ヤンキーは異世界で精霊に愛されます。

黒井 へいほ

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4巻

4-1

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 第一話 ……おぉ、動かなくなってやがるな


 精霊達チビどもが増えたことによる魔力の増加。
 俺――ないぜろは、その問題を解決するために精霊の森を旅立った。
 だけどなぁ、世界に魔力が増えすぎたからといって、別に何の問題も起きてねぇ。
 一年前にも一緒に旅をした王女のグス公やアマ公、メイドのリルリ、光の大精霊コウヤこと坊ちゃんに協力してもらって、情報を探したんだが……大した収穫はなく、ただ平穏に日々を過ごしてしまった。
 何も起きてないんじゃねぇか?
 そうも思ったが、チビ共に関わることである以上、放ってはおけない。
 ――そして見つけた、異常事態。
 それは、変な黒い穴による問題だ。
 実際は問題が起こっていることにすら気づいていない奴のほうが多かった。
 世界を巡り地・水・風の大精霊に会った俺たちは、魔法を吸い込む黒い穴によって起こった数々の問題を解決し、最後に火の大精霊に会うべくフュー火山に向かった。
 で、そこで出くわしたのが、暴走するドラゴンだ。こいつも黒い穴のせいでおかしくなっちまってた。
 俺らは協力してドラゴンにあった黒い穴を破壊し、正気に戻してやった。
 つっても、黒い穴を壊せるのは俺だけなんだがな。理由はよく分からねぇが、一年前に闇の大精霊として俺が世界を変革したことが関係してるらしい。まぁ、どうでもいいけどよ。
 火の大精霊によると、チビ共が増えたことで世界に溢れた魔力を、何者かが黒い穴から吸い上げようとしているらしい。
 つまり、黒い穴はなんかやべぇやつだ。
 何のために魔力を吸い上げてるのかは分からねぇが、とりあえず黒い穴をぶっ壊して、その「何者」かってのを探さないといけねぇ。
 俺たちはドラゴン――ディーラを仲間に加えて、問題を解決するために動き出した……んだが、暴走したディーラとの戦いは結構ハードだったからな。ひとまず町に戻って一息つこうぜ。
 チビたち心配そうな顔してんな! 大丈夫だ、俺がなんとかしてやらぁ!


 ――今、俺たちはフューラの町で宿をとっている。
 フューラの町は、ほとんど落ち着きを取り戻していた。
 黒い穴の影響でしょうによる病がまんえんし、大変なことになっていたから心配だったんだが、俺とチビ共が広めた薬が効いたらしい。
 町の人たちはすっかり元気になって、フュー火山から戻った俺らを歓迎してくれた。まぁ、出迎えてくれたのは、鉱山で働くオカマ口調の屈強な男たちだったが。
 火山は暑かったし汗を流そうってことで、皆で風呂に向かう。
 お、露天風呂か。なんだか懐かしいな。
 俺は熱い湯を一度掛けて、体を洗う。そしてゆっくりと湯船に体を沈めた。

「ふぅ……」
「ぬるいな」

 いい気分で風呂に入った瞬間、隣で頭の上半分だけを出していたディーラが言う。じょうちょを感じる暇すらねぇ。
 俺は少し不機嫌になり、ディーラの角をつついた。

「あのなぁ。てめぇはいつも溶岩にかってたからそう感じるのかもしれねぇが、普通はこんなもんだ。後、大事なのはぜいってやつだろ? 心が落ち着かねぇか?」
「ふむ、確かに……悪くはないな」
「いやいやいやいや! 僕たちは黒い穴の問題を解決しなければいけないのですよ!? なぜゆっくりと湯にかっているのですか!?」

 自分もさっきまで気が抜けた顔をしてやがったくせに、坊ちゃんがいきなりギャーギャーと騒ぎだす。
 あせったってしょうがねぇんだから、ぶつくさ言うなよ。
 俺は隣にいるうるせぇ奴の頭をつかみ、湯の中にぶち込んだ。

「もがっ! ぼこぼこぼこぼこ!」
「おう、そうだろ? やっぱり休むのも大事だからな」
「やめてくれと言っているように、我には聞こえるぞ」
「あぁ? ――おぉ、動かなくなってやがるな」

