111 / 138
第11話:絶望の夜
4
しおりを挟む
悠真がシャッターと施錠の解除に取り掛かり、すでに20分。
同時に『神の国』グループの足止めも同時進行している悠真には、明らかに疲労の色が見て取れた。
「こっちがいくらセキュリティロックを掛けても、相手はひとつひとつ丁寧に解除してくる……。ハッカーらしくないんだよね、コイツ……。」
悠真がひとつずつ、侵入されているセキュリティを強化しているのだが、『ハッカー』はそれをひとつひとつ確実に解除していく。
「まるで、ひとつずつ鍵をかけ直してるのに、すぐにヘアピンで開けられてるような……嫌らしいなぁ、こんなやり方、昔に一度だけ……あ。」
そこまで言ったところで、悠真は過去にこの手のハッカーと戦ったことを思い出した。
「まさか……まさかの……?」
その手口、癖……
悠真は、その全てを知っていた。
「もしかしたら、倒せるかも。」
「え?」
「コイツ……僕の知り合いかもしれないんだ。」
知り合いというほど親しくはない。
ネットの世界の中で、同じタイミングで同じようにもてはやされた存在のひとり。
たまたま同じシステムに侵入しようとして、互いに邪魔し合った間柄。
「鍵開け屋……ここの鍵は、開けさせないよ。手口や癖が分かった以上、こっちにはいくらでもやりようがある。特務課……なめるなよ。」
悠真が自身の机の引き出しから、チョコレートを出し、口に放り込む。
「……よーし、やるぞ!」
糸口が見えて士気が上がったのか、悠真のキーボードを操作する音が次第に早くなっていく。
「志乃さん、ちょっとだけ手伝って!」
「私!? 私、ハッキングとかの技術は……。」
「それは僕の仕事。志乃さんは、僕が制御可能にしたタイミングで、通常操作でドアオープンして欲しいんだ。その操作に費やす時間が惜しい。」
相手は制御不能にするだけ。
しかし、悠真は制御可能にしてから、扉を開けるという2つの行程を必要とする。
扉を開ける操作をしている間に、再び制御不能にされてしまうと、また手順が振り出しに戻ってしまうのだ。
「……了解。合図をちょうだい。」
「……ありがと!」
しかし、今回は独りではない。
隣には、警視庁内を知り尽くす才媛が控えているのだ。
「ひとつだけ……忘れてるよ。」
キーボードを操作しながら、悠真が笑う。
「確かにアンタのやり方は、丁寧で確実だ。でもね、アンタは今まで、この僕にスピードで勝てたことはないんだよ! たとえ雑で失敗してしまったとしても……。」
目まぐるしい速度でモニターの文字列が流れていく。
「失敗したら、相手が成功するその前に、成功させてやればいいだけさ!」
悠真は、ようやく吹っ切れた。
「……ん?」
外にいる虎太郎たち。
何やら入り口付近で大きな音がしていることに気が付いた。
「もしかして……。」
北条がシャッターに近づくと、シャッター付近からかすかなモーター音のようなものが聞こえるのに気付いた。
「……司ちゃん、聞こえる?」
もしかしたら、敵のハッカーが何らかのミスをしたのかもしれない。
北条は駄目でもともと、指令室のメンバーに自分の声が聞こえるかどうかを試してみた。
すると……。
「北条さん!?」
司の、少しだけ驚いたような声が聞こえた。
「よかった! やっと繋がったね、無線!」
北条が安堵のため息を漏らした。
その様子をみて、小太郎は即座に悠真が状況を打開したことを悟った。
「やったじゃねぇか、悠真!!」
「まぁね……まだ油断できない状況だけど、このままいけば何とか凌げるかな……。」
悠真の声も聞こえる。
「でも、開けてくれたのは僕じゃない。絶妙なタイミングで志乃さんが開けてくれたんだ。本当に、隣に志乃さんがいてくれて良かったよ……。」
志乃はこの時完璧に、悠真のサポートをやってのけたのだった。
「まだまだ終わってません。私はこのまま悠真くんのサポートを続けます。虎太郎くんたちは侵入者たちを確保して! とても危険な相手だから、無理はしないで……。」
こんな状況でも決して気を緩めない志乃。
その声に虎太郎たちは活気づく。
「当然だ! 全員まとめて逮捕してやるぜ!」
「今度は僕たちの番だね。」
「よーし、やってやるか!」
「締め出されてストレス溜まってるもんね!」
虎太郎・北条・辰川・あさみ。
特務課のメンバーに加え……
「俺も、高橋さん引き渡したら向かうぜ。」
「私は、このままSITを率いて署内の巡回に回ります。少しずつ侵入者達の包囲網を狭めていきます。」
稲取と古橋を加え、文字通りの総力戦を向かえることになる。
「俺と北条さんは侵入者を追う。辰さんは署内の巡回に合流してもらって安全防護。あさみは司令室のメンバーと合流、それでいいか?」
虎太郎が、これからの行動をメンバー達に相談する。
「意義な~し」
「俺も了解だ。」
「アンタが仕切るっていうのが何とも納得いかないけど……ま、ミッションに関しては了解。」
皆、考えていることはほぼ一緒だったようだ。
シャッターが少しずつ上がっていく。
外にいた捜査官全員が身構える。
「よーし、行くぜ!」
そして、シャッターが開ききったところで虎太郎が大声で合図を出した。
「うぉぉぉ!!」
「いけーーー!!」
外に残された捜査官達は、なだれ込むように警視庁へと突入した。
一斉になだれ込む捜査官たち。
その勢い・士気は高い。
警察の威信にかけて、そして自身のプライドにかけて、これ以上署内で、警察官の犠牲者を出すわけにはいかなかった。
そして、虎太郎も……。
(絶対に敵は取ってやるからな、奈美!!)
婚約者を殺された被害者の一人として、『神の国』幹部たちを許すわけにはいかなかった。
「先行するぜ! 北条さん、無理しない程度についてきな!」
その驚異的な体力と身体能力で、虎太郎はどんどん進んでいく。
「虎! 一人で行くと危険だよ! ここは皆と足並みをそろえていくんだ。すぐにあさみちゃんも来る。相手にはあのアサシンもいるんだよ!」
完全に熱くなってしまっている虎太郎を、北条が落ち着かせる。
4人相手に1人で挑むなど、負けに行くようなものだ。
そのうち1人は、『狙撃手』高橋をしても謎の人物なのだ。
「……わかった。少しずつ進んで、後続のための道を作っておいてやろう。」
虎太郎は、冷静だった。
その口調や行動から、常に熱い男だと思われがちではあるが、その実、冷静に状況判断が出来ていた。
「虎……落ち着いてるね。」
北条も、その様子が意外で思わず訊ねてしまう。
「あぁ……前の俺だったら、闇雲に突っ込んで死んでたかもしれない。でもさ、俺がすべきことは無意味に命を散らすことじゃなくて、1人でも多くの悪人を逮捕することなんだ。まっとうに生きている人たちが苦しんだり悲しんだりする姿を見るのは、嫌だ。」
もちろんそこには、自身の経験も含まれているのだろう。
大切な火とを無惨にも奪われた、その時の気持ちはもう、味わいたくなかった。
「成長したね、虎。」
そんな虎太郎を見て、北条は微笑んだ。
「ホントは、事件を経て成長なんてして欲しくないんだ。事件が起こらないように、起こさないように僕たちは指導していきたいと思ってる。でも……成長の仕方はとにかくとして、虎がここまで大きな存在になってくれたのは、素直に嬉しい。もう、君は特務課にはいなくてはならない存在だよ。」
特務課に配属され、司に紹介された相棒が虎太郎だった。
無鉄砲で乱暴者。操作の仕方などなにも分かっていない。
そんな虎太郎が、一連の『神の国』が関わった事件で少しずつ、そして確実に成長していく姿を目の当たりにしていた北条は、複雑な心境でいた。
「君の先輩が黒幕の事件を通して成長していくとはねぇ……。ちゃんと刑事を教えて欲しかったよ。」
「全くだ。じゃぁ、先輩と後輩、ふたりで説教しに行こうぜ、北条さん!」
視界の先に侵入者達は見えない。
虎太郎と北条は、急いで後を追うのだった。
