第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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2-4 水蛇討伐作戦

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 エルフたちが斥候へ出向き、砦からの増援が合流するまでの間、俺たちは作戦会議を行っていた。

「セスはんは、水蛇についてどれくらい知ってるんや?」
「そうですね。文献で見たことしか知りませんが……頭に鶏のような青いトサカがあり、全長は2~3m。分厚い鱗とぬめりの多い体で刃を滑らせる。水属性であるため、土属性の魔法に弱い、ということくらいです」
「概ね知ってるやん!」
「そうですかね。えへへ」

 自分でも分かっているのだが、あまり褒められない人生を送って来たせいで、褒められると簡単に嬉しくなってしまう。つけ入られないように気を付けねばならない。
 しかし、本を読んでいる時間が多かったので、子供時代は絵のついているものを好んだ結果なのだが、それが役に立つことは、俺の人生が無駄では無かったことの証明に感じられ、素直に嬉しい。

「まぁこっちはエルフや。ほぼ全員が四属性の初級魔法くらいなら使える。中級は半数。上級は10人おらんくらいやな」
「10人もいれば十分ですよ」

 初級魔法は一体。
 中級魔法は五体。
 上級魔法は十体。
 その上に位置する魔法もあるが、世界で数人しか使えない最上位魔法なので、主にこの三区分となっている。

 現在、上級魔法を使えるエルフは10人。戦争であれば、初動で100人を殺せるということだ。
 戦力を理解し、なるべく安全確実にと、自分の考えた策を述べることにした。

「では、作戦を――」

大した策では無い。少し考えれば、誰かは思いつくようなものだ。
 しかし、だからこそだろう。特に反対する者はおらず、いくつかの点を修正はしたが、俺の作戦は可決された。


 集落の畑地帯。その中央に、水蛇の好物である食料品を置き、後は現れるのを待っていた。
 畑の上で戦うのは気が進まないが、ここを通った形跡がある以上、もっとも誘き出しやすい場所で備えるのは当然のことだろう。
 オリアス砦から兵50を引き連れて現れたシヤは、頼んでおいたことの報告を始める。

「セス司令に申し付けられた通りに調べましたが、この辺りで水蛇の発見報告はありません」
「この十年以上の間、まともに調査は行っていない。水蛇以外にも魔物が増えているのか、もしくは誰かが意図的に放ったのか……」

 前者の場合、頭が痛い。後者の場合、頭が痛い。
 どちらにしろ頭が痛い結果でしかなく落ち込んでいると、妙な音が聞こえ始めた。

「来ましたな」

 エルペルトの言葉に頷く。土砂崩れにも似た音に思えるのは、木々や柵などを崩しながら進んでいるからだろう。
 僅かに身を乗り出し、水蛇の姿を確認する。……大きな縄が動いているようなものを想像していたが、とんでもない。巨大な水蛇は、低く分厚い壁がうねりながら向かって来ているような、そんな恐ろしいものに見えた。

 身を戻し、両手で口を押さえる。心臓がバクバクと音を立て、今すぐにでも叫び出しいのを耐えるのに必死だった。
 水蛇は食料の前で止まるかと思われたが、食料を取り囲むようにグルグルと回り出す。そして食料を守るようにとぐろを巻いた後、ようやく動きを止めた。
 今だ、と誰もが思ったであろう瞬間、作戦通りにリックが叫んだ。

「今や!」

 隠れていたエルフたちが姿を現し、五人が上級魔法を放つ。
 土をボコボコと隆起させながら水蛇へ向かい……接触する直前で消える。
 異変に気付いた水蛇が顔を上げるのと同時に、突如として現れた巨大な穴に水蛇の体が落下した。

「かかれ!」

 シヤの合図で兵たちも穴へ向かって行く。
 人を殺せる程度の威力しか無い穴だ。数mほどの深さしかない。
 しかし、それを五人で行うことによって、穴の広さは大きくなっている。人間五十人を落として殺せる広さと深さだ。

 戦闘は上が有利で、下が不利。そんな基本通りの戦況を作るために、俺は上級魔法を使用する作戦を立てた。
 穴の縁からはエルフたちが土の初級魔法を降り注がせて頭を叩き、シヤたちは木々と火矢を打ち込む。
 穴の中は恐らく地獄の窯さながらの光景だろう。見えないから予想だけど、たぶんそのはずだ。
 最初から最大の火力で勝負を着ける。
 俺たちの考えは間違っていなかったらしく、余剰とも思える火力での圧殺は成功しそうだった。

「勝った……?」
「いいえ、セス殿下。まだ戦闘中です。その言葉を紡いでも良いのは、勝利したと決まっております」

 軽口を叩いたことをエルペルトに窘められる。まだ戦闘中だ、気を抜くなと、その目は強く告げていた。
 自分の胸を強く叩き、迂闊なことを口にしたと反省する。
 俺には実力も無く、経験も無い。だからこそ、常に先を想像しなければならない。勝利の妄想をするなど、何が起きても対応できる歴戦の強者がすることだ。
 気を入れ直し、必死に考える。

「周囲の警戒も忘れないでくれ。仲間がいたら厄介だ」
「はっ」
「口元には気を付けろ。水を放ってくるぞ」
「はっ」

 思いつく限りのことを口にしながら、ひたすらに頭を回す。
考えろ、考えろ。
 目を見開き、脳を焼き付かせ、記載されていた内容を何度も思い出せ。

 薄っすらと姿が見えている水蛇は、とぐろを巻いていない。こう、うねうねと波打っており、串を刺して焼く前のような……ふと、水蛇ではなく蛇の記述について思い出す。
 確か、蛇があぁいった体勢をとるときは――。

「エルペルト、走れ! あいつは飛ぶ・・ぞ!」

 普通に考えれば、こいつなに言っているんだ? 蛇が飛ぶわけないだろ。と思われてもおかしくない言動だ。
 しかし、エルペルトは笑うようなことも無く、真っ直ぐに走り出した。その信頼に胸が熱くなる。

 視線を穴へと戻す。何事も起きなければ、俺が笑われるだけで終わる。それならそれでいい。……だが、そうはならなかった。
 なにかが破裂したような音が聞こえ、砂埃が巻き起こる。思わず目を覆いかけたが、どうにか上を見た。
 巨大な影だ。砂埃の上に、水蛇の頭が見えている。飛び上がった勢いで、穴の中にあった火も消えてしまっていた。

 しかし、なにかが妙だ。影は真っ直ぐに伸びている。……そうか、地面に尾を突き刺しているのか、と気付いた。飛んだのではなく、体を伸ばしたのだ、と。
 地上に上がるのか、逃げるための行動だと思っていたが、なにかが違う。
水蛇は尾を地面へ突き刺し、柱のような状態のまま、カパッと口を開いた。
 使わせずに終わらせる予定だったのだが、残念ながら失敗だ。放たれた水が、線のように伸びていく。

土壁アースウォールや!」

 リックの声で、上級魔法の使い手である五人のエルフが、仲間たちの前に巨大な土壁を出現させる。水蛇は尻尾を軸にぐるりと一回転し、周囲を薙ぎ払おうとした。
 もっと深く、広い穴に落とすべきではとも話し合ったが、備えておいて良かったとしか言えない。そんなことをしていれば、俺たちは全滅していた。

 水蛇は口を閉じ、体を震わせる。二発目の準備を始めているようだ。
 しかし、それは間に合わないだろう。なんせ、俺たちの最強戦力は、すでに水蛇の元へ辿り着いている。
 作戦は第二段階へ移行された。エルペルトを主軸に戦い、他が援護へ回るというものだ。

「いけえええええええええええええええ!」

 自分をか、仲間をか。もしくは、その両方を鼓舞したいと思ったのかもしれない。
 頑張れ、という想いを籠めて叫んだのだが……水蛇の体は、ボトリボトリといくつかの大きな塊になって落下していった。

「……ほわぁん?」

 なにが起きたのか分からず、変な声を出す。穴の周囲も騒ぎとなっており、トボトボ向かうと、こちらに気付いたエルペルトが深く頭を下げた。

「皆さまが隙を作ってくださったこともあり、楽に討ち取ることに成功いたしました。さすがにあれだけ体が伸びきっていれば、斬ることも容易いというものです。しかし、これも全てセス殿下の作戦あってのことでしょう。さすがはセス殿下です」

 前半は分かるのだが、後半はどうなんだろう。俺を褒める必要はあったのだろうか? 正直、エルペルトの力が五割で、残り四割はエルフ、一割がシヤたちだと思っている。
 しかし、エルペルトが俺を立てようとしていることは分かっており、笑顔で答えた。

「俺は大したことをしていない。全て、ここにいる皆の力が合わさってこその結果だ! 勝鬨を上げろぉ!」
「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」

 釈然とはしないが、これも俺の仕事なのだろうと理解する日になった。
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