第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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2-3 エフォートウェポン

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 魔法とは、対処方法が無ければ防ぐ方法の無い奇跡である。ただ盾などを構えても、盾ごと燃やし尽くすのが魔法というものだ。
 俺の知る限りだが、魔法を防ぐ方法は二つしかない。
 一つは同じく魔法。そしてもう一つは――。

 エルペルトの剣閃が魔法の炎を斬り裂く。
 驚いていると、彼はこちらに顔を向けぬまま言った。

「――この剣は、奇跡へ至った武具エフォートウェポンです」

 魔法が神の奇跡を行使する術ならば、エフォートウェポンは人の至りし終着点である。
 特殊な鉱石、特別な技法、特異な魔法。様々な手段を講じ、神へ近づこうとして辿り着いた、奇跡に似た結果を、努力で得た物があれ・・だ。

 もちろん、普通に入手できる物ではない。というか、そもそもの数が少ないのだが……そこは、さすがは先代剣聖というところだろう。
 エルペルトは剣で魔法を斬り捨てながら、前に進む。
 相手も気付いたのだろう。魔法では無く武器へ切り替えようとしていたが、エルペルトの足はそれよりも勝っていた。

「セス殿下、片が付きました」

 その言葉を聞き、俺は身の丈に合わない方を部下にしてしまったんだなと再認識し、背をブルリと震わせた。
 彼のいる場所へ辿り着くと、エルフたちは両手を上げていた。こんな化物に剣を向けられていれば、当然のことだろう。俺ならば恥も外聞もかなぐり捨て、土下座していたところだ。

「さすがだな、エルペルト。あなたがいて良かった」

 素直に感謝の言葉を述べると、エルペルトは胸に手を当てながら言った。

この程度・・・・、お褒めの言葉をいただくことではありません」

 その受け答えに、普段とは違うなにかを感じる。エルペルトのほうも、チラチラとこちらを見ていた。
 さっきのやり取りと、今の言葉の意味を考える。……もしかして、エルペルトが怪我をするかもしれないとか、魔法への対処は難しいと言ったことを気にしているのか?
 いやいや子供じゃあるまいしと思ったが、他に思いつかない。
仕方なく、自分の考えを疑いながらも言ってみることにした。

「いや、腕を軽んじていたわけじゃないんだよ? 本当に怪我をしてほしくなかったわけで」
この程度・・・・のことで心配させてしまう未熟な腕を恥じるばかりです」
「……魔法への対処が難しいと言ったことも、エフォートウェポンのことを知らなかったからでね?」
「えぇ、申し上げていなかった私に問題があります」

 あからさまに若干拗ねている老人へ、少しだけの面倒くささと、それ以上の人間らしさを感じ、思わず笑ってしまう。化物などと思った自分を恥ずかしく思うほどだ。

「ハハハッ、そうだな、そうだよな。うん、俺が悪かった。今後はこの程度・・・・のことでは、一切心配しないよ」

 その言葉で満足がいったのか、エルペルトはいつもの笑みでいつものように「――お任せあれ」と答えるのだった。


 さて、とエルフたちに目を向ける。その顔は憎しみに染まっており、今にも噛み殺さんと歪んでいた。
 スッと半歩ほど後ろに下がる。恐怖に負けたわけではない。安全を考え距離をとっただけだ。
 俺は落ち着きを取り戻そうと、一つ咳払いをしてから話し始めた。

「あー、まず俺たちは敵じゃない。水蛇とも無関係だ」
「そんなん信じられるわけないやろ! なら、どうやってここまで来たんや!」
「そう、それだよ。俺たちはオリアス砦から来たんだが、この辺りの探索を行っているとき、少女を保護し、助けを求められてな。その少女が逃げ出したので、後を追ったらここに辿りついたってわけだ」
「少女やって?」

 覚えがあるのか、エルフたちは小声で話し始める。
 しばし待つと、一人が言った。

「それたぶん、ミスティや。緑と金が混じったような髪色してたやろ?」
「してたしてた。無事帰って来たか?」
「……あんた、本当に悪い人じゃなさそうやな。さっき戻って来たから、他の村人と一緒に避難させてん。わしらは水蛇倒そう思ってな。あいつの行動を探ってるとこだったんや」
「ふむ……」

 もっと話が通じない相手かと思ったが、今のところ感触は良い。
 水蛇に関しては、砦から近い以上、どちらにしろ倒さなければならない相手だ。彼らがやられれば、俺たちが戦うことになる。リスクを減らすことを考えれば協力しても良いのでは? という結論に至った。

「――というわけだが、どう思う?」
「よろしいかと」

 基本、エルペルトは俺の判断を否定したりしないのだが、彼のお墨付きがあると安心してしまう。
 俺は一つ頷き、エルフたちに提案した。

「協力して水蛇を倒さないか?」
「そりゃ、その爺さんが力を貸してくれるんなら助かるが……条件はなんや? タダで力を貸すってわけじゃないんやろ?」

 話が早いなと、俺はニッコリと笑いかけた。

「今後も良き協力関係であること、かな。細かい話は水蛇を倒したことにあるが、悪い話じゃないだろ?」
「……長のところへ案内する。わしらだけで決めることはできん」

 いいね、と親指を立てて見せたら、エルフも笑みを浮かべながら親指を立てる。中々話が分かるやつだなと、拳をコツンとぶつけた。


 水蛇を警戒しながら、集落から離れる。

「わしの名前はリックって言うねん」
「俺はセス。こっちはエルペルトだ。よろしくな」

 自己紹介をしながら避難先を目指していると、リックの目が鋭くなる。
 彼はこちらを押し留め、弓に矢を番えた。

「ん? あぁ、大丈夫です。彼らは味方です」
「なんやて?」
「捕虜になっているわけではありません。出て来てください」

 エルペルトの言葉で恐る恐る出て来たのは、先ほど別れた兵たちだった。ここへ辿り着いてから様子を窺っていたのだが、俺たちが一緒にいるのを見て、命を賭してでも取り戻そうと潜んでいたらしい。思わず胸がジンとする。

 彼らに事情を話し、砦へ連絡と増援を頼む。いざなにかあったとしたら、エルフたちを守りながら砦へ戻ることも考えていた。
 兵たちを見送った後、リックの案内で進み、背の高い草が生えている場所へ辿り着く。

「ここや」
「どこ?」
「そっちの爺さんは気付いているで? まぁええわ、ついて来い」

 リックが両手で草をかき分けて進むと、すぐに前が開けた。
 目の前にはたくさんのエルフたち。この外からは気付かれにくい、背の高い草の中を切り開き、隠れ場所にしていたようだ。

 珍しいものを見て視線を泳がせていると、話がついたようでリックが手招きをする。
 ジロジロとエルフたちへ見られる居心地の悪さの中、向かった先には三人の老エルフがいた。
 エルフは人の倍ほどの寿命を持ち、老けるのも遅い。だが目の前にいる三人は皺だらけの老人で、かなりの高齢であることが見てとれた。
 彼らが長だと判断し、胸に手を当て、頭を下げる。

「お会いできて光栄です。私の名は――」
「セス=カルトフェルン。この王国の第六王子が、隠れ潜んでいたエルフに頭なんて下げてええんか?」

 どうやら顔を知られていたようだ。もしかしたら、俺が思っているよりも長く、この辺りに暮らしているのかもしれない。完全にファンダルのせいだが、今はその怠慢に感謝しておこう。
 無能で引き篭もりな第六王子は、警戒を解こうと笑うことにした。

「いやいや、俺は引き篭もりで有名な第六王子ですよ? 今は砦の司令とか任されていますが、たいした人間じゃありません。……それに、あなた方に協力を申し込むわけですから、頭を下げて印象を良くしておきたいんですよ」

 ヘラヘラ笑いながら告げると、三人の長たちも笑い出した。

「なるほどなるほど」
「えへへ」
「噂とは違い、バカじゃないみたいやな」
「……えへへ?」

 あれ? 失敗した? どうして?
 まだほとんど話もしていないのに、どうしてそんな印象を持たれてしまったのだろう。
 エルペルトも周囲を警戒し出しているし、リックたちも困惑している。
 オロオロしていると、長の一人が言った。

「だって、わしらと話し合う気なんやろ? こんな怪しいエルフたちと」
「そのつもりです。まぁ正直に打ち明けさせてもらいますと、こちらも人手不足でしてね。できれば今後も色々助けてもらいたいので、代わりにあなた方の滞在を認めようかと」
「どうやってや」
「ちょうど、砦の兵が少し減っていましてね。兜を被っていれば種族は分かりませんし、元々雇っていた兵ということにします」
「……わしらを兵にするってことか?」
「えぇ、そういうことになりますが、基本的には砦の外をお任せするつもりです。こちらまで手が回らないので、他の場所から国境を超えようとするものを追い返してもらいたいな、って」

 長たちは小声で話し合った後、フンッと鼻を鳴らした。

「利用する代わりに、利用していい。そういうことやな? ……えぇやろ、その条件は前向きに考慮したる」
「つまり、考える時間が欲しいと?」
「ちゃうわ! 細かいところは水蛇退治が終わってから詰めるってことや!」

 長が立ち上がり、俺の手を握る。どうやら交渉成立ということらしい。
 ホッとしていると、長は腕をグイッと引っ張り、耳元で呟いた。

「孫娘から話は聞いてるで。子供に優しいやつは信頼できる、ってのがわしの考えや。……助けてくれて、ほんまにありがとな」

 バンバンッと背中を強く叩かれる。孫娘というのは、あの少女のことだろう。
 そういった意図があったわけではなかったのだが、逆にそれが良い方向に傾いたのかもしれない。
 長たちは腕を高く上げ、大声で言った。

「水蛇退治や!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
「……おおおおおおおおおおおお!」

 割れんばかりの声に圧倒されながらも、同じように片手を上げて叫んだ。
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