は再度ハッとした表情を浮かべたあと申し訳無さそうに続けて言った。
「あ、でもサインを書いてもらうような紙を持っていなかったです」
「里奈ちゃんが良ければノートでもなんでもいいわよ」
ある有名芸能人は、求められれば箸の袋にもサインをしたと聞いた事がある。
話の細部までは忘れたけれど、素敵な話だなと思って、私がもし有名になったら私もそうしようと幼い頃に誓ったのだ。
「それは失礼だろう。すぐそこなんだからコンビニで買ってきなさい」
ずっと沈黙を貫いていた中年男性が唐突に口を開いた。
「いえ、大丈夫ですので」
そう言って里奈になんでも良いから出すように促すと、奏がチラリと私の方を見てから言った。
「里奈ちゃん。お父さんはああ言っているけど、愛ちゃんだったらいつでもここに居るから、せっかくだから今度本を持って来て、それにサインをして貰ったら?」
丁寧に私がいつも座る一番奥の席を指さしながらそう提案した。
私としてはそれで構わないのだけれど、聞き流せない言葉が一つ混ざっていた。
「お父さん……?」
汐音は吹き出すそうになりながら、「そうだよ」と答える。
状況が飲み込めていない、中年男性と里奈はキョトンとしているけれど、私は気が気じゃなかった。
顔面から火が吹き出るんじゃないかと思うほど猛烈に熱を帯びている。
邪推をして疑って、自分がとても恥ずかしい者のように感じられた。
「ハハハ。もしかして、里奈と私。怪しい関係に見えましたか。まあ無理もないでしょうね。中年の男と、年頃の女の子が二人でこんなおしゃれなカフェに入って来たら、親子だとは思われないのが普通でしょう」
怒り出してもおかしくないはずなのに、お父さんは軽く笑い飛ばす。
里奈も父親の話を聞いて、ドギマギとした態度で、私と父親とを交互に見ていた。
「ごめんなさい」
私はただただ謝る事しか出来なかった。
もし、里奈の気持ちが変わらずにまだ私のサインが欲しいと思ってくれるなら、誰にも書いたことがないような特別なサインを書いて上げようと思った。
「気にしないで下さい。同じ立場なら私だってそう疑うはずです。……さて、奏さんも来たことだし、お父さんはそろそろ仕事に戻ろうかな。じゃあ里奈。またな」
「うん。じゃあ、またね」
里奈の父親は鞄から財布を取り出すと、五千円札を一枚取り出し、伝票の下にスルリと潜り込ませ、颯爽と去っていった。
汐音はしっかり挨拶をしていたけれど、恥ずかしさと申し訳無さから私は会釈をすることしかできなかった。
そして、しばらくの沈黙の後、里奈が口を開く。
「じゃあ奏さん。そちらにどうぞ。……もし良かったら、勇利先生もご一緒しますか?」
「こちらは私達の後輩にあたる粟野里奈ちゃん」
どうやら汐音は彼女の名前まで知っていたようで、私にそう紹介してくれた。
紹介を受けたリナは、汐音に続けて口を開く。
「植物の粟に野原の野。里芋の里に奈良の奈。と書いて粟野里奈と書きます。よろしくお願いします」
得意げにそう自己紹介をしてくれた。
ならば私も答えない訳には行かないだろう。
「はじめまして。私は蛮勇の勇に利根川の利、人を愛する愛に蓮華の華と書いて勇利愛華よ。よろしくね」
なるだけ不自然にならないように、いつも通りを心がけて。
「もちろん。先輩の事は知っていますよ。あの『ハツコイノオト』の勇利愛華先生ですよね!?」
「えっ!あっ!そ、そうよ!」
里奈は過去に私が書いた作品を知っていた。面と向かって初対面の人に創作活動をしていると知られると気恥ずかしさを感じる。
赤面してしまいそうだけど、それを必死に抑えて、右手を差し出した。
その右手を里奈は不思議そうにしばらく眺めていたのだけれど、ハッとしたような、表情をした後、握手だと理解したようで私の手を握った。
それを見ていた汐音は顔を背けて笑っている。
自意識過剰だと思われたのかもしれない。
顔に血液が集まって行くのを感じる。
「あ、あの、私、勇利先生のファンで、もし良かったらサインを貰えませんか?」
「も、もちろん。いいわよ」
そう私が答えた後、里奈は再度ハッとした表情を浮かべたあと申し訳無さそうに続けて言った。
「あ、でもサインを書いてもらうような紙を持っていなかったです」
「里奈ちゃんが良ければノートでもなんでもいいわよ」
ある有名芸能人は、求められれば箸の袋にもサインをしたと聞いた事がある。
話の細部までは忘れたけれど、素敵な話だなと思って、私がもし有名になったら私もそうしようと幼い頃に誓ったのだ。
「それは失礼だろう。すぐそこなんだからコンビニで買ってきなさい」
ずっと沈黙を貫いていた中年男性が唐突に口を開いた。
「いえ、大丈夫ですので」
そう言って里奈になんでも良いから出すように促すと、奏がチラリと私の方を見てから言った。
「里奈ちゃん。お父さんはああ言っているけど、愛ちゃんだったらいつでもここに居るから、せっかくだから今度本を持って来て、それにサインをして貰ったら?」
丁寧に私がいつも座る一番奥の席を指さしながらそう提案した。
私としてはそれで構わないのだけれど、聞き流せない言葉が一つ混ざっていた。
「お父さん……?」
汐音は吹き出すそうになりながら、「そうだよ」と答える。
状況が飲み込めていない、中年男性と里奈はキョトンとしているけれど、私は気が気じゃなかった。
顔面から火が吹き出るんじゃないかと思うほど猛烈に熱を帯びている。
邪推をして疑って、自分がとても恥ずかしい者のように感じられた。
「ハハハ。もしかして、里奈と私。怪しい関係に見えましたか。まあ無理もないでしょうね。中年の男と、年頃の女の子が二人でこんなおしゃれなカフェに入って来たら、親子だとは思われないのが普通でしょう」
怒り出してもおかしくないはずなのに、お父さんは軽く笑い飛ばす。
里奈も父親の話を聞いて、ドギマギとした態度で、私と父親とを交互に見ていた。
「ごめんなさい」
私はただただ謝る事しか出来なかった。
もし、里奈の気持ちが変わらずにまだ私のサインが欲しいと思ってくれるなら、誰にも書いたことがないような特別なサインを書いて上げようと思った。
「気にしないで下さい。同じ立場なら私だってそう疑うはずです。……さて、奏さんも来たことだし、お父さんはそろそろ仕事に戻ろうかな。じゃあ里奈。またな」
「うん。じゃあ、またね」
里奈の父親は鞄から財布を取り出すと、五千円札を一枚取り出し、伝票の下にスルリと潜り込ませ、颯爽と去っていった。
汐音はしっかり挨拶をしていたけれど、恥ずかしさと申し訳無さから私は会釈をすることしかできなかった。
そして、しばらくの沈黙の後、里奈が口を開く。
「じゃあ奏さん。そちらにどうぞ。……もし良かったら、勇利先生もご一緒しますか?」
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