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第1話:美しき犠牲者たち
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北条は、まず本宮の部屋の中をくまなく調べた。
しかし、大袈裟に捜索するのではなく、部屋の中で犯人が気づかれないだろうと油断しているポイントに注視した。
その結果、本宮が『趣味』と言い放った、本職用ともいえるカメラを発見。
しかも、被害者である綾の美容外科の処方箋も出てきたのであった。
あとは、北条が得た情報を司令室に詰めている悠真に流すだけ。
悠真の天才的な情報収集能力で、本宮の経歴や過去、そして現在の仕事は既往歴まで、洗いざらい悠真は調べ尽くしたのであった。
「もちろん……君の両親のことも分かった。お父さんの勤めていた会社、お母さんが働いたパート、『その後の仕事』全部ね。それどころか、君のお父さんを嵌めた女性、その彼氏、関係のある暴力団から系列店まで……。話の通り、君は悲運な人生を送ってきたようだね……。」
悠真から送られてきた情報は、本宮が司に話した過去の話と相違なかった。
「もちろん……君も悲しい人生を背負ってしまった、言ってみれば被害者さ。でもね……。」
普段は温厚でのらりくらりと話す北条。
しかし、この時ばかりは鋭い視線を本宮に向ける。
「……っ!?」
思わず、本宮がたじろぐほどに。
「でも、だからと言って人を殺していいという事にはならないんだよ。社会的な制裁を加える、賠償金を取る、裏の話だと別れさせ屋だってあるし、お父さんの会社に密告と言う手だってあった。殺しはね……誰も救われない、最後にして最悪の道、なんだよ……。」
本宮の辛さを感じたからこそ、北条は胸が締め付けられるような思いだった。
それでも、犯罪者は逮捕されなければならない。
どんなに悲しい人生を歩んできたとしても、自らの罪はしっかりと償わなければならないのだ。
「長い贖罪になるかもしれない。君がしてきたことを考えると、死刑になるかもしれない。でも……、それでも君には、自分のしたことをしっかりと悔い改めて欲しいんだ。君には、人間としての心をしっかりと取り戻して欲しい。」
北条は、しっかりと北条に向き合い、語りかける。
「……もう、何もかも遅いんだよ。僕は『最後の扉』を開けてしまった。もう引き返せない扉をね。だから……どのみち人生は終わり。それなら……。」
本宮はもう一度、赤黒く染まった鉈を握りしめる。
「……最高の作品を、完成させる……。」
そのまま、じりじりと司に歩み寄った。
「……貴方、哀れね……。」
北条と虎太郎が合流した今、司の心の中にはもう恐怖心はなかった。
あるのは、本宮に対する哀れみだった。
「哀れだっていい……。僕の人生は、母が死んでからもう終わっているようなものだ。だったら……。」
本宮が、鉈を振り上げる。
赤黒く染まった鉈が、まるで死神の鎌のようにも見え、司の背筋に冷たいものが走る。
「傑作を完成させてやる!!!」
その鉈が、何の躊躇いもなく無慈悲に司の首に向かい振り下ろされる……。
「させるかボケェ!!」
それを止めたのは虎太郎だった。
虎太郎は本宮の腕を掴み、力いっぱい本宮を引っ張る。
本宮はまるで宙を舞う様に、倉庫の外へと投げ出された。
「遅れてごめんよ。怖かっただろう?よく頑張ったねぇ。」
本宮が倉庫の外に出たのを確認して、北条が司の拘束を解く。
「北条さん……ありがとうございます……。」
司は、北条の上司、特務課の司令として気丈に振舞おうと努めたが、目前まで迫った死の恐怖に、身体の震えが止まらなかった。
「無理しないでいいよ。君だって女の子なんだからさ。」
そんな司の様子を悟ってか、北条が優しく司に言う。
「怖かった……もう、ダメかと思った……。」
そんな北条の言葉に、司はようやく本音を北条に漏らすのであった。
「よしよし、頑張った頑張った。あとは任せておいてよ。……虎に。」
「……え?」
司は耳を疑った。
本宮ほどの残忍な犯人を、まるで虎太郎ひとりに任せると言わんばかりの物言い。
相手は人を殺すことに何の感情も抱いていない。
それどころか、今現在も大きな鉈を携えているのだ。
「北条さん、いくら体格のいい彼でも、凶器を持った殺人鬼相手にひとりでは……。」
司が心配そうに北条を見る。
しかし、北条はうっすら笑みを浮かべたまま。
「大丈夫、大丈夫。」
虎太郎だけ、司がスカウトしたのではなく、当時スカウトした北条が連れてきた。
「いつか、皆の助けになるはずだからさ。」
そうとしか北条は言わなかったが、元捜査一課のエースのいう事だと皆信じた。
捜査官としては物足りない。
直観力は並外れているものの、推理は人並みだし、凶器の鑑定や犯罪者心理など、全く分かっていない。
まるで動物の様な……本能で動くタイプの警察官だというのが、虎太郎の第一印象だった。
(どうして、そこまで彼のことを信頼できるの……?)
