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新しい気持ちで

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 屋敷に籠って数日、報告をしに来てくれるノクトやアデルの話に耳を傾け、私は、ぼんやりしていた。
 未だに、あの災害でのことから、抜け出せずにいる。

 そこに、ナタリーが帰ってきた。
 ナタリーは、生糸の生産をする養蚕の様子を見に行ってくれていたのだが、今年の流行について、考えがまとまったとのことだった。


「アンナリーゼ様、お久しぶりです」
「ナタリー、久しぶりね」
「お元気がなさそうですが……気がかりになっているのは、災害のことですか?伝染病のことですか?」
「両方よ……」


 肩を落とす私に寄り添い、ナタリーが話をしてくれる。
 今回、ナタリーが一緒にコーコナへ来たのは、冬のドレスについての打ち合わせがあった。一緒にドレスのデザインを担当しているクーヘンと一緒に、生地工場に詰めていたときの話や養蚕の様子を見に行ったときの話をしてくれた。
 確か、ナタリーは、蚕が苦手だったと思うけど……と思いながら聞いていたら、生糸を作っているところだけに話をしに行ったらしい。なんともナタリーらしい話ではあった。


「途中で、伝染病が流行っている町の前を通りましたら、ヨハン教授に会いましたよ!あんなに指示を
 飛ばして動き回っているあの方を初めて見ました。でも、さすが、お医者様ですね!」
「どうして?」
「いつもはあれですけど……しっかり、命の向き合っているって感じがしました。ヨハン教授の後ろを
 見慣れない女の子がついて回ってましたが……どなたでしょう?助手とも違うし……なんというか……」
「あぁ、それは、ロアンじゃないかしら?」
「ロアン?アンナリーゼ様のお知り合いですか?」
「えぇ、私を女神と呼ぶ不思議な子よ!前の視察のときにあったの。ヨハンからの報告書に、弟子に
 してくれと煩くついてくるって書いてあったから、たぶん、そうだと思うわ!」


 ほぅっと呟くナタリー。何か思うことがあるのだろうか?見つめると、微笑む。


「ヨハン教授にとは、なかなか目の付け所がいいですね!そのまま、医術を学ばせてはどうですか?」
「医術を?」
「アンバーもコーコナも医師不足ですから……必要な人材ですので、育てるいい機会ではないですか?」
「なるほど……でも、あの子も他に仕事があるんじゃ……」
「まぁ、意思確認は必要でしょうが、聞いている感じでは、新しい道に進みたがっている……そんな
 気がします。アンナリーゼ様は、そういう人の背中を押すのが上手なのですから!きっと、その子も
 ヨハン教授の働きぶりを見て、思ったはずです。アンナリーゼ様の役に立ちたいと」
「私、関係なくない?」
「ありますよ!普通、領主が伝染病が蔓延している場所には、行きません!」
「……人手が足りなかったから、仕方がなかったのよ!」
「それでも、貴族は、自分がタダで診てもらうことはしても、誰かの看病に飛び回るだなんてしま
 せんよ!私ですら、アンナリーゼ様以外……とアンジェラ様とネイト様以外は、看病なんてしま
 せんよ!」


 アンナリーゼ様は、えらいのですよ!と褒められた。でも、今は、それすら嬉しくなくて……曖昧に笑う。


「アンナリーゼ様……自身のことをどう評価されているかわかりませんが、アンバー領やコーコナ領の
 領民の多くは、それこそ女神のようだと思っていますよ。あながち、そのロアンがいうのは間違って
 いません。
 アンナリーゼ様が思う以上に、みながアンナリーゼ様のことをとても評価しているのです。
 今回のこと……」
「……失敗だったわ。もっと他にいい方法があったはずなの!」
「アンナリーゼ様!」
「本当よ……ナタリー」
「いいえ、あれ以上の方法は、ありません。私が知る限り、アンナリーゼ様が提案されたものが、1番
 適していたのです。ノクトやアデルからも話は聞いています。
 そこまで、自身を責めないでください。いいですか?もし、これ以上、責めるようなことがあれば、
 私たちにも考えがあります」
「かん、がえ……?」


 えぇと優しく微笑むナタリー。その目には意志の強い何かを持っていることがわかる。


「どうするの?」
「コーコナ領を出禁にします!」
「そんなことできないわ!だって、ここは……」
「できますよ!アンナリーゼ様だけが、アンバーとコーコナの領主ではありませんよ?もう一人の
 アンバー公爵にも、治める権利はあるのです!」
「えっ?」
「ありますよ!むしろ、こんなときだからこそ、側で支えていただかないと、困ります!」


 今度は、優しく微笑む。ナタリーは、私を抱きしめた。


「アンナリーゼ様を本当に支えられるのが、私でないことは悔しいですが……本当に支えられるのは
 あの方しかいないのです。アンナリーゼ様の心を支えるのは、この世でたった一人しかいないのです」
「ナタリー……私、いつもナタリーには助けられているわ!」
「いいえ、助けられているじゃダメなのですよ!知らず知らずでも、心の支えにされているのでしょ?
 私からすれば、とっても頼りない方ですけど……」
「……ごめんね、頼りない公爵で」
「…………ジョージア様?」
「あぁ、来たよ、アンナ。本当は、デリアも連れてきたかったけど……叶わなかったから、少しの
 間だけ、子どもたちをお願いしてきた。ウィルも快く受けてくれたからね」


 振り向くと、優しく微笑んでいるジョージアが扉の前で立っていた。
 トロっとした蜂蜜色の瞳は大丈夫だよと語っているようで、見た瞬間に涙が溢れる。


「アンナ、よくがんばったね。辛いこともあったって、聞いたよ」
「ジョージア様……」
「うん、うん。アンナが今、辛いこと、心にとめていること、全て吐き出してごらん。受け止めるから。
 今度こそ、アンナ一人には、しないから」


 私はナタリーの腕の中からフラフラと離れ、迎えに着てくれたジョージアに縋りつく。ぐっと抱きしめられたまま、涙を流した。


「今日は、アンナの話をしよう。時間はたっぷりあるからね!」


 そう囁いたジョージアに手をひかれ、ソファに座ると、ぐずぐずになって流れ落ちる涙を拭ってくれる。
 落ち着いた声で、大丈夫、大丈夫だよとまるでアンジェラを諭すように優しく私の心の準備が整うのをまってくれた。
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