同時に『神の国』グループの足止めも同時進行している悠真には、明らかに疲労の色が見て取れた。
「こっちがいくらセキュリティロックを掛けても、相手はひとつひとつ丁寧に解除してくる……。ハッカーらしくないんだよね、コイツ……。」
悠真がひとつずつ、侵入されているセキュリティを強化しているのだが、『ハッカー』はそれをひとつひとつ確実に解除していく。
「まるで、ひとつずつ鍵をかけ直してるのに、すぐにヘアピンで開けられてるような……嫌らしいなぁ、こんなやり方、昔に一度だけ……あ。」
そこまで言ったところで、悠真は過去にこの手のハッカーと戦ったことを思い出した。
「まさか……まさかの……?」
その手口、癖……
悠真は、その全てを知っていた。
「もしかしたら、倒せるかも。」
「え?」
「コイツ……僕の知り合いかもしれないんだ。」
知り合いというほど親しくはない。
ネットの世界の中で、同じタイミングで同じようにもてはやされた存在のひとり。
たまたま同じシステムに侵入しようとして、互いに邪魔し合った間柄。
「鍵開け屋……ここの鍵は、開けさせないよ。手口や癖が分かった以上、こっちにはいくらでもやりようがある。特務課……なめるなよ。」
悠真が自身の机の引き出しから、チョコレートを出し、口に放り込む。
「……よーし、やるぞ!」
糸口が見えて士気が上がったのか、悠真のキーボードを操作する音が次第に早くなっていく。
「志乃さん、ちょっとだけ手伝って!」
「私!? 私、ハッキングとかの技術は……。」
「それは僕の仕事。志乃さんは、僕が制御可能にしたタイミングで、通常操作でドアオープンして欲しいんだ。その操作に費やす時間が惜しい。」
相手は制御不能にするだけ。
しかし、悠真は制御可能にしてから、扉を開けるという2つの行程を必要とする。
扉を開ける操作をしている間に、再び制御不能にされてしまうと、また手順が振り出しに戻ってしまうのだ。
「……了解。合図をちょうだい。」
「……ありがと!」
しかし、今回は独りではない。
隣には、警視庁内を知り尽くす才媛が控えているのだ。
「ひとつだけ……忘れてるよ。」
キーボードを操作しながら、悠真が笑う。
「確かにアンタのやり方は、丁寧で確実だ。でもね、アンタは今まで、この僕にスピードで勝てたことはないんだよ! たとえ雑で失敗してしまったとしても……。」
目まぐるしい速度でモニターの文字列が流れていく。
「失敗したら、相手が成功するその前に、成功させてやればいいだけさ!」
悠真は、ようやく吹っ切れた。
「……ん?」
外にいる虎太郎たち。
何やら入り口付近で大きな音がしていることに気が付いた。
「もしかして……。」
北条がシャッターに近づくと、シャッター付近からかすかなモーター音のようなものが聞こえるのに気付いた。
「……司ちゃん、聞こえる?」
もしかしたら、敵のハッカーが何らかのミスをしたのかもしれない。
北条は駄目でもともと、指令室のメンバーに自分の声が聞こえるかどうかを試してみた。
すると……。
「北条さん!?」
司の、少しだけ驚いたような声が聞こえた。
「よかった! やっと繋がったね、無線!」
北条が安堵のため息を漏らした。
その様子をみて、小太郎は即座に悠真が状況を打開したことを悟った。
「やったじゃねぇか、悠真!!」
「まぁね……まだ油断できない状況だけど、このままいけば何とか凌げるかな……。」
悠真の声も聞こえる。
「でも、開けてくれたのは僕じゃない。絶妙なタイミングで志乃さんが開けてくれたんだ。本当に、隣に志乃さんがいてくれて良かったよ……。」
志乃はこの時完璧に、悠真のサポートをやってのけたのだった。
「まだまだ終わってません。私はこのまま悠真くんのサポートを続けます。虎太郎くんたちは侵入者たちを確保して! とても危険な相手だから、無理はしないで……。」
こんな状況でも決して気を緩めない志乃。
