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第7章 それぞれの転機
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「赤城 洋子です。よろしく。」
奏に握手を求める、美しい女性。
響が奏に紹介したのは、響の師とも言えるピアニストだった。
「女性ピアニストには、女性ならではの表現の仕方がある。赤城さんなら、技術だけじゃなくて、魅力も持ち合わせている。適任だ。」
演奏家として、高みを目指すための第一歩。
奏は響に、自分に最適な師の紹介を頼んでいた。
技術面だけなら、響は最高の師であるのだが……
響と並んで、「仲間」として高みを目指すためには、いつまでも響に師事しているわけにはいかない、と感じたのだ。
(先生についてると、絶対演奏家として進まなさそうだしね……)
何より、響と一緒にいることで、逆にピアノどころではなくなってしまう、そう思ったのだ。
「……知らなきゃよかった。意識しちゃうじゃない……」
響とさくらが恋人関係ではないと知ってから、どうにも気持ちが落ち着かない。
そんなことを打ち明けた響に文句を言うように呟く奏。
「どうしたのかしら?」
赤城が、そんな奏の呟きを聞いてしまい、心配そうに問う。
「あ!!何でもないんです!こちらこそ、よろしくお願いします、あの……先生……で、いいですか?」
これまで響を先生と呼んでいたので、同じように先生と呼ぶことに少々躊躇いを感じたが、意を決して訊ねる。
「結構よ。……久し振りに、先生と呼ばれるわ。」
ふふっ……と、少し嬉しそうに微笑む赤城。
実に、自身がピアニストを育てるのは、響に続き二人目であった。
「先生は、どうしてこれまで弟子を持たなかったんです? 先……響さんを育てたほどのピアニストなのに……」
素朴な疑問を、奏は口にする。
赤城は、『日本ピアニスト界の女王』と呼ばれる、国内では屈指のピアニスト。彼女に教えを請いたいと願うピアニストは多い。
赤城は、そうね……と笑いながら、丁寧に答えた。
「麻生 響、彼にピアノを教えるうちに、指導するということが怖くなってしまってね。教えるほど離れていた実力の差が、少しの指導であっという間にひっくり返されていく、それを実感してしまったのよ……。とにかく、私は響を指導したことで、指導者としての自信を完全に無くしてしまったわ。」
そう話してはいるが、赤城の表情はどこか満足げであった。
「自信はなくしたけど、後悔はしてないの。麻生 響と言う、ピアノ史上最高傑作を育て上げた、そんな達成感があるからね。」
ぐっ、と拳を握って奏に笑いかける赤城。
赤城は、響が成長し成功を収めていく中で、師としてではなく、一人のピアニストとしての情熱が、再び燃え上がったのだ。
今では、日本各地をまわりコンサートを開いている。関係者の中では『全盛期を超えた』と評されるほどである。
そんな赤城に、恐れ多いとは思いつつも、奏は自分の目標を口にした。
「先生……私、その最高傑作を超えたい、なんて思っちゃってます。変……ですよね?」
自分の言っていることが大それたことであると言うことは、奏自身も自覚している。
それでも、そのくらい言わなければ、赤城に自分の本気を伝えることは出来ない、そう思ったのだ。
赤城は、奏のその視線を感じ、笑うことなく答える。
「響が紹介した子なんだから、しっかりと育てるわよ。見込みがなければあの子も紹介しないでしょう。だからね、あなたは私が最高傑作に育て上げるわ。麻生 響を過去の産物にするくらいのね。」
赤城のその言葉で、奏は鳥肌が立つほどの高揚感を感じるのであった。
『麻生 響を過去の産物にする』
この言葉に、奏は全身総毛立つのを感じた。
この赤城と言うピアニストは、自身の最高傑作を超える存在に、自分を選んでいる。そんな重圧が、一気に肩にのし掛かる。
「すっごいプレッシャー……私、響さんほど才能無いと思いますけど……頑張ります!」
身体じゅうに力が入るのが分かる。
「気負わなくて良いわ。あなたは自然に、あなたの持ち味を出していけばいいの。それだけでいい。」
赤城は、奏をリラックスさせるように優しく話す。
