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「――やっぱり無理じゃないかな?」
五日後に、俺がベッドへ転がりながら出した結論がこれだ。全力引き篭もり体質な俺に、どうして他の人が救えるというのか。自慢じゃないが、自分のことで精一杯な男だ。
誰が聞いても情けないと思う告白に、爺さんは変わらぬ笑みを見せた。
「然様ですか。では、どこかへ逃げますか? 生活のことはご心配なさるな。私が面倒を見ますゆえ」
驚くことに爺さんは、俺を養っても良いと言い出した。そのあまりにもありがたい申し出に……裏があるな、と勘づいてしまう。
この問いも、俺が心を入れ替えているかを陛下が調べるため、時折聞くように言われていたのだろう。
だから渋い顔のまま、爺さんに答えた。
「……逃げられるかな?」
考えとは裏腹に本音が出てしまっている。
しまったと思ったが、爺さんはやはり穏やかな笑みで答えた。
「他国へ逃げたほうが見つかりにくいと思われますが、セス殿下を捕まえることで益を得ようと考える輩は多いでしょう。ならば国内か? と考えますが、一ヶ所へ落ち着くことのできぬ旅生活は、セス殿下への負担も大きいと思われます」
「なら、どうすりゃいいんだよ」
逃げられない状況だと理解し、口を尖らせながら聞く。
爺さんは策有りと、指を一本立てた。
「一つ、手があります。……オリアス砦の状況については王都でも知られておりません。ならば、このままオリアス砦を正常化させたとしても、報告をしなければ手柄にはならないでしょう」
「ほう」
「さらに、それなりに優秀な人材を揃え、セス殿下のお力が無くとも業務が滞らない状況を作ることができれば……?」
「働かなくて良いわけか!」
「その通りでございます」
急にやる気が湧いて出て来たので、起き上がり机へ向き合う。
「働かないために働くぞー!」
「ご立派です、セス殿下」
「……あれ?」
なにか妙な感じはしたが、早く働かないで済むために忘れることにした。
しかし、人間とはすぐに変われる生き物では無い。良い手が思いつくはずもなく、爺さんを伴って砦内をブラブラと散歩することにした。
ファンダルは初日に道案内をしてくれたが、なにも聞かなかったことが功を奏したのだろう。お目溢しを受けたと理解したらしく、俺のところへは日に一度しか来なくなった。
人けの少ないところを好む習性がある俺は、足の向く先へ気ままに歩く。そして辿り着いたのが、日陰の多い裏庭だった。
体を伸ばしたり深呼吸をした後、肩を落としながら呟く。
「あぁ……、働きたくない……」
「ふっ」
「ん?」
上のほうから笑い声のようなものが聞こえる。目を向けると、木の上に男の姿があった。
フードを被っているため顔の下半分しか見えていないが、男は笑っている。俺は指を一本立て、男へ話しかけた。
「い、今の話は聞かなかったことにしてくれ」
「……ふふっ。あんた新しい司令だろ? 口封じなんて簡単だろうに、頭を下げるのかい?」
「頭は下げてないぞ。頼むから言わないでくれ、とお願いはしているけどな」
「そうかいそうかい」
木から地面へ降りた男は、愉快そうに話しかけて来た。
「まぁ少しばかりサボってたオレとしても、告げ口をされるのは困る。お互い忘れるってことでどうだ?」
「分かった分かった。あのよく出入りしてる商人には内緒にしておいてやるよ」
「……オレが、商人の下働きだって知ってるんで?」
「そりゃまぁ何度か見かけてるからな」
この五日で二度も訪れていることから、贔屓にしていることは想像に容易い。他の者より覚えが早いのも当然だろう。
男はこちらをジロジロと見ながら、煙草を取り出して火を点けた。
「吸うかい?」
「あぁ、悪いな……うぇっほ、ごっほ、ぶぇっへ!」
「おいおい、大丈夫か? 吸ったことないならそう言えよ」
カッコつけてみたが、逆にカッコ悪いことになってしまった。煙を吸うのは分かっていたが、想像の十倍くらい咳が勝手に出た感じだ。
その後に男は煙草の吸い方を教えてくれようとしたが、話だけ聞いて実演はしなかった。
「で、なにに困っていたんだい?」
「ゴロゴロ寝て過ごしたいのに、うまくいかないから困ってたのさ」
「……それはつまり、ファンダルの野郎を――」
「セス殿下。そろそろお戻りになられたほうがよろしいかと」
「あぁ、そうだな。……お前、名前はなんだ? 話しやすかったし、また今度話そうぜ」
「……ジェイ」
「ジェイか、覚えておくよ。俺はセスだ。よろしくな」
ジェイと別れ、部屋へと戻る途中、爺さんが言った。
「あの男、只者ではありませんな」
「こいつは驚いた。てっきり軽口を叩くなと怒られるかと思っていたよ」
「そんな恐れ多い。私では、セス殿下の深いお考えは読み切れませんからね」
「そんな深い考えは無いからな!?」
なぜ爺さんは、こんなに俺への評価が高いのだろうか。陛下が遣わせたのだと思っていたが、他にもなにか――いや、余計なことを考えるのはやめよう。
思考を放棄し、肩の力をへにゃりと抜く。
ファンダルともうまいことやる方法を見つけ、女性兵と仲直りをさせ、砦を正常化してもらう。……後は流されていればいい。
下手に動くなと、自分へ言い聞かせた。
部屋へ続く通路で、誰かが言い争っているのに気付いて曲がり角へ潜む。
コッソリ見た感じ、鎧を着た兵と、シヤたち女性兵が争っているようだった。
関わりたくないが、道はここしかない。……よし、時間を空けて戻って来よう。
踵を返そうとしたのだが、先から向かって来る者と目が合ってしまった。
「セス殿下ではありませんか!」
「……やぁ、ファンダル副司令」
気付かれちゃったかなぁ、と覗き込めば、シヤの顔がパァッと明るくなる。逃げようとしていましたなんて言えない雰囲気だった。
しかし、その顔は一瞬で曇る。ファンダルの姿が見えたからだ。
傍から見れば、ファンダルが俺を伴っているとしか思えない。顔が曇るのも当然だろう。
だがここで言い訳をするのもおかしな話である。平然として見せておいた。胃が少し痛い。
「騒いでいると聞いて来ましたが……。またあなたですか、シヤさん」
「こちらに問題があるような言い方はやめていただきたい。ただ、セス殿下へ用があっただけなのに、道を塞ぐからです」
あぁ、道は一本だけだから、通れないようにしてしまえば、他の人に会わせないで済むわけか。
俺としては人に会いたくないので願ったり叶ったりなのだが……。
「セス殿下はまだ砦での仕事に慣れておらず、日々の業務に追われております。なにか話があるのでしたら、ワタクシを通してくださいと何度も言ったではないですか」
筋は通っているなと感心していたのだが、シヤは納得いかなさそうに顔を歪めた。
「ファンダル副司令には話せないこともある、ということをご理解いただきたい。今後はこのような横暴はやめてもらえますか?」
これはシヤの言い分が苦しすぎる。ファンダルへの不平不満を述べたい、と言っているのと変わらない。
二人は一歩も退かぬ様子だったのだが、ファンダルは嫌な笑みを浮かべ、唇を舐めた。
「仕方ないですね。では、二人で話をしようではありませんか」
「えぇ、構いませ――」
「そこまでだ。まず、ファンダル副司令の心遣いに感謝を」
「ありがとうございます、セス殿下。では今後も続けさせていただいても?」
勝った、という顔をファンダルはしていたが、俺は静かに首を横に振った。
「追い返すような真似は許可できない。今後は、誰かが訪れたらエルを呼んでもらいたい。彼が緊急だと判断した場合は、俺の元へ通してもらおう。以上だ」
話は終わりだと、道を開けさせ部屋へと戻る。
有無を言わさぬ言い方になってしまったが、実際は違う。なにかツッコまれたらボロが出ると思い、俺のほうが逃げ出したのだ。
閉じた扉に耳をくっつけ様子を窺っていると、彼らは言い争うこともなく解散をしたようだ。
ホッとしていたのだが、足音が近づいて来る。その足音は扉の前で止まり、ノックをした。
「エル様はいらっしゃいますか? シヤ=カーネがセス殿下への接見を求めております」
「すぐに参りますので、少々お待ちいただけるようお伝えください」
いきなり手順通りに動いてるよ! 俺が言ったんだけどさ! と胸をドギマギさせていたのだが、爺さんは胸に手を当て深々と頭を下げた。
「さすがです、セス殿下。あのように言われれば、ファンダルも逆らうことはできないでしょう」
「いや、あの」
「では、シヤさんの話を聞いて来ます。たぶん通すことになると思いますので、よろしくお願いいたします」
出て行く爺さんを見送り、ソファへ崩れ落ちる。
「……しんど」
本音が口から零れ出すのも仕方ないと思えた。
五日後に、俺がベッドへ転がりながら出した結論がこれだ。全力引き篭もり体質な俺に、どうして他の人が救えるというのか。自慢じゃないが、自分のことで精一杯な男だ。
誰が聞いても情けないと思う告白に、爺さんは変わらぬ笑みを見せた。
「然様ですか。では、どこかへ逃げますか? 生活のことはご心配なさるな。私が面倒を見ますゆえ」
驚くことに爺さんは、俺を養っても良いと言い出した。そのあまりにもありがたい申し出に……裏があるな、と勘づいてしまう。
この問いも、俺が心を入れ替えているかを陛下が調べるため、時折聞くように言われていたのだろう。
だから渋い顔のまま、爺さんに答えた。
「……逃げられるかな?」
考えとは裏腹に本音が出てしまっている。
しまったと思ったが、爺さんはやはり穏やかな笑みで答えた。
「他国へ逃げたほうが見つかりにくいと思われますが、セス殿下を捕まえることで益を得ようと考える輩は多いでしょう。ならば国内か? と考えますが、一ヶ所へ落ち着くことのできぬ旅生活は、セス殿下への負担も大きいと思われます」
「なら、どうすりゃいいんだよ」
逃げられない状況だと理解し、口を尖らせながら聞く。
爺さんは策有りと、指を一本立てた。
「一つ、手があります。……オリアス砦の状況については王都でも知られておりません。ならば、このままオリアス砦を正常化させたとしても、報告をしなければ手柄にはならないでしょう」
「ほう」
「さらに、それなりに優秀な人材を揃え、セス殿下のお力が無くとも業務が滞らない状況を作ることができれば……?」
「働かなくて良いわけか!」
「その通りでございます」
急にやる気が湧いて出て来たので、起き上がり机へ向き合う。
「働かないために働くぞー!」
「ご立派です、セス殿下」
「……あれ?」
なにか妙な感じはしたが、早く働かないで済むために忘れることにした。
しかし、人間とはすぐに変われる生き物では無い。良い手が思いつくはずもなく、爺さんを伴って砦内をブラブラと散歩することにした。
ファンダルは初日に道案内をしてくれたが、なにも聞かなかったことが功を奏したのだろう。お目溢しを受けたと理解したらしく、俺のところへは日に一度しか来なくなった。
人けの少ないところを好む習性がある俺は、足の向く先へ気ままに歩く。そして辿り着いたのが、日陰の多い裏庭だった。
体を伸ばしたり深呼吸をした後、肩を落としながら呟く。
「あぁ……、働きたくない……」
「ふっ」
「ん?」
上のほうから笑い声のようなものが聞こえる。目を向けると、木の上に男の姿があった。
フードを被っているため顔の下半分しか見えていないが、男は笑っている。俺は指を一本立て、男へ話しかけた。
「い、今の話は聞かなかったことにしてくれ」
「……ふふっ。あんた新しい司令だろ? 口封じなんて簡単だろうに、頭を下げるのかい?」
「頭は下げてないぞ。頼むから言わないでくれ、とお願いはしているけどな」
「そうかいそうかい」
木から地面へ降りた男は、愉快そうに話しかけて来た。
「まぁ少しばかりサボってたオレとしても、告げ口をされるのは困る。お互い忘れるってことでどうだ?」
「分かった分かった。あのよく出入りしてる商人には内緒にしておいてやるよ」
「……オレが、商人の下働きだって知ってるんで?」
「そりゃまぁ何度か見かけてるからな」
この五日で二度も訪れていることから、贔屓にしていることは想像に容易い。他の者より覚えが早いのも当然だろう。
男はこちらをジロジロと見ながら、煙草を取り出して火を点けた。
「吸うかい?」
「あぁ、悪いな……うぇっほ、ごっほ、ぶぇっへ!」
「おいおい、大丈夫か? 吸ったことないならそう言えよ」
カッコつけてみたが、逆にカッコ悪いことになってしまった。煙を吸うのは分かっていたが、想像の十倍くらい咳が勝手に出た感じだ。
その後に男は煙草の吸い方を教えてくれようとしたが、話だけ聞いて実演はしなかった。
「で、なにに困っていたんだい?」
「ゴロゴロ寝て過ごしたいのに、うまくいかないから困ってたのさ」
「……それはつまり、ファンダルの野郎を――」
「セス殿下。そろそろお戻りになられたほうがよろしいかと」
「あぁ、そうだな。……お前、名前はなんだ? 話しやすかったし、また今度話そうぜ」
「……ジェイ」
「ジェイか、覚えておくよ。俺はセスだ。よろしくな」
ジェイと別れ、部屋へと戻る途中、爺さんが言った。
「あの男、只者ではありませんな」
「こいつは驚いた。てっきり軽口を叩くなと怒られるかと思っていたよ」
「そんな恐れ多い。私では、セス殿下の深いお考えは読み切れませんからね」
「そんな深い考えは無いからな!?」
なぜ爺さんは、こんなに俺への評価が高いのだろうか。陛下が遣わせたのだと思っていたが、他にもなにか――いや、余計なことを考えるのはやめよう。
思考を放棄し、肩の力をへにゃりと抜く。
ファンダルともうまいことやる方法を見つけ、女性兵と仲直りをさせ、砦を正常化してもらう。……後は流されていればいい。
下手に動くなと、自分へ言い聞かせた。
部屋へ続く通路で、誰かが言い争っているのに気付いて曲がり角へ潜む。
コッソリ見た感じ、鎧を着た兵と、シヤたち女性兵が争っているようだった。
関わりたくないが、道はここしかない。……よし、時間を空けて戻って来よう。
踵を返そうとしたのだが、先から向かって来る者と目が合ってしまった。
「セス殿下ではありませんか!」
「……やぁ、ファンダル副司令」
気付かれちゃったかなぁ、と覗き込めば、シヤの顔がパァッと明るくなる。逃げようとしていましたなんて言えない雰囲気だった。
しかし、その顔は一瞬で曇る。ファンダルの姿が見えたからだ。
傍から見れば、ファンダルが俺を伴っているとしか思えない。顔が曇るのも当然だろう。
だがここで言い訳をするのもおかしな話である。平然として見せておいた。胃が少し痛い。
「騒いでいると聞いて来ましたが……。またあなたですか、シヤさん」
「こちらに問題があるような言い方はやめていただきたい。ただ、セス殿下へ用があっただけなのに、道を塞ぐからです」
あぁ、道は一本だけだから、通れないようにしてしまえば、他の人に会わせないで済むわけか。
俺としては人に会いたくないので願ったり叶ったりなのだが……。
「セス殿下はまだ砦での仕事に慣れておらず、日々の業務に追われております。なにか話があるのでしたら、ワタクシを通してくださいと何度も言ったではないですか」
筋は通っているなと感心していたのだが、シヤは納得いかなさそうに顔を歪めた。
「ファンダル副司令には話せないこともある、ということをご理解いただきたい。今後はこのような横暴はやめてもらえますか?」
これはシヤの言い分が苦しすぎる。ファンダルへの不平不満を述べたい、と言っているのと変わらない。
二人は一歩も退かぬ様子だったのだが、ファンダルは嫌な笑みを浮かべ、唇を舐めた。
「仕方ないですね。では、二人で話をしようではありませんか」
「えぇ、構いませ――」
「そこまでだ。まず、ファンダル副司令の心遣いに感謝を」
「ありがとうございます、セス殿下。では今後も続けさせていただいても?」
勝った、という顔をファンダルはしていたが、俺は静かに首を横に振った。
「追い返すような真似は許可できない。今後は、誰かが訪れたらエルを呼んでもらいたい。彼が緊急だと判断した場合は、俺の元へ通してもらおう。以上だ」
話は終わりだと、道を開けさせ部屋へと戻る。
有無を言わさぬ言い方になってしまったが、実際は違う。なにかツッコまれたらボロが出ると思い、俺のほうが逃げ出したのだ。
閉じた扉に耳をくっつけ様子を窺っていると、彼らは言い争うこともなく解散をしたようだ。
ホッとしていたのだが、足音が近づいて来る。その足音は扉の前で止まり、ノックをした。
「エル様はいらっしゃいますか? シヤ=カーネがセス殿下への接見を求めております」
「すぐに参りますので、少々お待ちいただけるようお伝えください」
いきなり手順通りに動いてるよ! 俺が言ったんだけどさ! と胸をドギマギさせていたのだが、爺さんは胸に手を当て深々と頭を下げた。
「さすがです、セス殿下。あのように言われれば、ファンダルも逆らうことはできないでしょう」
「いや、あの」
「では、シヤさんの話を聞いて来ます。たぶん通すことになると思いますので、よろしくお願いいたします」
出て行く爺さんを見送り、ソファへ崩れ落ちる。
「……しんど」
本音が口から零れ出すのも仕方ないと思えた。
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