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第3話:恨みの花火

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喫茶店の向かい側のビル―――渋谷中央ビル。

虎太郎と辰川が辿り着いた時、その光景は目を疑うものだった。


「マジ……かよ……。」


エントランスでは逃げ惑う人々でごった返し、皆それぞれパニックに陥っている。

「とりあえず、エントランスは無事そうだ。ここは所轄の警官たちに任せて、爆発した現場に向かう!!」


辰川は、まっすぐに爆発現場へと向かう。
エレベーターは使えない。
階段を駆け上がって爆発の起きた階、8階へ向かう。



「はぁ、はぁ……辰川さん、何となく、現状が分かるのか?」

「あぁ……俺の予感が正しければ、これから先に見えること、これから先に起こることを、俺は『知ってる』……。」


虎太郎の問いに、辰川は唇を噛みながら苦々しく答える。



ようやくたどり着いた8階。そこは……。


「ひでぇ……。」

まさに、地獄絵図だった。
もう既に、見ただけで絶命している人が10数人。
息も絶え絶えの人が数十人。

放っておけば命の危険にさらされる人も数人。


「辰川さん……!!」

虎太郎が、辰川に視線を送る。
虎太郎の目に映った辰川の表情は、まるで鬼のような形相だった。


「ふざけやがって……何もかも『あの時』と同じじゃねぇか……。」


10年前に起こった、連続爆破事件。
始まりは、この渋谷中央ビル。
そして現場もこの8階だった。


「舐めやがって……。」


辰川が奥歯を噛み締める。


「もし、『あの時』と同じなら……。」


辰川の足が、自然と動いた。

「おい辰川さんどこ行くんだよ!!ここの人たちは?」


虎太郎が辰川を呼び止めるが、辰川にその声は聞こえていないようだ。


「虎太郎君、辰川さんについていって!消防車、そして救急隊員を手配したわ。数分とかからずにその階の人たちの救助を始めます。」

戸惑う虎太郎に、志乃が無線で話す。
その手際の良さに、虎太郎の気持ちが少しだけ軽くなる。


「志乃さん……ありがとう!」


「辰川さんを助けてあげて。10年前の事件……私も詳しくは知らないけど、その事件で辰川さんが酷く傷ついたことだけは司令に聞かされた。同じ苦しみを……仲間に味わわせるわけにはいかないでしょう?」


志乃が諭すように虎太郎に言う。


「あぁ……もちろんだ!!」


辰川は既に虎太郎のはるか前方を走っている。
虎太郎は全速力でその後を追った。


8階から9階に向かう、その途中。
階段の踊り場付近で、辰川が足を止める。


「……辰川さん?」

そんな辰川に追いついた虎太郎が、不思議に思い声をかける。


「あの時と同じなら……。」


辰川は、そのまま踊り場に併設されたブレーカーの設置されている小部屋に入った。

「やっぱり、ここだったか……。」

「マジか……!!」



そこには、等間隔で電子音を刻む機械が設置されていた。


「辰川さん、これって……。」


機械を見た瞬間、虎太郎の表情が凍り付く。
即座に理解した。
これは、『爆弾』であるという事を。


「あぁ、時限式の爆弾だな。ちっ……こうなると分かっていて丸腰で来ちまった。」


辰川が舌打ちする。
その表情から、虎太郎はその爆弾が本物であることを悟る。


「解除……出来んのかよ、辰川さん……。」

「無理だ。」

「え?」

「……丸腰のままじゃあな。そこで虎、頼みがある。」

辰川は慌てる様子もなく、自分の手帳に何かを書き込む。
そして、書き込み終わるとそのページを破いて虎太郎に渡した。


「これ、集めてきてくれ、出来るだけ早くだ。」

「ゴム手袋、ペンチ、ガム……?」

「あぁ、解除に必要なものだ。お前の行動次第で、今後の犠牲者を0に出来るかもしれん。頼めるな?」

「あ、あぁ……。」


つい先ほどまでの、気楽な雰囲気はもう形も見えない。

「このビルの中で、おおよそ手に入るはずだ。その間に俺は図面でも書いて解除の手順を調べておくさ。」

「……了解!!」


このような切羽詰まった状況でも、冷静に現状を分析し、虎太郎に不敵に笑って見せる辰川。
その姿に頼もしさを感じた虎太郎は、辰川にすべてを賭けてみようと思った。


「わかった!!ダッシュで集めてくる!!」

「おー。任せたぞ!」


お互い言葉を交わすと、虎太郎は部屋から飛び出す。
そして、辰川はいちばん外側のカバーを開け、爆弾の中の様子を確認する。


「ちっ……この爆弾も『あの時』と同じかよ……。」


思わず辰川が苦笑いを浮かべる。
そして、10年前の爆弾事件を模倣したものかもしれないと勘付いた時点で、辰川は虎太郎に物資の補給を頼んだのだ。

『もし、あの時と同じ形式の爆弾であれば、簡単に解除できる。しかし、少しでも早く解除しなくては、今後の爆弾解除の時間が無くなってしまう。』


辰川の頭の中には、10年前の爆弾の場所、解除の仕方、解除までにかかる時間まで、前回の事件のことは充分覚えていた。


(あの時のミスを挽回できれば……、10年前ほどの犠牲を出さなくて済む。)


犯人を逮捕し、事件を解決した辰川だったが、当然悔いも残った。
犯罪など、あらかじめ予測などできないもの。
未然に犠牲を防ぐなど、預言者でもない限り不可能である。

それでも、当時の事件で犠牲者を数多く出してしまった、その負い目を辰川は感じていたのだ。


「もし、今回の犯人が、ただ10年前の事件を模倣しただけってんなら……、完全に防いでやるよ。俺は、事件のことを忘れたことは一瞬たりとも無い。そう、一瞬たりともだ。」


「ワリィ待たせた!!頼まれてたもの持ってきたぜ!!」


5分ほどで、虎太郎が頼まれたものを持ち辰川の元に戻ってきた。


「おぉ、上出来じゃねぇか。5分で全部集めるなんて、さすがだぜ。」

正直、15分はかかると思っていた辰川は、その虎太郎の行動の速さに感心する。

「出来そうか?」

「もちろんだ。これだけ道具が揃ってれば、10分もかからずに解除できるぜ。そこで、虎……次の頼みごとをしても良いか?」


辰川は、このビル内での爆弾処理は成功すると踏んだ。
そして、今回の事件の犯人は、10年前の連続爆破事件を模倣しようとしている。それなら……。


「此処から1キロ南にある大きな公園、そこの入り口付近のゴミ箱に、おそらくプラスチック爆弾が入ってる。10年前、俺がここの爆弾を解除してから30分後に爆発したから、今から行けば充分間に合う。……頼めるか?」


10年前の事件、辰川が爆弾処理に追われ、それを嘲笑うかのように、いくつかの爆弾がギリギリ間に合わないところで爆発し、辰川の目の前で死傷者が出た。
以前のような悔しい思いは、もうしたくない。


「10年前は俺はひとりで突っ走ってた。でも今は違う。虎……お前のような頼れる相棒がいるんだ。」

そう言うと、辰川はゴーグルを装着し煙草に火をつける。
虎太郎は、そんな辰川が自分を信頼してくれていることを察した。


(辰川さん、俺に公園のことを完全に任せて、爆弾処理に集中するってことか……。)


虎太郎の返事は、もう決まっていた。


「……おぅ、任せとけ!!逐次無線で連絡する。10年前のことを俺はあまり知らねぇ。だが体力なら自信があるから、どんどん俺のことを無線で動かしてくれ!多少の無理なら根性で何とかしてみせる!!」


辰川の期待通りの返答。

「ふっ……120点だ。お前を頼らせてもらうぞ。じゃぁ、まずは公園だ。プラスチック爆弾は小さい。そのまま近くの池に投げ込んでやれば被害はないだろう。だが小さいとは言え爆弾は爆弾だ。注意しろよ。」

「了解!!」


辰川が注意を促し、それに虎太郎が返事をしたところで、虎太郎は弾けるように階下へと飛び出して行った。


「1キロ?10分以内に着く!!」


その後ろ姿を見つめる辰川。


「……速ぇぇ……。これなら安心してこっちに集中できそうだな。」


辰川は、目の前の爆弾のカバーを開ける。

「……捻りがないねぇ。模倣するだけなら、簡単に解除できるって容易に予想できただろうに……。」


手早く爆弾のコードを斬り、電極にガムをつける。
迷いのない解除作業。
爆弾は、15分ほどであっさりと解除された。


「これで……よし、と。」


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