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第二十四話 三年目:卒業の日、それぞれの道
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波乱の学院祭から八か月が経ち、私たち第三学年の生徒は、ついに卒業の日を迎えた。
卒業後の進路は皆バラバラだが、それぞれが自分の望む道を選んでいる。
まず、ピヴォワンヌ様とナディル様に関しては、卒業式後の祝賀会にて正式に婚約発表を行うことが決まった。学院卒業から一年後を目途に、結婚式を行う予定だという。また、ナディル様のご実家であるディセントラ公爵家からの許可を得て、ナディル様が正式にリリーヴァレー王国へ移り住み、ピアニー侯爵家に婿入りすることが決まったそうだ。
ピアニー侯爵が、可愛い娘を遠い国へ嫁に出したくはないと思っていたところ、カクトゥス大公国のディセントラ公爵家としては、ナディル様には子どもの頃から自由にさせており、元々他国との繋がりを作る役目を任せるつもりで留学の許可も出していたので、婿入りでも構わないとあっさりオーケーが出たのだった。
また、ピアニー侯爵家としても、ディセントラ公爵家とは古くから家同士の付き合いがあり、家の乗っ取り等の余計な心配をする必要のない間柄であったことも、大きかったという。
ピヴォワンヌ様には年の離れた腹違いの弟妹がいるが、まだ幼く、家を継がせるには時間がかかることもあり、本当は早めに家督を譲って余生をのんびり過ごしたいと考えていた侯爵夫妻にとっても、この話は渡りに船であったらしい。ピヴォワンヌ様が王家に嫁入りするとなると、後ろ盾となるためにまだまだ現役で頑張らねばならないと思っていたところに、他国とは言え公爵家出身で家柄も能力も申し分ない婿が来てくれることになって幸運だと、こっそりと夫婦で祝杯を上げていたそうだ。(サラさん情報)
ナディル様は卒業後にピアニー侯爵の下で数年間は補佐をしながら仕事を学び、ゆくゆくはピヴォワンヌ様と共にピアニー侯爵家を継ぐこととなる。将来を約束したふたりは誰が見ても幸せなカップルそのものだ。お国柄の違いなのか、人前でも隙あればベタベタしようとするナディル様に対し、ピヴォワンヌ様は基本的には突き放すような態度を取っている。しかし、怒ったような困ったような顔をしていても、その表情からは愛する人に愛を返される喜びがにじみ出ているため、ナディル様を調子に乗らせるだけだった。
また、ナディル様の惚気話によると、人前ではそっけないピヴォワンヌ様が、ふたりきりになったときにほんの少しだけ甘えた様子を見せてくれることがたまらなく可愛いらしく、ついついちょっかいを出してしまうらしい。ピヴォワンヌ様は悪役令嬢ではなく見事なツンデレ令嬢になったようだ。
アルベール様とリーリエ様の状況は、ふたりとは少し違う。学院祭での婚約解消騒動については、誰も不利益を被ることがなかったために、表向きはお咎めなしとなったものの、国王陛下はアルベール様に「正式な婚約発表までリーリエ嬢とふたりきりになることを禁じる」という命令を出した。クラスメイトを交えて複数人での接触は認められているのでかなり甘いとは思うが、「王家と第三侯爵家との婚約を勝手に解消しようとした王子」というレッテルは対外的には不名誉なものであることは間違いないので、多少の罰は必要だったのだ。
また、陛下はアルベール様に「自らの意志を貫いた分、婚姻までに王子として十分な実績と成果を上げることが国民への誠意だ」と説き、婚約発表から結婚式までは二年の期間を設けると決めた。これは、王家から婚約を解消した以上、先に元婚約者であるピヴォワンヌ様の婚姻を整えるべきと考え、学院卒業から一年後に行われる予定のピヴォワンヌ様とナディル様の結婚式から、さらに一年の間を空けるためだ。なお、これはリーリエ様への妃教育のための猶予期間でもあった。
当のピアニー侯爵家からは、「婚約解消のことなど気にせず、早めに殿下にも結婚していただきたい」という進言もあったのだが、アルベール様とリーリエ様本人が、「自分たちが国民から信を得るために努力が必要なので、二年という時間では足りないくらいだ」と答えたことで、決定となった。すでに学院祭での一幕は学院を越えて広く国民に知れ渡っており、第一王子と婚約者候補筆頭となったリーリエ様を祝福する声は大きいのだが、どこまでも真面目なふたりが、それを良しとしなかったのである。
アルベール様とリーリエ様の婚約発表は、ピヴォワンヌ様とナディル様の発表と同じく、卒業式後の祝賀会で行われる予定となっている。在学中には夜会への出席は原則禁止のため、直近で正式な夜会がこの日であるという理由もあるが、学院祭で知れ渡った彼らの恋の進展を卒業式の日に公表することにより、同年代でこれから国を率いていく者たちに、将来の国王と王妃の物語の目撃者とさせるというのが大きな目的だそうだ。
将来の国王夫妻のカップル誕生の瞬間から婚約発表までを同じ学院で見守ったというのは、学生たちがふたりへ親近感を持つだけでなく、何も言わずとも孫の代まで語り継いでくれるだろう。要するに、イメージ戦略の一環なのであった。
学院祭後、内々に次の婚約者として認められたリーリエ様は、すでに王妃教育を進めている。八歳でアルベール様の婚約者となり、十年近くも王妃教育を受けてきたピヴォワンヌ様の例を思うと、大人になってからの方が吸収が早いとは言え、結婚式までの約二年半の期間ですべてを詰め込むのは相当な努力が求められる。
婚約発表前なので王宮に上がるわけにはいかず、現在リーリエ様は週末はジプソフィラ子爵家の王都にある屋敷に籠もり、王宮から派遣されている家庭教師から指導を受けている。また、平日でも出来ることはないかと考えていたところ、なんとピヴォワンヌ様がリーリエ様の指南役に名乗りでてくれた。元婚約者から次の婚約者に王妃教育を施すというのは前代未聞だが、内々に教育を進めるのに学院寮でも会うことが可能なおふたりの友人関係は最適であった。婚約解消後もアルベール様とピヴォワンヌ様の関係が非常に良好であることもあり、ゴーサインが出たのであった。
ちなみに、王妃教育で時間が取られてピヴォワンヌ様と過ごす時間が減ることに対し、ナディル様からブーイングが出たが、「俺はリーリエとふたりになることさえ許されていないのに…」とアルベール様がしょんぼりして見せたら引き下がってくれたそうだ。
オリアンダー伯爵家の双子、イーサン様とエヴリン様については、卒業後の進路がバラバラになりそうだ。
イーサン様は算術の天才であることから、当初は王宮の財務省での仕事を勧められていたのだが、在学中の婚約解消騒動のためにいろいろ暗躍しているうちに、情報収集や情報統制の方に面白みを感じたということで、父親であるオリアンダー伯爵と同様に、諜報関連の仕事をするらしい。国王陛下直属の部署であるはずだが、謎に包まれた部署なので私もよくは知らないし、知ったら消されそうで怖いので調べないと決めている。
エヴリン様は幼い頃から発明の才能があり、在学中にもこっそり発明品の販売ルートを確立していた。卒業後はそちらの方面で活躍することを本人は望んでいるのだが、十八歳というのは貴族の女性からすると結婚適齢期に差し掛かっているため、オリアンダー伯爵からはとりあえず見合いをしてくれと頼みこまれ、絶賛親子喧嘩中らしい。
エヴリン様の発明品は便利な物も多いのだが、乙女ゲーム『月と太陽のリリー』では怪しげなアイテムが頻繁に登場していた。想い人の好感度が数字で測れる恋愛計測器や、食べると三分間だけ相手の心を読めるクッキー、落としたら必ず好きな人が拾ってくれるハンカチ等々、恋愛関連のサポートアイテムや、イベントを引き起こす周囲巻き込み系の危険物が多かったと記憶している。
ピヴォワンヌ様が悪役令嬢化せず、最初からリーリエ様とアルベール様が両片想い状態だったためか、実際の世界ではそのようなアイテムは日の目を見なかった。実はこっそり作っていたりして…と思ったことはあるものの、これもなんとなく関わりたくないので聞かないことにした。
イーサン様の従者アールさんとエヴリン様の侍女エマさんは、オリアンダー伯爵家の領地邸に一旦戻る予定だそうだ。エヴリン様の動きはまだ読めないが、イーサン様は基本的に王宮勤めになるため、アールさんはイーサン様付きから外れるらしい。「やっと胃の痛い日々から解放される…!」とアールさんは喜んでいたが、妹のエマさん曰く、「実は兄は一生イーサン様付きになることがほぼ確定しており、三年間の学院生活を無事に乗り越えたご褒美として一時的な休暇がもらえるだけなんですよね…」と話していた。アールさんが嬉しそうなので私は黙っていることを決めた。
なお、私たちよりも二歳年上で先日二十歳を迎えたエマさんは、在学中にちゃっかりと使用人科特別クラスに通う男子学生の彼氏を作っており、卒業後しばらく経って落ち着いてから結婚するそうだ。
エマさんの彼は使用人科の入学試験に二度失敗し、三度目の正直で見事Sクラスへ合格を果たしたという苦労人の青年で、年齢はエマさんと同じく二十歳。彼は使用人科Sクラス卒業生にのみ与えられる「すべての貴族家ならびに行政機関へ志願する権利」を利用し、オリアンダー伯爵家への就職を決めたそうだ。そのため、将来的には夫婦でオリアンダー伯爵家へ仕える予定だという。
そして私は、リーリエ様と父上であるジプソフィラ子爵より、学院卒業後も引き続きリーリエ様の侍女として働いてほしいと言ってもらうことができた。私としては元よりそのつもりだったが、ふたりとしては思いがけずリーリエ様が王子妃となることが決定し、気を遣いまくること間違いなしの王宮まで私を連れていく流れになったため、あらためて私の意向を確認してくれたのであった。
大変な場所に嫁がれるからこそ、せめてリーリエ様の心が少しでも安らぐよう、私がそばでお仕えしたいと話したら、リーリエ様には泣かれてしまった。私のご主人様は相も変わらず本当に優しくて可愛らしい方だ。なんと言っても私はリーリエ様に生涯お仕えする覚悟だし、リーリエ様のお子様もお孫様も全力で可愛がる覚悟なのだ。私のばあやへの道のりはこれからが本番だ。
ヘクター、サラさん、カイの三名は、それぞれ変わらずにアルベール様、ピヴォワンヌ様、ナディル様に卒業後も着いていくという。カイに関してはカクトゥス大公国に戻るのかと思っていたので驚いたが、彼はリリーヴァレー王国を気に入ったとのことで、そのままナディル様のそばで仕えたいと申し出たそうだ。
サラさんは私たちより三歳年上なので、両親からは引っ切り無しに結婚を勧められているそうだが、ピヴォワンヌ様のそばで働く方が楽しいからと、断り続けている。ピヴォワンヌ様はそんなサラさんのことを心配していて、私からも説得するよう依頼されたこともあるが、信頼し尊敬する主人にお仕えする喜びを知っている私としてはサラさんの気持ちも分かるので、今のところ不介入を貫いている。
そして学院祭の夜に告白?プロポーズ?のようなことを言われたヘクターとは…あれからずっと微妙に気まずい状態が続いていた。
教室ではいつもどおり話もするし、主人同士の婚約が内定したこともあり、一緒に打ち合わせをする時間も増えた。ヘクターはいつもどおりなのだと思うが、意識しすぎてしまった私が普通にできず、どうにもドギマギしてぎこちなくなってしまう。
彼はそんな私に対し、あれ以来は恋愛や結婚を匂わせるような発言は一切していない。もしかして私が学院祭の夜に勝手に変な夢でも見たのかと疑いそうにもなるのだが、言葉にはしないものの、目が合ったときのヘクターがやけに熱く真剣な眼差しで見つめてくるので、やはり夢ではないのだと理解している。
ヘクターが私のような者のどこが良いのかは未だにさっぱり分からないが、私からしてみれば確かに彼との結婚はプラスにしかならず、彼のことも恋愛的な意味ではよく分からないが、人として嫌いではないというか、むしろ同志的な意味では信頼しているので、断る理由がないことは分かっている。分かっているが、あと一歩が決断できずにいた。私と結婚したところで、あまりにもヘクターへのメリットがないからだ。
ヘクターのこれまでの言動や日々感じている視線からして、彼が私のことを、恋愛的な意味で好いてくれていることは…我ながら自惚れにしか聞こえないが、たぶん、きっと、そうなのだと思っている。しかし、そうだとしたらなおさら、私が彼に返せるものとしたら気持ちくらいしかないのに、その気持ちの部分がはっきりしていない状態で結婚を承諾するのは、どうにも納得できずにいた。
ヘクターは自分は気楽な立場だと言っているが、彼だって第六子爵家であるマグワート家の子息なのだ。私より二歳年上の彼はすでに二十歳なので、三男とは言えど家族や親族から結婚について何も言われていないはずがない。
せめて卒業までには返事を…と思いながらも、リーリエ様の婚約準備のための忙しさを自分への言い訳にして、決めきれないままついに卒業の日を迎えてしまった。どうしよう…。
卒業後の進路は皆バラバラだが、それぞれが自分の望む道を選んでいる。
まず、ピヴォワンヌ様とナディル様に関しては、卒業式後の祝賀会にて正式に婚約発表を行うことが決まった。学院卒業から一年後を目途に、結婚式を行う予定だという。また、ナディル様のご実家であるディセントラ公爵家からの許可を得て、ナディル様が正式にリリーヴァレー王国へ移り住み、ピアニー侯爵家に婿入りすることが決まったそうだ。
ピアニー侯爵が、可愛い娘を遠い国へ嫁に出したくはないと思っていたところ、カクトゥス大公国のディセントラ公爵家としては、ナディル様には子どもの頃から自由にさせており、元々他国との繋がりを作る役目を任せるつもりで留学の許可も出していたので、婿入りでも構わないとあっさりオーケーが出たのだった。
また、ピアニー侯爵家としても、ディセントラ公爵家とは古くから家同士の付き合いがあり、家の乗っ取り等の余計な心配をする必要のない間柄であったことも、大きかったという。
ピヴォワンヌ様には年の離れた腹違いの弟妹がいるが、まだ幼く、家を継がせるには時間がかかることもあり、本当は早めに家督を譲って余生をのんびり過ごしたいと考えていた侯爵夫妻にとっても、この話は渡りに船であったらしい。ピヴォワンヌ様が王家に嫁入りするとなると、後ろ盾となるためにまだまだ現役で頑張らねばならないと思っていたところに、他国とは言え公爵家出身で家柄も能力も申し分ない婿が来てくれることになって幸運だと、こっそりと夫婦で祝杯を上げていたそうだ。(サラさん情報)
ナディル様は卒業後にピアニー侯爵の下で数年間は補佐をしながら仕事を学び、ゆくゆくはピヴォワンヌ様と共にピアニー侯爵家を継ぐこととなる。将来を約束したふたりは誰が見ても幸せなカップルそのものだ。お国柄の違いなのか、人前でも隙あればベタベタしようとするナディル様に対し、ピヴォワンヌ様は基本的には突き放すような態度を取っている。しかし、怒ったような困ったような顔をしていても、その表情からは愛する人に愛を返される喜びがにじみ出ているため、ナディル様を調子に乗らせるだけだった。
また、ナディル様の惚気話によると、人前ではそっけないピヴォワンヌ様が、ふたりきりになったときにほんの少しだけ甘えた様子を見せてくれることがたまらなく可愛いらしく、ついついちょっかいを出してしまうらしい。ピヴォワンヌ様は悪役令嬢ではなく見事なツンデレ令嬢になったようだ。
アルベール様とリーリエ様の状況は、ふたりとは少し違う。学院祭での婚約解消騒動については、誰も不利益を被ることがなかったために、表向きはお咎めなしとなったものの、国王陛下はアルベール様に「正式な婚約発表までリーリエ嬢とふたりきりになることを禁じる」という命令を出した。クラスメイトを交えて複数人での接触は認められているのでかなり甘いとは思うが、「王家と第三侯爵家との婚約を勝手に解消しようとした王子」というレッテルは対外的には不名誉なものであることは間違いないので、多少の罰は必要だったのだ。
また、陛下はアルベール様に「自らの意志を貫いた分、婚姻までに王子として十分な実績と成果を上げることが国民への誠意だ」と説き、婚約発表から結婚式までは二年の期間を設けると決めた。これは、王家から婚約を解消した以上、先に元婚約者であるピヴォワンヌ様の婚姻を整えるべきと考え、学院卒業から一年後に行われる予定のピヴォワンヌ様とナディル様の結婚式から、さらに一年の間を空けるためだ。なお、これはリーリエ様への妃教育のための猶予期間でもあった。
当のピアニー侯爵家からは、「婚約解消のことなど気にせず、早めに殿下にも結婚していただきたい」という進言もあったのだが、アルベール様とリーリエ様本人が、「自分たちが国民から信を得るために努力が必要なので、二年という時間では足りないくらいだ」と答えたことで、決定となった。すでに学院祭での一幕は学院を越えて広く国民に知れ渡っており、第一王子と婚約者候補筆頭となったリーリエ様を祝福する声は大きいのだが、どこまでも真面目なふたりが、それを良しとしなかったのである。
アルベール様とリーリエ様の婚約発表は、ピヴォワンヌ様とナディル様の発表と同じく、卒業式後の祝賀会で行われる予定となっている。在学中には夜会への出席は原則禁止のため、直近で正式な夜会がこの日であるという理由もあるが、学院祭で知れ渡った彼らの恋の進展を卒業式の日に公表することにより、同年代でこれから国を率いていく者たちに、将来の国王と王妃の物語の目撃者とさせるというのが大きな目的だそうだ。
将来の国王夫妻のカップル誕生の瞬間から婚約発表までを同じ学院で見守ったというのは、学生たちがふたりへ親近感を持つだけでなく、何も言わずとも孫の代まで語り継いでくれるだろう。要するに、イメージ戦略の一環なのであった。
学院祭後、内々に次の婚約者として認められたリーリエ様は、すでに王妃教育を進めている。八歳でアルベール様の婚約者となり、十年近くも王妃教育を受けてきたピヴォワンヌ様の例を思うと、大人になってからの方が吸収が早いとは言え、結婚式までの約二年半の期間ですべてを詰め込むのは相当な努力が求められる。
婚約発表前なので王宮に上がるわけにはいかず、現在リーリエ様は週末はジプソフィラ子爵家の王都にある屋敷に籠もり、王宮から派遣されている家庭教師から指導を受けている。また、平日でも出来ることはないかと考えていたところ、なんとピヴォワンヌ様がリーリエ様の指南役に名乗りでてくれた。元婚約者から次の婚約者に王妃教育を施すというのは前代未聞だが、内々に教育を進めるのに学院寮でも会うことが可能なおふたりの友人関係は最適であった。婚約解消後もアルベール様とピヴォワンヌ様の関係が非常に良好であることもあり、ゴーサインが出たのであった。
ちなみに、王妃教育で時間が取られてピヴォワンヌ様と過ごす時間が減ることに対し、ナディル様からブーイングが出たが、「俺はリーリエとふたりになることさえ許されていないのに…」とアルベール様がしょんぼりして見せたら引き下がってくれたそうだ。
オリアンダー伯爵家の双子、イーサン様とエヴリン様については、卒業後の進路がバラバラになりそうだ。
イーサン様は算術の天才であることから、当初は王宮の財務省での仕事を勧められていたのだが、在学中の婚約解消騒動のためにいろいろ暗躍しているうちに、情報収集や情報統制の方に面白みを感じたということで、父親であるオリアンダー伯爵と同様に、諜報関連の仕事をするらしい。国王陛下直属の部署であるはずだが、謎に包まれた部署なので私もよくは知らないし、知ったら消されそうで怖いので調べないと決めている。
エヴリン様は幼い頃から発明の才能があり、在学中にもこっそり発明品の販売ルートを確立していた。卒業後はそちらの方面で活躍することを本人は望んでいるのだが、十八歳というのは貴族の女性からすると結婚適齢期に差し掛かっているため、オリアンダー伯爵からはとりあえず見合いをしてくれと頼みこまれ、絶賛親子喧嘩中らしい。
エヴリン様の発明品は便利な物も多いのだが、乙女ゲーム『月と太陽のリリー』では怪しげなアイテムが頻繁に登場していた。想い人の好感度が数字で測れる恋愛計測器や、食べると三分間だけ相手の心を読めるクッキー、落としたら必ず好きな人が拾ってくれるハンカチ等々、恋愛関連のサポートアイテムや、イベントを引き起こす周囲巻き込み系の危険物が多かったと記憶している。
ピヴォワンヌ様が悪役令嬢化せず、最初からリーリエ様とアルベール様が両片想い状態だったためか、実際の世界ではそのようなアイテムは日の目を見なかった。実はこっそり作っていたりして…と思ったことはあるものの、これもなんとなく関わりたくないので聞かないことにした。
イーサン様の従者アールさんとエヴリン様の侍女エマさんは、オリアンダー伯爵家の領地邸に一旦戻る予定だそうだ。エヴリン様の動きはまだ読めないが、イーサン様は基本的に王宮勤めになるため、アールさんはイーサン様付きから外れるらしい。「やっと胃の痛い日々から解放される…!」とアールさんは喜んでいたが、妹のエマさん曰く、「実は兄は一生イーサン様付きになることがほぼ確定しており、三年間の学院生活を無事に乗り越えたご褒美として一時的な休暇がもらえるだけなんですよね…」と話していた。アールさんが嬉しそうなので私は黙っていることを決めた。
なお、私たちよりも二歳年上で先日二十歳を迎えたエマさんは、在学中にちゃっかりと使用人科特別クラスに通う男子学生の彼氏を作っており、卒業後しばらく経って落ち着いてから結婚するそうだ。
エマさんの彼は使用人科の入学試験に二度失敗し、三度目の正直で見事Sクラスへ合格を果たしたという苦労人の青年で、年齢はエマさんと同じく二十歳。彼は使用人科Sクラス卒業生にのみ与えられる「すべての貴族家ならびに行政機関へ志願する権利」を利用し、オリアンダー伯爵家への就職を決めたそうだ。そのため、将来的には夫婦でオリアンダー伯爵家へ仕える予定だという。
そして私は、リーリエ様と父上であるジプソフィラ子爵より、学院卒業後も引き続きリーリエ様の侍女として働いてほしいと言ってもらうことができた。私としては元よりそのつもりだったが、ふたりとしては思いがけずリーリエ様が王子妃となることが決定し、気を遣いまくること間違いなしの王宮まで私を連れていく流れになったため、あらためて私の意向を確認してくれたのであった。
大変な場所に嫁がれるからこそ、せめてリーリエ様の心が少しでも安らぐよう、私がそばでお仕えしたいと話したら、リーリエ様には泣かれてしまった。私のご主人様は相も変わらず本当に優しくて可愛らしい方だ。なんと言っても私はリーリエ様に生涯お仕えする覚悟だし、リーリエ様のお子様もお孫様も全力で可愛がる覚悟なのだ。私のばあやへの道のりはこれからが本番だ。
ヘクター、サラさん、カイの三名は、それぞれ変わらずにアルベール様、ピヴォワンヌ様、ナディル様に卒業後も着いていくという。カイに関してはカクトゥス大公国に戻るのかと思っていたので驚いたが、彼はリリーヴァレー王国を気に入ったとのことで、そのままナディル様のそばで仕えたいと申し出たそうだ。
サラさんは私たちより三歳年上なので、両親からは引っ切り無しに結婚を勧められているそうだが、ピヴォワンヌ様のそばで働く方が楽しいからと、断り続けている。ピヴォワンヌ様はそんなサラさんのことを心配していて、私からも説得するよう依頼されたこともあるが、信頼し尊敬する主人にお仕えする喜びを知っている私としてはサラさんの気持ちも分かるので、今のところ不介入を貫いている。
そして学院祭の夜に告白?プロポーズ?のようなことを言われたヘクターとは…あれからずっと微妙に気まずい状態が続いていた。
教室ではいつもどおり話もするし、主人同士の婚約が内定したこともあり、一緒に打ち合わせをする時間も増えた。ヘクターはいつもどおりなのだと思うが、意識しすぎてしまった私が普通にできず、どうにもドギマギしてぎこちなくなってしまう。
彼はそんな私に対し、あれ以来は恋愛や結婚を匂わせるような発言は一切していない。もしかして私が学院祭の夜に勝手に変な夢でも見たのかと疑いそうにもなるのだが、言葉にはしないものの、目が合ったときのヘクターがやけに熱く真剣な眼差しで見つめてくるので、やはり夢ではないのだと理解している。
ヘクターが私のような者のどこが良いのかは未だにさっぱり分からないが、私からしてみれば確かに彼との結婚はプラスにしかならず、彼のことも恋愛的な意味ではよく分からないが、人として嫌いではないというか、むしろ同志的な意味では信頼しているので、断る理由がないことは分かっている。分かっているが、あと一歩が決断できずにいた。私と結婚したところで、あまりにもヘクターへのメリットがないからだ。
ヘクターのこれまでの言動や日々感じている視線からして、彼が私のことを、恋愛的な意味で好いてくれていることは…我ながら自惚れにしか聞こえないが、たぶん、きっと、そうなのだと思っている。しかし、そうだとしたらなおさら、私が彼に返せるものとしたら気持ちくらいしかないのに、その気持ちの部分がはっきりしていない状態で結婚を承諾するのは、どうにも納得できずにいた。
ヘクターは自分は気楽な立場だと言っているが、彼だって第六子爵家であるマグワート家の子息なのだ。私より二歳年上の彼はすでに二十歳なので、三男とは言えど家族や親族から結婚について何も言われていないはずがない。
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