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第4話:命の価値

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銀行員たちは、あさみの登場に安堵しつつも、いまだに恐怖心は消えずにいる。
その理由は、Fが所持していると思われる銃。


「でも、犯人……銃を持っていて……。」

「あ……そっか。」


あさみは周囲を見渡す。
北条の無線を聞いた限り、Fと呼ばれる犯人は中年から初老の男性。
人質の中に、そのような人物がいないかを探す。


(……Fって犯人に該当する人はいないみたいね……。)


そこにそれらしき人物はいなかったので、あさみはこの隙に人質の解放を目指す。


「大丈夫、今この中に犯人はいない。もし新たな人影が見えたら私がすぐに対処するから、今のうちに人質の拘束を解いて。」

「で、でも……。」


それでも、行員たちはなかなか行動に移れない。


(……ま、無理もないか。目の前で人が死んだんだし。)


もし、自分が殺された人質と同じような目に遭ったら。
不安というものはほんの小さなものでも徐々に大きく膨らんでいくもの。
人質はみな、目隠しをされてから銃声を聞いたが、行員は犯人が人質の一人を射殺するところを目撃している。
その光景が、行員たちの脳裏にこびりついているのだろう。


「いい?あなたたちが何もしなければ、現状のまま私も人質に加わるだけ。事件を解決するのは警察の仕事。でもね、被害者だって立ち上がらなければ事件なんて解決出来ないよ。」

決して声を荒げることなく、あさみは諭すように行員達に言う。


「生きたい、解放されたいという気持ちがなければ、ずっとこのままだよ。私たちも、人質にされてる人たちも……。勇気を持とう、ね?」

「勇気を……。」



この言葉で、一番最初に動いたのは、支店長代理だった。

「わ、私は……犯人に脅されて言いなりになってしまいました。もっと私に勇気があれば、もっと早く皆さんを解放出来たかもしれない。私は……皆さんの解放に協力したい!」

 
支店長代理が、人質達に歩み寄ると、


「すみません、すみません……。」

呪文のように何度も繰り返し謝りながら、人質達の目隠しをはずし、拘束を解いていく。


「わ、私も……」

「俺も……!」


その姿に何かを感じたのか、行員達も続々と動き始める。


(よーし、これなら……!)


人質の目隠しが全員分外されたのを確認して、あさみは外にいる特務課員に無線を飛ばす。


「こちらあさみ。人質の退避の準備は整ったわ。ここまで来れば、犯人がひとりふたり躍起になったところで、たかが知れてるわ。合図を出すから、そのタイミングでSITを突入させて。突入口から一気に人質を避難させるわ。」


「はいよ、りょーかい。」


あさみの無線を受け、北条が近くにいるSIT隊長・古橋に目配せをする。
古橋は小さく頷くと、SIT用の無線で指示を出す。


「正面玄関の両側に展開。中から何らかの合図があったら、扉を開いて突入。人質の解放を最優先とする。妨げになりそうな扉、障害物は排除して構わない。時間との勝負だ……心してかかれ。」


淡々と、用件だけを話す古橋。


(うん……さすが元SIT若手のエースだった男だね。経験豊富だし頭もいい。こりゃ、しばらくSITは安泰だね……。)


北条が感心している間に、SITが銀行・正面玄関前に配置を済ませる。


「あさみちゃん、こっちは準備オッケーだよ。そっちのタイミングで合図よろしく~」

「了解。……現在・状況を確認中。……死者は銀行内に1人。今のところ、だけどね。」


あさみが中の様子を暗視スコープで確認する。
悠真の匙加減で銀行内の照明を復旧させることは出来るのだが、明るくなると逆に犯人に有利な何かが生まれるかもしれない。
暗いうちに、犯人が現状を把握しきれないうちに行動することが重要だと、あさみは判断したのだ。


「OK……!」


周囲を見渡す。
行員たちはようやくすべての人質の拘束を解き、目隠しを取ったようだ。


「やった……!」

「私たち、助かるのね!」

「出口はどこだ!?」


にわかに活気づく、行員と人質たち。


「……静かに。」


そんな周囲を、あさみはたった一言で静めた。


「まだ、脱出完了してない。銀行内にいるということは、まだ数パーセントでも死の危険が伴っているということ。外に出るまでは油断しないで。」

「う……」

「は、はい……。」


特殊部隊での経験が、ここで生きる。
作戦行動が終わり、安心したところで命を落とした仲間がいた。
それも、『作戦中の気のゆるみ』から生まれたもの。

ゆえに、あさみは作戦終了まで、決して気を緩めない。油断をしない。


「……気を緩めるなとは言ったけど……安心はしていい。必ず全員、外に出すわ。私、こう見えて有能なの。」


それでも、人質を少しでも安心させようと、あさみは自分の思いつく限りの言葉を紡いだ。


「あさみちゃん、それ……フォローのつもり?」

「う、うるさいわね!!別にいいじゃない!!」


北条が、あさみを冷やかす。が……。


「……うん、充分だよ。君ほどの子が励ますんだ、安心しないわけがない。きっと、人質『だった』みんなは君の指示には絶対に従うよ。」


北条は確信する。
あさみは、本当に有能な人員だということ。
そして、そんなあさみが潜入したことにより、事件解決の確率が一気に跳ね上がったということを。


「こっちはいつでもいいよ。中のみんなの気持ちが落ち着いたら合図出してね。」


北条が、あさみに平静でいることを促しつつも合図を待つ。
あさみは、周囲を見渡す。
すべての人質の拘束が解かれ、皆立ち上がっていた。


「……みんな、私の合図で外からSITが突入する。それを合図に、みんなはまっすぐ出口へ向かって。知り合い、家族、友達に恋人……一緒にはそんな人もいるかもしれない。でも、気にかけないで自分のことを最優先に、振り返らずにただ走って。大丈夫。逃げ遅れた人がもし現れたら、私が全力でフォローするわ。」


立ち上がった人質たち、行員たちにあさみは丁寧に指示を出す。

こういう時、指示を出しても理解しきれない人がいるのは当然のこと。
しかし、今回は指示を理解できないということがそのまま身の危険に直結する。
ゆえに、あさみは指示を『ただ振り返らずに出口に走る』という1つのタスクにまとめたのだった。


一同、あさみに真剣な表情で頷くことで返事をする。


「大丈夫。みんなならやれるわ。……外に合図を出すわよ。眩しくなるから目を閉じてて。」


あさみが、辰川お手製の閃光弾を手にすると、ピンを抜いて玄関の方へ放り投げた。

閃光弾は激しい光を発し、そして消えた。



「突入~~~~!!」


その閃光を見た古橋はすぐに、SITに指示を出す。
SITは迅速に指示に従い、手際よく正面玄関を解放していく。


(入口が……開いた!!)


犯人たちが現在銀行フロアにいない以上、外に出ることは容易かった。
ただ、ドアを開けて外に出るだけなのだから。
しかし、あさみが考えていたプランは、『行内の人間が全員、安全に』外に出ることだったのだ。
そのために、SITを突入させることにより、避難方向の背後をしっかりと守ってもらう必要があったのだ。


「今よ!!みんな一気に外に出て!!振り返らないで、まっすぐ自分のことだけ考えて、外に!!」

あさみが大きな声で、行内に聞こえるように叫ぶ。



それと同時に、銀行内の民間人たちはみな、玄関に向かって走り出した。



「お、来たね来たね……。」


銀行の外で待っていた北条が、玄関の異変に気付く。


「稲取くん、人質出るよ~、一度みんな保護して話を聞こう。」

「了解だ!!」


銀行の外も忙しくなってくる。
北条が指揮をより、捜査一課そして他部署の刑事たちも人質の保護に急ぐ。


「志乃ちゃん、行内で死者がいたはず。出来れば現場でいろいろ検証したいから、雪ちゃん至急銀行に呼んで!」


現場に捜査が入ると、特務課としては自由に捜査することが出来なくなる。
捜査自体は出来るだろうが、あくまで主体は一課になるだろう。
そうなる前に、素早く状況を把握しておきたかった。


「監察医の桜川先生ですね。すでに手配してます。間もなくそちらに到着するかと。」


志乃は、すでに雪に連絡を取っていた。
死者が出たという情報を聞いた時点で、こう言うこともあろうかと。

ただ、依頼に応じるだけでなく、その状況を冷静に分析して最善の手を打つ、それこそが志乃の持ち味なのだ。


「さすが志乃ちゃんだ。これで安心して捜査が出来るよ。さて、人質はみんな退避出来たみたいだね。僕もそろそろ中に入ろうかな。」


ようやく静かになった銀行に、北条はゆっくりと足を踏み入れる。


「北条さん!俺も行くぜ!」


そんな北条の背に、虎太郎が声をかける。
ラッキーマートからこの場に直行していたのだ。


「オッケー。じゃぁ行こうか。」


北条と虎太郎は、銀行内に入っていく。
入ってすぐのところに、あさみがいた。


「やぁ、あさみちゃん。大活躍だったじゃないの~」

「別に、普通よ。格闘も銃撃戦も無かったんだから、人質の全員退避なんて義務みたいなもんでしょ。」


褒められたことに少々照れながらも、人質退避については特に思うところはなかった様子のあさみ。

しかし、北条はそんなあさみの言葉に違和感を感じた。


「格闘も、銃撃戦も無かった……?ねぇ、犯人と会わなかったの?」

「うん……会ってない。煙幕に閃光弾まで用意してもらったのに、結局無駄遣いしちゃった。」


北条の不安が、少しずつ増していく……。


「犯人、探しに行こうか。」

「……え?銀行の外に?」

「いや、まずは中からだ。どこかに隠れているかもしれない。」


北条の、刑事としての長年の勘が警鐘を鳴らしている、そんな感覚におそわれる。


「北条さん!!」


そんな北条に声をかけたのは、先に突入していたSITの古橋だった。


「どうしたの?」

「地下1階の大金庫に……。」  


そこまで言って、古橋がややうつむく。
その反応で、北条は何かを悟った。



「早速行こうか、大金庫に。」



北条と虎太郎、そして古橋が大金庫に向かう。


「犯人が……自殺?」

途中で古橋から聞いた話、それは……。


「えぇ。大金庫前に遺体が。胸部をショットガンで撃ち抜いた様です。近くには犯人が残したものと思われる遺書が。現場保存のため、そのままにしてありますが……。」


古橋も、まだ隊員からの報告を受けたばかりなので、あいまいな報告しかできていないわけだが、隊員の情報の信ぴょう性は高い。
脚色する必要がないからだ。


故に北条には疑問しか残らなかった。

あまりにも不自然なのだ。


(身代金を必要としない立てこもり事件の犯人が、何故大金庫で自殺……?)


北条の疑問が膨らむ。


「……急ごうか、現場へ。」


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