実は、赤城はあの学園祭の演奏を聴きに来ていた。
きっかけは、前日に受けた今日からの連絡。
「ピアノと、真剣に向き合おうと思う。」
響が学園祭にゲスト出演すると聞き、こっそり見に行ったのだ。
その当時は、響のピアノだけにしか興味がなかった。学生の演奏など、赤城には得るものなど無いと思っていたから。
しかし、意外にもその場で出会ってしまった、才能。
片手でしか弾いていないのに、あの天才とシンクロして見せた、若い才能。そしてその才能が、徐々に開花していく瞬間。
赤城は身震いした。
若く、美しいピアニストの才能。おそらく本人もその才能に気づいていない大器に、赤城は響に匹敵……勝るとも劣らないものを感じたのだ。
「私は、あの学園祭から、あなたのファンになったのよ。若く、美しいあなたを、必ず日本ピアノ界の華にしてみせるわ。」
奏は、赤城の言葉が信じられないといった様子で、ポカンと赤城を見つめる。
テレビや雑誌で良く見る世界的ピアニストが、日本ピアニスト界の女王が、自分のファンだと言っている。自分をピアノ界の華にすると言っている。それは、ピアニストを目指す人間にとっては、まるで夢のような言葉であった。
「嬉しい……少し照れるけど、私、やる! やりますよ!」
奏のテンションは最高潮となっていた。そんな奏に、赤城が告げた。
「そこで。あなたには本気で闘って貰います。来月の、みらいピアノコンクール。まずはそこに照準を合わせます。」
「………………!!!」
赤城の真剣な表情に、奏の表情がこわばる。
みらいピアノコンクール。それは一流のピアニスト達が集まる、国内屈指のコンクール。そこに、女子高生でもある奏が挑もうと言うのだ。
「はは……出来る……かな?」
弱気になる奏。
奏のいわば初陣、国内屈指のコンクールなのだ。
それでも赤城には勝算があった。奏の才能、感性、魅力……、それらを磨けば奏も国内屈指のピアニストになると確信していたのだ。
「出来るか……じゃなくて、やるのよ。それが天才、麻生 響にたどり着くまでの近道よ。」
赤城は奏を甘やかすことなく、しっかりと言う。
その表情に、奏も赤城が本気で自分を育て上げようとしていることを強く感じる。
答えは、決まった。
「……やります!」
奏に握手を求める、美しい女性。
響が奏に紹介したのは、響の師とも言えるピアニストだった。
「女性ピアニストには、女性ならではの表現の仕方がある。赤城さんなら、技術だけじゃなくて、魅力も持ち合わせている。適任だ。」
演奏家として、高みを目指すための第一歩。
奏は響に、自分に最適な師の紹介を頼んでいた。
技術面だけなら、響は最高の師であるのだが……
響と並んで、「仲間」として高みを目指すためには、いつまでも響に師事しているわけにはいかない、と感じたのだ。
(先生についてると、絶対演奏家として進まなさそうだしね……)
何より、響と一緒にいることで、逆にピアノどころではなくなってしまう、そう思ったのだ。
「……知らなきゃよかった。意識しちゃうじゃない……」
響とさくらが恋人関係ではないと知ってから、どうにも気持ちが落ち着かない。
そんなことを打ち明けた響に文句を言うように呟く奏。
「どうしたのかしら?」
赤城が、そんな奏の呟きを聞いてしまい、心配そうに問う。
「あ!!何でもないんです!こちらこそ、よろしくお願いします、あの……先生……で、いいですか?」
これまで響を先生と呼んでいたので、同じように先生と呼ぶことに少々躊躇いを感じたが、意を決して訊ねる。
「結構よ。……久し振りに、先生と呼ばれるわ。」
ふふっ……と、少し嬉しそうに微笑む赤城。
実に、自身がピアニストを育てるのは、響に続き二人目であった。
「先生は、どうしてこれまで弟子を持たなかったんです? 先……響さんを育てたほどのピアニストなのに……」
素朴な疑問を、奏は口にする。
赤城は、『日本ピアニスト界の女王』と呼ばれる、国内では屈指のピアニスト。彼女に教えを請いたいと願うピアニストは多い。
赤城は、そうね……と笑いながら、丁寧に答えた。
「麻生 響、彼にピアノを教えるうちに、指導するということが怖くなってしまってね。教えるほど離れていた実力の差が、少しの指導であっという間にひっくり返されていく、それを実感してしまったのよ……。とにかく、私は響を指導したことで、指導者としての自信を完全に無くしてしまったわ。」
そう話してはいるが、赤城の表情はどこか満足げであった。
「自信はなくしたけど、後悔はしてないの。麻生 響と言う、ピアノ史上最高傑作を育て上げた、そんな達成感があるからね。」
ぐっ、と拳を握って奏に笑いかける赤城。
赤城は、響が成長し成功を収めていく中で、師としてではなく、一人のピアニストとしての情熱が、再び燃え上がったのだ。
今では、日本各地をまわりコンサートを開いている。関係者の中では『全盛期を超えた』と評されるほどである。
そんな赤城に、恐れ多いとは思いつつも、奏は自分の目標を口にした。
「先生……私、その最高傑作を超えたい、なんて思っちゃってます。変……ですよね?」
自分の言っていることが大それたことであると言うことは、奏自身も自覚している。
それでも、そのくらい言わなければ、赤城に自分の本気を伝えることは出来ない、そう思ったのだ。
赤城は、奏のその視線を感じ、笑うことなく答える。
「響が紹介した子なんだから、しっかりと育てるわよ。見込みがなければあの子も紹介しないでしょう。だからね、あなたは私が最高傑作に育て上げるわ。麻生 響を過去の産物にするくらいのね。」
赤城のその言葉で、奏は鳥肌が立つほどの高揚感を感じるのであった。
『麻生 響を過去の産物にする』
この言葉に、奏は全身総毛立つのを感じた。
この赤城と言うピアニストは、自身の最高傑作を超える存在に、自分を選んでいる。そんな重圧が、一気に肩にのし掛かる。
「すっごいプレッシャー……私、響さんほど才能無いと思いますけど……頑張ります!」
身体じゅうに力が入るのが分かる。
「気負わなくて良いわ。あなたは自然に、あなたの持ち味を出していけばいいの。それだけでいい。」
赤城は、奏をリラックスさせるように優しく話す。
実は、赤城はあの学園祭の演奏を聴きに来ていた。
きっかけは、前日に受けた今日からの連絡。
「ピアノと、真剣に向き合おうと思う。」
響が学園祭にゲスト出演すると聞き、こっそり見に行ったのだ。
その当時は、響のピアノだけにしか興味がなかった。学生の演奏など、赤城には得るものなど無いと思っていたから。
しかし、意外にもその場で出会ってしまった、才能。
片手でしか弾いていないのに、あの天才とシンクロして見せた、若い才能。そしてその才能が、徐々に開花していく瞬間。
赤城は身震いした。
若く、美しいピアニストの才能。おそらく本人もその才能に気づいていない大器に、赤城は響に匹敵……勝るとも劣らないものを感じたのだ。
「私は、あの学園祭から、あなたのファンになったのよ。若く、美しいあなたを、必ず日本ピアノ界の華にしてみせるわ。」
奏は、赤城の言葉が信じられないといった様子で、ポカンと赤城を見つめる。
テレビや雑誌で良く見る世界的ピアニストが、日本ピアニスト界の女王が、自分のファンだと言っている。自分をピアノ界の華にすると言っている。それは、ピアニストを目指す人間にとっては、まるで夢のような言葉であった。
「嬉しい……少し照れるけど、私、やる! やりますよ!」
奏のテンションは最高潮となっていた。そんな奏に、赤城が告げた。
「そこで。あなたには本気で闘って貰います。来月の、みらいピアノコンクール。まずはそこに照準を合わせます。」
「………………!!!」
赤城の真剣な表情に、奏の表情がこわばる。
みらいピアノコンクール。それは一流のピアニスト達が集まる、国内屈指のコンクール。そこに、女子高生でもある奏が挑もうと言うのだ。
「はは……出来る……かな?」
弱気になる奏。
奏のいわば初陣、国内屈指のコンクールなのだ。
それでも赤城には勝算があった。奏の才能、感性、魅力……、それらを磨けば奏も国内屈指のピアニストになると確信していたのだ。
「出来るか……じゃなくて、やるのよ。それが天才、麻生 響にたどり着くまでの近道よ。」
赤城は奏を甘やかすことなく、しっかりと言う。
その表情に、奏も赤城が本気で自分を育て上げようとしていることを強く感じる。
答えは、決まった。
「……やります!」
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