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第4話:命の価値

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(なかなか手際が良いみたいだねぇ。やっぱ頼れるのは特務課ってね。)


無線でのメンバーのやり取りを聞きながら、北条が笑う。


「北条さん、食料の準備ができたぞ!」

ちょうどその頃、稲取が大きな声で北条に告げる。


「まだ20分じゃないか。さすがは捜査一課だねぇ。」

「ちっ、捜査一課をパシりに使いやがって……。まぁいい。どうやってコンタクトをとるんだ?」

稲取は一刻も早く犯人を確保したかった。
それが警察の威信だと思っているからである。


「もうすぐ連絡が来るよ。きっと指定した時間よりも少しだけ早く……ほら来た。」


北条の予想通り、車輌内の電話に入電する。


「はいはい、北条だよ。」

「……だいぶ余裕ですね、北条さん。こんな事件、慣れてますか?」


冷たい声のF。
北条が慌てず平常心でいることに不快感をあらわにしている。


「余裕だなんてとんでもない!どうすれば人質が助かるかを、君と話をしながらも一生懸命考えているよ。」

「見え透いた嘘を……」

「本当だよ。人質に罪はない。そっちは早速ひとり殺してるんだろう?だったら一刻も早く他の人質を解放したい。これ、僕の本心だよ。」


Fのやり方に北条は怒りを禁じ得ない。
それでも、公証人としてFと話をしている以上、出来るだけ自分の感情は抑えておく必要があった。


「……で?どうやって渡せば良い?どうやって解放される人質をこちらに?」

「なにも難しくはありませんよ。私が最も信頼のおける人質に、解放する方を連れていかせます。食料は人質と交換にします。私は去り行く人質の背後を狙うといつまらないことはしません。」

「……大丈夫。心配していないよ。それで?誰が食料を持ってく?」


北条の予測。
それは女性警察官とのやりとり。


「……北条さん、あなたにお願いしましょうか。」

「……!!!」


そんな北条の予測を、Fは上回ったのであった。


「だいじょうぶ。こちらも武器などは一切持たせません。」

「それは安心かもしれないけどさぁ……君にとってはリスキーじゃない?」

「確かに、交渉人を取引に使うなど、ねぇ……。」

ゆっくりと、言葉を選びながら話す北条。 


「……分かったよ。僕が真心をもって届けるよ。銀行の前に行けば良いのかな?」

「えぇ。こちらから貴方の姿を確認でき次第、人質を連れていかせます。」

「……はいよ。」


そこまで話すと、唐突に通話が切れた。

通話が切れたのを確認すると、北条が難しい顔をした。


「参ったねぇ……相当やり手だわ。解決するまで僕に捜査をさせないつもりだね……。」


稲取が部下に命じて用意させた、人質の食料が入ったバッグを受け取り、北条が捜査車輌から出る。


「いやぁ、重たいねぇ。」

そのままふらふらと銀行前へと歩いていく。


「あー、こんな感じで、荷物の引き渡しに任命されてしまったよ。これで僕は警察車輌に缶詰だ。今回の犯人、一筋縄では行かなさそうだよ……。」


のんびりと銀行前に歩くふりをして、無線を使って北条は司令部に自信の近況を報告した。


「……了解。でも北条さんが犯人と直接話すことが出来るポジションにいるのは心強いわ。周囲の実行部隊は、他のメンバーでやるから心配しないで。」

すぐに司が返事をする。


「すまないねぇ。でも、な~んとなく犯人の性格とかその辺がつかめてきたよ。ま、それは確信を持ったら話すことにするさ。……じゃ、お役目を全うするとしようかね。」


北条が銀行前にたどり着く。
そして、上着を脱ぐと食料の入ったバッグを足下に置き、両手を上げた。


「はい、ついたよー」


どこで犯人が見ているか分からない。北条はとりあえず着いたことを声に出した。

警察車輌から稲取、秋吉、古橋がモニターで北条を見守る。


「流石だ。上着を脱げば中の装備品が丸見えだ。北条さんは上着を脱ぐことで装備品がないと言うことを犯人に知らせたんだ。下手に隠し持っていては、見つかったときに人質に危険が及ぶからな。」

古橋が北条の行動を評価する。


「だが……相手が凶悪犯であった場合、あのやり方では自分が命を落とすわ。」

「……ま、今回は大丈夫ってことだろ。北条さんの長年の勘と頭脳がそう導き出したに違いない。」


心配する秋吉と、かつて同じ捜査一課で捜査してきた同僚としての不思議な安心感を感じる稲取。


「……来た!」


次の瞬間、古橋がモニターを見ながら小さく呟く。


正面玄関からひとりの老人が姿を表した。
目隠しされたままのろうじんは杖をつき、ゆっくりと北条のところに向かってくる。


「すみません、私たちのために……。」


深々と頭を下げる老人。

「こちらこそ、すぐに助けて上げられなくて申し訳ないですね。あなたが解放される?」

「えぇ、そう言われてきました。中に食料を運んだら、そのまま外に出て良いと言われました。」

「分かりました。目隠しは外しても?」

「いいえ、解放されるまで外すなと言われています。外したらひとり殺すと。」

「驚くほど入念だなぁ。重いですよ?手伝いますか?」

「いえ、大丈夫。ありがとうございます……。」


少し重量のあるバッグを必死に肩に掛け、杖をつきながら老人は銀行内に去っていった……。


「さぁて、とりあえずまずは1人目、か。」

北条が小さく溜め息を吐く。
老人が銀行に入って3分後……。

目隠しをしたままの老人が、支店長代理に連れられ正面玄関に現れた。


「この方を、解放します……。」


支店長代理はそら以上多くを語らず、老人の背をそっと北条の方へ押した。


「あなたが無事に解放されて、本当によかった……。」


それは、支店長代理の心の声。
声に出すほど、彼の心は疲弊していた。

北条は、その様子を見て支店長代理が犯人に操られていることを即座に見抜いた。


「次の要求は?」

そこで、電話も切られているこの状態で、あえて北条は支店長代理に問う。



「次の……要求?」

戸惑う支店長代理。


「イエスなら『はい』ノーなら『えぇ』。」


出来るだけ周囲に聞かれないように、支店長代理に近づいた北条は小さな声で言う。


「貴方は共犯?」

「……えぇ。」

「脅されて利用されてるだけ、だよね?」

「……はい。」

「犯人は、ひとり?」

「えぇ。」

「ふたり?」

「……はい。」

「そっか、ありがとう。必ずみんなを助けるよ。だから、今は辛いかもしれないけれど、頑張って欲しい。警察を、信じて。」

「……はい。」

あまり時間を取ってはFに感づかれてしまう。
必要な情報だけを聞き、あとは自分で分析することにした北条は、どうぞ、と支店長代理に銀行内に戻るよう促した。


「よろしく、お願いします……。」

「『はい。』任せて。」


北条は老人の手を引くと、支店長代理の姿が見えなくなってから、警察車輌前にいる捜査一課の刑事に保護させた。


「とりあえず、一歩前進、かな。」


小さな溜め息。
それは、満足や安堵によるものではない。
小さな不満。

思っている通りにことが進まない、これまでにない『強敵』のシナリオ通りに動かされている苛立ち。


(こんなに頭の良い犯人、初めてだよ……。)


だからこそ、必ず逮捕してやると意気込む北条なのであった。


車輌に戻る北条を、稲取、秋吉、古橋が迎える。


「お疲れさまでした。」

「無事、1人目が解放されたみたいだな。」

「……なにか、糸口は?」


3人は次々と北条に声をかける。


「まぁまぁ、落ち着いて。まず、犯人はふたり。プラス無理やり協力させられている支店長代理。まぁ、犯罪の協力と言うよりは犯人の使い走りみたいな感じだよね。罪には問わなくて良いレベルだよ。実際手を下したりしてないからね。」


小さな溜め息を再び吐く北条。


「報告です。先ほどの老人、人工透析が必要らしく、このまま病院へと搬送となります。聞いた情報では、犯人はふたりとのこと。ライフルまたはショットガンを所持、とのことです。」


そんな4人のもとに一課の刑事がやってきて、老人から聞いた話を報告に来たのであった。


「さて……どうしようか。犯人の要求もこっちとしてはのまない方針だし、人質救出には、ちょっと時間が足りないかもね……。」


北条が、無線の電源をいれたまま、車輌内で話す。


「いざとなったら、SITを突入……」

「もう、腹括ってるでしょ。突入に気づかれた時点で、無差別乱射もあり得る。」


なかなか進まない、人質救出のシナリオ。


そんなときだった。


「ねぇ、犯人ってふたりでしょう?銃の数は?」


特務課の無線で話をして来たのは、新加入のあさみだった。


「うーん、銃の数は聞いてないんだよね。でも、犯人がふたりであると想定するなら、『最低2丁』かな?」

「だよね……うん、でも対象がふたりなら、何とかなるかも。そろそろさ、特務課チームの攻撃にしない?このまま要求をどうしたこうした言ってるより、ずっと解決が早いと思うんだけど。」


話す口調は、年相応の若い娘。
しかし、このままでは交渉は平行線であること、早期解決が必要な状況であることは確かであった。


「そうだねぇ。……よし、ここはひとつ『お偉いさん』の判断を仰ぐことにしようか。いつも通り。ね、司ちゃん!」

「……そう言うと思ったわ。了解。掛け合ってくる。」



困ったときの司令。
司の存在は、特務課にとっては謂わば『起爆スイッチ』のようなもの。
司がGoと言えば、各方面に精通したメンバーが一斉に動き出せるのだ。


「まーそんなわけだよあさみちゃん。司ちゃんの結果が分かるまで、ラッキーマート組は待機ね。僕はもう少し犯人に付き合ってみるよ。」

「……分かったわよ。早くしなさいよね。」


あさみはすぐに動けないことに不満げではあったが、おとなしく北条の指示に従った。


「でもね、あさみちゃんの言う通り、時間があまり無いのは確かなんだ。いつまでもダラダラと犯人の要求を先伸ばしにしていると、苛立った犯人が何をするか分からない。」


敬語を間違えずに使いこなす、穏やかな口調。
Fのその話し方に惑わされ、つい穏便にことが進むと思ってしまいがちだが……。


「みんなも気を付けよう。犯人の話し方が『穏やかそうに聞こえる』ことに油断だけはしないこと。現に、ひとり殺しているし、穏やかであればそもそもこんな事件は起こさない。彼は……容疑者Fは、凶悪犯だよ。」


この北条の一言に、特務課員だけではなく、北条と同じ車輌に乗っている3人も気が引き締まった。

「北条さん、あんたはやっぱりすげえ人だ。ずっとあんたの背中を追い続けてきて正解だったよ。」


北条の横顔を見ながら、現警視庁捜査一課長の稲取は、小さく呟いた。


「……もしもし?」


Fから電話がかかってくる。


「まだ、その後誰も手にかけてないよね?」

「えぇ。『今のところは』。」

「嫌だねぇ。君の話、敬語だから穏やかそうに聞こえるけれど、迫力がすごいよ。」

「まぁ、『犯人』なのでね。迫力くらい出さなければ舐められてしまう。そうでしょう?北条さん。」



のらりくらりと雑談に逃げようとした北条だったが、そんなこともFはお見通しだった。
北条の目が鋭くなる。


「……さすが、すぐに逮捕される犯人だったら、この話術に引っ掛かってボロを出してくれるんどけどなぁ……。」


北条は、捜査一課時代にその才能を買われ様々な任務を経験した。
そのなかにはもちろん、今のような交渉の場もあったわけだが、今回の相手にはやりづらさを感じたいた。


金欲しさの銀行強盗。
ただ、その理由であればここまで知的な犯人は現れないだろう。

勢いに任せて話し、その話のなかでボロを出し、そしてそのまま自滅していくパターンがほとんどだった。

まぁ、銀行強盗の現場自体、犯人の逃走経路を完全にシャットアウトし、逃げ道がなくなったところで説得または突入で犯人確保。

その中心を担っていたのが、当時の北条だったのだ。


「まぁ……周りの人と一緒にしないで戴きたい。私は『とある大義』のために立ち上がりました。これまでに逮捕された犯人達とは、ひと味もふた味も違う、そう言うことです。」

「確かに。あまりにも周到でやりづらいから、本当に困ってるよ。もういい加減、自首してくれないかなぁ?その方が、僕にとっては楽なんだよね~。」

「そう言うわけには参りませんよ。まだ、この事件では『何も進んでない』のですから。」


何も進んでいない。
そう。この事件は、『銀行内で人質をとって立てこもっている』状況に過ぎない。

警察から見ればそれだけでも大事件なのだが、犯人達の大筋の目的にはまだ遠く及んでいない。

F達犯人の目的は、強盗ではないのだ。


「そろそろ……動きましょうか。我々の要求は当初と何ら変わりはありません。逮捕された犯人達の釈放、それだけです。こちらも立てこもっている以上リスクがありますのでね。あまり悠長にしているわけにはいきません。30分後、答えをお聞かせください……ては。」


「ちょっと!さすがに30分は早すぎない!?……あら、切れちゃったよ……。」


北条がちっ、と舌打ちをする。


「相当切れ者だよ、今回の犯人は……。きっとこっちがどうにか動くだろうと言うのを読んでの30分だよ。じっくり計画を練ることを許さない、ね。ここで無理に突入したら、間違いなく死者が出るよ…。」



警察側に対処する余地を与えない、Fの要求。
凶悪犯を釈放するなど、許されることではない。
しかし、このままでは銀行内の人質を見殺しにすることになる。
それも、警察としては許されないことだ。


「どうにか、攻勢に転じたいねぇ……。」


北条が両手を組み、考え込む仕草を見せる。
銀行前の警察車輌。
警察のエースが4人揃ったところで、現状を打開する術はなかなか見つからない。


「うーーん、どうする?司ちゃん……。」


北条が無線で聞いていたであろう司に指示を仰ごうとする。


「……こんなときのための特務課。そうでしょう?北条さん。」


司は、狼狽えてはいなかった。
既に何らかの対策を講じようとしていたのだ。


「北条さん、画像が見れるモニターはありますか?」

「うん、あるよ。」

そちらに『映像』を飛ばします。

「映像?」

北条が不思議そうに司に訊ねる。
司は、答えを口にする代わりに、ある画像を出した。


「これって……銀行の窓口周辺?」


それは、シャッターが下ろされたはずの銀行の内部の映像だった。


「えぇ。これを見れば、中の様子が分かる。」

「防犯カメラの映像だけ、こっそりハッキングして見られるようにしたよ。この程度なら、犯人は気づかないっしょ。」


司の言葉のあと、自慢気に語るのは悠真。


「すごいねぇ……。これで中の様子が分かるから、後手に回らなくて済むかもしれないよ。」

北条がモニターの中を凝視する。


「人質はみんな目隠しされて手足を縛られている。自力での脱出は難しいな。そして、その前でフラフラしてるのが、犯人かな?」


目隠しをし、手足を縛られ身動きがとれない人質たち。
そんな人質たちを見張るようにライフルを構えながら歩く人物が、ひとり。

「あー、あれが犯人だね。あれだけしっかりと見張られると、何かあったらすぐにズドン、だ。」


厄介だと、北条が舌打ちをする。

(でも、なんだか違和感を感じるんだよねぇ……。)

北条は映し出された犯人の動きに違和感を感じていた。
動きを見ると、どう見ても若者。
交渉で話しているFとは、どうしても年齢が合わないのだ。


「相当オジサマ声の若者……なんてね、笑えない。」

この謎は、早めに解明しておこう、そう北条は思った。
いつもそうなのだ。
北条がある『引っ掛かり』を感じたとき、それが事件の重要なカギになっていることが多々あるのだ。


「さて……犯人が持っているあの銃火器が無力化できれば、一気に人質を解放できるのにねぇ……。秋吉ちゃん、銀行の見取り図ある?」

「え?えぇ……ここに。」


北条に訊ねられ、秋吉が北条に銀行の見取り図を手渡した。


「さぁ……一生懸命考えようか。」


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