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第4章 それでも少女は前を向く。

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みらい音楽ホール。
うたとともに訪れ、そしてうたが一人去っていったこのホール。
奏は、ステージの上に、座り込んだままだった。

頬には涙のあと。静かに目を閉じた奏は、ぐいっと涙を拭い、立ち上がろうとする。

「…………つっ!!!」

その瞬間、左手首に激痛が走った。どうやら、うたに突き飛ばされたときに、捻ってしまったらしい。

「あーーー!どんだけ運が悪いのよ、私は!」

ホールに響くほどの大声で、天を仰ぎ大きな声を出すと、左手をつかずに立ち上がった。

「でもさ……私だけ、好きなこと出来ない……か。やっぱり、歌、好きなんじゃないか!安心したー!」

うたの心からの叫びを聞いた奏。その内容に安心した様子である。
立ち上がると、背伸びして、スッキリしたような表情を浮かべた。

「じゃぁ、私も頑張りますかー!……っと、とりあえず、手首に湿布でも貼っておきましょうかねー♪」


痛む右手を庇う素振りも見せずに、足早にホールを出る奏。

「お嬢様!うた様が送りは不要だと……!喧嘩でもなされましたか!?」

ホールの外で奏を迎えるのは、心配そうに訊ねる運転手。奏は、少々苦笑いをうかべ、

「んー、何て言えば良いんだろ?意見の不一致?……いや、意見は同じ気がする……、音楽性……はこれから話すとして……、うん!何でもないわ!」

心配ないから、と運転手に微笑むと、自分でリムジンのドアを開け、後部座席に飛び込む。

「ごめん!いろいろあったけど、帰ろう!」

そう、運転手に告げ、車はゆっくりと走り出した。

この場でうたを音楽の世界に戻すことは出来なかったが、奏なりに収穫はあった。
うたは、心から音楽を諦めたいわけではないということ。

「私たちは若いんだ!やりたいことはやらなきゃ絶対後悔する!私はともかく……うたには後悔して欲しくない!」


うたの本心を聞いた。少々、喧嘩のようになってしまったが、言いたいことはハッキリ言う奏の性格に、普段控えめなうたが呼応してくれた。それは、悪いことではないと奏自身は思っている。

「私も後悔しない!あの曲……絶対弾けるようになるんだから!」


難易度が高くミスが続き、師である響からも「まだ早い」といわれている曲がある。
それは、うたに聴かせたい、とっておきの曲。

その完成を心に誓い、奏は家路へと向かうのであった。

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