司は、本宮と対峙する虎太郎に視線を送った。
「オラどうした、さっさとかかって来いよ。司令の顔が欲しいんじゃねぇのか?」
虎太郎が、本宮を挑発する。
死神の鎌を彷彿とさせる、赤黒く染まった鉈が目の前でゆらりと動いているにも関わらず、恐怖心は欠片もないようだ。
「お前……どのみち俺のことを殺さねぇと、目的達成どころか……人生終わりだぜ?」
虎太郎は、不敵に笑った。
「お前……怖くないのか?僕は武器をもってお前に向かって行こうとしているんだぞ?」
自信満々の様子の虎太郎に、本宮は疑問を抱く。
この男は、何故こうも堂々としていられるのかと。
「別に、怖くねぇ。いかに大層な得物を持っていようと、使い方がなってなければ怖くはねぇ。お前……素人だろ?」
「なんだと……?試してみるか?」
虎太郎の挑発に乗った本宮は、鉈を振り回しながら虎太郎に襲い掛かる。
しかし、虎太郎はその鉈の軌道を冷静に読み、怖がることなく落ち着いて躱していく。
「凄い……。どうしてあんなに落ち着いていられるの?私も護身術を習ったけれど……、実戦慣れしているみたい。」
虎太郎の戦闘能力に、司が驚く。
その表情を見て、北条は笑みを浮かべた。
「期待通りのリアクションで嬉しいよ。虎はね、警官の各種武道・格闘技大会のねぇ……『全種目王者』なんだよ。」
「……え、えぇ!?」
北条に虎太郎の経歴を聞かされた司は、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
「うっそ!凄いじゃん!!志乃ちゃん、知ってた?」
「えぇ……噂程度にですが……。でも、まさか虎太郎さんだったなんて驚きです……。」
無線で内容を聞いていた悠真と志乃も、驚いた様子。
「辰川さんは知ってた?」
「あぁ……俺は北条に聞いてた。捜査力はヒヨッコだが、こと犯人確保においては特務課の中でも最強になるだろうって。」
北条の先輩にあたる辰川は、予め虎太郎が来ることを知らされていたらしい。
「でもよ……ありゃぁ異常だ。全種目王者って言っても、試合での話だろ?あんなふうに、実際何人も殺した凶器を振り下ろされて、平気な顔してるなんて、正気の沙汰じゃねえよ。」
辰川も、たくさんの犯罪者を見てきたし、犯罪者を前にして無慈悲に殺害されていった被害者たちの恐怖に歪んだ表情も幾度となく見ている。
そんな辰川が言うのだ。
「あれは……ネジが一本、ぶっ飛んでやがる。」
それだけ、虎太郎は常人離れしているというのだ。
無線でその話を聞いていた司は、虎太郎と北条を交互に見比べ、思う。
(北条さん……一体私たちも知らない秘密をいくつ持っているのかしら……)
昔から、謎の多い人だった。
しかし、北条の助言通りに動けば、最悪の結果は避けられたし、むしろ最善の一手にたどり着いた時もあった。その方が多かった。
(北条さん……全く底が見えない人だわ……。)
そんな北条も、仲間であればこれほど頼もしいことは無い。
本宮の事件を経て、司はそれを確信したのであった。
しかし、大袈裟に捜索するのではなく、部屋の中で犯人が気づかれないだろうと油断しているポイントに注視した。
その結果、本宮が『趣味』と言い放った、本職用ともいえるカメラを発見。
しかも、被害者である綾の美容外科の処方箋も出てきたのであった。
あとは、北条が得た情報を司令室に詰めている悠真に流すだけ。
悠真の天才的な情報収集能力で、本宮の経歴や過去、そして現在の仕事は既往歴まで、洗いざらい悠真は調べ尽くしたのであった。
「もちろん……君の両親のことも分かった。お父さんの勤めていた会社、お母さんが働いたパート、『その後の仕事』全部ね。それどころか、君のお父さんを嵌めた女性、その彼氏、関係のある暴力団から系列店まで……。話の通り、君は悲運な人生を送ってきたようだね……。」
