24 / 36
富士噴火
しおりを挟む
とはいえだ。さすがに衆院選にすら選ばれない地方の郷士にすぎない滝沢に、富士を噴火させるほどの兵器を調達などできないだろう、というのが陽子の見解ではあった。さすがに陽子とてすべてを鵜呑みにするほど愚かではない。少なくとも王として振る舞う以上、それなりの知性は必要だろうと構えていた効果もあったのかもしれない。さすがに大学の教授と比べられれば足元にも及ばなかっただろうが。
その兵器とやらを調べては見たけれど、どれも都市伝説レベルのネット上の架空のお話。そのくらいの印象しか受けなかった。
だから碓井の態度はショックではあったけれど、けれどそんなこと出来やしないのだからあれは彼なりの冗談だったのだろう、そう思い込むことにしていた。
それもあったのかもしれない。とにかく宣言すればいいだけなのだ。そのハードルの低さが彼女を動かした。なに、メディアに向けて一言言っておやりなさい。そうニタニタと笑う滝沢に、自分が富士噴火を予測する動画を撮らせてしまった。
瞬く間にその画像は世界中に配信され、いっそう陽子を叩く者、いややはり神なのだと崇め奉るもの、ここ静岡県浜北区を中心に、日本は混乱を内包していった。
しかし誰しもがそんなことできるはずがない、と心の中では思っていたに違いない。本気で信じていたのはきっと、一部の信者と滝沢くらいのものだろう、そう陽子は思っていたのに。
したり顔の滝沢が再び現れるまでは。
「さて、王よ。準備は着々と進んでおります」
「準備?」
「もちろん富士噴火の準備ですよ。さすがは王だ、多くの方がこの計画に協力してくれた。例えば唐澤先生。わざわざ東京まで出向いて準備を進めて下さっている」
「唐澤先生が?」
寝耳に水だった。だってあの先生が、こんな恐ろしい計画に協力するなんて考えられなかったから。しかもなぜ東京なのだろう。富士は目の前にあるのに。でも、実際に噴火すればここは危険地域だ。危なくない離れた場所から、なにか攻撃でもしてくるとでも?
「おや、意外かね?それほど不自然じゃないでしょう。地質学に詳しい先生が、富士に詳しくないはずがない。現に彼は富士に関する論文を書いているそうじゃないか」
「だからって、噴火させるなんてこと」
「皆それを望んでるんですよ、王の偉大さを愚かなサピエンスに示すために。碓井先生もお望みだ」
「碓井さんが?」
「ああ、彼は富士噴火が本当に起こると知っている」
「そんなの……、仮にできるとしても、そんな、人間がカミサマみたいなことしていいわけ」
「いいのですよ、だってあなたはフュオンティヌス王、シャンポリオンにおいては神そのものだったのですから」
そうして滝沢は笑った。見るものを不快にする笑みだった。
「噴火の際は高みの見物といきましょう。ヘリをチャーターしておきます、楽しみにしているといい」
そう言い残して滝沢は去っていった。まるで週末の楽しい予定をたてるかのように。
嘘よ、そんなことできるはずがない。けれど唐澤さえもが協力しているとの話は陽子の不安を一層駆り立てた。
確かに言われてみれば核兵器なんて恐ろしいものを生み出したときから、サピエンスはおかしくなってきていたのかもしれない。けれどそれより恐ろしいものを平気で使おうとしているこの同朋たちこそが、何よりも恐ろしいものに陽子には見えた。
このままでいいのか。心臓の鼓動が早くなる。わたしが富士を噴火させるのだと。わたしを信じぬものは、富士の業火に焼かれて死ぬがいい、そこまで言ってしまった。どうせそんなことなど出来やしないと思っていたのだ。
けれど本当に出来たとしたら?思わず握る手が汗ばむ。わたしが直接手を下そうが下すまいが、わたしがそれをやったことになってしまう。罪のない人々を死に追いやる、極悪人だと思われてしまう。
けれどこの期に及んでもまだ、彼女は自分が悪いとは思ってなどいなかった。わたしは滝沢にそそのかされただけ。兵器に携わってるのは唐澤だ、わたしが人を殺すわけではない――。
「本当にそう思うのかい?」
吹く風が熱を帯び始めた頃合いだった。富士噴火の宣言をしてからもうすぐ二カ月。王は人々に二カ月の猶予を与えていた。来る七月の二週目、日曜日の午前10時。信じて逃げるものは逃げると良い。さすがに2日3日では引っ越しもままなるまい。そう考えた滝沢は優しいというよりは、本気で富士を噴火させるつもりなのだと今なら思えた。
現に一部の人間は地方の親戚を頼って移動しているものもいるらしい。だが大半が判断着かず留まって状況を見極めようとしているようだった。まるでノストラダムスの大予言のように。起こるはずない、でも万一起きたらどうする?そう言った漠然とした不安が静岡にかぎらず山梨や神奈川などの周辺地域にも流れていた。
「誰?」
神殿の奥深く、厳しい警護のつけられた陽子の部屋。入られるのは限られた人だけのはずだった。その一番に許された人はここ最近姿を見せなくなってしまい、不安な日々を過ごすしか彼女にはできなかった。噴火が本当に起こるなら、陽子もここから逃げ出すべきだった。空から大惨事を高みの見物なんてしたくもなかった。
けれど外に出る気力もなかった。外では何を言われるかわからなかったし、そもそも陽子の身の回りの世話をするシニフィとレティマシーがそれを許してはくれなかった。もはや信者もいないこの神殿で。敬虔な信者らは王の予言を信じて皆逃げていってしまった。そのなかで彼らはわたしを何から守るというのだろう。むしろ彼らは、わたしを富士の炎に巻き込ませるつもりなのではないか?
自分がどうしたら良いのかわからなかった。碓井に電話をかけても出やしない。あの人もわたしを見殺しにするつもり?そんな、まさか。だってあの人は王妃よ、こんなにもフュオンティヌスに恋い焦がれたじゃない、だからきっと迎えに来てくれるはず。たぶん、勇樹も。
そう鬱々とした気持ちでベッドの上、膝を抱えていた陽子の足もとから声がしたものだから彼女はひどく驚いた。
「覚えておらなんだがね、王よ」
そう答える声は年寄りのものだった。少ししわがれて、乾いた声。けれど滝沢のように粘着質なものは感じなかった。海岸に打ち上げられた白い骨みたいな流木。そんなきれいに乾いた声だ、陽子はそう思った。つまり、悪い印象は受けなかったのだ。
「ごめんなさい、全部を思い出しているわけではないの。それよりあなたはどこにいるの?」
まるで魔法みたい。今や夢のような現実にすら疲れてきてしまった彼女は夢想する。閉塞的な日々からわたしを助け出してくれる魔法使い。昔見たアニメのような。
しかしそれは、魔法使いと呼ぶにはいささか現実的すぎた。
「あなたの足もとの、小さな機械のなかだよ」
「機械?」
見れば足もとには、陽子が投げ出したスマートフォン。うんざりするニュースばかりで――主に陽子のことを悪く言うニュースだ、に苛立ちを覚え、放り出したそれが淡く光っている。わたし、誰かに電話なんてかけたかしら?
「電話?」
「そうだ、別に離れていたって今のご時世誰とでも意思疎通ができる。大切なのは心の距離だ。さて、王よ」
そこで電話機の先の相手は改まったように言った。
「わしはロロ。呪術師ロロ。覚えていらっしゃるか?」
記憶の底をさらってみるものの、残念ながら何も掬えなかった陽子は申し訳なさそうに詫びる。
「ごめんなさい、なにも。……本当はわたしは王なんじゃないかもしれない」
「なぜそう思う?」
「だってあなたのことも思い出せない。あなたはわたしのことを知っているのに。証拠もないし、みんなわたしのことを疑い始めている。あいつは詐欺師なんじゃないかって」
「だから不安で、自分を証明するために力を振るうと?」
「富士山を噴火させる話?そんなの、わたしに出来るわけないって思った。でも、それでも言わなければわたしは王ではなくなると思ったから」
「王でなくなる?」
「だってそうじゃない、誰もわたしのことを認めてくれないなら、わたしはただの嘘つきよ」
「あなたは嘘をついているのか?」
「……わからない。でも、隻眼の偉丈夫がまるで自分かのように夢に出てくるのは本当。思い込みで見る夢にしては設定が細かすぎて気持ち悪いくらい。あんな記憶蘇らなければこんなことにはならなかったのに」
「しかし、充分に王としてたてまつられ満足したんだろう?」
「さすがは呪術師なのね、なんでもお見通しってところかしら。そう、満足してたわ、愛する人も手に入って、わたしを見下すやつらに復讐も出来た」
「今更それを失うこともできない」
「だから言いなりになってしまった。まさか本当にあるなんて思わないじゃない、そんな恐ろしい兵器が」
そこで陽子は大きく息を吐き、身震いするかのように自分の肩を抱いた。
「碓井さんに相談できればいいのだけど、でも、電話に出ない。いや、仮に出たとしても。……話すのが怖い」
見知らぬ相手、しかも顔も見えないのもあったのかもしれない。おもわず自分の中でせき止めていた不安な感情が濁流のように流れ出すのを彼女は止めることが出来なかった。
「だって、あの人は喜んでいるのかもしれない。これで本当にサピエンスらを滅ぼすことが出来るぞ、って。冗談でもそんなこと言う人だと思っていなかったのに、それになぜそこまでするのかわたしにはわからない。たとえネアンデルタール属がサピエンスより優れていたのだとしても、同じ人間じゃない」
「……同じ人間同士で争っている国はいくらでもあるけどね」
「それは……そうだけど。人種や宗教で争うヒトはたくさんいるもの。でもここは日本よ?多宗教の単一人種の国。そのなかで、無理やり人種を分けて争うなんてバカみたいなこと」
「そう、ヒトというのはネアンデルタールだろうがホモサピエンスだろうが、あるいはモンゴロイドだろうがコーカソイドだろうが、イスラム人だろうがアメリカ人だろうがとにかく自分とは違うものを攻撃したがるものなんだ。それは日本人だって同じだよ。そこを今更憂いたところでどうしようもないだろうに」
「でも、そんなの間違ってるって、政治とか詳しくないわたしにだってわかる。なのに、わたしを信じないものを滅ぼすだなんてこと、本意じゃなくても言葉にしてしまった」
「後悔しているのかい?」
「……そうなのかしら。でも、直接手を下すのはわたしじゃない、わたしが人を殺すわけじゃない、わたしは、脅されてそう言ってしまっただけ」
そこで足もとの機械はいま一度同じ言葉を紡いだ。
「本当に、そう思っているのかい?」
「そう思わなければ、わたしはわたしじゃなくなってしまう」
「わたし?あなたは何者か?」
「わたしは……」
この今更な問いに陽子はとっさに答えることが出来なかった。わたしはわたしに決まってるじゃない。けれどそこから先の思考が停止する。わたしは、楠木陽子?それともフュオンティヌス?
「あなたが何者か悩むのももっともだ。そしておそらく皆、そう悩んでいる。なにせ自分の中にもう一人いるようなものだ。けれど見失ってしまっていけないのは、今の自分がどうしたいかだよ。今のあんたは、自分を慕ってくれる人たちにしっかりと向き合うことができるかい?」
そう言われ、彼女は自分を取り巻く人々との顔を思い浮かべた。
息子の勇樹。あの子は今何をしているのだろう。急に母親としての自分を思いだす。あんなに私に寄り添ってくれたあの子を手放してしまった。
そして、己の野心に忠実な碓井。それを妨げれば嫌われてしまうと思って止めることも出来なかった。果たしてそれでよかったのだろうか。
その若さに嫉妬してしまった粕川。ああ、親切な彼女が、勇樹の面倒を見てくれているというのに、わたしはなんて醜い態度をとってしまったのだろう。
最後に、決別を告げられたかつての夫。初めの頃こそ幸せだったのに。何を違えてしまったのだろう。でも全部あの人が悪いんじゃない。そうよ、わたしがこんなふうになってしまったのは。今の自分を見てもらえないばかりに、過去の栄光にすがって神とたてまつられていい気になって。それで偽物呼ばわりされたら、はいサヨウナラだなんて。あんまりじゃない!
そこまで考えて、はたとその思考を彼女は止めた。思えば、わたしはいつも周りに原因を求めて逃げてやしなかっただろうか。
自分でも見たくなかった心の底の、どろりとした黒い塊を見て見ぬふりをしてしまった。
すべてまわりが悪い。いや、たとえ悪くても立ち向かえばよかったのだ。ありのままの自分自身の姿で。けれど向き合うことすらせずわたしは悪くない、だから虐げられて、かわいそうな目に遭っている。そう自分を擁護してやしなかったか。
「あなたはフュオンティヌスでもあるが、それ以前に王なんだ。この意味がわかるかい?」
悩む陽子に、静かに光る端末がなぞかけのような言葉で問いかけた。
「その黒い塊をいちど洗い流してごらん。自分がどうしたいかわかるはずだ」
そこで、その機械は沈黙してしまった。
「そんなこと、……」
押し黙ってしまったスマートフォンを抱き寄せる。履歴をみても非通知だった。けれどどうやって受信したのだろう、通話ボタンなど押した記憶もないのだけれど。
からくりはわからなかったし、電話先のロロとかいう老婆の正体もよくわからない、普通ならそれを受け止めるのも馬鹿らしいことだったのかもしれないけれど。
けれど、陽子は駆けだしていた。もう光らぬその端末を握りしめ、とにかく一心に、快適だけれど何もないこの部屋を飛び出した。慌てて警備の彼らが追いかけてくるのが視界に入ったが、そんなこと構いやしなかった。
そにかく、富士噴火なんて恐ろしいことを止めさせなければ。残された時間も少なかった。ああ、わたしは今まで何をしていたの!もっと早く止めなければならなかったのに!
その思いだけが彼女の中にあった。少なくとも、何かを無理やり排除して得るものなんて、ロクなもんじゃない!
方法はわからない、けれどここでじっとしていてもどうにもならない。滝沢を止めなければ。彼がどこにいるのかもわからなかったけれど、とにかく外に出なければ。この建物に引きこもって、虚無の栄光で喜んでいる場合などではない。そうだ、碓井さんにもう一度電話をかけてみよう。きっとわかってくれるはずだ、ちゃんと話し合えば。
走りながら夢中で陽子は手元のスマホを操作する。碓井先生のアドレス、ああ、あった。果たして出てくれるだろうか、それとも。
けれどそれをわずか数コール鳴らすことしか彼女にはできなかった。パアン。車のタイヤが破裂するかのような音が、寒々しい神殿に響いた。何の音?認識する間もなく、黒服が彼女をあっという間に取り囲む。
よくもまあ、あんな格好ですばやく動けるものだわ。そんなこと思っている場合ではないのに、彼女の脳はペラペラと喋りだす。いや、そんな場合じゃない、早くここから逃げ出さないと。
パアン。再度あの音が響いた。嘘でしょう、まさか。こんな平和な国の、こんな場所で。
再度響いた音が彼女の手元の小さな端末を撃ち落とした。沈黙する機械。外部との連絡手段を絶たれてしまった。
この耳慣れぬ音は銃声だったのだ。いや、まさか。
それでも彼女は信じられなかった。銃刀法違反じゃない、そんなことを思う余裕もなかった。そもそもなぜ、彼らが自分に銃口を向けているのかの意味が分からなかったのだ。
「王に向かって何をしているのかわかっているのか!?」
思わず彼女の口から、まるで彼女ではない誰かが叫ぶのを陽子は聞いていた。しかしその言葉は黒服たちには届かない。やはり、あの人たちはわたしを守るために置かれたのではなかったのか。危機感も覚えずのうのうと生きてきた自分に鳥肌がたった。
「あなたがここから逃げ出さぬよう、我々は指示されています」
機械のような声で一人が言った。あれはレティマシー?それともシニフィ?区別もつかなかった。陽子にはそんな余裕もなかった。ただ、向けられた銃口から目を離さぬよう必死だった。
「あなたが何者だろうがどうでもいい」
冷静な声で中肉中背の男が言った。そして、無造作に引かれ放たれた弾丸が陽子の頬をかすめる。
「えっ!?」
痛いという感覚より、驚きの方が勝った。まさか、本当に撃つなんて。その驚きも冷めやらぬうちに、もう一発銃声が轟く。思わず目を瞑る。熱い。陽子は左腕に熱を感じる。そして、生ぬるいなにかが皮膚を這っていくのも。それが血だとすぐには気がつかなかった。
「別に腕を一発撃たれたぐらいでは死にません。我々はあなたを殺さずここにとどめるよう言われております。これ以上無駄に怪我をしたくなければ、おとなしくしていてください」
撃たれた左腕が急速に痛みを思い起こさせる。目を開けば赤い血。しかし痛み以上にこの現実にショックを覚え、陽子の意識は遠きそうになる。今まで生きてきて、まさか自分が撃たれるだなんてだれが想像できようか。つい半年ほど前まで普通の主婦でしかなかったわたしが。
気を失うほどの痛みではなかったかもしれない。けれど陽子の意識は急速に失われつつあった。まるでほかの何者かが、彼女を乗っ取ろうとするかのように。
事実、彼女の中で何者かがその怒りを爆発させようとしていた。
『……おのれサピエンスめ、過去に飽き足らず同じ過ちを繰り返すというのか』
とても女の力だとは思えなかった。しかも片腕を怪我しているというのに、それはあろうことかレティマシー目がけて力強く走り、その腕を伸ばしつかみかかろうとしてくるではないか。
「なんだ!?」
「ダメだ、これ以上撃つな。命を奪うなと言われている」
「しかし」
狼狽する男を、造作もなく彼女は投げ捨てる。
「うっ!」背中を強打し息を詰めたその男は、打ち所が悪かったのか立ち上がることもままならない。
とてもその体躯からは想像できない力強さだった。まるで手負いの獣のように暴れる陽子を誰も止めることができず、じりじりと距離を保ちながら黒服どもはそのまわりを取り囲むことしかできなかった。なにせ殺すことは出来ないのだ。
畏れ多い王だから、ではない。雇い主にそう言われたからだった。彼女が何者だろうが知ったことなかったが、しかしこのまさかの展開に、彼らは困惑を禁じ得なかった。
「おい、麻酔銃はどうした」
「はっ」
急かされ狙う狙撃手の手は震えていた。所詮相手はただの女。そう思っていた気のゆるみが原因かもしれない。そのただの女が狂暴化している、まるで化け物の様だった。いままで相手してきたようなただのチンピラどもとは違う。狙われたことに気付いたのだろうか、その化け物が狙撃手目がけて走り寄ってくる。本能的に彼は恐れを抱いた。怖い、恐怖が手を震わせ狙いを誤らせる。本来ならば脚を狙うべきだった。獣を狙うように。しかしそのスナイパーはあろうことか、彼女の顔面を、その左目に麻酔銃を撃ってしまった。
「おい、なんてことを!」
「は、しかし、死ぬわけでは……」
「顔を狙ってどうする!これでも宣伝塔なんだ、下手に傷をつけてなんと言われるか」
仲間揉めする黒服たちの声を、陽子はどこか遠くで聞いていた。このままわたしはどうなってしまうのだろう。もはや誰も自分を守ってくれないことは痛いほどに感じていた。事実、傷つけられた。わたしはこれからどうすれば。
いや、どうにかすることが出来るのだろうか。いかに王とはいえ。過去と同じことを繰り返すしかできないのではないか。
すべてが急速に遠のいていった。もはや何もかもがどうでも良くなっていた。意識が途切れる。線香花火の最後の光のように、彼女の頭の中でその事実がはじける。
それでも。そのかすかな光に照らされて彼女の意識は思う。止めなければ。
この国を守らなければ。それが王の役割なのだから、と。
その兵器とやらを調べては見たけれど、どれも都市伝説レベルのネット上の架空のお話。そのくらいの印象しか受けなかった。
だから碓井の態度はショックではあったけれど、けれどそんなこと出来やしないのだからあれは彼なりの冗談だったのだろう、そう思い込むことにしていた。
それもあったのかもしれない。とにかく宣言すればいいだけなのだ。そのハードルの低さが彼女を動かした。なに、メディアに向けて一言言っておやりなさい。そうニタニタと笑う滝沢に、自分が富士噴火を予測する動画を撮らせてしまった。
瞬く間にその画像は世界中に配信され、いっそう陽子を叩く者、いややはり神なのだと崇め奉るもの、ここ静岡県浜北区を中心に、日本は混乱を内包していった。
しかし誰しもがそんなことできるはずがない、と心の中では思っていたに違いない。本気で信じていたのはきっと、一部の信者と滝沢くらいのものだろう、そう陽子は思っていたのに。
したり顔の滝沢が再び現れるまでは。
「さて、王よ。準備は着々と進んでおります」
「準備?」
「もちろん富士噴火の準備ですよ。さすがは王だ、多くの方がこの計画に協力してくれた。例えば唐澤先生。わざわざ東京まで出向いて準備を進めて下さっている」
「唐澤先生が?」
寝耳に水だった。だってあの先生が、こんな恐ろしい計画に協力するなんて考えられなかったから。しかもなぜ東京なのだろう。富士は目の前にあるのに。でも、実際に噴火すればここは危険地域だ。危なくない離れた場所から、なにか攻撃でもしてくるとでも?
「おや、意外かね?それほど不自然じゃないでしょう。地質学に詳しい先生が、富士に詳しくないはずがない。現に彼は富士に関する論文を書いているそうじゃないか」
「だからって、噴火させるなんてこと」
「皆それを望んでるんですよ、王の偉大さを愚かなサピエンスに示すために。碓井先生もお望みだ」
「碓井さんが?」
「ああ、彼は富士噴火が本当に起こると知っている」
「そんなの……、仮にできるとしても、そんな、人間がカミサマみたいなことしていいわけ」
「いいのですよ、だってあなたはフュオンティヌス王、シャンポリオンにおいては神そのものだったのですから」
そうして滝沢は笑った。見るものを不快にする笑みだった。
「噴火の際は高みの見物といきましょう。ヘリをチャーターしておきます、楽しみにしているといい」
そう言い残して滝沢は去っていった。まるで週末の楽しい予定をたてるかのように。
嘘よ、そんなことできるはずがない。けれど唐澤さえもが協力しているとの話は陽子の不安を一層駆り立てた。
確かに言われてみれば核兵器なんて恐ろしいものを生み出したときから、サピエンスはおかしくなってきていたのかもしれない。けれどそれより恐ろしいものを平気で使おうとしているこの同朋たちこそが、何よりも恐ろしいものに陽子には見えた。
このままでいいのか。心臓の鼓動が早くなる。わたしが富士を噴火させるのだと。わたしを信じぬものは、富士の業火に焼かれて死ぬがいい、そこまで言ってしまった。どうせそんなことなど出来やしないと思っていたのだ。
けれど本当に出来たとしたら?思わず握る手が汗ばむ。わたしが直接手を下そうが下すまいが、わたしがそれをやったことになってしまう。罪のない人々を死に追いやる、極悪人だと思われてしまう。
けれどこの期に及んでもまだ、彼女は自分が悪いとは思ってなどいなかった。わたしは滝沢にそそのかされただけ。兵器に携わってるのは唐澤だ、わたしが人を殺すわけではない――。
「本当にそう思うのかい?」
吹く風が熱を帯び始めた頃合いだった。富士噴火の宣言をしてからもうすぐ二カ月。王は人々に二カ月の猶予を与えていた。来る七月の二週目、日曜日の午前10時。信じて逃げるものは逃げると良い。さすがに2日3日では引っ越しもままなるまい。そう考えた滝沢は優しいというよりは、本気で富士を噴火させるつもりなのだと今なら思えた。
現に一部の人間は地方の親戚を頼って移動しているものもいるらしい。だが大半が判断着かず留まって状況を見極めようとしているようだった。まるでノストラダムスの大予言のように。起こるはずない、でも万一起きたらどうする?そう言った漠然とした不安が静岡にかぎらず山梨や神奈川などの周辺地域にも流れていた。
「誰?」
神殿の奥深く、厳しい警護のつけられた陽子の部屋。入られるのは限られた人だけのはずだった。その一番に許された人はここ最近姿を見せなくなってしまい、不安な日々を過ごすしか彼女にはできなかった。噴火が本当に起こるなら、陽子もここから逃げ出すべきだった。空から大惨事を高みの見物なんてしたくもなかった。
けれど外に出る気力もなかった。外では何を言われるかわからなかったし、そもそも陽子の身の回りの世話をするシニフィとレティマシーがそれを許してはくれなかった。もはや信者もいないこの神殿で。敬虔な信者らは王の予言を信じて皆逃げていってしまった。そのなかで彼らはわたしを何から守るというのだろう。むしろ彼らは、わたしを富士の炎に巻き込ませるつもりなのではないか?
自分がどうしたら良いのかわからなかった。碓井に電話をかけても出やしない。あの人もわたしを見殺しにするつもり?そんな、まさか。だってあの人は王妃よ、こんなにもフュオンティヌスに恋い焦がれたじゃない、だからきっと迎えに来てくれるはず。たぶん、勇樹も。
そう鬱々とした気持ちでベッドの上、膝を抱えていた陽子の足もとから声がしたものだから彼女はひどく驚いた。
「覚えておらなんだがね、王よ」
そう答える声は年寄りのものだった。少ししわがれて、乾いた声。けれど滝沢のように粘着質なものは感じなかった。海岸に打ち上げられた白い骨みたいな流木。そんなきれいに乾いた声だ、陽子はそう思った。つまり、悪い印象は受けなかったのだ。
「ごめんなさい、全部を思い出しているわけではないの。それよりあなたはどこにいるの?」
まるで魔法みたい。今や夢のような現実にすら疲れてきてしまった彼女は夢想する。閉塞的な日々からわたしを助け出してくれる魔法使い。昔見たアニメのような。
しかしそれは、魔法使いと呼ぶにはいささか現実的すぎた。
「あなたの足もとの、小さな機械のなかだよ」
「機械?」
見れば足もとには、陽子が投げ出したスマートフォン。うんざりするニュースばかりで――主に陽子のことを悪く言うニュースだ、に苛立ちを覚え、放り出したそれが淡く光っている。わたし、誰かに電話なんてかけたかしら?
「電話?」
「そうだ、別に離れていたって今のご時世誰とでも意思疎通ができる。大切なのは心の距離だ。さて、王よ」
そこで電話機の先の相手は改まったように言った。
「わしはロロ。呪術師ロロ。覚えていらっしゃるか?」
記憶の底をさらってみるものの、残念ながら何も掬えなかった陽子は申し訳なさそうに詫びる。
「ごめんなさい、なにも。……本当はわたしは王なんじゃないかもしれない」
「なぜそう思う?」
「だってあなたのことも思い出せない。あなたはわたしのことを知っているのに。証拠もないし、みんなわたしのことを疑い始めている。あいつは詐欺師なんじゃないかって」
「だから不安で、自分を証明するために力を振るうと?」
「富士山を噴火させる話?そんなの、わたしに出来るわけないって思った。でも、それでも言わなければわたしは王ではなくなると思ったから」
「王でなくなる?」
「だってそうじゃない、誰もわたしのことを認めてくれないなら、わたしはただの嘘つきよ」
「あなたは嘘をついているのか?」
「……わからない。でも、隻眼の偉丈夫がまるで自分かのように夢に出てくるのは本当。思い込みで見る夢にしては設定が細かすぎて気持ち悪いくらい。あんな記憶蘇らなければこんなことにはならなかったのに」
「しかし、充分に王としてたてまつられ満足したんだろう?」
「さすがは呪術師なのね、なんでもお見通しってところかしら。そう、満足してたわ、愛する人も手に入って、わたしを見下すやつらに復讐も出来た」
「今更それを失うこともできない」
「だから言いなりになってしまった。まさか本当にあるなんて思わないじゃない、そんな恐ろしい兵器が」
そこで陽子は大きく息を吐き、身震いするかのように自分の肩を抱いた。
「碓井さんに相談できればいいのだけど、でも、電話に出ない。いや、仮に出たとしても。……話すのが怖い」
見知らぬ相手、しかも顔も見えないのもあったのかもしれない。おもわず自分の中でせき止めていた不安な感情が濁流のように流れ出すのを彼女は止めることが出来なかった。
「だって、あの人は喜んでいるのかもしれない。これで本当にサピエンスらを滅ぼすことが出来るぞ、って。冗談でもそんなこと言う人だと思っていなかったのに、それになぜそこまでするのかわたしにはわからない。たとえネアンデルタール属がサピエンスより優れていたのだとしても、同じ人間じゃない」
「……同じ人間同士で争っている国はいくらでもあるけどね」
「それは……そうだけど。人種や宗教で争うヒトはたくさんいるもの。でもここは日本よ?多宗教の単一人種の国。そのなかで、無理やり人種を分けて争うなんてバカみたいなこと」
「そう、ヒトというのはネアンデルタールだろうがホモサピエンスだろうが、あるいはモンゴロイドだろうがコーカソイドだろうが、イスラム人だろうがアメリカ人だろうがとにかく自分とは違うものを攻撃したがるものなんだ。それは日本人だって同じだよ。そこを今更憂いたところでどうしようもないだろうに」
「でも、そんなの間違ってるって、政治とか詳しくないわたしにだってわかる。なのに、わたしを信じないものを滅ぼすだなんてこと、本意じゃなくても言葉にしてしまった」
「後悔しているのかい?」
「……そうなのかしら。でも、直接手を下すのはわたしじゃない、わたしが人を殺すわけじゃない、わたしは、脅されてそう言ってしまっただけ」
そこで足もとの機械はいま一度同じ言葉を紡いだ。
「本当に、そう思っているのかい?」
「そう思わなければ、わたしはわたしじゃなくなってしまう」
「わたし?あなたは何者か?」
「わたしは……」
この今更な問いに陽子はとっさに答えることが出来なかった。わたしはわたしに決まってるじゃない。けれどそこから先の思考が停止する。わたしは、楠木陽子?それともフュオンティヌス?
「あなたが何者か悩むのももっともだ。そしておそらく皆、そう悩んでいる。なにせ自分の中にもう一人いるようなものだ。けれど見失ってしまっていけないのは、今の自分がどうしたいかだよ。今のあんたは、自分を慕ってくれる人たちにしっかりと向き合うことができるかい?」
そう言われ、彼女は自分を取り巻く人々との顔を思い浮かべた。
息子の勇樹。あの子は今何をしているのだろう。急に母親としての自分を思いだす。あんなに私に寄り添ってくれたあの子を手放してしまった。
そして、己の野心に忠実な碓井。それを妨げれば嫌われてしまうと思って止めることも出来なかった。果たしてそれでよかったのだろうか。
その若さに嫉妬してしまった粕川。ああ、親切な彼女が、勇樹の面倒を見てくれているというのに、わたしはなんて醜い態度をとってしまったのだろう。
最後に、決別を告げられたかつての夫。初めの頃こそ幸せだったのに。何を違えてしまったのだろう。でも全部あの人が悪いんじゃない。そうよ、わたしがこんなふうになってしまったのは。今の自分を見てもらえないばかりに、過去の栄光にすがって神とたてまつられていい気になって。それで偽物呼ばわりされたら、はいサヨウナラだなんて。あんまりじゃない!
そこまで考えて、はたとその思考を彼女は止めた。思えば、わたしはいつも周りに原因を求めて逃げてやしなかっただろうか。
自分でも見たくなかった心の底の、どろりとした黒い塊を見て見ぬふりをしてしまった。
すべてまわりが悪い。いや、たとえ悪くても立ち向かえばよかったのだ。ありのままの自分自身の姿で。けれど向き合うことすらせずわたしは悪くない、だから虐げられて、かわいそうな目に遭っている。そう自分を擁護してやしなかったか。
「あなたはフュオンティヌスでもあるが、それ以前に王なんだ。この意味がわかるかい?」
悩む陽子に、静かに光る端末がなぞかけのような言葉で問いかけた。
「その黒い塊をいちど洗い流してごらん。自分がどうしたいかわかるはずだ」
そこで、その機械は沈黙してしまった。
「そんなこと、……」
押し黙ってしまったスマートフォンを抱き寄せる。履歴をみても非通知だった。けれどどうやって受信したのだろう、通話ボタンなど押した記憶もないのだけれど。
からくりはわからなかったし、電話先のロロとかいう老婆の正体もよくわからない、普通ならそれを受け止めるのも馬鹿らしいことだったのかもしれないけれど。
けれど、陽子は駆けだしていた。もう光らぬその端末を握りしめ、とにかく一心に、快適だけれど何もないこの部屋を飛び出した。慌てて警備の彼らが追いかけてくるのが視界に入ったが、そんなこと構いやしなかった。
そにかく、富士噴火なんて恐ろしいことを止めさせなければ。残された時間も少なかった。ああ、わたしは今まで何をしていたの!もっと早く止めなければならなかったのに!
その思いだけが彼女の中にあった。少なくとも、何かを無理やり排除して得るものなんて、ロクなもんじゃない!