その声に虎太郎たちは活気づく。
「当然だ! 全員まとめて逮捕してやるぜ!」
「今度は僕たちの番だね。」
「よーし、やってやるか!」
「締め出されてストレス溜まってるもんね!」
虎太郎・北条・辰川・あさみ。
特務課のメンバーに加え……
「俺も、高橋さん引き渡したら向かうぜ。」
「私は、このままSITを率いて署内の巡回に回ります。少しずつ侵入者達の包囲網を狭めていきます。」
稲取と古橋を加え、文字通りの総力戦を向かえることになる。
「俺と北条さんは侵入者を追う。辰さんは署内の巡回に合流してもらって安全防護。あさみは司令室のメンバーと合流、それでいいか?」
虎太郎が、これからの行動をメンバー達に相談する。
「意義な~し」
「俺も了解だ。」
「アンタが仕切るっていうのが何とも納得いかないけど……ま、ミッションに関しては了解。」
皆、考えていることはほぼ一緒だったようだ。
シャッターが少しずつ上がっていく。
外にいた捜査官全員が身構える。
「よーし、行くぜ!」
そして、シャッターが開ききったところで虎太郎が大声で合図を出した。
「うぉぉぉ!!」
「いけーーー!!」
外に残された捜査官達は、なだれ込むように警視庁へと突入した。
一斉になだれ込む捜査官たち。
その勢い・士気は高い。
警察の威信にかけて、そして自身のプライドにかけて、これ以上署内で、警察官の犠牲者を出すわけにはいかなかった。
そして、虎太郎も……。
(絶対に敵は取ってやるからな、奈美!!)
婚約者を殺された被害者の一人として、『神の国』幹部たちを許すわけにはいかなかった。
「先行するぜ! 北条さん、無理しない程度についてきな!」
その驚異的な体力と身体能力で、虎太郎はどんどん進んでいく。
「虎! 一人で行くと危険だよ! ここは皆と足並みをそろえていくんだ。すぐにあさみちゃんも来る。相手にはあのアサシンもいるんだよ!」
完全に熱くなってしまっている虎太郎を、北条が落ち着かせる。
4人相手に1人で挑むなど、負けに行くようなものだ。
そのうち1人は、『狙撃手』高橋をしても謎の人物なのだ。
「……わかった。少しずつ進んで、後続のための道を作っておいてやろう。」
虎太郎は、冷静だった。
その口調や行動から、常に熱い男だと思われがちではあるが、その実、冷静に状況判断が出来ていた。
「虎……落ち着いてるね。」
北条も、その様子が意外で思わず訊ねてしまう。
「あぁ……前の俺だったら、闇雲に突っ込んで死んでたかもしれない。でもさ、俺がすべきことは無意味に命を散らすことじゃなくて、1人でも多くの悪人を逮捕することなんだ。まっとうに生きている人たちが苦しんだり悲しんだりする姿を見るのは、嫌だ。」
もちろんそこには、自身の経験も含まれているのだろう。
大切な火とを無惨にも奪われた、その時の気持ちはもう、味わいたくなかった。
「成長したね、虎。」
そんな虎太郎を見て、北条は微笑んだ。
「ホントは、事件を経て成長なんてして欲しくないんだ。事件が起こらないように、起こさないように僕たちは指導していきたいと思ってる。でも……成長の仕方はとにかくとして、虎がここまで大きな存在になってくれたのは、素直に嬉しい。もう、君は特務課にはいなくてはならない存在だよ。」
特務課に配属され、司に紹介された相棒が虎太郎だった。
無鉄砲で乱暴者。操作の仕方などなにも分かっていない。
そんな虎太郎が、一連の『神の国』が関わった事件で少しずつ、そして確実に成長していく姿を目の当たりにしていた北条は、複雑な心境でいた。
「君の先輩が黒幕の事件を通して成長していくとはねぇ……。ちゃんと刑事を教えて欲しかったよ。」
「全くだ。じゃぁ、先輩と後輩、ふたりで説教しに行こうぜ、北条さん!」
視界の先に侵入者達は見えない。
虎太郎と北条は、急いで後を追うのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる