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「問」を土から見て
8.
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とりあえずまず花が多かったので、それをなんとかするべく。
三人で花瓶を調達することになった。
杵屋依杏と釆原凰介、それから清水颯斗。
調達をするのはこの三人。
清水は大量の花束を持って、釆原の入院している劒物大学病院へやって来た。
その花の、置き場所をどうするか三人で話し合った結果である。
入院について。
一日前に釆原は、安紫会と阿麻橘組の抗争に巻き込まれ、大怪我を負ってしまった。
匕首で腹部をやられたことによる大怪我だった。
幸い回復は早かった。
安紫会と阿麻橘組の抗争に巻き込まれた形で。失踪した人物がいる。
同じく劒物大学病院の医師である、入海暁一。
入院病棟にいた看護師を驚かせはしたものの。
何とか、三人で花瓶を一つずつ借りた。
清水の持って来た花を各々、生けることは出来そうだ。
「そう。私の家内が花屋ですのでね」
清水は、西耒路署にいる鑑識である。
依杏と八重嶌郁伽が受けた依頼で、助力を賜りたかった人物だ。
T―Garmeこと賀籠六絢月咲から受けた、「なくし物」の依頼について、である。
清水は花を生けながら言った。
「九十九社さんにもたまに、お世話になったりしているのですよ。さすがそこは花屋ですんでね」
数登は眼をぱちくりやった。
「お世話になっていますか」
数登はそう言って微笑んだ。
釆原はベッドに戻っている。
九十九社に勤める、葬儀屋の数登珊牙。
葬儀屋と花は縁が深いかもしれない。
そこは、そうなるだろう。
ということで数登の手元では、なかなか「調和がなされた花々」が出来上がっていて。
ちなみに依杏が生けた花については、全然調和が取れていない。
依杏はなんとか茎と葉を丁寧に花瓶に詰めこんだ、その段階で満足をした。
一方詰め込まれなかった部分の花は元気いっぱい咲き誇っている。
釆原は一緒に花瓶を調達するついでに廊下へ出たその脚で、数登がどこにいるかを、探しに行くつもりでいた。
依杏と釆原と清水で一緒に看護師から花瓶を借りているところへ。
数登はひょっくり戻って来た。
数登珊牙も釆原を見舞ってやって来ていて、入海の情報を集めにと一時席を外していたのだ。
今、釆原の病室にいる数登。
自分の生けた花を眺めている。
「女性の方が好むような。そんな花が多いように見えます」
数登は清水にそう言った。
「そうですねえ、例えばこの黄色い、ええとミモザかな? 確かに家内はこういう明るいお花が好きですね。私なんかはセンスもないない、お花の種類なんて分からないもの。全て花はね、家内が選んだものなんですよ。いやあ良いねえ」
清水は笑顔で言う。
「なるほど」
数登はそう言った。
三つの花瓶が花で満たされた。
それを三箇所に配置。
白い病室がカラフルになる。
依杏は少し嬉しくなった。
依杏の生けた花は全体的に量が多かったが。
「で、入海先生のこと何か分かったか?」
釆原は数登にそう尋ねた。
「安紫会と阿麻橘組の抗争があった後、そして翌日つまり今日。連絡が病院側と先生で取れていないそうです」
「自宅に行ってみたとかはあった?」
数登はかぶりを振った。
「それだと家宅捜索みたいになってしまいますねえ」
清水が苦笑して言った。
「入海先生のお宅へ訪問をするための権限は、一介の葬儀屋である僕にはないものです」
数登は微笑んでそう返す。
「あ、家宅捜索って言えば。安紫会の事務所も家宅捜索をするって。新聞に書いてありました」
「ああ、それでしたら私もシダも伺いますよ! 怒留湯も出ますけれど、ちゃんと今度は捜一とマル暴が一緒に来るんですよ。そりゃあね。怒留湯と桶結に先を越されちまったからねえマル暴は」
依杏が言ったのに対して、清水はそう返した。
「私とシダ?」
依杏は眼をぱちくりしてそう言った。
「ああいえいえ彼の綽名ですよ。歯朶尾をシダって私呼んでいますんでね。同じ鑑識の歯朶尾灯です。あいつの趣味はここ、その新聞に書いてあるバーチャルアイドルとかなんですよ。杵屋さんは興味がおありかもしれないな」
依杏は眼をぱちくり。
清水は続けて言った。
「ところで。安紫会の抗争のあと現場は、そのままにされています。あれ。私記者さんに。情報を漏らしていることになっちまうのかしら」
清水は苦笑した。
釆原はそのままにして尋ねる。
「ということは。伊豆蔵の若頭は、事務所とはどこか別へ、移っているということですか」
「そうですねえ現場保存のためっていうのが何をおいても第一ですから。それに安紫会の事務所では盗難もあったでしょう。御存知ですか? そりゃもう事務所内はてんやわんやなんですよ」
「盗難」
「ええ。てんやわんやなんで騒ぐ若衆は特にね、他所へ移しておかないと。何しろ抗争の事情を知らないで外でシノギやっていた奴がいないでもない。でないと現場保存どころか鑑定の材料がなくなってしまう。安紫会の事務所へ住んでいる部屋住みの連中で抗争関係者は、うちの署へ来させたり。あんまり抗争に関係なかった連中も、どこか他所で過ごさせています」
「親分は」
「鮫淵親分はまもなく、西耒路署へ来るはずですよ」
清水は腰を上げた。
「さて。釆原さんが大丈夫なようで何よりでした。お花をまた入れ替えに来るかもしれません。ぜひまた生けましょう。ただし私はね。情報漏洩は致しません」
清水は笑顔で。
「あ、あのう」
依杏はそう言った。
「そろそろおいとまですよ。何か他にありましたら遠慮なく言って下さいね」
「あたし珊牙さんと一緒に、九十九社でお世話になっている者なのですけれど」
それから依杏は、いま賀籠六絢月咲から依頼として受けている「なくし物」の件について清水に話を始めた。
「ああそれで。整形外科で釆原さんとお会いしてから頭蓋骨のことには聞き及んでいましたが。なくし物だの抗争だのいろんなことが起きてねえ。私も出番が増えましたよね」
清水はそう言って笑った。
依杏には謙遜なんだか自虐なんだかよく分からなかった。
「と、とにかく! とても個人的な依頼なんですけれど……。清水さん方がいらして下されば、例えば一ヶ月前の誰かの痕跡とか。何か炙り出したりとか、そういうの出来ちゃうのではって先輩と話をしていたんです」
賀籠六絢月咲のなくし物の依頼。
依杏と郁伽が依頼を受けたがまだ解決が、出来ていない。
「なるほど。ただ非公式という形にはなってしまいますが、何か写真などを渡していただければ見てあげてもいいですよ。追加で詳しい情報求ム、などであればワンコイン追加でぜひね」
清水は笑ってそう言った。
絢月咲の家で「仮面舞踏会」のパーティが開かれた際。
その時に彼女は扇子をなくしたという。
なくした扇子は出てこない。
その他三点ほどなくし物をしている絢月咲。
自宅テーブルやその他の物に、誰かの何か「なくし物」に関する痕跡が残っていないか。
清水を呼ぼうとして、その日は会えずにいた。
その清水と釆原の病室で今、出会った形になった。
*
依頼というのは葬儀屋以外で受ける仕事だ。
主に個人的な謎解きを扱うことが多かった。
ドライヤーでもなかなか湿気が飛ばない。
依杏はもともと毛量が多い方なので、洗ったあとの髪とドライヤーの熱と。
どのへんで折り合いをつけたらいいのか、いつもなかなか上手くいかない。
だが、髪のポイントは熱にもなかなか強い。
そろそろまた直してもらうか、自分でやり方を憶えるか……。
依杏の髪のポイントは数登が拵えたものである。
「次いいー?」
「どうぞー!」
郁伽がやって来た。
依杏は早々に洗面室から出た。
依杏から見て左側に髪のポイントはある。
もともとあまり依杏は髪に頓着しないほうで、おしゃれも慣れていない方だ。
そんな依杏の髪の毛だが、一本三つ編みのようで三つ編みでない長めの飾りが出来ているという感じである。
慈満寺でも謎解きがあった。
数登はその時乗り込んでいた。
依杏に対して作った髪のポイントはその頃拵えられたものだ。
依杏と郁伽はシェアハウスをして一緒に住んでいる。
各々勝手に気になったら家事に手を出す。
たまに放置もある。
皿洗いは依杏がやる確率が概ね九十パーセント。
「安紫会の事務所で盗難。なになにバーチャルアイドルが少し協力?」
郁伽はタオルで頭をごしごしやりながら言った。
新聞の見出しを見て言ったのである。
ダイニングキッチン。
あまり広さはなく、そしてこじんまりとしている。
テーブルの上にはコンビニで買って来た新聞と、スマホが載っている。
皿を洗い終わって依杏は新聞を広げた。
スマホから動画サイトへ。
「絢月咲さんはU-Orothéeちゃんと面識はあるって云っていたけれど、Se-ATrecとはどうなんでしょう」
「ああこの見出しの子ね。あたしも絢月咲もよく知らなくって、でも刑事の間では有名なんだって」
「ふうん」
「でもこれ警察の間の話でしょう? 情報漏れちゃってないか」
「新聞の情報に関しては、西耒路署とその他報道、特に日刊『ルクオ』との間で、正式に交渉を取り交わした上で載せたそうです」
「そうなんだ」
郁伽は苦笑した。
依杏は郁伽に、西耒路署の鑑識である清水颯斗に会ったことを伝えた。
「なるほどねえ。それはよかった。会えたんなら良かったよ。それはそうとして。あたしたちも依頼とか現場で活躍しなくちゃだよなあ」
「そ、そうですよね……」
依杏は赤くなった。
「ところで。お花屋さんとは九十九社とも縁が深そうだね」
郁伽はあくびをしながらぼんやり言った。
「清水さんの奥さんがってことですよ」
「なら清水さんは、植物とかに詳しそう」
「お花の種類には詳しくないみたいでした」
「それと鑑識の仕事はまた別じゃないのかなあ。とにかく、絢月咲のなくし物の件については協力を仰ぎたくなってしまうな。薬品とか花粉とか小さい粒子みたいなの研究するの好きそうな感じがする」
「そうですね鑑識って。ドラマだとそんな感じになりますものねえ」
そんなことを言いつつ依杏にはよく分かっていなかったけれど。
あくびをしてぼんやりしてしまう。
時刻は夜九時を回る。
依杏は通信制高校の課題を始めた。
ノートパソコンをじーっと見ている依杏。
一方の郁伽。
動画サイトと新聞を交互に見ながら何やらメモしている。
郁伽は顔を上げた。
「明日あたし仕事が早いからさ。朝、適当に何か食べたりなんだりしていていいからね。あたしの分のコーンフレークを消費してもオーケー構わない」
「ありがとうございます~」
依杏は画面を見ながら頬を手で抱えつつ言った。
清水さんの件や絢月咲さんのこと。
なくし物の依頼の件を今は郁伽先輩に任せて、自分は課題をしている状態。
しかも数学だ。
数学の問題はいつ見ても慣れないのだ。
なんだって図と形を気にせねばならんのだ。
しぶしぶ手を動かす依杏。
時間が経っていく。
郁伽はやがて舟を漕ぎだした。
居眠りだった。
依杏はその様子を見て微笑んだ。
ああ、あたしも居眠りしたいなあ。
思いながらまた画面に戻る。
小さい振動。
スマホだ。
数登から。
『今から出ませんか』
それに返信をしないで依杏は郁伽に書き置きし、すっかりテーブルに眠りこけている、その郁伽の肩へブランケットを掛けた。
シェアハウスを出る。
数登はスーツではなくラフな格好だった。
シャツにジーンズ。
依杏も一枚で着ることの出来るワンピースと黒の長い丈のレギンスを合わせて、自転車を漕いできた。
脚にはサンダル。
数登以上に、適当な恰好かもしれない。
依杏は心なしか少し赤面していた。
九十九社の社員がよく利用するコンビニで待ち合わせた。
店長に許可を取っているのでたまに、脇にある駐輪スペースを使わせてもらうことが出来る。
ただし時間料金で有料。
店名は野昼駅にもあるのと同じ「ヴォワラ」という。
数登は自転車でやって来た依杏に気付いた。
「飲みますか?」
二百五十ミリリットルのコーヒー飲料。
依杏に渡されたのは無糖の方。
それを二人で、各々飲んだ。
「だいぶ解けた部分が増えましたね」
「どうすればいいかこれ、訊こうとしていたんです」
数登は依杏の髪のポイントへ触れている。
それで「解けた」と言ったので、依杏は「どうすればいい」と返した。
「あんまり急いでいる様子はないみたいですけれど、何かあったんですよね」
「ええ、まあ」
そう言って数登は依杏の両頬へそれぞれ軽くキスした。
「せ、先輩は。明日、朝早いそうです。だから、あたしだけ来ました」
「大丈夫、構いませんよ」
数登が微笑むので、依杏は赤くなって軽くかぶりを振った。
「あ、あの本題はなんですか。郁伽先輩は安紫会の調べものをしていて居眠りしちゃって」
「清水さんから連絡をいただきましてね」
依杏は数登に言われてポカンとなった。
「清水さんって鑑識の?」
「ええ」
「ちょうどさっき話をしていたところなんです」
「では、ある程度の情報は収集済み」
「ええと大方は、先日釆原さんのお見舞いへ行った時に見た、新聞のおさらいとかだったんですけれど……新しい情報はあんまり持っていません。通信制の課題をやっていました」
「安紫会の事務所の件です」
「え」
依杏は数登に言われてますますポカンとした。
「ディア」
数登は依杏を励ますように言った。
「今清水さんは現場で、安紫会の事務所です。そこで抗争と盗難の件について家宅捜索を行っている。とのことです。捜査一課にマル暴刑事の方々、怒留湯さん方もいらっしゃっていると」
「あ、あのう今ですか?」
「ええ。たった今」
「たった今……」
依杏は少し考え込む。
「通信制の、その……課題が」
と言いかけて依杏はかぶりを振った。
「行きます」
「一緒に来て下さいますか」
数登は依杏に微笑んで言った。
依杏は肯いた。
「あとで珊牙さんに課題手伝ってほしいんですけれど」
依杏はそう言った。
数登は依杏の額へ軽くキスをし、依杏の手を引く。
自転車は「ヴォワラ」の店主へ任せた。
事情を話して、安い料金設定で今回は自転車を預かってもらうことにした。
黒のセダン。流線形。
依杏は助手席に乗った。
数登の運転で、夜の車道へ乗り出す。
九十九社の社用車でシートは真新しい匂いが消えていない。
その上に無糖コーヒーの香りが被さるように。
夜の九時を過ぎてもうすぐ十時になる。
車道にあまり賑わいはない。
赤いテールランプが点々と光っている車道を一応法定速度内で走る。
どちらかというと数登は運転が荒かった。
更に言えばブレーキの踏み方が急で、雑なのかもしれなかった。
停車の際、シートベルトが急にぐっと締まったりする。
ので依杏はそんなことを思う。
ただ今日は、ゆったり車を走らせている。
夜の闇から昼間以上の明るさへ。
安紫会の事務所。
清水の居るという現場へついた。
そこは煌々と、照明で明るすぎるほどに照らされていた。
三人で花瓶を調達することになった。
杵屋依杏と釆原凰介、それから清水颯斗。
調達をするのはこの三人。
清水は大量の花束を持って、釆原の入院している劒物大学病院へやって来た。
その花の、置き場所をどうするか三人で話し合った結果である。
入院について。
一日前に釆原は、安紫会と阿麻橘組の抗争に巻き込まれ、大怪我を負ってしまった。
匕首で腹部をやられたことによる大怪我だった。
幸い回復は早かった。
安紫会と阿麻橘組の抗争に巻き込まれた形で。失踪した人物がいる。
同じく劒物大学病院の医師である、入海暁一。
入院病棟にいた看護師を驚かせはしたものの。
何とか、三人で花瓶を一つずつ借りた。
清水の持って来た花を各々、生けることは出来そうだ。
「そう。私の家内が花屋ですのでね」
清水は、西耒路署にいる鑑識である。
依杏と八重嶌郁伽が受けた依頼で、助力を賜りたかった人物だ。
T―Garmeこと賀籠六絢月咲から受けた、「なくし物」の依頼について、である。
清水は花を生けながら言った。
「九十九社さんにもたまに、お世話になったりしているのですよ。さすがそこは花屋ですんでね」
数登は眼をぱちくりやった。
「お世話になっていますか」
数登はそう言って微笑んだ。
釆原はベッドに戻っている。
九十九社に勤める、葬儀屋の数登珊牙。
葬儀屋と花は縁が深いかもしれない。
そこは、そうなるだろう。
ということで数登の手元では、なかなか「調和がなされた花々」が出来上がっていて。
ちなみに依杏が生けた花については、全然調和が取れていない。
依杏はなんとか茎と葉を丁寧に花瓶に詰めこんだ、その段階で満足をした。
一方詰め込まれなかった部分の花は元気いっぱい咲き誇っている。
釆原は一緒に花瓶を調達するついでに廊下へ出たその脚で、数登がどこにいるかを、探しに行くつもりでいた。
依杏と釆原と清水で一緒に看護師から花瓶を借りているところへ。
数登はひょっくり戻って来た。
数登珊牙も釆原を見舞ってやって来ていて、入海の情報を集めにと一時席を外していたのだ。
今、釆原の病室にいる数登。
自分の生けた花を眺めている。
「女性の方が好むような。そんな花が多いように見えます」
数登は清水にそう言った。
「そうですねえ、例えばこの黄色い、ええとミモザかな? 確かに家内はこういう明るいお花が好きですね。私なんかはセンスもないない、お花の種類なんて分からないもの。全て花はね、家内が選んだものなんですよ。いやあ良いねえ」
清水は笑顔で言う。
「なるほど」
数登はそう言った。
三つの花瓶が花で満たされた。
それを三箇所に配置。
白い病室がカラフルになる。
依杏は少し嬉しくなった。
依杏の生けた花は全体的に量が多かったが。
「で、入海先生のこと何か分かったか?」
釆原は数登にそう尋ねた。
「安紫会と阿麻橘組の抗争があった後、そして翌日つまり今日。連絡が病院側と先生で取れていないそうです」
「自宅に行ってみたとかはあった?」
数登はかぶりを振った。
「それだと家宅捜索みたいになってしまいますねえ」
清水が苦笑して言った。
「入海先生のお宅へ訪問をするための権限は、一介の葬儀屋である僕にはないものです」
数登は微笑んでそう返す。
「あ、家宅捜索って言えば。安紫会の事務所も家宅捜索をするって。新聞に書いてありました」
「ああ、それでしたら私もシダも伺いますよ! 怒留湯も出ますけれど、ちゃんと今度は捜一とマル暴が一緒に来るんですよ。そりゃあね。怒留湯と桶結に先を越されちまったからねえマル暴は」
依杏が言ったのに対して、清水はそう返した。
「私とシダ?」
依杏は眼をぱちくりしてそう言った。
「ああいえいえ彼の綽名ですよ。歯朶尾をシダって私呼んでいますんでね。同じ鑑識の歯朶尾灯です。あいつの趣味はここ、その新聞に書いてあるバーチャルアイドルとかなんですよ。杵屋さんは興味がおありかもしれないな」
依杏は眼をぱちくり。
清水は続けて言った。
「ところで。安紫会の抗争のあと現場は、そのままにされています。あれ。私記者さんに。情報を漏らしていることになっちまうのかしら」
清水は苦笑した。
釆原はそのままにして尋ねる。
「ということは。伊豆蔵の若頭は、事務所とはどこか別へ、移っているということですか」
「そうですねえ現場保存のためっていうのが何をおいても第一ですから。それに安紫会の事務所では盗難もあったでしょう。御存知ですか? そりゃもう事務所内はてんやわんやなんですよ」
「盗難」
「ええ。てんやわんやなんで騒ぐ若衆は特にね、他所へ移しておかないと。何しろ抗争の事情を知らないで外でシノギやっていた奴がいないでもない。でないと現場保存どころか鑑定の材料がなくなってしまう。安紫会の事務所へ住んでいる部屋住みの連中で抗争関係者は、うちの署へ来させたり。あんまり抗争に関係なかった連中も、どこか他所で過ごさせています」
「親分は」
「鮫淵親分はまもなく、西耒路署へ来るはずですよ」
清水は腰を上げた。
「さて。釆原さんが大丈夫なようで何よりでした。お花をまた入れ替えに来るかもしれません。ぜひまた生けましょう。ただし私はね。情報漏洩は致しません」
清水は笑顔で。
「あ、あのう」
依杏はそう言った。
「そろそろおいとまですよ。何か他にありましたら遠慮なく言って下さいね」
「あたし珊牙さんと一緒に、九十九社でお世話になっている者なのですけれど」
それから依杏は、いま賀籠六絢月咲から依頼として受けている「なくし物」の件について清水に話を始めた。
「ああそれで。整形外科で釆原さんとお会いしてから頭蓋骨のことには聞き及んでいましたが。なくし物だの抗争だのいろんなことが起きてねえ。私も出番が増えましたよね」
清水はそう言って笑った。
依杏には謙遜なんだか自虐なんだかよく分からなかった。
「と、とにかく! とても個人的な依頼なんですけれど……。清水さん方がいらして下されば、例えば一ヶ月前の誰かの痕跡とか。何か炙り出したりとか、そういうの出来ちゃうのではって先輩と話をしていたんです」
賀籠六絢月咲のなくし物の依頼。
依杏と郁伽が依頼を受けたがまだ解決が、出来ていない。
「なるほど。ただ非公式という形にはなってしまいますが、何か写真などを渡していただければ見てあげてもいいですよ。追加で詳しい情報求ム、などであればワンコイン追加でぜひね」
清水は笑ってそう言った。
絢月咲の家で「仮面舞踏会」のパーティが開かれた際。
その時に彼女は扇子をなくしたという。
なくした扇子は出てこない。
その他三点ほどなくし物をしている絢月咲。
自宅テーブルやその他の物に、誰かの何か「なくし物」に関する痕跡が残っていないか。
清水を呼ぼうとして、その日は会えずにいた。
その清水と釆原の病室で今、出会った形になった。
*
依頼というのは葬儀屋以外で受ける仕事だ。
主に個人的な謎解きを扱うことが多かった。
ドライヤーでもなかなか湿気が飛ばない。
依杏はもともと毛量が多い方なので、洗ったあとの髪とドライヤーの熱と。
どのへんで折り合いをつけたらいいのか、いつもなかなか上手くいかない。
だが、髪のポイントは熱にもなかなか強い。
そろそろまた直してもらうか、自分でやり方を憶えるか……。
依杏の髪のポイントは数登が拵えたものである。
「次いいー?」
「どうぞー!」
郁伽がやって来た。
依杏は早々に洗面室から出た。
依杏から見て左側に髪のポイントはある。
もともとあまり依杏は髪に頓着しないほうで、おしゃれも慣れていない方だ。
そんな依杏の髪の毛だが、一本三つ編みのようで三つ編みでない長めの飾りが出来ているという感じである。
慈満寺でも謎解きがあった。
数登はその時乗り込んでいた。
依杏に対して作った髪のポイントはその頃拵えられたものだ。
依杏と郁伽はシェアハウスをして一緒に住んでいる。
各々勝手に気になったら家事に手を出す。
たまに放置もある。
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「安紫会の事務所で盗難。なになにバーチャルアイドルが少し協力?」
郁伽はタオルで頭をごしごしやりながら言った。
新聞の見出しを見て言ったのである。
ダイニングキッチン。
あまり広さはなく、そしてこじんまりとしている。
テーブルの上にはコンビニで買って来た新聞と、スマホが載っている。
皿を洗い終わって依杏は新聞を広げた。
スマホから動画サイトへ。
「絢月咲さんはU-Orothéeちゃんと面識はあるって云っていたけれど、Se-ATrecとはどうなんでしょう」
「ああこの見出しの子ね。あたしも絢月咲もよく知らなくって、でも刑事の間では有名なんだって」
「ふうん」
「でもこれ警察の間の話でしょう? 情報漏れちゃってないか」
「新聞の情報に関しては、西耒路署とその他報道、特に日刊『ルクオ』との間で、正式に交渉を取り交わした上で載せたそうです」
「そうなんだ」
郁伽は苦笑した。
依杏は郁伽に、西耒路署の鑑識である清水颯斗に会ったことを伝えた。
「なるほどねえ。それはよかった。会えたんなら良かったよ。それはそうとして。あたしたちも依頼とか現場で活躍しなくちゃだよなあ」
「そ、そうですよね……」
依杏は赤くなった。
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郁伽はあくびをしながらぼんやり言った。
「清水さんの奥さんがってことですよ」
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「お花の種類には詳しくないみたいでした」
「それと鑑識の仕事はまた別じゃないのかなあ。とにかく、絢月咲のなくし物の件については協力を仰ぎたくなってしまうな。薬品とか花粉とか小さい粒子みたいなの研究するの好きそうな感じがする」
「そうですね鑑識って。ドラマだとそんな感じになりますものねえ」
そんなことを言いつつ依杏にはよく分かっていなかったけれど。
あくびをしてぼんやりしてしまう。
時刻は夜九時を回る。
依杏は通信制高校の課題を始めた。
ノートパソコンをじーっと見ている依杏。
一方の郁伽。
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郁伽は顔を上げた。
「明日あたし仕事が早いからさ。朝、適当に何か食べたりなんだりしていていいからね。あたしの分のコーンフレークを消費してもオーケー構わない」
「ありがとうございます~」
依杏は画面を見ながら頬を手で抱えつつ言った。
清水さんの件や絢月咲さんのこと。
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しかも数学だ。
数学の問題はいつ見ても慣れないのだ。
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しぶしぶ手を動かす依杏。
時間が経っていく。
郁伽はやがて舟を漕ぎだした。
居眠りだった。
依杏はその様子を見て微笑んだ。
ああ、あたしも居眠りしたいなあ。
思いながらまた画面に戻る。
小さい振動。
スマホだ。
数登から。
『今から出ませんか』
それに返信をしないで依杏は郁伽に書き置きし、すっかりテーブルに眠りこけている、その郁伽の肩へブランケットを掛けた。
シェアハウスを出る。
数登はスーツではなくラフな格好だった。
シャツにジーンズ。
依杏も一枚で着ることの出来るワンピースと黒の長い丈のレギンスを合わせて、自転車を漕いできた。
脚にはサンダル。
数登以上に、適当な恰好かもしれない。
依杏は心なしか少し赤面していた。
九十九社の社員がよく利用するコンビニで待ち合わせた。
店長に許可を取っているのでたまに、脇にある駐輪スペースを使わせてもらうことが出来る。
ただし時間料金で有料。
店名は野昼駅にもあるのと同じ「ヴォワラ」という。
数登は自転車でやって来た依杏に気付いた。
「飲みますか?」
二百五十ミリリットルのコーヒー飲料。
依杏に渡されたのは無糖の方。
それを二人で、各々飲んだ。
「だいぶ解けた部分が増えましたね」
「どうすればいいかこれ、訊こうとしていたんです」
数登は依杏の髪のポイントへ触れている。
それで「解けた」と言ったので、依杏は「どうすればいい」と返した。
「あんまり急いでいる様子はないみたいですけれど、何かあったんですよね」
「ええ、まあ」
そう言って数登は依杏の両頬へそれぞれ軽くキスした。
「せ、先輩は。明日、朝早いそうです。だから、あたしだけ来ました」
「大丈夫、構いませんよ」
数登が微笑むので、依杏は赤くなって軽くかぶりを振った。
「あ、あの本題はなんですか。郁伽先輩は安紫会の調べものをしていて居眠りしちゃって」
「清水さんから連絡をいただきましてね」
依杏は数登に言われてポカンとなった。
「清水さんって鑑識の?」
「ええ」
「ちょうどさっき話をしていたところなんです」
「では、ある程度の情報は収集済み」
「ええと大方は、先日釆原さんのお見舞いへ行った時に見た、新聞のおさらいとかだったんですけれど……新しい情報はあんまり持っていません。通信制の課題をやっていました」
「安紫会の事務所の件です」
「え」
依杏は数登に言われてますますポカンとした。
「ディア」
数登は依杏を励ますように言った。
「今清水さんは現場で、安紫会の事務所です。そこで抗争と盗難の件について家宅捜索を行っている。とのことです。捜査一課にマル暴刑事の方々、怒留湯さん方もいらっしゃっていると」
「あ、あのう今ですか?」
「ええ。たった今」
「たった今……」
依杏は少し考え込む。
「通信制の、その……課題が」
と言いかけて依杏はかぶりを振った。
「行きます」
「一緒に来て下さいますか」
数登は依杏に微笑んで言った。
依杏は肯いた。
「あとで珊牙さんに課題手伝ってほしいんですけれど」
依杏はそう言った。
数登は依杏の額へ軽くキスをし、依杏の手を引く。
自転車は「ヴォワラ」の店主へ任せた。
事情を話して、安い料金設定で今回は自転車を預かってもらうことにした。
黒のセダン。流線形。
依杏は助手席に乗った。
数登の運転で、夜の車道へ乗り出す。
九十九社の社用車でシートは真新しい匂いが消えていない。
その上に無糖コーヒーの香りが被さるように。
夜の九時を過ぎてもうすぐ十時になる。
車道にあまり賑わいはない。
赤いテールランプが点々と光っている車道を一応法定速度内で走る。
どちらかというと数登は運転が荒かった。
更に言えばブレーキの踏み方が急で、雑なのかもしれなかった。
停車の際、シートベルトが急にぐっと締まったりする。
ので依杏はそんなことを思う。
ただ今日は、ゆったり車を走らせている。
夜の闇から昼間以上の明るさへ。
安紫会の事務所。
清水の居るという現場へついた。
そこは煌々と、照明で明るすぎるほどに照らされていた。
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