君の思い出

生津直

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第5章 記憶

92 巡り逢い(最終話)

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 浅葉がドアを開けて出ていくと、長尾の髭面ひげづらが待ちかまえていた。

「おい、どした? 今日ってそんな難しい話だっけ?」

 ああそうだ、この上なく難しい、と返したいところを無言で飲み込み、浅葉はガラスのドアを後ろ手に閉めた。

 浅葉のキャリアの中でも数少ない、心底辛い仕事になることはとっくにわかっている。

 空っぽの胃の痛みははっきりとそこにあり続けた。唾液腺が不気味にうずく。だが、今から一本吸いに戻ったところで、何が変わるとも思えない。

「まあVIPっちゃVIPだけど、内容的にはいつものやつだろ?」

と、長尾だけは平常運転だ。

「ちなみに、もう来てるぜ。生で見るとなかなかかわいい子だな」

 浅葉は、思わず「黙れ」と噛み付きそうになるのを何とかこらえた。長尾はおかまいなしに続ける。

「ほら、顔立ち自体はやっぱどことなく似てるからさ。写真だとその印象しかなかったけど。……ま、仲良くやれよ」

と、また一言余計なことを言う。浅葉は、

「お前は現場を押さえることに集中しろ」

とだけ言った。

「はいはい、わかってます」

 長尾は首をすくめ、大部屋へと去っていく。



 ドアの一つが開いており、ブリーフィング中らしき声が漏れ聞こえてくる。そこに時折、はい……はい……と答えるか細い声。

 浅葉は自分の足音の向こうにそのやり取りを聞きながら、一歩、また一歩と歩みを進めた。二人の声が徐々に近付く。

 浅葉がその戸口に姿を現すと、坂口がぱっと振り向いて言った。

「あ、今ひと通り説明したところです」

 坂口の向かい側に座る彼女を、浅葉は視界の端で捉えていた。白い半袖のカットソー。反射的に懐かしさが込み上げる。

 坂口は立ち上がり、

「じゃ、行ってらっしゃい」

と彼女に向けてピシッと敬礼を決め、足早に出ていった。
 
 残された用心深げな顔が浅葉を見上げている。理知的なのにどこか温かい、育ちの良さをうかがわせる目。茶色がかった睫毛まつげが、二度、三度と上下した。浅葉は理性を総動員してこの女性に「護衛対象」とキャプションを付ける。

「田辺千尋か?」

と問いかけると、彼女はちょっと気分を害したように眉を寄せた。

「はい」

 その不服そうな表情の愛らしさに、浅葉は目を奪われた。

 いや、彼女から見れば俺は見知らぬ刑事でしかないのだ、と自分に言い聞かせ、何とか平常心を取り戻す。しかし、「初対面」の彼女にどんな顔で何を言えばよいのかわからず、努めてシンプルに、

「よろしく」

とだけ挨拶した。

 彼女は何か言いたそうに開いた口を一度閉じ、再び開いて、

「……あ、こちらこそ。よろしくお願いします」

と頭を下げた。

 その拍子に、少し癖のある前髪がふわりと揺れた。



                        (了)







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感想 3

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みんなの感想(3件)

鈴本 貴宏
2020.02.17 鈴本 貴宏

直さん!完結おめでとうございます🎉
まだ最後までは読めていませんが、焦らずゆっくり楽しませてもらいます^ - ^

2020.02.17 生津直

鈴本貴宏様

ご感想どうもありがとうございます。お陰様で何とか完結できました! ここからは、気になる点の再考と宣伝を頑張ります。応援ありがとうございます!

解除
レニー
2020.02.17 レニー

久々に手応えの有る良い作品に出逢いました!とっても面白かった💓出来たら番外編もお願いします😄大賞頑張って下さいね‼️👊✨

2020.02.17 生津直

レニー様

ご感想どうもありがとうございます。手応えを感じていただけて嬉しいです! 番外編は書いたことがないのですが、ちょっと考えてみますね。お読みいただきありがとうございました!

解除
はなまる
2020.02.02 はなまる

続けて読みます。大賞、頑張って下さいね! 応援してますよ!

2020.02.02 生津直

はなまる様

応援どうもありがとうございます。お楽しみいただけるように頑張ります! お気づきの点などありましたら、ぜひご指摘お願いします!

解除

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