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第4話:命の価値

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一方、銀行内では……。


「これで、全員の目隠しが終わりました……。」

「良いでしょう。では、姿を現しましょうか。」


Fの姿は、もはや支店長代理しか知らない。
そうなるようお膳立てを済ませてから、Fは姿を現した。


「よしよし、完璧な段取りですねぇ。では……立て籠もり始めましょうか。そうだ、支店長代理……」

「……!は、はい!」


Fの鋭い視線が支店長代理に突き刺さる。
言いようもない恐怖に駆られながらも、必死に声を振り絞り返事をする。


「これで、私の顔を見たのは、貴方だけ、という事になります。……何が言いたいのか、それはもう分かりますよね?」

「……!!!」


つまり、警察に証言が出来るのは、支店長代理ただひとり。
しかし、そうすれば命はない。
そう言うことを、Fは言っているのだ。


「はい……。」

「良いでしょう。これで私とあなたは『共犯』だ。いい関係でいましょう。支店長代理殿……。」


支店長代理は歯を食いしばる。
その心は、後悔の念で一杯だった。

何故、言いなりになってしまったのか。
自分の命惜しさとは言え、本当にこれで良かったのだろうか。

後悔、先に立たず。
そうは言うのだが、『共犯』と言われるようになるまで、選択肢というものは支店長代理には存在しなかった。
もはや『強制』。
Fは、支店長代理が拒否する心の余裕を与えなかったのだ。


「F……上手く行ったみたいですね。」

「えぇ。しかしD……少々興奮しすぎたようですね。ひとり殺してしまうとは……。」


Fが鋭い視線をDに向ける。
その迫力に、共犯であるDも気圧されてしまう。


「すみません。つい……。コイツが携帯を隠し持っていたので……。」

「そういう時は、腕を撃てば良かったんです。どのみち死ぬのなら、少しずつ恐怖を与えながら……。命の灯が薄れていくその時まで、後悔させてやれば良かったのです。周りの方々に、『逆らったら死ぬ』という事をしっかり分かってもらうためにね。……『次は、そうしてください』。」


このFの言葉で、銀行内は完全にFに支配された。
『絶対的な恐怖』が人質たちに植え付けられたのだ。

次がある。という事は犯人たちには人を殺すことに躊躇いがない。
そして、もし逆らったら一思いには死ねない。じわりじわりと苦しめられ、そして殺されるのだという恐怖。

人質たちの表情には、絶望以外は見られなくなってしまった。


「良いですか?これが人心掌握術です。さぁ……次のステップに移りましょうか……。」


Fの口元が、歪んだ。

「入電よ、北条さん。」


銀行の外で待機している警察車両。
いち早く察知したのは、情報分析官の秋吉だった。


(思ったより、早いねぇ……。)


北条は、単独犯の犯行にしては違和感を感じた。


「……はい、北条です。何か動きでもあったのかな?」


勤めて平静に、北条はFと話そうとする。


「犯人をひとり、解放しようと思います。」

「……ふぅん。」


北条の眉が、微かに動く。


「……条件は、なに?」

「察しが良いですね。嫌いではないですよ、その良く回る頭は。」


稲取、秋吉、古橋の3人が顔を見合わせる。
北条とFの会話が進みすぎて、状況を理解できないでいるのだ。


「まぁ、この道長いんでね。少しは犯人の気持ちが分かってきたよ。で?」

「食料をこれから解放する人質に渡してください。そうですね……行員、市民の皆さんを含めて20人分でしょうか?さすがに人質を餓死させるなんて『勿体ない』ですからね。」


淡々と話すF。
北条はメモ帳にペンを走らせる。


『今のところは、長期戦を計る模様』


食料を調達したいという事は、長い時間その場に留まっていたいという犯人の思惑があるからこそ。
早期解決は難航しそうだと北条は考える。


「了解。すぐに手配させるよ。高級なものは難しいから、コンビニのおにぎりやパンでもいいかい?人数分より少し多めに用意させるからさ。」

「……結構です。しかし、薬物の混入などは考えないことです。ランダムに人質に食べさせて、異変を確認した時点で、全員を射殺します。」

「……これはこれは、用心深いことで。分かったよ。用意が出来たらこっちから連絡で良いかな?」

「30分で用意してください。3分超過ごとに1人ずつ撃ちます。」


あくまで冷酷なF。
人質の命など、道具としか思っていないその口ぶりに、北条は怒りを覚えたが、そこはぐっと抑える。


「……25分で用意するよ。でも、人質に食料を渡したら、また人質が銀行の中に戻ってしまうじゃないか。本当に解放してくれるの?」

少しの間。


「もちろんです。そのひとりのリクエストは?」

「こちらが決めても良いのかい?」


Fの言葉に、車内の3人が顔を見合わせる。
3人の考えは同じだった。
要人の令嬢を指名する、そうすれば警視庁上層部の命令を達することになるのだ。


『要人の令嬢を指名』

『令嬢をいち早く解放!』

『令嬢を解放し次第、突入作戦を実行する。』


稲取、秋吉、古橋の3人が、それぞれメモ帳にペンを走らせ北条に見せる。

北条は、小さく頷いた。

「いちばん身体の弱そうな、ご高齢の方をひとり。それでお願いするよ。」


「……なっ!?」

「ちょっと、北条さん……!!」

「…………!」


稲取、秋吉、古橋の3人が揃って北条を見る。
秋吉がペンを走らせる。


『上層部の指示を忘れたの?まずは令嬢から解放すべき。』

続いて稲取。

『老人を解放したところで、我々にメリットはないぞ。』


北条は、ふたりのメモを見ながらも、笑みを浮かべる。
そして……。


「病気を持っている方、高齢の方……長時間拘束されることで命の危険がありそうな人を優先して解放させてあげたい。その判断は……キミにお願いするよ。僕が思っているよりもずっと頭が切れそうだからね。」

稲取や秋吉のメモをまるで無視するかのように、北条がFとの話を進める。



「……分かりました。しかし驚きました。人質の中には『優先させたい人質』もいるかと思ったのですが……。」


Fが、心底不思議そうに呟く。


「!!!」

「はっ!?」


その呟きに、思わず稲取と秋吉が反応してしまう。

(ちっ……聞かれたか?)


北条はそんなふたりの小さな声がFの耳に入っていないか、それを心配する。


「……いたら真っ先に開放を要求するし、要求されたところで解放なんてしない、でしょ?……キミは頭がいい。こっちの裏をかいてくる、そして僕たちの一番イヤーーな手段を取ってくる。でしょ?」


勤めて冷静に、北条はFの返答を待つ。


「……さすが私の交渉人に選ばれただけのことはある。相当頭がいいみたいですね。確かに、人質に重要人物がいたとして、私があなたの要求を素直に飲むかは分からない。流石です。」

この返答に、北条は安堵する。


(良かった……聞かれてない。ここは令嬢の存在を知られないように進めたほうが良さそうだねぇ。相手の『方向性』も見えたことだし。)


この交渉で北条が悟ったこと。それは、

穏やかに交渉を進めていれば、穏便に話が進むということ。
しかし、それでもこちらが不利になるカードを見つけたら、容赦なく切る心づもりが出来ているということ……。

警察にとって不利なカード、それはすなわち『要人の令嬢』。
その存在が知られることにより、Fはより強硬な要求をしてくるに違いない。
そして、逆らえばまず、令状の命はないだろう。


「北条……おま」

稲取が何かを話そうとしたその時、北条は険しい表情でそれを制した。

(頼む……黙れ。)

その鬼気迫る表情に、稲取も思わず言葉を飲み込んだ。


「さて、とりあえずゴハンだよね。すぐに用意させるから、一度電話を切るよ。」

「えぇ……お願いします。では、25分後に……。」


通話が切れる。
北条は大きく息を吐く。
これ以上、稲取や秋吉が何かを言う前に、通話を切っておきたかったのだ。


「どういうつもりだ、北条さん!人質の解放なら真っ先に……!」

通話を切るとすぐに、稲取が北条に食って掛かる。
しかし、北条は冷静にその問いに答えた。



「要人の令嬢がいます。だからその子を早く返してください。そんなこと、犯人には言えないよ。人質の中には彼女と同じくらいの年齢の女性もきっといる。細かく容姿や服装を説明していたら、かえって怪しまれるよね。」

「う……。」


稲取は言葉が出ない。


「とりあえず僕たちは、交渉が終わるまでは、彼女の存在を『知らない』ということで話を合わせるのがベストだよ。知られたら、きっと不利な交渉を強いられる。それか……。」


令嬢の存在、それは警察側にとってはジョーカーなのだ。


「……彼女以外の人質はみんな、殺されるかもしれない。」

「む……!」

「そんな……!」


古橋と秋吉が、信じられないといった表情を見せる。


「とにかく、気長に待とう。まずはみんなのゴハンを用意しないとね。稲取くん、指示出せる?」

「あぁ、もちろんだ。」


稲取はすぐに、車両の外にいる刑事たちに食料の調達を指示した。


「虎ぁ、ちょっといい?」


そして、北条は社外に向かい大きな声で虎太郎を呼ぶ。


「はいよ」

「この銀行の後ろに、大きなスーパーがあるんだけど、そこの従業員とお客さんを、上手いこと退避させてほしんだ。そろそろマスコミがこの銀行の異変をかぎつける。そうなってからだと店内大混乱だからね。それが終わったら……。」

「終わったら?」

「そのスーパーの入口シャッターを全部閉めて、辰川さんと一緒に店内で待機していて欲しい。あ、万引きはダメだよ。」

「するか!!……でも、そこまで言うってことは、何か突破口があるんだな?」

「一か八か、だけどね。」


虎太郎は、いくつもの凶悪事件を北条と解決するうちに、北条の相棒として少しずつ成長していた。
それと同時に、北条という男がどんな人物かも理解してきた。

北条が何かを計画する。
その時は、70%以上の勝算があると北条は踏んでいる。
それを知ったからこそ、虎太郎の行動は早かった。


「……20分、待ってくれ。」

「20分?……いいねぇ、上出来すぎだよ。」


虎太郎は、軽く北条と言葉を交わすと、全速力で銀行の裏手に走って言った。
それと同時に、無線が飛ぶ。


「辰さん!!銀行の裏のスーパー『ラッキーマート』まで来てくれ!俺は客と店員たちを退避させておくから!」

「あいよ、了解。もう向かってるから、すぐ着くぜ。」


ここで、特務課メンバーが動き出した。


「いつでもいけるよー、どうする?」

司令室では、悠真が司の指示を待つ。
銀行のシステムにハッキングをする準備後整ったようだ。


「もう少し待ってちょうだい。北条さんから何らかの合図があるはず。それを待ちましょう。」

「私は、犯人の逃走経路を算出し、検問をかけます。」


志乃も、銀行周辺の地形、建物を入念に調べあげ、避難経路、犯人の逃走経路を各課に伝える準備をしている。


「OK。こちらの準備は万端ね。あとは機を待ちましょう。今回の事件、些細なタイミングのずれが大きな失敗に繋がる、そんな気がするわ。目的はあくまで現在生存している人質の全員救出よ。」


司も、正直なところタイミングを見計らっていた。
各部門のエキスパートを要する特務課。
そのメンバーで挑んだとしても、タイミングを誤れば死者が出る。
今回の犯人は、それほどまでに犯罪巧者であるのだ。


(あらかじめ計画を練っていたとしたら、恐ろしい犯罪者だわ。もし操られているのだとしたら……犯人には共感するだけの何かがあったに違いない。今回の事件は、かつての犯罪者の解放を要求するもの。組織的な犯罪?だとしたら……。)


司が事件の背景を推理する。
突発的な犯罪でないことはわかっている。
もしそうであれば、要求は金銭や法改正など、良くあることだから。

しかし、犯罪者の釈放となると話が違う。
仮に突発的な犯罪でそれを要求したところで、犯人にとってメリットは何一つないのだ。


「難しい……わね。」


司が、小さく呟いたその時だった。


「ねー、私のこと忘れてない?」


無線に不満げな声が入る。


「ちゃんと覚えてるわ。その時が来たら思う存分活躍してもらうわよ、あさみ。」


新加入のメンバー、あさみだった。


「その時っていつよ……。まぁいいわ。私も適当なポイントで待機してるから。突入の指示、待ってるわ。」

「適当なポイントって……?」

「ラッキーマートの屋上。」

「え……。」


司は驚いた。
あさみの身体能力を頼るとき、銀行に突入する最短経路を志乃に割り出してもらっていた。

そのポイントこそが、ラッキーマート屋上だったのだ。

銀行とラッキーマートは隣同士。
高い身体能力があれば、銀行に飛び移ることも可能なのである。

しかし、司も北条もその指示をしなかった理由、それは、

『シャッターの内側にバリケードを張られている』

と言うこと。

窓ガラスを割って飛び込もうとしたところで、バリケードで弾き返されてしまったら、そのまま転落死の危険もあるのだ。


(それにしても、最適な突入ポイントを自分で判断して割り出すなんて……流石ね。)


新加入のあさみに、メンバーたちの期待感も高まっていくのであった。


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