方法はわからない、けれどここでじっとしていてもどうにもならない。滝沢を止めなければ。彼がどこにいるのかもわからなかったけれど、とにかく外に出なければ。この建物に引きこもって、虚無の栄光で喜んでいる場合などではない。そうだ、碓井さんにもう一度電話をかけてみよう。きっとわかってくれるはずだ、ちゃんと話し合えば。
走りながら夢中で陽子は手元のスマホを操作する。碓井先生のアドレス、ああ、あった。果たして出てくれるだろうか、それとも。
けれどそれをわずか数コール鳴らすことしか彼女にはできなかった。パアン。車のタイヤが破裂するかのような音が、寒々しい神殿に響いた。何の音?認識する間もなく、黒服が彼女をあっという間に取り囲む。
よくもまあ、あんな格好ですばやく動けるものだわ。そんなこと思っている場合ではないのに、彼女の脳はペラペラと喋りだす。いや、そんな場合じゃない、早くここから逃げ出さないと。
パアン。再度あの音が響いた。嘘でしょう、まさか。こんな平和な国の、こんな場所で。
再度響いた音が彼女の手元の小さな端末を撃ち落とした。沈黙する機械。外部との連絡手段を絶たれてしまった。
この耳慣れぬ音は銃声だったのだ。いや、まさか。
それでも彼女は信じられなかった。銃刀法違反じゃない、そんなことを思う余裕もなかった。そもそもなぜ、彼らが自分に銃口を向けているのかの意味が分からなかったのだ。
「王に向かって何をしているのかわかっているのか!?」
思わず彼女の口から、まるで彼女ではない誰かが叫ぶのを陽子は聞いていた。しかしその言葉は黒服たちには届かない。やはり、あの人たちはわたしを守るために置かれたのではなかったのか。危機感も覚えずのうのうと生きてきた自分に鳥肌がたった。
「あなたがここから逃げ出さぬよう、我々は指示されています」
機械のような声で一人が言った。あれはレティマシー?それともシニフィ?区別もつかなかった。陽子にはそんな余裕もなかった。ただ、向けられた銃口から目を離さぬよう必死だった。
「あなたが何者だろうがどうでもいい」
冷静な声で中肉中背の男が言った。そして、無造作に引かれ放たれた弾丸が陽子の頬をかすめる。
「えっ!?」
痛いという感覚より、驚きの方が勝った。まさか、本当に撃つなんて。その驚きも冷めやらぬうちに、もう一発銃声が轟く。思わず目を瞑る。熱い。陽子は左腕に熱を感じる。そして、生ぬるいなにかが皮膚を這っていくのも。それが血だとすぐには気がつかなかった。
「別に腕を一発撃たれたぐらいでは死にません。我々はあなたを殺さずここにとどめるよう言われております。これ以上無駄に怪我をしたくなければ、おとなしくしていてください」
撃たれた左腕が急速に痛みを思い起こさせる。目を開けば赤い血。しかし痛み以上にこの現実にショックを覚え、陽子の意識は遠きそうになる。今まで生きてきて、まさか自分が撃たれるだなんてだれが想像できようか。つい半年ほど前まで普通の主婦でしかなかったわたしが。
気を失うほどの痛みではなかったかもしれない。けれど陽子の意識は急速に失われつつあった。まるでほかの何者かが、彼女を乗っ取ろうとするかのように。
事実、彼女の中で何者かがその怒りを爆発させようとしていた。
『……おのれサピエンスめ、過去に飽き足らず同じ過ちを繰り返すというのか』
とても女の力だとは思えなかった。しかも片腕を怪我しているというのに、それはあろうことかレティマシー目がけて力強く走り、その腕を伸ばしつかみかかろうとしてくるではないか。
「なんだ!?」
「ダメだ、これ以上撃つな。命を奪うなと言われている」
「しかし」
狼狽する男を、造作もなく彼女は投げ捨てる。
「うっ!」背中を強打し息を詰めたその男は、打ち所が悪かったのか立ち上がることもままならない。
とてもその体躯からは想像できない力強さだった。まるで手負いの獣のように暴れる陽子を誰も止めることができず、じりじりと距離を保ちながら黒服どもはそのまわりを取り囲むことしかできなかった。なにせ殺すことは出来ないのだ。
畏れ多い王だから、ではない。雇い主にそう言われたからだった。彼女が何者だろうが知ったことなかったが、しかしこのまさかの展開に、彼らは困惑を禁じ得なかった。
「おい、麻酔銃はどうした」
「はっ」
急かされ狙う狙撃手の手は震えていた。所詮相手はただの女。そう思っていた気のゆるみが原因かもしれない。そのただの女が狂暴化している、まるで化け物の様だった。いままで相手してきたようなただのチンピラどもとは違う。狙われたことに気付いたのだろうか、その化け物が狙撃手目がけて走り寄ってくる。本能的に彼は恐れを抱いた。怖い、恐怖が手を震わせ狙いを誤らせる。本来ならば脚を狙うべきだった。獣を狙うように。しかしそのスナイパーはあろうことか、彼女の顔面を、その左目に麻酔銃を撃ってしまった。
「おい、なんてことを!」
「は、しかし、死ぬわけでは……」
「顔を狙ってどうする!これでも宣伝塔なんだ、下手に傷をつけてなんと言われるか」
仲間揉めする黒服たちの声を、陽子はどこか遠くで聞いていた。このままわたしはどうなってしまうのだろう。もはや誰も自分を守ってくれないことは痛いほどに感じていた。事実、傷つけられた。わたしはこれからどうすれば。
いや、どうにかすることが出来るのだろうか。いかに王とはいえ。過去と同じことを繰り返すしかできないのではないか。
すべてが急速に遠のいていった。もはや何もかもがどうでも良くなっていた。意識が途切れる。線香花火の最後の光のように、彼女の頭の中でその事実がはじける。
それでも。そのかすかな光に照らされて彼女の意識は思う。止めなければ。
この国を守らなければ。それが王の役割なのだから、と。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる