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第3話:恨みの花火

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一方。

辰川に公園に行くよう指された虎太郎は、予定よりも早く公園に到着していた。

「入り口近くのゴミ箱……ここだな。」


辰川の指示通りの場所に、ゴミ箱は設置されていた。
虎太郎はまず、近くの人たちの避難を呼びかける。


「警察だ!!悪いが俺から少しだけ離れてくれないか!このゴミ箱の中に危険物が入っているかも知れないんだ!」


なりふり構っている暇はない。
時間をかければかけるほど、人々の身の危険は増していく。

虎太郎の叫び声に、周囲の人々は戸惑う、が……。


「なにあれ?ドラマか何かの撮影かな?」

「もしかしたらドッキリ?」

「じゃぁ、近くに芸能人いるかな?」


人々は虎太郎に興味を示すものの、なかなかその場を離れようとしない。


(ちっ……平和になれた人たちだ、こうなることも予想してたけどよ……。)


どうすれば人々をこの場から退避させられるか?
虎太郎は必死に考える。
その間にも、刻一刻と辰川の言っていた時間に近づいていく。


(仕方ねぇ……)


人混みは大きくなっていくばかり。
仕方なく、虎太郎は強硬手段を取ることにした。


「司令!聞こえるか?」

無線で司令に連絡を取る。


「どうぞ。」

「警官の応援を待っている時間はねぇ。始末書でも謹慎でも処分は甘んじて受ける!」

「……え?」



司が、虎太郎の言葉の意味を考えた、その時……。



「警察だ!!今すぐにこの場から離れろ!今すぐにだ!!聞けねぇ奴は全員、子供でも構わねぇ、公務執行妨害でしょっ引くぞ!!!」


警察手帳を高々と掲げ、虎太郎は集まってきた周囲の人たちに叫んだ。


「警察……本物?」

「公務執行妨害って……」

「逮捕されちゃうの?」


先程まで、興味本位で集まってきていた人々も、虎太郎の鬼気迫る叫びに、一様に不安の色を覗かせる。
そして……。

「皆さん、この方の言っていることは本当です!!先ほど警視庁より連絡がありました。この公園内に危険物が隠されている疑いがあるので、現地に派遣された刑事の指示に従い、速やかに退避するようにと!」


公演の管理人が、息を切らしながら虎太郎のもとに走り寄り、周囲の人々に告げた。


「警視庁より……?」

「私が連絡しました。ひとりよりもふたりで訴えたほうが、信ぴょう性は増すんですよ。」


何事かと考えた虎太郎に答えたのは、志乃だった。


「助かったぜ……さすが仕事が早い!……よし、だいぶ人が捌けてきたな。」


四方八方に、散り散りになって退避する人々。
虎太郎は自分の周囲から人がいなくなるのを待ち、ゴミ箱を開ける。


「思ったよりも時間がかかっちまった……これだな。」


燃えるごみのゴミ箱の中、異形の小型ジュラルミンケースが入っていた。
小さいが、定期的な電子音。

虎太郎は、爆弾を発見した。


「あったぞ!爆弾発見!!」


虎太郎が無線に向かって叫ぶ。


「よーし、俺の方も解除は完了した。『次のところ』に向かうからその爆弾は頼む!」

すぐさま辰川からの返事。

「解除したって……もう?」

「あぁ、勝手知ったるってやつだ。俺にかかれば爆弾なんて玩具みたいなもんよ。」

「すげぇ……。」



爆弾処理のスペシャリスト、とは聞いていた。
しかし、これほどまでとは思わなかった虎太郎は、思わず思考を止めてしまう。

「ホラ、そうしている間にもカウントダウンは進んでるぜ。」


そんな虎太郎を、辰川の声が現実に引き戻す。


「あ、あぁ……、それで、この爆弾はどうやって解除すればいい?」

「解除の必要はねぇ。」

「……え?」

「そのまま持って走れ。そして近くの池に思い切り投げこめ。それでその公園は解決だ。」

「お、おぅ……。」


あまりにも単純明快な爆弾の処理。
しかし、虎太郎はその意図をすぐに察した。


「あぁ……だからこっちの公園は俺に任せたってわけか。爆弾の威力はそれほどでもないってわけだな?」


虎太郎の言葉に、辰川が感心する。


「……さすがは北条の愛弟子だな。その通りだ。爆弾処理技術を使うほどの大きさではない。かといって放っておいたら大怪我をする人間が出る。だから、お前に任せたんだ。」

「なるほど……よし!!じゃぁ早速池にぶん投げてくるわ!!」



虎太郎は、ゴミ箱の中からプラスチック爆弾を出すと、タイマーの時間を確認する。


「7分……。あの池までは、走って5分弱。いけるな余裕で。」


そのまま爆弾を抱え、虎太郎は失踪する。


(ふざけやがって……爆弾なんて大勢が傷つくような代物を、こんなに簡単にポンポン設置しやがって……!)


走りながら、沸々と湧き上がる怒りを、虎太郎はその両足に向けた。
早く、もっと早く。
こんな爆弾はすぐにでも捨ててしまいたい。
その一心で、虎太郎は池に向かって走る。


すぐに池が見えてきた。


「……おいおい!!」


しかし、その池は思っていたよりも浅い。
おそらく、辰川の記憶の時よりも水位が下がっているのだろう。


「池、水たまりみてぇだぞ!!」

「何?そんなはずは……!!」


辰川も、その声に動揺の色を滲ませる。


「あ……、今日は水草の刈込で、池の水を抜いているそうです……。」

志乃が公園の状況を調べ、無線を飛ばす。


「ヤベェ……このままじゃ爆発する……。」

残り時間は、4分。


「近くに水場はないのか?」

「池しかねぇよ!!」

「とにかく、人気のないところに投げこめ!このままじゃお前も危険だ!!」


辰川が、虎太郎に早く爆弾を捨てるよう促した。


「畜生!!どうしろっていうんだよ!!」

自分が抱えているのは、人生初の爆弾。
もしもこれが爆発したら……。
虎太郎の背筋に冷たいものが走る。


「待てよ……」


その時だった。
辰川が、何か思いついたように口を開く。


「志乃ちゃん、この池の水が抜かれたのは?」

「はい……今日の午前8時。4時間前です。」

「それなら……虎、構わねぇ、そのまま池に爆弾を投げ込め!!」


辰川の指示。しかし……


「え?でも池には水が……。」


水を抜かれた池は、泥しか残されていない。

「構わねぇから投げ込め!!死にたいのか!!」


これまでの飄々としていた辰川からは想像もできないような怒号。
虎太郎は言われるがまま、爆弾を水の引いた池へ思い切り投げ込んだ。
この時のタイマーは、残り1分。


爆弾は勢いよく池の泥に埋まる。
そして、爆弾は泥を噴き出すように爆発した。


「……え?」


その勢いは、微々たるものであった。
高々と泥を撥ね上げたものの、爆発の規模は微々たるものだった。


「何で……?」


その状況を、唖然として見つめる虎太郎。


「ふぅ……危なかったな、虎ぁ!」


無線で、辰川が安どのため息を漏らすのが分かる。


「簡単なことをテンパってて忘れてたぜ。水よりも泥の方が粘度が高い。粘度が高いほうが、爆発をより最小限に抑えられる。結果、この泥池に爆弾を投げ込むという選択肢は、最善にして最高だったってわけだ。虎、お手柄だったな!」

「お、おぉ……。」


虎太郎にも、何となくだが辰川の話の意味が分かった。
しかし、咄嗟にその判断が出来なかった自分が悔しかった。


(北条さんといい、辰川さんといい……刑事ってのは経験を積めばみんなこんなとっさの判断が出来るようになるのか……?)


自分は未だ、鉄砲玉のようだ。
言われるがまま現場に出て、その場しのぎで身体を張る。
これでは、警官時代と何ら変わらないではないか……。


「……まだまだだ。刑事としても、人間としても……。」


自分の無力さを痛感しながらも、虎太郎は前を向く。


「まだ、爆発事件が解決したわけじゃねぇんだ。これからの長い戦い、俺は少しでもみんなの役に立つ、それだけだ。」


とりあえずはひと段落。
虎太郎は、そのまま次の指示を待った。


「ご苦労だったな、虎。次は……。」

「辰川さん!!辰川さん宛てにメールが……。」


辰川が10年前の記憶を頼りに次の爆発現場を伝えようとした、その時だった。
志乃が無線で辰川にメールが届いたことを伝える。


「俺宛てに?」

「はい。……開いても?」

「あぁ。頼む。」


志乃が本部でメールを開く。


「……え?」


志乃が、小さく声を上げた。


「どうした?」

「て、転送します……。」


志乃は、メールの内容を、そのまま辰川と虎太郎に転送した。


「な、何だと……?」


志乃から転送されたメールを読み、辰川の表情が曇る。


―――10年前の英雄よ。開幕の狼煙は見ていただけただろうか?ささやかな花火が上がらないところを見ると、きっと見て『参加』してくれたのだろうと思う。しかし、10年前、英雄に救われたものばかりではないという事を、今回の『祭り』をもって知って貰いたい。今回の爆発は、こちらの意志で行わせていただく。前回通りの順番で爆発が起こることは無い。そして、同じ個所に同じ爆弾が使われるかどうかは、私次第。そう解釈していただこう―――



メールは、虎太郎の携帯にも送信されていた。
その文面を見て、虎太郎の表情にも焦りが出てくる。


「辰川さん……これじゃ、前回通りに行かないってことだろ?完全に後手に回るってことじゃねぇか!」

「あぁ……悔しいがそう言うことになるな……。」


辰川がギリ……と歯を食いしばった。
10年前に起こった連続爆破事件の場所・そして爆弾の種類と順番は全て頭に入っている。
しかし、その『順番』が狂うことにより、爆弾の処理時間の短縮というものは意味をなさなくなってくる。

早期解除により、時間を稼いでも、次の事件の場所が分からなければ移動もできないし、解除の準備も出来ないのだ。


「……相当、俺のことが嫌いみたいだな……。」


苦笑いを浮かべる辰川。
しかし、辰川ひとりだけでは、今回の事件を解決できる自信はなかった。


「爆弾を解除できるのが、俺だけ……。時間を確認するのも、所要時間を割り出すのも、俺だけ、か……。」


辰川は、考えた。
どのように移動するか、そして爆弾を発見した場合、どのように優先順位をつけていくか。
今回のように、虎太郎に処理を任せた要領で、他の人たちにも処理が出来ものもあれば、辰川自身が解除しなければ危険な代物もあった。
そんな爆弾が、どこにどのように仕掛けられているのかも分からない。

もう、完全に10年前の辰川の記憶は頼れないという事だ。


「ちっ……どこから手を付ければいいか……。」


困惑する辰川。しかし、そんな辰川に声をかけたのは、虎太郎だった。


「本部!!各課に応援要請しようぜ!!辰川さん一人で解除なんて出来ねぇよ!出来るだけ人をかけて爆弾を発見して、辰川さんじゃなきゃダメそうなところに、辰川さんは向かえばいい!大丈夫!俺だって早速ひとつ、爆弾を処理したぜ!!」


この一言で、本部がにわかに活気づいた。


「そうね。各部署に応援要請をします。辰川さん、その場で構わないから10年前の事件の爆弾の種類と、当時設置された場所を私たちに送ってください。そこに出来るだけ多くの捜査員を送りますから!」


司令部の司が、辰川に情報を求めた。


「お前ら……」

10年前、辰川が持っていなかったもの、それがいまここにあった。


『頼れる仲間』。
年齢は自分よりも下ではあるが、背中を預けられる仲間たちが、今はいる。


「辰川さん!自分ひとりで抱え込もうとするなよ!これはあんたが主役のゲームじゃねぇ!事件なんだ!俺たちがすることは何だ?ただ挑むだけじゃねぇ!何の関係もねぇ人たちを守ることだろ!!」


虎太郎が必死に辰川に訴える。
その言葉で、辰川は気付かされた。


「ひとりだけだと思っていたのは、俺の思い違いだったみたいだな……。」


10年前も、頼ればもっと多くの仲間がいたのかもしれない。
あの頃は現役で前線に出ていた辰川。
周囲には『爆弾処理の天才』などと呼ばれ、頼られていた辰川は、いつしか自分のこと、善良な市民のことよりも爆弾をいかに処理するのかばかりを考えていたような気がした。


「ありがとうよ、虎……。」

「……え?」

「お前のお陰で、目が覚めたぜ……!」


辰川は、ようやく思い出した。


「今までの俺は、ひとりだったんじゃない……。爆弾を処理することばかりを考えて、仲間と協力すると言うことを見失っていた気がするぜ……。」


これほどまでに、仲間とは心強いものなのか。
辰川は、仲間と言う存在に感謝した。


「辰川さん!メール受信しました!」

不意に、無線で志乃が言う。


「……そのまま読んでくれ。」

「はい。次の花火は、港区台場のテレビ局。かつて無い大花火を打ち上げてやろう。とのことです。」


「台場のテレビ局……10年前には無かったぞ……?」


志乃が読み上げたメールに、辰川が戸惑う。


「もしかして……犯人は10年前の辰川さんが解決した事件を知ってて、今回新しい爆破事件を考えてるんじゃ……」


不意に、虎太郎が呟く。


「なんだって……?」

「だってそうだろう?わざわざ解決した事件なんか模倣したって、結局また解決されるわけだろ?辰川さんに恨みがあるなら、もっと新しい方法で苦しめるだろ、普通。だからさ……」


虎太郎が、自分の見解を述べる。
北条と組んで捜査をしていくうちに、『逆転の発想』と言うものが身についてきた。


「……つまり?」

「きっと、渋谷のビル爆破と公園の爆弾はただの『狼煙』だ。犯人は、ここから新しい連続爆破事件を始めようとしてる……。」


ごく自然に、虎太郎は推理した。
きっと北条が隣にいたら、同じことを言っていただろう。


「……なるほどな。サンキュー虎、固定観念とやらを全てきれいに捨てることが出来そうだ。」


虎太郎の推理に一番救われたのは、おそらく辰川。


「さぁ……始めようじゃないか。一世一代の『鬼ごっこ』をな!」


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