悠真から送られてきた情報は、本宮が司に話した過去の話と相違なかった。
「もちろん……君も悲しい人生を背負ってしまった、言ってみれば被害者さ。でもね……。」
普段は温厚でのらりくらりと話す北条。
しかし、この時ばかりは鋭い視線を本宮に向ける。
「……っ!?」
思わず、本宮がたじろぐほどに。
「でも、だからと言って人を殺していいという事にはならないんだよ。社会的な制裁を加える、賠償金を取る、裏の話だと別れさせ屋だってあるし、お父さんの会社に密告と言う手だってあった。殺しはね……誰も救われない、最後にして最悪の道、なんだよ……。」
本宮の辛さを感じたからこそ、北条は胸が締め付けられるような思いだった。
それでも、犯罪者は逮捕されなければならない。
どんなに悲しい人生を歩んできたとしても、自らの罪はしっかりと償わなければならないのだ。
「長い贖罪になるかもしれない。君がしてきたことを考えると、死刑になるかもしれない。でも……、それでも君には、自分のしたことをしっかりと悔い改めて欲しいんだ。君には、人間としての心をしっかりと取り戻して欲しい。」
北条は、しっかりと北条に向き合い、語りかける。
「……もう、何もかも遅いんだよ。僕は『最後の扉』を開けてしまった。もう引き返せない扉をね。だから……どのみち人生は終わり。それなら……。」
本宮はもう一度、赤黒く染まった鉈を握りしめる。
「……最高の作品を、完成させる……。」
そのまま、じりじりと司に歩み寄った。
「……貴方、哀れね……。」
北条と虎太郎が合流した今、司の心の中にはもう恐怖心はなかった。
あるのは、本宮に対する哀れみだった。
「哀れだっていい……。僕の人生は、母が死んでからもう終わっているようなものだ。だったら……。」
本宮が、鉈を振り上げる。
赤黒く染まった鉈が、まるで死神の鎌のようにも見え、司の背筋に冷たいものが走る。
「傑作を完成させてやる!!!」
その鉈が、何の躊躇いもなく無慈悲に司の首に向かい振り下ろされる……。
「させるかボケェ!!」
それを止めたのは虎太郎だった。
虎太郎は本宮の腕を掴み、力いっぱい本宮を引っ張る。
本宮はまるで宙を舞う様に、倉庫の外へと投げ出された。
「遅れてごめんよ。怖かっただろう?よく頑張ったねぇ。」
本宮が倉庫の外に出たのを確認して、北条が司の拘束を解く。
「北条さん……ありがとうございます……。」
司は、北条の上司、特務課の司令として気丈に振舞おうと努めたが、目前まで迫った死の恐怖に、身体の震えが止まらなかった。
「無理しないでいいよ。君だって女の子なんだからさ。」
そんな司の様子を悟ってか、北条が優しく司に言う。
「怖かった……もう、ダメかと思った……。」
そんな北条の言葉に、司はようやく本音を北条に漏らすのであった。
「よしよし、頑張った頑張った。あとは任せておいてよ。……虎に。」
「……え?」
司は耳を疑った。
本宮ほどの残忍な犯人を、まるで虎太郎ひとりに任せると言わんばかりの物言い。
相手は人を殺すことに何の感情も抱いていない。
それどころか、今現在も大きな鉈を携えているのだ。
「北条さん、いくら体格のいい彼でも、凶器を持った殺人鬼相手にひとりでは……。」
司が心配そうに北条を見る。
しかし、北条はうっすら笑みを浮かべたまま。
「大丈夫、大丈夫。」
虎太郎だけ、司がスカウトしたのではなく、当時スカウトした北条が連れてきた。
「いつか、皆の助けになるはずだからさ。」
そうとしか北条は言わなかったが、元捜査一課のエースのいう事だと皆信じた。
捜査官としては物足りない。
直観力は並外れているものの、推理は人並みだし、凶器の鑑定や犯罪者心理など、全く分かっていない。
まるで動物の様な……本能で動くタイプの警察官だというのが、虎太郎の第一印象だった。
(どうして、そこまで彼のことを信頼できるの……?)
司は、本宮と対峙する虎太郎に視線を送った。
「オラどうした、さっさとかかって来いよ。司令の顔が欲しいんじゃねぇのか?」
虎太郎が、本宮を挑発する。
死神の鎌を彷彿とさせる、赤黒く染まった鉈が目の前でゆらりと動いているにも関わらず、恐怖心は欠片もないようだ。
「お前……どのみち俺のことを殺さねぇと、目的達成どころか……人生終わりだぜ?」
虎太郎は、不敵に笑った。
「お前……怖くないのか?僕は武器をもってお前に向かって行こうとしているんだぞ?」
自信満々の様子の虎太郎に、本宮は疑問を抱く。
この男は、何故こうも堂々としていられるのかと。
「別に、怖くねぇ。いかに大層な得物を持っていようと、使い方がなってなければ怖くはねぇ。お前……素人だろ?」
「なんだと……?試してみるか?」
虎太郎の挑発に乗った本宮は、鉈を振り回しながら虎太郎に襲い掛かる。
しかし、虎太郎はその鉈の軌道を冷静に読み、怖がることなく落ち着いて躱していく。
「凄い……。どうしてあんなに落ち着いていられるの?私も護身術を習ったけれど……、実戦慣れしているみたい。」
虎太郎の戦闘能力に、司が驚く。
その表情を見て、北条は笑みを浮かべた。
「期待通りのリアクションで嬉しいよ。虎はね、警官の各種武道・格闘技大会のねぇ……『全種目王者』なんだよ。」
「……え、えぇ!?」
北条に虎太郎の経歴を聞かされた司は、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
「うっそ!凄いじゃん!!志乃ちゃん、知ってた?」
「えぇ……噂程度にですが……。でも、まさか虎太郎さんだったなんて驚きです……。」
無線で内容を聞いていた悠真と志乃も、驚いた様子。
「辰川さんは知ってた?」
「あぁ……俺は北条に聞いてた。捜査力はヒヨッコだが、こと犯人確保においては特務課の中でも最強になるだろうって。」
北条の先輩にあたる辰川は、予め虎太郎が来ることを知らされていたらしい。
「でもよ……ありゃぁ異常だ。全種目王者って言っても、試合での話だろ?あんなふうに、実際何人も殺した凶器を振り下ろされて、平気な顔してるなんて、正気の沙汰じゃねえよ。」
辰川も、たくさんの犯罪者を見てきたし、犯罪者を前にして無慈悲に殺害されていった被害者たちの恐怖に歪んだ表情も幾度となく見ている。
そんな辰川が言うのだ。
「あれは……ネジが一本、ぶっ飛んでやがる。」
それだけ、虎太郎は常人離れしているというのだ。
無線でその話を聞いていた司は、虎太郎と北条を交互に見比べ、思う。
(北条さん……一体私たちも知らない秘密をいくつ持っているのかしら……)
昔から、謎の多い人だった。
しかし、北条の助言通りに動けば、最悪の結果は避けられたし、むしろ最善の一手にたどり着いた時もあった。その方が多かった。
(北条さん……全く底が見えない人だわ……。)
そんな北条も、仲間であればこれほど頼もしいことは無い。
本宮の事件を経て、司はそれを確信したのであった。
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