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話をしよう!

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 突然あらわれたジョージアに驚くも、酷く心が疲れていたのだろう。
 散々泣いたにも関わらず、ぐずぐずと泣いてしまう。

 優しく背中をぽんぽんとされながら、甘えてしまっている自分が情けなくもあった。


「アンナ、よく頑張ったね?」


 ジョージアの言葉は、みなが言ってくれる言葉だ。
 でも、それに納得できていない私は、首を横に振る。


「どうして、そう思うんだい?」
「……二人も、殺してしまいました」
「そうか……でも、アンナが殺したわけじゃないでしょ?災害に巻き込まれたんだから」
「災害が起こることは、事前にわかっていましたし、それに対応できうる人材も集めていたのにです」
「それでも、予想だにしなかったことは起こるんだよ?」
「わかっています」
「偶然が悪い方向に重なった。そういうことだ」
「偶然などではないでしょう?予想より出来上がらなかったのは、私の采配が間違って……」
「うーん、例えそうだったとしよう。でもね、アンナ。アンナが自分を責め続けることは、ダメだよ。
 アンナだから救えた命が、たくさんあったことをまず喜ぼう。俺だったら、俺が、領主だったら……
 今の現状よりもっと悪いことになっている」


 抱きしめられながら、ただ、ぼんやりとジョージアの言葉を聞く。今日まで、報告書を読んだり、公への報告書を書いたり、ノクトたちから現場の話を聞いたりとしていたが、どこかぼんやりしていた。
 頭が動いていない。見えているのに何も映しださない。ただ、息をしているだけ。
 そんな状態であった。
 ジョージアの声音は子どもに言い聞かせるように、褒めるように優しい。元々優しいジョージアの声は耳にも心にも優しかった。


「1つ目は、土石流を防ぐことが出来なくて、あの町は崩壊してしまっただろうね。人も今の比じゃない
 くらい亡くなってしまっただろうし、救助するための人も、災害があってしばらく経ってからしか
 集められないから、もっと死者は増えていったはずだよ。
 近衛を借りていてくれたこと、アンナが領民と手を取り合って領地を盛り上げていてくれたからこそ、
 協力が得ることが出来たうえに、大きな原動力になっているんだね」


 よしよしと頭を撫でられれば、とても気持ちがいい。

 あの亡くなった子どもも、生きていたなら、この先も両親にもっと頭を撫でてもらったり、褒めてもらったり、時には叱られたりしただろうか?

 レオと変わらないくらいのあの子どものことを想った。


「2つ目は、伝染病を大きくせずに抑え込めていること。これは、予知してなかったことだよね?」
「……」
「うん、そうだね。でも、うまく対応出来ている。広がらないようにと閉鎖された中、食料や飲み水の
 調達やら、ヨハン教授の派遣やら……全く迅速過ぎて、驚いたよ!今後は、どこからその伝染病が
 入ってきたのか、予後の確認が必要だけど、きっとヨハン教授が任されてくれるだろう。
 薬の調達も、再発の可能性も考えて、これからも準備するんだろ?」
「……えぇ、ヨハンとは、薬草について話し合います。元々この地は、薬草の聖地らしいので、ヨハンが
 既にこっそりと薬草農場を作っていました。そこについては、取り扱いが難しいものもあるので、
 相談することにしています」
「取り扱いが、難しいもの?」
「麻薬です」
「えっ?」
「これには、作用がいろいろあるのです。今、問題になりつつある麻薬の原料ではありますが、痛みを
 特に激痛を伴うような患者への投与が必要な場合があるとのこと。この取り扱いについては、ヨハン
 との話をしっかりするつもりです」
「そう……公も噂は聞いているようだったけど……なかなか、その麻薬の広がりが早いようだね」
「はい。今、インゼロからは、2つの病気が入ってきています。まさに、ここで起こっている伝染病と
 麻薬という病気。伝染病は完治しますし、今のところ亡くなった人はいません」
「問題は、麻薬の方なんだね?」


 私は静かに頷く。
 ありがたいことに、今のところ、アンバー領もコーコナ領も麻薬の脅威に晒されてはいない。


「どうなるんだ?」
「ヨハンの話では、幻覚や幻聴、高揚感とか……人によって違うらしいですけど……常習性が高く、
 無くてはならないものになるとか。わかりませんが、インゼロには、一大産地があるとかで……
 おそらくは、そこからローズディアに流れてきているのだと思います」
「そうか……領民に触れてほしいものではないな」
「はい。それだけでなく、インゼロの軍事資金にもなっていると思います」
「今の皇帝は、確か……ノクトの甥だったか?」


 コクンと頷く。
 さっきまで、ぼんやりしていた頭が少しずつ考えられるようになってきた。


「ノクトは、インゼロでは死んだことになっていますし、その家族も手紙のやり取りをさせてもらって
 いますが、嫡子はノクトと似ずに公爵としてしっかりしています。ライズも……元皇太子も関わりは
 ないでしょう。むしろ、ライズはずっと、ナタリーについて回っているので、私の預かり知らぬところ
 ではあるのですけど……あのナタリーのことですからね……まぁ、見事にこき使ってくれて、多少は
 できる子になりましたよ!」
「……元皇太子もアンナやナタリーにかかると、扱いが雑だな」
「そういうお話なのでいいのですよ!それより……軍事資金の方が問題です。確証はありませんが、
 ゴールド公爵家が後ろにいるようなのですよね……大きな声では言えませんが、やはり私が邪魔なの
 でしょう」


 やれやれとため息をつくジョージア。


「どうか、されましたか?」
「いつものアンナに戻ったなって思って。しおらしく、腕の中に囲われて泣いているアンナは、可愛い
 かったんだけどね」
「……いつもは、可愛くないと?」


 頬に手を当てて、コテンと小首を傾げる。そんな私を見て苦笑いをしていた。


「いつものアンナは、とびっきり可愛いし美しいよ!よく笑い、よく遊んで、よく飛び跳ねてる!」
「……アンジェラと同じではないですか?」
「アンジーの母親だからね、アンナは。見た目は、俺そっくりなのに……中身がねぇ?」
「……ダメ?」
「いや、ダメじゃない。そんなアンナとアンジーが大好きだ」


 頬にキスをされ、私は笑う。
 ずっと落ち込んでいたんだ……と、自分自身でも気づく。

 久しぶりに笑った気がした。


「アンジェラやジョージ、ネイトに会いたいです」
「あぁ、そうだね。みんな、アンナの帰りを待っているよ?」
「本当ですか?」
「あぁ、デリアも首を長くして、待っている。コーコナがもう少し落ち着いたら、先に公都へ帰ると
 いい。俺にも公爵らしいことをさせてくれ」


 ありがとうございますと呟くと、頑張りすぎだよと叱られた。
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