 脱力して停止している坊ちゃんを見て、ちょっとまずそうなので引き上げてやる。
 真っ赤になった坊ちゃんは、鼻や口から湯を出してくらくらとしていた。きたねぇなぁ。
 だが、実際坊ちゃんの言ってたことも間違っているわけじゃない。
 問題は山積みというか、どうしたらいいか分からねぇ。
 裸の付き合いをしつつ、今後の方針を決めないといけねぇな。
 湯船のへりに置いてあるタオルを頭の上へ載せる。すると、俺にならってチビ共も楽しそうにタオルを載せた。分かってんじゃねぇか。
 手を合わせて前にグッと伸ばす。ああああぁぁ、と自然に声が出た。
 そんな俺が面白かったのか、チビ共も真似をしている。声が聞こえてくるようだ。
 後は風呂から上がって、腰に手を当てて牛乳でも飲めば完璧だ。
 少しまったりしていると、隣から荒い息が聞こえてきた。
 坊ちゃんの意識が戻ったことを確認して、俺は改めて二人に話しかける。

「で、黒い穴はなんなんだ? 後、これからどうしたらいい? 黒い穴を探してぶっ壊し続ければいいのか?」
「それでは根本的な解決にならない」

 湯船から気持ち良さそうに顔だけを出しているディーラは、緊張感なく言った。
 身が縮こまるほどの恐ろしい火を吐き出してたのに、小さくなると可愛いもんだ。面白がってチビを頭の上に乗せてみたが、ディーラは少し渋い顔をしただけで文句は言わなかった。
 頭の上にあるタオルの位置を調整しつつ考える。
 根本的な解決……つまりそれは、黒い穴が現れないようにすることだろう。
 じゃあ、どうしたら現れなくなる?
 俺はパシャリと湯で顔を流し、ディーラをつまみ上げた。

「黒い穴はどうしたら出なくなんだ?」

 手の中で暴れているディーラが俺の顔に湯を飛ばす。しかし放すつもりがないことが分かると、やれやれといった様子のまま考えだした。
 言葉を待つわずかな時間。俺たちは無言でディーラを見続ける。
 少しうつむいていたディーラは、顔を上げて話し始めた。

「……黒い穴を出現させている者を叩くしかないが、情報が足りない。犯人に心当たりがないわけではないものの、まだ自信をもって言うことはできないからな。まずは今一度、黒い穴を探すべきだろう」
「なるほど。では黒い穴のある場所は、どう探せばいいのですか?」
「分からん」
「使えねぇなぁ」

 ディーラは坊ちゃんの質問に対し、首を横に振る。その後、摘み上げている俺の手を払い、湯の中に戻った。こいつ、俺らより風呂を満喫してんじゃねぇか?
 それにしても、まーた黒い穴を探すところから始めないといけねぇのか。
 正直うんざりする気持ちもあったが、チビ共のためだ。

「どこにあるかは分からねぇが、今までもなんとかなったんだ。きっと見つかるだろう」

 楽天的に考えてそう口にすると、不意に声が聞こえてきた。

「そんな甘い考えでどうする! やみくもに探し、見つからなかったらどうするんだ! 一生穴探しか!?」

 女湯から叫んできたのはアマ公だ。
 俺の隣にいる坊ちゃんはビクリと肩を動かすと、困ったような表情になった。
 こいつはアマ公の尻に敷かれてるからな。どう返せば一番波風が立たないか考えてるんだろう。

「えーと……確かにアマリスの言うことにも一理ありますが……。とりあえず話は部屋に戻ってからでいいのでは? 今、無理に会話へ参加しなくてもいいと思いますよ」
「だってだって! こっちは普通にお風呂をたんのうしているのに、真面目な会話が聞こえてくるんですよ!? ちょっと申し訳なくなっちゃうじゃないですか!」
「グレイス様、急に立ち上がらないでください。顔にお湯がかかりました」
「あ、ごめんなさいリルリ」

 坊ちゃんに言い返してきたのはグス公だ。
 女三人揃えばやかましい……だっけか? ……なんかちょっと言葉が違う気もするが、大体あってるだろう。とにかく、その言葉がぴったりだと思った。
 しかしまぁ、世界が嫌な感じになっていることは間違いねぇ。
 フューラの町で起きたようなことが、他のところでも起こったらどうする? そう考えると、目的地を定め、素早く動くに越したことはないだろう。
 ――黒い穴の場所、か。
 これまでの穴のあった場所に特に法則があったとも思えねぇし、次の場所を予想するのは中々難しい気がする。
 やかましい三人娘とも協力して、より良い方針を考えるのも悪くない。
 俺はそう思い至り、女湯の方へ声を掛けた。

「なぁ、お前たちは黒い穴がありそうな場所とか分かるか?」
「ありそうな場所、ですか? えぇっと今までに黒い穴があったのは……町で探していた猫の体、ゼリ湖の大きなサハギンの体、砂漠のオアシスの底、フュー火山のドラゴン。……分かりました! 生き物に黒い穴が出ます!」
「なるほど、さすがグレイス! 私の妹なだけあるぞ!」

 グス公の意見に対し、アマ公が素晴らしいと喜ぶ。
 しかし、その直後に冷静な声が聞こえてきた。

「グレイス様、アマリス様、オアシスは生き物ではありません」
「あ、あうあう……」
「あうあう……」

 真面目に考えているのは分かるが、あの『あうあう』姉妹は駄目だな。
 大きくため息をつくと、坊ちゃんが苦笑いをした。
 使えない奴らのことは置いといて、指でチビをつつきながら考える。
 グス公の結論はともかく、今までのことを整理してみるのは悪くねぇ。
 まず、黒い穴は魔力を吸っていた。ということは、犯人の目的は魔力なんだろう。
 ……魔力、魔力だ。魔力……。そうか!
 気づいた俺は、バッと立ち上がった。

「零さん、急に立ち上がらないでください」
「うるせぇ、それより分かったぞ! 黒い穴は大精霊がいるところの近くに現れてやがる! 魔力が欲しいから、魔力の多いところに出てくるんじゃねぇか?」
「さすが零さん! 私もそう言いたかったんです!」
「グス公は黙ってろ!」
「うぅ……本当にそう思っていたのに……」

 ぐすぐす言ってるグスグス公はともかく、魔力を求めている奴が魔力の多いところを狙うのは当然だ。
 つまり、黒い穴が出るのは魔力の強い大精霊のいる場所。よし、完璧だ。
 これで次に黒い穴がどこに出るかが分かるぞ!
 俺はグッと拳を握ったのだが、わざとらしい咳払いが聞こえて目を向けた。
 そこにいたのはディーラだ。ディーラは緩んだ目をし、ぽわんとした表情のまま口を開いた。

「零、一ついいか?」
「おう、どうした?」
「その理論でいくと、大精霊がいた四つの場所にはもう黒い穴が現れたことになると思うぞ?」
「あ? あー、そりゃあれだ……その……あれだあれ。……えーっと……駄目か」

 考え方は間違っていなかったと思うが、オチがついちまった。
 そうか、もう大精霊のいた場所には穴が出ちまったんだよな。
 立ち上がっていた俺は座り、頭に落ちたタオルを載せ直す。
 元気出せよと言わんばかりに、チビ共が俺の肩を叩いていた。
 湯の中に口を突っ込みボコボコと泡を出していたディーラが、ピクリと何かに反応し、顔を上げる。
 釣られて俺と坊ちゃんも顔を上げたんだが、特に何もねぇ。
 元の世界と違い、明かりの少ないこの世界では、夜空を見ても満天の星が浮かび上がっているだけだった。
 手を重ね合わせ、お湯をディーラの顔に飛ばす。
 しかし、ディーラは微動だにしなかった。
 不思議に思いつつディーラの様子をうかがうが、ディーラはじっと空を見つめて固まっている。
 俺は首の後ろをきながら、思いつくまま声をかけた。

「星が綺麗だってか?」
「いや……今、何か妙な感じがしなかったか?」
「妙な感じ……星でも落ちてきましたか?」
「落ちてきてたまるか」

 俺は坊ちゃんに呆れ顔で答えたのだが、ディーラは無言で空を見続けている。
 普段であれば気にせず風呂を引き続き楽しむところだが、今はこの世界に問題が起きている。妙な感じってのは気のせいだろ、なんて流すことはできない。
 ディーラは一体何を感じたんだ?
 俺らとは違うドラゴンって生物には、特別なものを察知する力があるのかもしれねぇ。
 何があったんだ? と、じっと見ていたんだが、ディーラは空を見ているだけで何も言わない。
 ……なんだよ、別に大したことじゃねぇのか?
 どうせ、流れ星を見つけたとか、そんなことだろう。大事な話をしているときに困ったもんだ。
 やれやれ……と思っていると、いきなりチビ共が俺の体を引っ張りだした。
 おいおい、お前らまでどうしたんだ?
 遊んでほしいのかと思ったんだが、どうやらそうじゃない。今まで見たことがないほど、チビ共は慌てていた。
 坊ちゃんもそれに気づいたようだ。

「零さん、精霊たちの様子がおかしいですよ」
「あぁ、分かってる。チビ共どうした? 何があったんだ?」

 聞いてみたんだが、チビ共は泣きそうな顔で俺の顔を引っ張っているだけだ。俺をどこかに連れて行こうとしているのではなく、何かを訴えている感じだった。
 チビ共は全員同じ方向を指差している。その方向を見ながら、俺はあっちに何があったかを必死に思い出そうとした。
 何かまずい気がする。
 指差しているのは北東だ。こっから北東に何がある?
 街道、カーラトの町……精霊の、森?
 さっきまで考えていたことが頭をよぎる。
 魔力が豊富にある場所――その条件に当てはまるところがあるだろ!

「まさか、精霊の森で何かあったのか!?」

 俺の問いに対し、チビ共はただただ頷く。それで推測は確信に変わった。
 よく考えるまでもなく、気づくべきだったんだ。
 黒い穴を仕掛けた奴が魔力を求めているのなら、この世界で一番魔力がたくわえられている場所を狙う。
 それがどこかなんて考えるまでもねぇ。
 精霊の森だ。
 急ぎ湯船から出て、脱衣所に置いてあった鉄パイプを握る。
 ディーラを見ると、俺と同じ考えだったらしく頷いた。

「てめぇら行くぞ、精霊の森だ!」
「我が背に乗ることを許そう」
「待ってください!」

 すぐにでも向かおうとしていた俺を止めたのは、まさかの坊ちゃんだった。
 こいつ、今がどういう状況か分かってんのか? 急がないと間に合わないかもしれねぇんだよ!
 いらちを抑えられずに文句を言おうとしたら、坊ちゃんが俺の肩をつかみ、タオルを差し出した。
 ……タオル? あ、やべぇ。

「服を着てからにしましょう」
「お、おう」
「私たちに裸で行けって言うんですかー」
おとやわはださらせと言うのか!」
「ボケナス」
「うるせぇ!」

 三者三様のツッコミを受けつつ、俺は急いで部屋に戻り身支度を整えることにした。
 精霊の森は、俺にとって聖域のようなもの。
 何かが起きるとは考えたくねぇし、何も起きてほしくないと思っていた。
 そんな考えだったから、一番大切な場所から目をらしていたんじゃないか?
 ちっ、まったく情けねぇもんだ。
 だが、きっとまだ間に合う。そう信じるしかない。
 俺はあせりながらも四人と共に宿を飛び出し、ディーラの背に乗り込んだ。



 第二話 俺がなんとかしてやるからよ


 夜の闇を切り裂き、ドラゴンがかっくうする。
 俺はディーラの首元でぐに立ち、鉄パイプを赤黒いうろこに杖のようについていた。

「零さん、危ないから座ったほうがいいです!」
「大丈夫だ、心配すんな」
「大丈夫なわけがないだろ!」
「というか、なぜ立っているのですか!?」
「なんとなくに決まってんだろ!」

 ディーラの背にしがみ付いているグス公、アマ公、坊ちゃんに答える。
 おっかなびっくりな表情をした三人は、風圧に耐えるために身を伏せていた。
 情けねぇ奴らだなぁ。背中をバシッと叩いて気合いでも入れてやるか?
 手の平にハーッと息を吹きかけたところで、一人足りないのに気づく。
 あれ、リルリはどこだ?
 不思議に思いキョロキョロ周囲を見たら、俺のすぐ後ろで正座しているメイドがいた。
 わりぃ、小さすぎて見えなかったわ。言ったらもちろん怒りだすから、口には出さないでおいたが。
 俺はポンッとリルリの頭の上へ手を置き、三人に言う。

「お前らリルリを見習えよ」
「ボケナスもたまにはまともなことを言う。皆、落ち着いてお茶でもどうだい?」
「お茶なんて飲んでいられるか! 見習ったら落ちるではないか! そもそもなんでお前たちは平気なんだ!?」

 アマ公の言葉を聞き、俺とリルリは同時に首を傾げた。なぜって言われてもなぁ……。
 三人の視線が集まる中、リルリとこそこそと話す。すぐに結論が出て、俺たちは自信満々に告げた。

「こう、少し体を前に傾けて気合いで立ってる。そんな感じだ」
「そうそう、重心を動きに合わせて移動しつつ、気合いでなんとかしているよ」
「さっぱり分かりません!」

 グス公はすぐに首を横に振る。
 その後もなんとか説明しようとしたんだが、「気合いってなんですか!?」と言われるだけで全く理解されない。
 あまりにも三人がギャーギャーと否定するので、最後には俺とリルリはしょんぼりうつむいてしまった。
 そんな俺たちのことは気にもせず、ディーラは飛び続ける。
 そして、あっという間に精霊の森が見えてきた。真っ暗な中で景色はどんどん流れていくが、思い入れのある場所はすぐに分かる。
 夜のせいか、いつもより黒い森を見て、俺は唇をみ締めた。

「零、そろそろ降りるぞ」
「おう! 行くぜ!」

 居ても立ってもいられなくなった俺が飛び降りようとしたら、すぐさまチビ共に引っ張られた。
 わ、わりぃ。ちょっとあせりすぎてたな。今のは高さ的にもやばかった。
 ゆっくりと地面へ降り立ったディーラは、また体を小さいサイズにする。デカいまま森をかっしたら、あっという間に木々がぐしゃぐしゃになっちまうからな。便利なもんだ。
 俺たちも準備を整える。何かあったときのことを考えて装備を確認し直し、グス公の出した魔法の炎で周囲を照らしてもらい、精霊の森に踏み込んだ。


 飛び跳ねながら先導するチビ共を目印に、暗い森の中を進む。
 激しい物音なども聞こえず、いつもと変わらない静かな森。
 しかし、あせりは消えねぇ。
 本来なら朝を待つべきだったのかもしれないが、そんな余裕は俺にもチビ共にもなかった。
 一年間、チビ共と過ごして慣れきっている場所だ。暗くても、どこがどうなっているかは分かっているので、転ぶことなく進むことができる。

「ふぎゃっ」

 ……慣れているのは俺だけだった。
 だが俺以上にあせっているチビ共を見ていると、どうにも気がいちまう。
 グス公に手を差し出して早く立ち上がらせようとしたら、ぐいっと引っ張られた。

「おい、グス公。今は急いでんだ」
「分かってます。いつもなら精霊たちが零さんを落ち着かせてくれるのに、そうじゃないみたいですもんね。だから、私と一緒に深呼吸をしましょう! はい! スー……ハー……」
「だからそういう場合じゃ……」
「零さん」

 グス公はぐに俺の目を見ている。目を合わせているだけなのに、不思議とあせりが少しずつ落ち着いていった。
 俺は言われた通りに深呼吸を始める。グス公と二人でやっていたのだが、気づけばチビ共も、他の三人も一緒に深呼吸をしていた。
 落ち着け、もう森には辿たどり着いている。落ち着け……落ち着け……。
 五回ほど深呼吸をしたら、少し冷静になってきた。
 見てみると、チビ共も落ち着きを取り戻したみてぇだ。

わりぃ、助かったグス公」
「いえいえ、どういたしまして」
「グレイス様に深呼吸を提案したのは僕だけどな」
「リルリ! そこは内緒にしておいてくださいよ!」

 どっちが言い出したかはどうでもいいんだが、二人は言い争っている。
 やれやれと思いつつも、俺は妙に感心していた。
 たまにこいつらはすげぇんだよなぁ。
 素直に心の中で感謝していると、ディーラが隣で俺のことをじっと見ていた。
 何か言いたいことでもあんのか? 不思議に思いながら見ていたら、竜は嬉しそうに目を細めながら言った。

「良き仲間だな」
「……はっ、色々うるせぇこともあるけどな」

 俺の言葉を聞き、ディーラは無言で一度頷いた。


 だが、なごやかだったのはここまでだ。
 精霊の森の、奥深く。
 チビ共と過ごしていた洞窟の近くに辿たどり着き、俺は体を震わせた。
 あざやかだった木々は黒く染まっている。決して夜で暗いから見間違えているのではない。
 幹も、枝も、葉も。全てが黒くなっていた。
 落ち着いたはずだった俺の頭に、一気に血が上る。
 しかし、左右から両腕をつかまれた。
 右にはグス公、左にはリルリ。足にはチビ共がしがみついている。
 アマ公と坊ちゃんも俺の肩をつかんでおり、自分がどれだけやべぇ顔をしていたか一瞬で分かった。
 抑えろ、まだ飛び出すのは早い。原因が何なのか調べねぇと……!
 俺は四人とチビ共を見回し、一度頷く。大丈夫だ、何とかこらえてるからな。
 皆の手が俺から離れたのを感じ、一歩踏み出す。
 怒りを足に込め、地面を踏みつぶすように歩いた。
 我慢の限界に達していた俺の目に映ったのは、あの洞窟。
 そしてその前にある、黒い穴だった。

「――があああああああああああっ!」
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