7 / 13
扉越しの声
しおりを挟むコン、コン。
静かなノックの音に、心臓が跳ねた。
アナベルは咄嗟に息を止める。
「アナベル。開けろよ」
低い声が、ドア越しに聞こえた。
(来ないでって思ってたのに……)
(……来てくれた)
心が揺れた。
でも、返事はしなかった。
できなかった。
コン、コン、コン。
今度は少し強く。
カイの気配が濃くなる。
「何してんだよ、こんな時間に鍵閉めて」
「……体調悪いのか?」
沈黙。
アナベルは、返事の代わりに、
シーツを握る指先に力を込めた。
(どうせ“気まぐれ”なんでしょ)
(優しくされても、信じられない)
その沈黙が、カイをさらに苛立たせた。
「おい、無視すんなって……アナベル!」
「……何があったんだよ。言えよ」
強い声の中に、ほんの少しだけ不安が混じっていた。
彼のこういう声を、アナベルは知っていた。
――でも、扉の内側にいると、
どんな声も、ほんの少し遠く感じる。
「なんも言わねぇで、急に閉じこもって……俺、なんかしたか?」
(……してないよ。何も)
(でも、してくれなかったよ。何も)
言葉にならない感情が胸をかき乱して、
アナベルの目から、ぽろっと涙が落ちた。
「なぁ、開けて。……顔、見せろよ」
その声にすら、すぐに応えることができなかった。
アナベルは泣いているのを悟られないように、そっと喉を押さえる。
けれど――次の瞬間。
「開けねぇなら、壊すぞ。……マジで」
本気の声だった。
今までと違う。
怒ってるようで、でもその裏にあるのは――焦りだ。
ドアノブががちゃがちゃと揺れる。
「アナベル。……なぁ、もう、無視すんなって」
その声は、だんだん掠れてきていた。
「“平気”って言ってくれりゃ、それでいいから。……だから、開けて」
(ずるいよ、そんな声)
そう思いながら、アナベルはゆっくり立ち上がる。
足が重い。心も重い。
それでも、
ドアの鍵に手をかけた。
カチャリ、と音がして、
静かに扉が開く。
そこには、
眉を寄せたまま、息を詰めたカイがいた。
アナベルを見た瞬間、
彼の顔がほんの一瞬だけ、強張った。
「……泣いてんじゃん」
その言葉に、アナベルは何も言えなかった。
でも次の瞬間、
カイは彼女の手首を引いて、抱きしめる。
「……誰だよ。何言われたんだ」
「俺がなんも言ってなかったのが悪い。……でも、勝手に一人で決めんなよ」
「お前が俺にとって“どうでもいい”わけねぇだろ」
低くて熱を帯びた声が、
ようやくアナベルの心を揺らした。
張り詰めていたものが、音を立てて崩れていく。
静かな部屋の中で、
ふたりの距離だけが、
少し、近づいた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】白百合の約束
花草青依
恋愛
王太子ジョージの婚約者として、完璧な令嬢として生きてきたアリシア・ヴァレンタイン。しかし、王宮の舞踏会で彼は婚約破棄を宣言した。
白百合の聖女と称えられるリリィに全てを奪われた。毅然とした態度で婚約破棄を受け入れた彼女は、まだ気づいていない。アリシアを見守る優しい幼馴染の想いに・・・・・・。/王道の悪役令嬢の恋愛物/画像は生成AI(ChatGPT)
疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど
くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。
貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる