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知らない地、異なる世界
その力で出来る事、求められる事
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【1】
シャオを仲間として迎え入れて数日が経過していた。シャオの、新しき場所との適応の手伝いで山崎とガリードは時間を費やした。同時に、自身達の慣れも兼ねての生活が過ぎていった。
迎える朝、息を切らしながら起床した山崎。額には汗が滲み、それを疲れた手で拭われる。再び襲われた症状に険しき面で物思う。芯にまで刻まれた感覚に苦言を呈せず、ただ苦しむしかない彼は深い溜息を零していた。
体調が整うのを待ち、ゆっくりと朝支度を行い、自室を後にしていった。
山崎が所属するギルド、所属する人と人を繋ぐ架け橋の施設は相変わらず静けさに包まれる。数十人で構成され、活動しているとされるが、彼は今まで出会った仲間は十人にも満たない。本当に居るのか疑わしく、その日の朝も人気は感じられなかった。
それは請け負う仕事が多く、自室で寝泊まりする時間すらもないのか、この施設を嫌っての事なのか、単純に騙されているのか。まだ、真実を知らない山崎だが、此処でそれに疑問に思えるほどの低い立場であり、暇が多い事を自覚し、少々気分を落としていた。
そんな思いを振り払いつつ、敷かれた絨毯に足を取られ、少々危なげに一階に着く山崎。一階も同様の静けさを確認しつつ、ふと階段で足を滑らせ、脛を当てて悶絶していた友人の姿を思い出し、笑いを零す。一因が、一階の広場に設けられたテーブルに当人が居た為に。
「よう、今日も起きてくんの遅ぇな、山崎」
「おはようございます、山崎さん」
明るく迎えるガリードの前にはシャオが座っており、丁寧な挨拶の後に一礼を行っていた。
「・・・ああ、おはよう、シャオ。ガリード、お前は挨拶をしろ」
友人に注意をしつつ、近寄ってシャオの隣に着席する。彼等の手元には軽食が置かれ、座った山崎の手元にも軽食が用意されていた。気配りに謝意を示し、それに手を付けられる。
「今日は、如何するんだ?レインさんかユウさんに聞くか?」
「そうだな。まだ、やれる事が分からないんだ。聞きながら覚えて行かないとな」
「・・・ま、それもそうだよな」
少々歯切れが悪く答えるガリード。表情に不満が見える。その理由はもどかしさ、であろう。
その理由は再開された沼地地帯の捜索隊に関する事。数日程度で情報は来ないだろうが、まだ来ない事に焦れているのだ。だが、待つしかない身としてはどうしても苦しい時間であったのだ。
「やぁ、おはよう、三人とも」
施設の奥から近付きながら挨拶を口にするのはレイン。暗闇から現れた彼は疲れを顔に宿す。目の下にはくまを、双眸は細められ、身体は少々ふら付く。
「レイン、疲れているのか?」
「大丈夫ですか?何か、取って来ましょうか?」
各々が挨拶を返した後、彼の様子を心配する。薄暗闇に居る事が更に酷いように映った。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと徹夜しただけだから」
疲れた顔で笑みを見せるのだが、見過ごせないほどの疲労具合であった。
「無理しないで、休んでくださいっスね?レインさん」
「ありがとう。僕は大丈夫だから、それよりも二人にお願いしたい事があるんだ」
心配する彼等に謝意を示しつつ本題を持ち出そうとする。
「お願い?」
心配の念は尽きないものの、仕事の話であろう事を察して話に集中される。
「話が聞こえて、丁度良いなって思ったんだけどね、仕事をして貰おうと思ったんだ」
「それって、あれっスか!?どっかに調査、って事っスか!?」
途端に彼は興奮する。口惜しい思いを払拭する機会を漸く得たかのように。
「いや、そうじゃないよ。別の仕事だね」
「あ・・・そう、なんスか・・・」
露骨に残念がる彼。それ以上話を広げる事はしなかった。我儘のように頼んだとしても以前と同じ、了承されないと理解して諦めるしかなかった。
「大丈夫なのか、もう仕事をしても」
その隣、口惜しくする友人を気遣いつつも、話を逸らす為に本題を続ける山崎。
「もうそろそろして貰おうかなって、用意していた所なんだよね、実は。だから、考えていてくれて嬉しいよ」
責任感と成長を望む新人の姿勢に感心する彼は数枚の紙を差し出す。それらを一先ず受け取った二人だが、表情に難色が示される。
「先に言っておくが、俺達に出来る事は限られてくるぞ」
「だな。俺は頭悪ぃっスから、難しいのは無理だと思うっスよ?」
「大丈夫!人には向き不向きは必ずあるから。それに、最初は誰しも出来ない事があって、経験を重ねて少しずつ出来るようになるもの、最初から決め付けるのは良くないよ。だから、ほら」
笑顔で激励され、互いを見合った二人は少々その気になって用紙を確認する。その表を確認し、眉が顰められた。
「・・・区間掃除、倉庫整理、修繕に・・・」
「・・・雑務、って感じっスね」
「そう、基本的にはそう言う仕事をこなしていくんだよ。それと、警邏とかもあるからね」
「・・・捜索とかは、しないんスね」
「ごめんなんだけどね。確かにこの世界を調査して、色んな謎を解明しようとしているんだけど、それは誰かを助ける為に、皆を助ける為に行っている事なんだ。それにそもそもは人助けをするギルドだからね、困っている人を助けないとね」
改めてギルドの指針を教えられ、残念な表情で納得するガリード。山崎もまずまじと眺めて思案する。
「私も手伝いたいのですが、宜しいですか?」
横で覗き込んでいたシャオが口を挟んだ。二人が仕事に取り込めば必然と手持ち無沙汰となってしまう。仲間外れにされた不服ではなく、何かをしたいと言う義務感であった。
「え?手伝いたい?でも、まだ此処には慣れていないでしょ?そんなに急がなくても良いよ?」
「ですが、私も誰かの役に立ちたいのです」
「そう?じゃあ、どちらかの手伝いをお願いをしても良いかな?」
「はい、分かりました」
シャオの責任感と強い意欲を嬉しく思ったレインはそれを承認していた。
「それじゃあ、決めたら各自で場所に向かってね。依頼者と会ったら、身分とその容姿を見せてあげてね。そしたら向こうも分かるから」
そう言って、レインはとその場から立ち去っていく。これから仕事があるのだろう、微笑みを残して立ち去る。その足は小走りにされていた。
「どれにするか・・・」
「どれが良いんだ?」
用紙と向き合って二人は迷いに迷う。指導者であるレインが居ない為、困惑に囚われて暫く、薄暗闇の中で思案を巡らせていた。
【2】
セントガルド城下町の中央に位置する広場、煌びやかな飛沫を散らす噴水を構えた其処から北西に続く公道。双方には建物が乱立、商売店が一二を争って尽力する光景が展開されていた。
多種多様な商売が切磋琢磨するように行われる。飲食店や衣服店、雑貨等の目まぐるしく立ち並ぶ。店頭では店員が活気良く元気に客寄せをする。男女様々な店員が商品や作りたての逸品をその手に、それの長点を叫んで呼び込む。負けじと、公道の端に出された屋台も熱気と気力を奮い立たせる。屋台の全てが食べ物関係で大抵が熱を扱ったもので、実際の熱気もかなりのもの。
だが、その全てを飲み込まんとする客達の勢いは凄まじい限りであった。寧ろ、恐怖を覚えるほどであろう。それはある店に群がる一定層の女性客の紛争光景を指す。
少々歳を召した女性達が一ヶ所に集う。彼女達は店員の掛け声と共に我先と商品を分捕り、他の客と商品を奪い合っていたのだ。それは女性とは思えない勢いと狂気に似た欲望。一目見れば、乱闘が起こったのかと疑う勢いであった。
そう言った例外を差し引いたとしても、公道には人々の往来が多く行われ、常日頃に人波が力強く打ち寄せる。その道にて、周囲を注意深く見渡す山崎の姿が発見される。その隣にはシャオの姿があるものの、ガリードの姿が見られなかった。
結果、二人が請け負ったのは警邏と倉庫整理。ガリードは商業地区の倉庫整理に赴き、山崎とシャオは警邏を行っていた。途中までは同行しており、数分前に別行動に移っていたのだ。
「今日も一杯人が居ますね」
「連日がこの通りだな。食材店があれば主に主婦が、食材店は老若男女、服にしても装飾にしても需要が有るからな。それでも、異様なほど居るな」
朗らかな感想に同意し、改めて公道の全景を眺める。感嘆の声を漏らす隣、全住民が集ったかのような光景に疑問を抱かれる。だが、思い続けても栓の無い事、初々しい反応を見てその気持ちを薄めていた。
それから小道を通り、商業区画へ入っていく。そう称される通り、商売店が立ち並び、人が多く行き交う。区画を区切る四つの公道と比べて人気は少なくとも、十分と言えるほどの波が出来ていた。
その光景を眺める二人だが、その目的は異なる。一人は観光のように、新鮮さに目まぐるしく見渡す。もう一人は警邏を目的とする為、犯罪に触れる行為、危険な行為の発見、抑制の為に周辺の細部まで気を配る。その二人の様子は異様と言えようか。
「平和ですね」
「それに越した事は無いな、面倒事をわざわざ望む物好きは居ないだろう」
周囲を見渡しながら平穏な景色に案じながら歩く。多少の諍いの有ろうと、それは笑い話に終わる程度のもの。微笑ましい光景には変わりなく、誰かが気を揉む事無く、平穏な足取りで道を進む事が出来た。
彼等が行う警邏には無論、城下町の治安維持の目的がある。定期的に行われており、その結果が平和な光景に繋がる。この大きな城下町を補える大人数で行われている成果であろうか。
「あれ?」
「如何した?」
歩いている最中であった。疑問の声を呟いてシャオが立ち止まる。とある方向を眺めており、尋ねながら確認する。
今通っている道は小道が左右に幾多に伸び、商業区画の大通りに繋がる道。その一つを眺め、凝視すると誰かを発見した。
山崎が理解する直前、シャオはその誰かに向けて走り出す。続くように山崎を追えば、老人である事を知る。しゃがみ込み、膝辺りを抑えて苦痛の表情を浮かべている事から原因は推察しよう。周囲には荷物が散乱しており、最早言うまでもなく。
「大丈夫です?膝を打ちました?」
直ぐにも老人の状態を確認するシャオ。その心配に、老人は表情を和らげる。
「どなたか知りませんが、すみませんのぅ。少し転んでしもうたのですじゃ。それで、膝を・・・」
痛そうに顔を歪めた老人が膝を見せる。痩せ細った膝頭は打撲で僅かに青紫となり、擦り傷を負って赤い血を流す。微量の流血、小さな痣だが老体には重傷に繋がりかねないものであった。
「すぐに治しますね」
そう語り掛けたシャオは目を瞑り、両手を添えて念じ始めた。
彼の様子に不思議に思う老人。山崎もまた別の処置を思い浮かべていた。ウェストバッグに仕舞っていた包帯とフェレストレの塗り薬での処置。その前に、傷の洗浄を。
だが、所作を目の当たりにして思い出していた。シャオには不思議な力、傷を治癒させる力、聖復術を有している事を。
優しく目を閉じたシャオの両手、手首に通すブレスレットから光が灯り始める。光は淡く、強さが増される。両手と傷の有る膝の間に球体の光が生じ、徐々に広がって老人を包み込む。その光から、まるで蛍火のような小さな球体が離れ、浮かんでは消えていった。
幻想的な光景は胸に熱い何かが込み上げようか。この不可思議な現象に、老人は戸惑うばかり。山崎も改めて目の当たりにし、僅かに困惑、感動を覚えていた。
原理の程は知れない。行える根拠が、使用者の意思のみと言う不確定な事実。それを噛み締めつつ、この世界の異質さを認識して言葉を失っていた。
介する者達が静まり、唖然としている内に光は静かに弱まり、瞬きすらも消え去ってしまう。終わりを告げるように、彼の腕に通されたブレスレットが小さく揺れ落ちた。先の十字架すらも光を失い、元の輝きとなった。
それを機にシャオは老人の膝から両手を退ける。覆っていた膝には傷など跡形すらも無く、文字通り消え失せていた。それどころか、打撲の痛みすらも消えたのだろう、老人の表情から苦しみは消え失せる。
目を見開く老人を前に市、シャオは微笑み掛けていた。その柔らかな笑みに、驚きを押し退ける謝意が込み上げた。傷が消えた足を支えにして緩やかに立ち上がり、シャオの両手を力強く握り締めた。
「ありがとうございますじゃ。何が起こったから分かりませぬが痛みはすっかり無くなりました。何と言って良いやら・・・」
「構いませんよ。私はただ、見かけただけですから。それよりも、身体にはお気を付けて下さい」
柔らかな言葉で返し、老人が落としてしまった荷物を拾い上げる。先に拾っていた山崎の分も含めて老人の手元に戻される。
老人は深々としたお辞儀と長い御礼を行い、再三に振り返って謝意を示しながら立ち去っていった。
「その力・・・良いな」
老人を見送りつつ、山崎はぼそりと呟く。賞賛の意味ではなく、別の感情が篭められていた。
「はい!おかげで色んな人を助けられそうです!」
奉仕精神溢れる姿勢は尊敬に値しよう。それを喜びと受け止められるのは人の鏡と言って過言では無い。
「それは・・・良かったな。俺は、使えないからな」
相槌を返す声は沈む。彼の凄さに賞賛する思いを抱える一方、密かに試して出来ない事を知った彼は消沈していた。その理由は本人しか分からず。
「如何したんですか?」
「いや、なんでもない。警邏を続けるか」
隣の人間の変化には流石に気付くものだが、本人はそう誤魔化して歩き出す。
「はい、分かりました」
シャオもまた、それ以上踏み込まず、歩き出す彼に続いていく。その視線が振り向く横顔を捉えていた。再び、深々と頭を下げて謝意を示した老人の立ち去った方向を。その目はとても悲しく、切なく細められていた。
「俺にも、あんな力があったら、喪わずに済んだのにな・・・」
誰にも聞こえぬ呟きが零れた。悲壮感が滲み、彼の胸中は軋むように痛んでいた。その目は羨望と悲嘆が浮かぶ。その目は利き手へと移される。
硬く握られていた指を弛緩させ、手の平を開けて眺める。その手の平にまざまざと爪跡が残され、内出血で赤く滲んでいた。
彼を襲ったのは羨ましさであり、後悔の念であった。自分には無い、特別な力。傷を治癒させるそれ。それがとても羨ましく思えたのだ。たった数秒の出来事が彼の内に眠る、ある羨望と痛みを呼び覚ましたのだ。そして、それが言葉に表れていた。
だが、思った処で、既に済んだ話であり、終わってしまった話。覆らない事実に歯噛みしつつ、彼は気持ちを必死に切り替えて仕事に取り組む。虚しさを胸に、城下町の警邏へと足を進める。
その山崎の変化を感じ取ったのか、シャオは特に尋ねる事無く、静かに追従していく。まるで、その孤独感に寄り添うように。
一方、一人倉庫整理で別行動となったガリード。大量の荷物の運搬に悪戦苦闘して何度目かの叫び声を出した頃であった。
やがて、城下町には時間経過と共に夜が訪れる。陽が没していくのに比例し、濃くなる影は城下町を包み込む。そうして、人は眠りに就くのだ。その中の静寂、その時こそ、人が抱えた闇が一層濃く表れるのだろう。深夜、眠れず、一人、静かな星空を眺める者の顔にも。
【3】
それから、数日の経過する。人と人を繋ぐ架け橋の業務の慣れの名目の元、その日も与えられた仕事に勤しもうとする三人の姿が見られた。
「じゃあ、今日はこれをお願いね」
その日はユウに呼び止められ、仕事を言い渡された次第である。差し出された用紙を確認した三人、似たような反応を示していた。
「今日は屋根の修理、か」
「そうなの。其処に住む人はお年寄りばかりなの。御歳を召しているから自分達で思うように出来なくて、今朝此処に来て頼みに来たの。私がしたかったのだけど、用事が出来て、悪いけど、代わりに行ってくれないかしら?」
その辛さは想像に安くなかった。身体能力の低下した老人では思うように動けず、少しの転倒でも大怪我に繋がってしまう。万が一も考えられる為、自身の不甲斐なさを感じ、恥を忍んでの事であろう。そんな依頼を無下に断る事は出来ないだろう。
「良いっスよ!」
ガリードが即答した。まさに二つ返事、間髪入れない了承はユウを喜ばせる。そこに少々邪な感情が含まれるのは言うまでもない。
「分かりました。どれだけ私が手伝えるか分かりませんが」
「分かった、が、材料や道具は如何すれば良い?」
「それに関しては私から連絡しておくから!じゃあ、お願いするわね!」
何かと忙しい身なのだろう、早口で用件を伝えた彼女は走ってその場を後にしていった。
「さて、行くか」
「だな、爺ちゃん婆ちゃんが困ってんだからよ」
「そうですね、早めに安心させてあげましょう」
彼女の姿に後押しされるように、受け取った依頼主の場所、生活区画に向けて歩き出していった。
人と人を繋ぐ架け橋を出て、数分も掛ければ中央広場に三人は到着する。遠くから鳥の囀りが聞こえ、煌びやかに光る飛沫を吹き上げる噴水がその目に入ろう。
「此処なら、北西方角の公道の途中で生活区画に入った方が早いな」
「緑の屋根、って書いてるけど、行ったら解るか」
依頼の用紙を確認しながら目的地へと向かう三人。その方向を指差しつつ、広場を横断していく。
「お?一杯居んな」
その日は珍しく、広場には賑わいを見せていた。広場であり、少々の広さを有している為、遊ぶ点で言えば優れており、活用する為に子供達が集まっていたのだ。十数人の少年少女が和気藹々と遊んでいた。
大きめのボールを使い、皆が仲良く遊ぶ。その微笑ましく、元気が出てくるような光景にガリードが気付いて立ち止まっていた。丁度、そんな時であった。
小さな歓声が上がったと思いきや、三人の目の前に遊び道具の大きいボールが飛び込んできたのだ。目の前を跳ね、ころころと足元まで転がってくる。茶色のそれをガリードが掴み上げた頃、子供達が元気に騒ぎながら駆け寄ってきた。
「お前達、朝から遊んでんのか?元気だなぁ、おい」
元気一杯な子供達はあっと言う間に三人を囲む。その勢いに山崎は少々戸惑う一方、シャオはにこやかに手を振り、ガリードは楽しそうに笑って話し掛けていた。
「うん!お姉ちゃんが連れてきてくれたんだ!」
「連れてきてくれたんだ!」
「そうなんだよ!」
「そうか!そりゃ、良かったな!」
子供達はわいわいと賑やかに、とても元気に返答する。中には少々呂律の回らない幼子も混じっているが、どの子が元気活発であった。
皆の返答を受けたジークは楽しそうに笑みを零し、周辺の子供達の頭を撫でていた。
「じゃあ、今度は俺と遊ぶか?」
片手でボールを跳ねながら提案を投げ掛ける。爽やかな笑顔とその提案に、子供達はすぐに相談し始める。
「寄り道出来る余裕はないと思うがな。まぁ、少しぐらいなら待っていてくれるだろ」
仕事がある事を釘差しながら、子供の相手を容認していた。その判断は少々甘いと言えた。
彼等の遣り取りの中、子供達は相談を続けていたのだが、好印象を受けていたのだろう、誰も異論を唱えなかった。
「うん!良いよ!一緒に遊ぼう!!」
そして、全く警戒せずに歓迎してくれた。その言葉を皮切りに、子供達は一斉にガリードの腕を引っ張り始める。
「そう慌てんなって、ちょ!ちゃんと相手してやっから!」
積極的な子供達を落ち着かせようとする彼の元に、他の子供達より大きい一人が近寄り、ぺこりとお辞儀をしていた。それに笑顔で答えた直後、無理矢理に連れ去られていった。
出てきた一人の異質さに山崎は訝しんでいた。その子供は相応の服装を為す他とは異なり、修道服を着込んでいたのだ。白を基調とし、縁を青とするそれは被る修道帽まで揃えてお淑やかに佇む。横顔だけが中性的な顔立ちであったが、姉と呼ばれていた為、少女と判断して間違いだろうか。そう認識すれば、可愛らしい表情と言えた。
楽しそうに遊び出す光景に視線を移しながら、やれやれと溜息を吐いた山崎はベンチに移動する。その隣にシャオも座り、同じように遊ぶ光景を微笑ましく眺めていた。ふと気付けば、先程の少女も少し離れた位置に立って見守っていた。
暖かな視線が集められる先、無邪気に笑う子供達がボールで遊ぶ。仲間外れを起こさず、とても仲の良い光景が広がり、ガリードを含めた皆の笑顔は輝いて見えた。一際、彼の笑顔が眩しくされ、子供達に負けず劣らずに楽しんでいる様子。
ガリードの意外な一面を前に、山崎は小さく驚くと同時に感心し、尊敬の念を抱いていた。
僅かな時間の間、遊びは少しずつ野蛮な方向へ転じる。ボール遊びは何時の間にか、怪獣の振りをしたガリードが追っ掛け回すようになる。逃げ回る子供達は楽しそうな、上機嫌な様子。しかし、彼の様子は子供を攫おうとする変態そのもの、知らぬ者が見れば絶叫でもしようか。生憎と、或いは運が良いと言うのだろう、周囲には騒ぎ立てる人物など居らず、彼等だけしかいなかった。
小さく胸を撫で下ろす傍、シャオはにこやかに微笑んで見守る。離れて立つ少女もまた、楽しそうに笑いを零していた。
子供達の賑やかな声が、朝の噴水の広場を明るい色に染め上げていく。そろそろ遊びも終い時か、そう思われたのだが、追い詰められた子供達は団結してガリードに立ち向かい始めた。
楽しさのあまりに良心と躊躇いは薄れてしまう。男の子と女の子の集団は反撃する。容赦なく殴る、蹴ると言った、一方的且つ数に任せて暴行を広げ出す。対処する彼は一人一人持ち上げ、優しく振り回したり、操って反撃する。けれど、数が多過ぎて何も出来ずに袋叩きに遭っていた。
「ぬお~!やられる~!参った~!」
ふざけて降参の意を示す一方、笑いに引き攣りが見られる。額や頬に冷や汗が伝い、焦りが感じられる。
例え、降参したとしても、面白さが優先し、もっと遊びたいと言う欲求で止める事は無かった。それよりも激しさは増す。攻撃はただの暴行と化し、所構わず遠慮なく圧し掛かる。怪我が生じる恐れが格段に上がっていく。それでも子供達は止めず。
思わず笑いを零してしまった山崎だが、直ぐにも危険である事を察して案ずる。危険な行為は怪我を負う恐れが倍増すると。
杞憂するも束の間、ガリードに圧し掛かろうとした男の子が誤って転倒してしまったのだ。身体から圧し掛かろうとして踏み外し、受け身を取ったものの腕や肘を周辺を擦り剥いてしまう。
痛みに男の子は大声で泣き始めてしまう。傍の子供達は慌てふためくのみ。困惑させ、涙目にさせたりと立ち往生して。
すぐさまガリードが駆け寄って傷口を確認する。傷自体は小さいもの、擦り傷によって皮膚は破け、血が滲み出ている程度。だとしても傷には変わりなく、痛みに耐性の少ない子供には苦痛でしかない。
「こりゃ、がっつりやってんな。えっと、塗り薬が良いよな?いや、水で洗うのが先だな?」
対処し切れていなかったとは言え、ガリードにも責任はある。それを理解してか、最良の処置を模索して迷っていた。その彼の元に人影が一つ。
「私に任せてください」
誰よりも早く動いていたシャオが傍に駆け付けていた。迷う彼を押し退けるようにして座ると、その傷口に手を翳して念じ始めた。
「お兄さん、私が・・・!」
修道女姿の少女も駆け付け、処置を代わるとした台詞が途中で止まる。少女は目の前に広がる光景にただ圧倒されていた。
周囲の反応が意に介せぬほどの凄まじく集中した彼の手、ブレスレットが光が灯る。小さな音を立てて浮遊、輝きを増していく。別の光も生み出し、球体の形を成したそれは男の子の肘を、全身までも包み込んでしまった。
静かに輝き放つその光はとても暖かく、全てを受け入れる母性を感じさせ、その場の居る全員を魅入らせる。シャオの人柄、深く大きな優しさ、暖かい包容力は喧騒を即座に治めるほどであった。
程無く光は消え、仄かな瞬きなき周辺は陽の強さが顕著となる。光が治まったと共に傷も消え失せ、汚れすらも無い柔肌が映り込む。僅か十数秒の出来事であった。
「わぁ、痛くなくなった!凄い!凄いよ、お兄ちゃん!ありがとう!!」
治癒された男の子は難なく立ち上がり、傷の具合を確かめるように飛び跳ねて歓喜する。続けてざまの感謝の言葉は行動に準じて跳ぶ。周囲の子供達も同調してはしゃいで。
「次からは気を付けて遊んでくださいね」
かなり過剰な感謝の礼を受けたシャオは優しく微笑み、注意して反省する事を促す事は忘れず。
「いやぁ、悪ぃな、シャオ」
ホッとガリードは胸を撫で下ろす。付近まで駆け寄っていた山崎も同様に安心して息を吐いていた。
皆が喜ぶ、或いは安心する姿を他所に、修道服を着込む少女だけは異なる反応を示していた。シャオが行った聖復術に驚き、目を疑っているのは当然の反応だろう。だが、その点について喜びを抱いているようでもあった。
「お兄さん、まさか、聖復術が使えるの!?」
「はい、使えますが?」
「ちょっと来て!」
少女の反応に首を傾げていたシャオの腕が掴まれる。掴んだのは少女、隣で唐突の行動に困惑するガリードの目の前で強引に連行し始めた。引っ張る力は強く、シャオ自身も戸惑いながらも抵抗せず、引っ張れるがまま連れて行かれてしまう。
「お姉ちゃん、待ってよ~!」
唐突の展開を前に、子供達は走り去る少女から逸れぬようにぞろぞろと群れて続いていった。
あっと言う間に子供達は噴水の広場から立ち去り、替わって急激な静けさが押し寄せる。その広場で立ち尽くす山崎とガリード、彼等二人のみ。あまりにも急変する事態に唖然とし、過ぎ去った方向を眺めるのみであった。
開口して立ち尽くすガリードに近付く山崎、彼の肩を掴んで揺って正気に戻す。
「とりあえず、お前はシャオの面倒を頼む。依頼は俺が先に行っておく。これ以上待たせるのは駄目だろうしな」
「・・・おう、分かった。直ぐに行くから」
山崎に指示され、慌てて過ぎ去った方向に向けて駆け出す。その後ろ姿を眺め、溜息を零しつつ山崎は依頼主が待つ生活区画へと足を急がせていった。
【4】
子供達に連行されたシャオを追い、東南に続く公道を走るガリード。多少の人が行き交う言われた通りに入った時、子供達の群れをかなり遠くに捉えた。追い付ける距離ではあるが、背に携える剣の重みと揺れでまだ上手く走れず、距離を詰められずにいた。
追い駆けて直ぐの事、子供達は右手に見える白い建物の敷地内へ消えていく。其処は以前、見た場所である為、見覚えを抱きつつ彼は辿り着く。
建物を囲む塀に凭れ、上がった息を整える。少々滲んだ汗を拭いつつ、背に携える剣を気に掛けながら建物を見上げていた。
「・・・やっぱり、教会だよな、此処」
教会と言えば、西洋のそれを想像しようか。全てが純白で染められ、鐘楼が聖なる加護を受けている様に佇む。頂上に設けられた鐘が構えられ、鮮麗な音色を奏でよう。正面の大きな扉の上部に立て掛けられた十字架が、その教会が何なるかを語るよう。。
その建物は周囲の趣とは一線を画し、視線を惹き込むように建つのは意図的であろう。或いは、その建物の魅力であろうか。
其処は、天の導きと加護が所有し、管理する拠点であり、孤児院として知られる場所であった。
「さて、何でシャオは連れ去られたんだろうな」
そう呟きつつ、息が整った彼は踏み入っていく。
白い塀に囲まれた敷地は多少広く、正面に構えられた教会と正面入り口の間も設けられる。石畳が敷かれているものの、側面に続く道程までは届いていない。
その側面には行かず、教会の巨大な木造の扉を押し開けていく。足音を僅かに響かせて入室したガリードだが、前方に広がる光景に目を奪われていた。
ずらりと何列に、全くの乱れも無く並べられた茶色の長椅子。良く磨かれており、所々が光を反射して綺麗に。
建物を支える柱、壁、天井と言ったありとあらゆるものが滑らかな表面をし、全てを受け入れる美しい白に染められる。その場に居るだけで心が洗われようか。
室内の全容を照らし出す光を取り入れる箇所が、彼の正面に、両側面に設けられる。壁を席捲する、壮大なステンドグラスである。赤や黄、青に緑など、色とりどりな硝子を鏤め、精巧な絵を描く。それは女神であろう女性。純白の翼を広げ、目を瞑って両手を重ねて祈る姿は神々しく。女神の周囲には飛び上がっていく白い鳥達。それがより一層、女性の美しさ、神秘性を際立たせた。
「凄ぇ・・・」
初めてステンドグラスの実物を、己が目で見て、そのの神秘さと美しさに心までも奪われ、感嘆の嘆息を漏らしていた。
「・・・ん?」
ぼんやりと眺め続けていた彼だが、耳に飛び込んできた誰かの声に意識が変えられる。怒りが感じられる声のする方向は教会の奥、聖書台に似た場所付近に複数人立っており、シャオの姿も発見した。
周辺に子供達の姿は見られないが、修道服姿の少女は見られる。加えて一人、見知らぬ女性が二人の前に立つ。その女性もまた少女と同系統の修道服を着込んでいた。
頻りに掛けた眼鏡を動かす彼女は前屈みとなり、両手を腰に添えて叱り付けている様子。子供達の保護者なのだろう。少女は顔を俯かせてしょんぼりとし、シャオは居たたまれない様子で立っていた。
発見したら気になったガリードは駆け足で近付く。並んだ椅子を過ぎた頃にはその内容をぼんやりと把握する。少女の勝手な判断を咎めている様子であった。
「ちょっと、良いスかね?」
話に割り込み、事情を尋ねようとするのだがガリード声は彼女達には聞こえず、会話は続けられる。
「そうだとしても、無理矢理連れてくるのは失礼でしょう!事情も話さず、自分の都合だけで話を進めるのは駄目でしょう!そんな相手の事を想わない行動はしてはならないと教えているでしょう!?」
「ごめん、なさい・・・」
正しく、少女を叱責する場面に出くわしてしまい、ガリードは顔を歪めていた。その目は、涙目で俯く少女をシャオが慰めようとして蚊帳の外と化す光景。常時、にこやかな彼でも笑顔を絶やせない時間は無いと言う事か。
「あの、シャオについて、何か、あったんスか?」
居た堪れない状況をガリードは強引に割り込む。存在が気付くように傍に移動し、上体を挟み込むようにしつつ。
その行動に漸くガリードの存在に気付いた彼女、眉間に皺を寄せた彼女は迷惑そうな表情。だが、直ぐにも感情は抑えられ、表情が和らげられた。商売的表情と言うのだろうか。
「えっと、礼拝に来て頂いた方ですか?すみませんが今は私事で・・・」
「いや、俺は、そいつ、シャオの知り合いなんスよ。急にそこの子がね、連れて行っちゃったから、追って来た訳っス」
馴れ馴れしい表情、不慣れな敬語で説明を行う。それを聞いた瞬間、彼女は怒りを露わにし、再び腰に手を当てて前屈みとなって少女を睨み付けた。
「ラビス!本当に失礼な事をして!わざわざこの方が・・・」
「あー、気にしなくてもいいっスよ?シャオも気にしてないと思うっスから。だから、怒らないで落ち着いて下さいって」
再度、少女を叱責しようとした彼女に、割って入って邪魔をするガリード。彼に宥められ、シャオの微笑みを確認し、息を吐きながら身体を起こしていく。
「ですが、他の子供に示しが付きません。誰かに迷惑を掛けたのなら叱ってちゃんと反省をさせないといけません」
少女を想っての事、それは重々理解するガリードだが話が進まないと顔を歪める。
「まぁ、それはそうっスね。だから、理由を教えてくれたら助かるっス。それを聞かせてくれたら満足するっスから、なぁ?シャオ」
「はい、聞かせてもらえるなら、それで構いません」
二人の対応に、彼女は少々不服そうだが、寛容な提案を受け入れてやや大きい溜息を零す。
一先ず怒りが治まり、その矛が納められた事で、解放された少女は安堵を浮かべる。また、傍の二人も小さく息を吐いていた。
「分かりました。この子、ラビスが彼・・・」
「シャオと申します」
「ありがとうございます。シャオさんを連れ出してしまったのは、聖復術を使えるから、なんです」
「それ、凄いっスよね。でも、なんでそんなのがあるんスかね?」
「誰かの為になりたい、と思う優しい心の人だから使えると思います!」
叱られ、意気消沈していた筈の、ラビスと呼ばれた少女は自信満々に言い放った。開かれた黒い瞳がキラキラと輝き、自信満々と、そしてそれに誇りを抱く様子。それに微笑みを零し、呆れた溜息が零されていた。
「この力は私達も調べているのですが、良く分かっておりません。この世界では解明されていない事が多くあり、この力もそれに含まれます。使える人の条件も全く解明されておりません。如何して、このような力があり、使えるのか、如何して使えるようになったのか、全く・・・」
「そうなんスね」
以前、使えなかった事を思い出して落胆の様子を示していた。
「ただ、この力は治したい等の使用者の想いの強弱で力の強弱が決まるのだと、思います」
「成程、じゃあ、誰かの為になりてぇ、って言うすこぶる優しい奴が使えるのも納得だな」
「ですよね!」
自分の意見が認められたと得意げとなるラビス。その小さな頭を、女性が弱く叩いて下がらせていた。
「私達が営むギルド、天の加護と導きはその聖復術を扱える人達を集めた慈善、救援団体なのです。この力で怪我を治し、痛みを少しでも和らげられたらと思いまして。ですので、使用出来るシャオさんを知ったラビスは、シャオさんを勧誘する為に此処に連れてきてしまったのです。御迷惑をお掛けして、申し訳ありません。ほら、ラビスも謝りなさい」
「ごめんなさい・・・」
会話の最後に彼女は頭を下げ、促された少女、ラビスも頭を下げて謝罪する。それをガリードは笑い飛ばした。
「だったら、良いんスよ。な?シャオ」
「はい、最初から私は気にしておりませんので」
先にガリードが笑って許し、続きシャオも寛容に微笑んでみせる。それに二人は安心した面となる。
「んで、質問なんスけども、シャオは記憶が無しちまっててその手掛かりを探しているんスよ。何か知ってます?」
その質問に期待は含まれていなかった。とりあえず聞いただけの事であり、あれば僥倖と言うように。
質問に女性はラビスと向き合って考え込む。その時点で見込みは無く、直ぐにも細く小さな首が横に振られ、否定された。
「私もありません。記憶が正しければ、天の加護と導きに来た事も無いかと」
此処でも手掛かりはなかった。それにガリードは多少残念な気持ちを抱き、当人は気にする様子はない。
返答を受け、ガリードは腕を汲んで思案する。本当にシャオは自分達と同じ時期にこの世界に来たのかと疑問を浮かべる。また、僅かな希望を浮かべずには居られずに。
「それで、えっと・・・」
考える彼を眺めながら話し始めようとした彼女だが言葉を詰まらせた。それを不思議がる当人だが、同様の流れを先程経験したと思い出す。
「ガリードって言うっス」
「・・・ガリードさん、お尋ねしますが、シャオさんはギルドに所属していらっしゃいますか?」
「してるっス!人と人を繋ぐ架け橋に入っているっスね。俺と同じギルド」
「そうなんですか・・・」
そう言って彼女は落胆する。だが、それで引き下がる事はしなかった。
「不躾な事は承知の上でお聞きします、シャオさん。人と人を繋ぐ架け橋を脱退し、天の加護と導きの一員になって下さいませんか?」
一つ息を吐き、シャオと正対した彼女はそう告げた。真剣な眼差し、力を篭めた声、迫真の気概を以ってそう尋ねていた。
引き抜きの勧誘の返答を、顛末を、ガリードは黙して見守る。受ける展開は望んでいなくとも、全ては彼の選択、彼の意思次第。何方に転んでも受け入れる心構えで眺めていた。
表情から笑みが消えたシャオの手を、女性は片方ずつ手に取り、手元まで上げから包み込むように両手で握り込んだ。
「シャオさん。私達が所属するギルド、天の加護と導きは、貴方の使う力、聖復術で負傷や怪我で苦しむ人々を救う事を目的としています。人命救護、それがギルドの方針の根幹です。貴方の力があればもっと多く救える事が出来ます。是非とも協力して頂きたいのです」
力添えを求む、苦しむ誰かを救いたい、その純粋な思は眼差しを偽りのないものとする。純真な思いを受け、シャオは再び表情を和らげた。対面する女性の思いに答えるような安らかな笑み。静かに彼女の手を解き、上に添えると下げさせていた。
「すみません。お受けしたい気持ちは山々ですが、断らせて頂きます」
二択であったとは言え、予期していなかったのだろう、驚いた表情を浮かべた後、落胆を色濃く映してやや俯き加減となる。
「・・・如何して、でしょうか?」
諦め切れないのかその理由を尋ねていた。聞かれ、彼は一瞬逡巡して、口を開かせた。
「確かに、素晴らしい思いです。私もその思いに似た、願いを抱いています。常に、人の為になりたいと。ですが、私は隣のガリードさんを含めた三人の方に助けて頂きました。その恩を返す為であり、人と人を繋ぐ架け橋の方針にも感動し、入る事を望みました。ですので、残念ですが御断りさせて頂きます」
シャオの発言に、ガリードは意外に感じて感心していた。人に尽くすような人物であるとは考えており、それが予想通りであったと言う納得も同時に。
「そう、ですか・・・それは残念です」
彼女は真に残念がり、両手を降ろして溜息を零す。人手が足らないと言うより、同士を得られなかった残念さ故か。
「でも、時々手伝いに来ても宜しいでしょうか?重複してギルドに所属する事は出来なくても、私個人として、私事で支援出来る事があれば手伝いたいのです」
彼女の顔を覗き込み、微笑むシャオは優しく尋ねるとその顔は明るくされた。
「はい!勿論、歓迎致します。何時でもいらして下さい!」
優しいシャオの言葉に彼女はもう一度その手を握って願いを申し上げる。
「俺も子供達の相手をしに来ても良いっスかね?結構、子供って好きなんスよ。無邪気な所とか、元気一杯の所とか」
そう言いながら、傍のラビスの頭をポンポンと叩きながらガリードも頼み込む。
受けるラビスは女性の返答を窺う。その目は期待を含み、一つの事を望んで。
「ええ、是非にも!少々やんちゃ盛りで手に余っていました。貴方のような方が力に為ってくれるなら、有り難いです!」
快諾の返答が告げられる。その瞬間、ラビスの顔がパァと明るくなる。期待通り、望んでいた通りの結果になったととても嬉しそうな笑みを浮かべた。
和やかに、そして明るい交渉の後、四人は笑いを浮かべていた。心が弾む感覚を受けるガリードは人との出会いの素晴らしさを噛み締め、打ち震えていた。
日々過ぎる中での邂逅、それの素晴らしさで歓喜する彼は、隣のシャオ同様に自然な笑顔を浮かべていた。喜びからの笑みは誰が浮かべても素敵なものと言えようか。
その頃、山崎は一人せっせと仕事を行っていた。生活区画のとある通り、立ち並んだ一軒家の屋根にて鉄鎚を振るっていた。
慣れない大工仕事に悪戦苦闘する。使い慣れない鋸で木材を切断し、あわや転落しそうになりつつも屋根に上がり、いざ釘を打ち込もうとして度々指を打ち付けて。
激痛ともどかしさに苛々しつつも、度々心配、或いは応援してくれる近隣住民達の期待に応える為に自身を奮い立たせて。
結局、山崎の元にガリード達は来る事は無かった。そのまま手伝いに入ったのか。何であれ、山崎は一人で修繕依頼に取り掛かり、一日では済ます事は出来なかった。翌日、ガリードを罵倒する彼の姿があった。
シャオを仲間として迎え入れて数日が経過していた。シャオの、新しき場所との適応の手伝いで山崎とガリードは時間を費やした。同時に、自身達の慣れも兼ねての生活が過ぎていった。
迎える朝、息を切らしながら起床した山崎。額には汗が滲み、それを疲れた手で拭われる。再び襲われた症状に険しき面で物思う。芯にまで刻まれた感覚に苦言を呈せず、ただ苦しむしかない彼は深い溜息を零していた。
体調が整うのを待ち、ゆっくりと朝支度を行い、自室を後にしていった。
山崎が所属するギルド、所属する人と人を繋ぐ架け橋の施設は相変わらず静けさに包まれる。数十人で構成され、活動しているとされるが、彼は今まで出会った仲間は十人にも満たない。本当に居るのか疑わしく、その日の朝も人気は感じられなかった。
それは請け負う仕事が多く、自室で寝泊まりする時間すらもないのか、この施設を嫌っての事なのか、単純に騙されているのか。まだ、真実を知らない山崎だが、此処でそれに疑問に思えるほどの低い立場であり、暇が多い事を自覚し、少々気分を落としていた。
そんな思いを振り払いつつ、敷かれた絨毯に足を取られ、少々危なげに一階に着く山崎。一階も同様の静けさを確認しつつ、ふと階段で足を滑らせ、脛を当てて悶絶していた友人の姿を思い出し、笑いを零す。一因が、一階の広場に設けられたテーブルに当人が居た為に。
「よう、今日も起きてくんの遅ぇな、山崎」
「おはようございます、山崎さん」
明るく迎えるガリードの前にはシャオが座っており、丁寧な挨拶の後に一礼を行っていた。
「・・・ああ、おはよう、シャオ。ガリード、お前は挨拶をしろ」
友人に注意をしつつ、近寄ってシャオの隣に着席する。彼等の手元には軽食が置かれ、座った山崎の手元にも軽食が用意されていた。気配りに謝意を示し、それに手を付けられる。
「今日は、如何するんだ?レインさんかユウさんに聞くか?」
「そうだな。まだ、やれる事が分からないんだ。聞きながら覚えて行かないとな」
「・・・ま、それもそうだよな」
少々歯切れが悪く答えるガリード。表情に不満が見える。その理由はもどかしさ、であろう。
その理由は再開された沼地地帯の捜索隊に関する事。数日程度で情報は来ないだろうが、まだ来ない事に焦れているのだ。だが、待つしかない身としてはどうしても苦しい時間であったのだ。
「やぁ、おはよう、三人とも」
施設の奥から近付きながら挨拶を口にするのはレイン。暗闇から現れた彼は疲れを顔に宿す。目の下にはくまを、双眸は細められ、身体は少々ふら付く。
「レイン、疲れているのか?」
「大丈夫ですか?何か、取って来ましょうか?」
各々が挨拶を返した後、彼の様子を心配する。薄暗闇に居る事が更に酷いように映った。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと徹夜しただけだから」
疲れた顔で笑みを見せるのだが、見過ごせないほどの疲労具合であった。
「無理しないで、休んでくださいっスね?レインさん」
「ありがとう。僕は大丈夫だから、それよりも二人にお願いしたい事があるんだ」
心配する彼等に謝意を示しつつ本題を持ち出そうとする。
「お願い?」
心配の念は尽きないものの、仕事の話であろう事を察して話に集中される。
「話が聞こえて、丁度良いなって思ったんだけどね、仕事をして貰おうと思ったんだ」
「それって、あれっスか!?どっかに調査、って事っスか!?」
途端に彼は興奮する。口惜しい思いを払拭する機会を漸く得たかのように。
「いや、そうじゃないよ。別の仕事だね」
「あ・・・そう、なんスか・・・」
露骨に残念がる彼。それ以上話を広げる事はしなかった。我儘のように頼んだとしても以前と同じ、了承されないと理解して諦めるしかなかった。
「大丈夫なのか、もう仕事をしても」
その隣、口惜しくする友人を気遣いつつも、話を逸らす為に本題を続ける山崎。
「もうそろそろして貰おうかなって、用意していた所なんだよね、実は。だから、考えていてくれて嬉しいよ」
責任感と成長を望む新人の姿勢に感心する彼は数枚の紙を差し出す。それらを一先ず受け取った二人だが、表情に難色が示される。
「先に言っておくが、俺達に出来る事は限られてくるぞ」
「だな。俺は頭悪ぃっスから、難しいのは無理だと思うっスよ?」
「大丈夫!人には向き不向きは必ずあるから。それに、最初は誰しも出来ない事があって、経験を重ねて少しずつ出来るようになるもの、最初から決め付けるのは良くないよ。だから、ほら」
笑顔で激励され、互いを見合った二人は少々その気になって用紙を確認する。その表を確認し、眉が顰められた。
「・・・区間掃除、倉庫整理、修繕に・・・」
「・・・雑務、って感じっスね」
「そう、基本的にはそう言う仕事をこなしていくんだよ。それと、警邏とかもあるからね」
「・・・捜索とかは、しないんスね」
「ごめんなんだけどね。確かにこの世界を調査して、色んな謎を解明しようとしているんだけど、それは誰かを助ける為に、皆を助ける為に行っている事なんだ。それにそもそもは人助けをするギルドだからね、困っている人を助けないとね」
改めてギルドの指針を教えられ、残念な表情で納得するガリード。山崎もまずまじと眺めて思案する。
「私も手伝いたいのですが、宜しいですか?」
横で覗き込んでいたシャオが口を挟んだ。二人が仕事に取り込めば必然と手持ち無沙汰となってしまう。仲間外れにされた不服ではなく、何かをしたいと言う義務感であった。
「え?手伝いたい?でも、まだ此処には慣れていないでしょ?そんなに急がなくても良いよ?」
「ですが、私も誰かの役に立ちたいのです」
「そう?じゃあ、どちらかの手伝いをお願いをしても良いかな?」
「はい、分かりました」
シャオの責任感と強い意欲を嬉しく思ったレインはそれを承認していた。
「それじゃあ、決めたら各自で場所に向かってね。依頼者と会ったら、身分とその容姿を見せてあげてね。そしたら向こうも分かるから」
そう言って、レインはとその場から立ち去っていく。これから仕事があるのだろう、微笑みを残して立ち去る。その足は小走りにされていた。
「どれにするか・・・」
「どれが良いんだ?」
用紙と向き合って二人は迷いに迷う。指導者であるレインが居ない為、困惑に囚われて暫く、薄暗闇の中で思案を巡らせていた。
【2】
セントガルド城下町の中央に位置する広場、煌びやかな飛沫を散らす噴水を構えた其処から北西に続く公道。双方には建物が乱立、商売店が一二を争って尽力する光景が展開されていた。
多種多様な商売が切磋琢磨するように行われる。飲食店や衣服店、雑貨等の目まぐるしく立ち並ぶ。店頭では店員が活気良く元気に客寄せをする。男女様々な店員が商品や作りたての逸品をその手に、それの長点を叫んで呼び込む。負けじと、公道の端に出された屋台も熱気と気力を奮い立たせる。屋台の全てが食べ物関係で大抵が熱を扱ったもので、実際の熱気もかなりのもの。
だが、その全てを飲み込まんとする客達の勢いは凄まじい限りであった。寧ろ、恐怖を覚えるほどであろう。それはある店に群がる一定層の女性客の紛争光景を指す。
少々歳を召した女性達が一ヶ所に集う。彼女達は店員の掛け声と共に我先と商品を分捕り、他の客と商品を奪い合っていたのだ。それは女性とは思えない勢いと狂気に似た欲望。一目見れば、乱闘が起こったのかと疑う勢いであった。
そう言った例外を差し引いたとしても、公道には人々の往来が多く行われ、常日頃に人波が力強く打ち寄せる。その道にて、周囲を注意深く見渡す山崎の姿が発見される。その隣にはシャオの姿があるものの、ガリードの姿が見られなかった。
結果、二人が請け負ったのは警邏と倉庫整理。ガリードは商業地区の倉庫整理に赴き、山崎とシャオは警邏を行っていた。途中までは同行しており、数分前に別行動に移っていたのだ。
「今日も一杯人が居ますね」
「連日がこの通りだな。食材店があれば主に主婦が、食材店は老若男女、服にしても装飾にしても需要が有るからな。それでも、異様なほど居るな」
朗らかな感想に同意し、改めて公道の全景を眺める。感嘆の声を漏らす隣、全住民が集ったかのような光景に疑問を抱かれる。だが、思い続けても栓の無い事、初々しい反応を見てその気持ちを薄めていた。
それから小道を通り、商業区画へ入っていく。そう称される通り、商売店が立ち並び、人が多く行き交う。区画を区切る四つの公道と比べて人気は少なくとも、十分と言えるほどの波が出来ていた。
その光景を眺める二人だが、その目的は異なる。一人は観光のように、新鮮さに目まぐるしく見渡す。もう一人は警邏を目的とする為、犯罪に触れる行為、危険な行為の発見、抑制の為に周辺の細部まで気を配る。その二人の様子は異様と言えようか。
「平和ですね」
「それに越した事は無いな、面倒事をわざわざ望む物好きは居ないだろう」
周囲を見渡しながら平穏な景色に案じながら歩く。多少の諍いの有ろうと、それは笑い話に終わる程度のもの。微笑ましい光景には変わりなく、誰かが気を揉む事無く、平穏な足取りで道を進む事が出来た。
彼等が行う警邏には無論、城下町の治安維持の目的がある。定期的に行われており、その結果が平和な光景に繋がる。この大きな城下町を補える大人数で行われている成果であろうか。
「あれ?」
「如何した?」
歩いている最中であった。疑問の声を呟いてシャオが立ち止まる。とある方向を眺めており、尋ねながら確認する。
今通っている道は小道が左右に幾多に伸び、商業区画の大通りに繋がる道。その一つを眺め、凝視すると誰かを発見した。
山崎が理解する直前、シャオはその誰かに向けて走り出す。続くように山崎を追えば、老人である事を知る。しゃがみ込み、膝辺りを抑えて苦痛の表情を浮かべている事から原因は推察しよう。周囲には荷物が散乱しており、最早言うまでもなく。
「大丈夫です?膝を打ちました?」
直ぐにも老人の状態を確認するシャオ。その心配に、老人は表情を和らげる。
「どなたか知りませんが、すみませんのぅ。少し転んでしもうたのですじゃ。それで、膝を・・・」
痛そうに顔を歪めた老人が膝を見せる。痩せ細った膝頭は打撲で僅かに青紫となり、擦り傷を負って赤い血を流す。微量の流血、小さな痣だが老体には重傷に繋がりかねないものであった。
「すぐに治しますね」
そう語り掛けたシャオは目を瞑り、両手を添えて念じ始めた。
彼の様子に不思議に思う老人。山崎もまた別の処置を思い浮かべていた。ウェストバッグに仕舞っていた包帯とフェレストレの塗り薬での処置。その前に、傷の洗浄を。
だが、所作を目の当たりにして思い出していた。シャオには不思議な力、傷を治癒させる力、聖復術を有している事を。
優しく目を閉じたシャオの両手、手首に通すブレスレットから光が灯り始める。光は淡く、強さが増される。両手と傷の有る膝の間に球体の光が生じ、徐々に広がって老人を包み込む。その光から、まるで蛍火のような小さな球体が離れ、浮かんでは消えていった。
幻想的な光景は胸に熱い何かが込み上げようか。この不可思議な現象に、老人は戸惑うばかり。山崎も改めて目の当たりにし、僅かに困惑、感動を覚えていた。
原理の程は知れない。行える根拠が、使用者の意思のみと言う不確定な事実。それを噛み締めつつ、この世界の異質さを認識して言葉を失っていた。
介する者達が静まり、唖然としている内に光は静かに弱まり、瞬きすらも消え去ってしまう。終わりを告げるように、彼の腕に通されたブレスレットが小さく揺れ落ちた。先の十字架すらも光を失い、元の輝きとなった。
それを機にシャオは老人の膝から両手を退ける。覆っていた膝には傷など跡形すらも無く、文字通り消え失せていた。それどころか、打撲の痛みすらも消えたのだろう、老人の表情から苦しみは消え失せる。
目を見開く老人を前に市、シャオは微笑み掛けていた。その柔らかな笑みに、驚きを押し退ける謝意が込み上げた。傷が消えた足を支えにして緩やかに立ち上がり、シャオの両手を力強く握り締めた。
「ありがとうございますじゃ。何が起こったから分かりませぬが痛みはすっかり無くなりました。何と言って良いやら・・・」
「構いませんよ。私はただ、見かけただけですから。それよりも、身体にはお気を付けて下さい」
柔らかな言葉で返し、老人が落としてしまった荷物を拾い上げる。先に拾っていた山崎の分も含めて老人の手元に戻される。
老人は深々としたお辞儀と長い御礼を行い、再三に振り返って謝意を示しながら立ち去っていった。
「その力・・・良いな」
老人を見送りつつ、山崎はぼそりと呟く。賞賛の意味ではなく、別の感情が篭められていた。
「はい!おかげで色んな人を助けられそうです!」
奉仕精神溢れる姿勢は尊敬に値しよう。それを喜びと受け止められるのは人の鏡と言って過言では無い。
「それは・・・良かったな。俺は、使えないからな」
相槌を返す声は沈む。彼の凄さに賞賛する思いを抱える一方、密かに試して出来ない事を知った彼は消沈していた。その理由は本人しか分からず。
「如何したんですか?」
「いや、なんでもない。警邏を続けるか」
隣の人間の変化には流石に気付くものだが、本人はそう誤魔化して歩き出す。
「はい、分かりました」
シャオもまた、それ以上踏み込まず、歩き出す彼に続いていく。その視線が振り向く横顔を捉えていた。再び、深々と頭を下げて謝意を示した老人の立ち去った方向を。その目はとても悲しく、切なく細められていた。
「俺にも、あんな力があったら、喪わずに済んだのにな・・・」
誰にも聞こえぬ呟きが零れた。悲壮感が滲み、彼の胸中は軋むように痛んでいた。その目は羨望と悲嘆が浮かぶ。その目は利き手へと移される。
硬く握られていた指を弛緩させ、手の平を開けて眺める。その手の平にまざまざと爪跡が残され、内出血で赤く滲んでいた。
彼を襲ったのは羨ましさであり、後悔の念であった。自分には無い、特別な力。傷を治癒させるそれ。それがとても羨ましく思えたのだ。たった数秒の出来事が彼の内に眠る、ある羨望と痛みを呼び覚ましたのだ。そして、それが言葉に表れていた。
だが、思った処で、既に済んだ話であり、終わってしまった話。覆らない事実に歯噛みしつつ、彼は気持ちを必死に切り替えて仕事に取り組む。虚しさを胸に、城下町の警邏へと足を進める。
その山崎の変化を感じ取ったのか、シャオは特に尋ねる事無く、静かに追従していく。まるで、その孤独感に寄り添うように。
一方、一人倉庫整理で別行動となったガリード。大量の荷物の運搬に悪戦苦闘して何度目かの叫び声を出した頃であった。
やがて、城下町には時間経過と共に夜が訪れる。陽が没していくのに比例し、濃くなる影は城下町を包み込む。そうして、人は眠りに就くのだ。その中の静寂、その時こそ、人が抱えた闇が一層濃く表れるのだろう。深夜、眠れず、一人、静かな星空を眺める者の顔にも。
【3】
それから、数日の経過する。人と人を繋ぐ架け橋の業務の慣れの名目の元、その日も与えられた仕事に勤しもうとする三人の姿が見られた。
「じゃあ、今日はこれをお願いね」
その日はユウに呼び止められ、仕事を言い渡された次第である。差し出された用紙を確認した三人、似たような反応を示していた。
「今日は屋根の修理、か」
「そうなの。其処に住む人はお年寄りばかりなの。御歳を召しているから自分達で思うように出来なくて、今朝此処に来て頼みに来たの。私がしたかったのだけど、用事が出来て、悪いけど、代わりに行ってくれないかしら?」
その辛さは想像に安くなかった。身体能力の低下した老人では思うように動けず、少しの転倒でも大怪我に繋がってしまう。万が一も考えられる為、自身の不甲斐なさを感じ、恥を忍んでの事であろう。そんな依頼を無下に断る事は出来ないだろう。
「良いっスよ!」
ガリードが即答した。まさに二つ返事、間髪入れない了承はユウを喜ばせる。そこに少々邪な感情が含まれるのは言うまでもない。
「分かりました。どれだけ私が手伝えるか分かりませんが」
「分かった、が、材料や道具は如何すれば良い?」
「それに関しては私から連絡しておくから!じゃあ、お願いするわね!」
何かと忙しい身なのだろう、早口で用件を伝えた彼女は走ってその場を後にしていった。
「さて、行くか」
「だな、爺ちゃん婆ちゃんが困ってんだからよ」
「そうですね、早めに安心させてあげましょう」
彼女の姿に後押しされるように、受け取った依頼主の場所、生活区画に向けて歩き出していった。
人と人を繋ぐ架け橋を出て、数分も掛ければ中央広場に三人は到着する。遠くから鳥の囀りが聞こえ、煌びやかに光る飛沫を吹き上げる噴水がその目に入ろう。
「此処なら、北西方角の公道の途中で生活区画に入った方が早いな」
「緑の屋根、って書いてるけど、行ったら解るか」
依頼の用紙を確認しながら目的地へと向かう三人。その方向を指差しつつ、広場を横断していく。
「お?一杯居んな」
その日は珍しく、広場には賑わいを見せていた。広場であり、少々の広さを有している為、遊ぶ点で言えば優れており、活用する為に子供達が集まっていたのだ。十数人の少年少女が和気藹々と遊んでいた。
大きめのボールを使い、皆が仲良く遊ぶ。その微笑ましく、元気が出てくるような光景にガリードが気付いて立ち止まっていた。丁度、そんな時であった。
小さな歓声が上がったと思いきや、三人の目の前に遊び道具の大きいボールが飛び込んできたのだ。目の前を跳ね、ころころと足元まで転がってくる。茶色のそれをガリードが掴み上げた頃、子供達が元気に騒ぎながら駆け寄ってきた。
「お前達、朝から遊んでんのか?元気だなぁ、おい」
元気一杯な子供達はあっと言う間に三人を囲む。その勢いに山崎は少々戸惑う一方、シャオはにこやかに手を振り、ガリードは楽しそうに笑って話し掛けていた。
「うん!お姉ちゃんが連れてきてくれたんだ!」
「連れてきてくれたんだ!」
「そうなんだよ!」
「そうか!そりゃ、良かったな!」
子供達はわいわいと賑やかに、とても元気に返答する。中には少々呂律の回らない幼子も混じっているが、どの子が元気活発であった。
皆の返答を受けたジークは楽しそうに笑みを零し、周辺の子供達の頭を撫でていた。
「じゃあ、今度は俺と遊ぶか?」
片手でボールを跳ねながら提案を投げ掛ける。爽やかな笑顔とその提案に、子供達はすぐに相談し始める。
「寄り道出来る余裕はないと思うがな。まぁ、少しぐらいなら待っていてくれるだろ」
仕事がある事を釘差しながら、子供の相手を容認していた。その判断は少々甘いと言えた。
彼等の遣り取りの中、子供達は相談を続けていたのだが、好印象を受けていたのだろう、誰も異論を唱えなかった。
「うん!良いよ!一緒に遊ぼう!!」
そして、全く警戒せずに歓迎してくれた。その言葉を皮切りに、子供達は一斉にガリードの腕を引っ張り始める。
「そう慌てんなって、ちょ!ちゃんと相手してやっから!」
積極的な子供達を落ち着かせようとする彼の元に、他の子供達より大きい一人が近寄り、ぺこりとお辞儀をしていた。それに笑顔で答えた直後、無理矢理に連れ去られていった。
出てきた一人の異質さに山崎は訝しんでいた。その子供は相応の服装を為す他とは異なり、修道服を着込んでいたのだ。白を基調とし、縁を青とするそれは被る修道帽まで揃えてお淑やかに佇む。横顔だけが中性的な顔立ちであったが、姉と呼ばれていた為、少女と判断して間違いだろうか。そう認識すれば、可愛らしい表情と言えた。
楽しそうに遊び出す光景に視線を移しながら、やれやれと溜息を吐いた山崎はベンチに移動する。その隣にシャオも座り、同じように遊ぶ光景を微笑ましく眺めていた。ふと気付けば、先程の少女も少し離れた位置に立って見守っていた。
暖かな視線が集められる先、無邪気に笑う子供達がボールで遊ぶ。仲間外れを起こさず、とても仲の良い光景が広がり、ガリードを含めた皆の笑顔は輝いて見えた。一際、彼の笑顔が眩しくされ、子供達に負けず劣らずに楽しんでいる様子。
ガリードの意外な一面を前に、山崎は小さく驚くと同時に感心し、尊敬の念を抱いていた。
僅かな時間の間、遊びは少しずつ野蛮な方向へ転じる。ボール遊びは何時の間にか、怪獣の振りをしたガリードが追っ掛け回すようになる。逃げ回る子供達は楽しそうな、上機嫌な様子。しかし、彼の様子は子供を攫おうとする変態そのもの、知らぬ者が見れば絶叫でもしようか。生憎と、或いは運が良いと言うのだろう、周囲には騒ぎ立てる人物など居らず、彼等だけしかいなかった。
小さく胸を撫で下ろす傍、シャオはにこやかに微笑んで見守る。離れて立つ少女もまた、楽しそうに笑いを零していた。
子供達の賑やかな声が、朝の噴水の広場を明るい色に染め上げていく。そろそろ遊びも終い時か、そう思われたのだが、追い詰められた子供達は団結してガリードに立ち向かい始めた。
楽しさのあまりに良心と躊躇いは薄れてしまう。男の子と女の子の集団は反撃する。容赦なく殴る、蹴ると言った、一方的且つ数に任せて暴行を広げ出す。対処する彼は一人一人持ち上げ、優しく振り回したり、操って反撃する。けれど、数が多過ぎて何も出来ずに袋叩きに遭っていた。
「ぬお~!やられる~!参った~!」
ふざけて降参の意を示す一方、笑いに引き攣りが見られる。額や頬に冷や汗が伝い、焦りが感じられる。
例え、降参したとしても、面白さが優先し、もっと遊びたいと言う欲求で止める事は無かった。それよりも激しさは増す。攻撃はただの暴行と化し、所構わず遠慮なく圧し掛かる。怪我が生じる恐れが格段に上がっていく。それでも子供達は止めず。
思わず笑いを零してしまった山崎だが、直ぐにも危険である事を察して案ずる。危険な行為は怪我を負う恐れが倍増すると。
杞憂するも束の間、ガリードに圧し掛かろうとした男の子が誤って転倒してしまったのだ。身体から圧し掛かろうとして踏み外し、受け身を取ったものの腕や肘を周辺を擦り剥いてしまう。
痛みに男の子は大声で泣き始めてしまう。傍の子供達は慌てふためくのみ。困惑させ、涙目にさせたりと立ち往生して。
すぐさまガリードが駆け寄って傷口を確認する。傷自体は小さいもの、擦り傷によって皮膚は破け、血が滲み出ている程度。だとしても傷には変わりなく、痛みに耐性の少ない子供には苦痛でしかない。
「こりゃ、がっつりやってんな。えっと、塗り薬が良いよな?いや、水で洗うのが先だな?」
対処し切れていなかったとは言え、ガリードにも責任はある。それを理解してか、最良の処置を模索して迷っていた。その彼の元に人影が一つ。
「私に任せてください」
誰よりも早く動いていたシャオが傍に駆け付けていた。迷う彼を押し退けるようにして座ると、その傷口に手を翳して念じ始めた。
「お兄さん、私が・・・!」
修道女姿の少女も駆け付け、処置を代わるとした台詞が途中で止まる。少女は目の前に広がる光景にただ圧倒されていた。
周囲の反応が意に介せぬほどの凄まじく集中した彼の手、ブレスレットが光が灯る。小さな音を立てて浮遊、輝きを増していく。別の光も生み出し、球体の形を成したそれは男の子の肘を、全身までも包み込んでしまった。
静かに輝き放つその光はとても暖かく、全てを受け入れる母性を感じさせ、その場の居る全員を魅入らせる。シャオの人柄、深く大きな優しさ、暖かい包容力は喧騒を即座に治めるほどであった。
程無く光は消え、仄かな瞬きなき周辺は陽の強さが顕著となる。光が治まったと共に傷も消え失せ、汚れすらも無い柔肌が映り込む。僅か十数秒の出来事であった。
「わぁ、痛くなくなった!凄い!凄いよ、お兄ちゃん!ありがとう!!」
治癒された男の子は難なく立ち上がり、傷の具合を確かめるように飛び跳ねて歓喜する。続けてざまの感謝の言葉は行動に準じて跳ぶ。周囲の子供達も同調してはしゃいで。
「次からは気を付けて遊んでくださいね」
かなり過剰な感謝の礼を受けたシャオは優しく微笑み、注意して反省する事を促す事は忘れず。
「いやぁ、悪ぃな、シャオ」
ホッとガリードは胸を撫で下ろす。付近まで駆け寄っていた山崎も同様に安心して息を吐いていた。
皆が喜ぶ、或いは安心する姿を他所に、修道服を着込む少女だけは異なる反応を示していた。シャオが行った聖復術に驚き、目を疑っているのは当然の反応だろう。だが、その点について喜びを抱いているようでもあった。
「お兄さん、まさか、聖復術が使えるの!?」
「はい、使えますが?」
「ちょっと来て!」
少女の反応に首を傾げていたシャオの腕が掴まれる。掴んだのは少女、隣で唐突の行動に困惑するガリードの目の前で強引に連行し始めた。引っ張る力は強く、シャオ自身も戸惑いながらも抵抗せず、引っ張れるがまま連れて行かれてしまう。
「お姉ちゃん、待ってよ~!」
唐突の展開を前に、子供達は走り去る少女から逸れぬようにぞろぞろと群れて続いていった。
あっと言う間に子供達は噴水の広場から立ち去り、替わって急激な静けさが押し寄せる。その広場で立ち尽くす山崎とガリード、彼等二人のみ。あまりにも急変する事態に唖然とし、過ぎ去った方向を眺めるのみであった。
開口して立ち尽くすガリードに近付く山崎、彼の肩を掴んで揺って正気に戻す。
「とりあえず、お前はシャオの面倒を頼む。依頼は俺が先に行っておく。これ以上待たせるのは駄目だろうしな」
「・・・おう、分かった。直ぐに行くから」
山崎に指示され、慌てて過ぎ去った方向に向けて駆け出す。その後ろ姿を眺め、溜息を零しつつ山崎は依頼主が待つ生活区画へと足を急がせていった。
【4】
子供達に連行されたシャオを追い、東南に続く公道を走るガリード。多少の人が行き交う言われた通りに入った時、子供達の群れをかなり遠くに捉えた。追い付ける距離ではあるが、背に携える剣の重みと揺れでまだ上手く走れず、距離を詰められずにいた。
追い駆けて直ぐの事、子供達は右手に見える白い建物の敷地内へ消えていく。其処は以前、見た場所である為、見覚えを抱きつつ彼は辿り着く。
建物を囲む塀に凭れ、上がった息を整える。少々滲んだ汗を拭いつつ、背に携える剣を気に掛けながら建物を見上げていた。
「・・・やっぱり、教会だよな、此処」
教会と言えば、西洋のそれを想像しようか。全てが純白で染められ、鐘楼が聖なる加護を受けている様に佇む。頂上に設けられた鐘が構えられ、鮮麗な音色を奏でよう。正面の大きな扉の上部に立て掛けられた十字架が、その教会が何なるかを語るよう。。
その建物は周囲の趣とは一線を画し、視線を惹き込むように建つのは意図的であろう。或いは、その建物の魅力であろうか。
其処は、天の導きと加護が所有し、管理する拠点であり、孤児院として知られる場所であった。
「さて、何でシャオは連れ去られたんだろうな」
そう呟きつつ、息が整った彼は踏み入っていく。
白い塀に囲まれた敷地は多少広く、正面に構えられた教会と正面入り口の間も設けられる。石畳が敷かれているものの、側面に続く道程までは届いていない。
その側面には行かず、教会の巨大な木造の扉を押し開けていく。足音を僅かに響かせて入室したガリードだが、前方に広がる光景に目を奪われていた。
ずらりと何列に、全くの乱れも無く並べられた茶色の長椅子。良く磨かれており、所々が光を反射して綺麗に。
建物を支える柱、壁、天井と言ったありとあらゆるものが滑らかな表面をし、全てを受け入れる美しい白に染められる。その場に居るだけで心が洗われようか。
室内の全容を照らし出す光を取り入れる箇所が、彼の正面に、両側面に設けられる。壁を席捲する、壮大なステンドグラスである。赤や黄、青に緑など、色とりどりな硝子を鏤め、精巧な絵を描く。それは女神であろう女性。純白の翼を広げ、目を瞑って両手を重ねて祈る姿は神々しく。女神の周囲には飛び上がっていく白い鳥達。それがより一層、女性の美しさ、神秘性を際立たせた。
「凄ぇ・・・」
初めてステンドグラスの実物を、己が目で見て、そのの神秘さと美しさに心までも奪われ、感嘆の嘆息を漏らしていた。
「・・・ん?」
ぼんやりと眺め続けていた彼だが、耳に飛び込んできた誰かの声に意識が変えられる。怒りが感じられる声のする方向は教会の奥、聖書台に似た場所付近に複数人立っており、シャオの姿も発見した。
周辺に子供達の姿は見られないが、修道服姿の少女は見られる。加えて一人、見知らぬ女性が二人の前に立つ。その女性もまた少女と同系統の修道服を着込んでいた。
頻りに掛けた眼鏡を動かす彼女は前屈みとなり、両手を腰に添えて叱り付けている様子。子供達の保護者なのだろう。少女は顔を俯かせてしょんぼりとし、シャオは居たたまれない様子で立っていた。
発見したら気になったガリードは駆け足で近付く。並んだ椅子を過ぎた頃にはその内容をぼんやりと把握する。少女の勝手な判断を咎めている様子であった。
「ちょっと、良いスかね?」
話に割り込み、事情を尋ねようとするのだがガリード声は彼女達には聞こえず、会話は続けられる。
「そうだとしても、無理矢理連れてくるのは失礼でしょう!事情も話さず、自分の都合だけで話を進めるのは駄目でしょう!そんな相手の事を想わない行動はしてはならないと教えているでしょう!?」
「ごめん、なさい・・・」
正しく、少女を叱責する場面に出くわしてしまい、ガリードは顔を歪めていた。その目は、涙目で俯く少女をシャオが慰めようとして蚊帳の外と化す光景。常時、にこやかな彼でも笑顔を絶やせない時間は無いと言う事か。
「あの、シャオについて、何か、あったんスか?」
居た堪れない状況をガリードは強引に割り込む。存在が気付くように傍に移動し、上体を挟み込むようにしつつ。
その行動に漸くガリードの存在に気付いた彼女、眉間に皺を寄せた彼女は迷惑そうな表情。だが、直ぐにも感情は抑えられ、表情が和らげられた。商売的表情と言うのだろうか。
「えっと、礼拝に来て頂いた方ですか?すみませんが今は私事で・・・」
「いや、俺は、そいつ、シャオの知り合いなんスよ。急にそこの子がね、連れて行っちゃったから、追って来た訳っス」
馴れ馴れしい表情、不慣れな敬語で説明を行う。それを聞いた瞬間、彼女は怒りを露わにし、再び腰に手を当てて前屈みとなって少女を睨み付けた。
「ラビス!本当に失礼な事をして!わざわざこの方が・・・」
「あー、気にしなくてもいいっスよ?シャオも気にしてないと思うっスから。だから、怒らないで落ち着いて下さいって」
再度、少女を叱責しようとした彼女に、割って入って邪魔をするガリード。彼に宥められ、シャオの微笑みを確認し、息を吐きながら身体を起こしていく。
「ですが、他の子供に示しが付きません。誰かに迷惑を掛けたのなら叱ってちゃんと反省をさせないといけません」
少女を想っての事、それは重々理解するガリードだが話が進まないと顔を歪める。
「まぁ、それはそうっスね。だから、理由を教えてくれたら助かるっス。それを聞かせてくれたら満足するっスから、なぁ?シャオ」
「はい、聞かせてもらえるなら、それで構いません」
二人の対応に、彼女は少々不服そうだが、寛容な提案を受け入れてやや大きい溜息を零す。
一先ず怒りが治まり、その矛が納められた事で、解放された少女は安堵を浮かべる。また、傍の二人も小さく息を吐いていた。
「分かりました。この子、ラビスが彼・・・」
「シャオと申します」
「ありがとうございます。シャオさんを連れ出してしまったのは、聖復術を使えるから、なんです」
「それ、凄いっスよね。でも、なんでそんなのがあるんスかね?」
「誰かの為になりたい、と思う優しい心の人だから使えると思います!」
叱られ、意気消沈していた筈の、ラビスと呼ばれた少女は自信満々に言い放った。開かれた黒い瞳がキラキラと輝き、自信満々と、そしてそれに誇りを抱く様子。それに微笑みを零し、呆れた溜息が零されていた。
「この力は私達も調べているのですが、良く分かっておりません。この世界では解明されていない事が多くあり、この力もそれに含まれます。使える人の条件も全く解明されておりません。如何して、このような力があり、使えるのか、如何して使えるようになったのか、全く・・・」
「そうなんスね」
以前、使えなかった事を思い出して落胆の様子を示していた。
「ただ、この力は治したい等の使用者の想いの強弱で力の強弱が決まるのだと、思います」
「成程、じゃあ、誰かの為になりてぇ、って言うすこぶる優しい奴が使えるのも納得だな」
「ですよね!」
自分の意見が認められたと得意げとなるラビス。その小さな頭を、女性が弱く叩いて下がらせていた。
「私達が営むギルド、天の加護と導きはその聖復術を扱える人達を集めた慈善、救援団体なのです。この力で怪我を治し、痛みを少しでも和らげられたらと思いまして。ですので、使用出来るシャオさんを知ったラビスは、シャオさんを勧誘する為に此処に連れてきてしまったのです。御迷惑をお掛けして、申し訳ありません。ほら、ラビスも謝りなさい」
「ごめんなさい・・・」
会話の最後に彼女は頭を下げ、促された少女、ラビスも頭を下げて謝罪する。それをガリードは笑い飛ばした。
「だったら、良いんスよ。な?シャオ」
「はい、最初から私は気にしておりませんので」
先にガリードが笑って許し、続きシャオも寛容に微笑んでみせる。それに二人は安心した面となる。
「んで、質問なんスけども、シャオは記憶が無しちまっててその手掛かりを探しているんスよ。何か知ってます?」
その質問に期待は含まれていなかった。とりあえず聞いただけの事であり、あれば僥倖と言うように。
質問に女性はラビスと向き合って考え込む。その時点で見込みは無く、直ぐにも細く小さな首が横に振られ、否定された。
「私もありません。記憶が正しければ、天の加護と導きに来た事も無いかと」
此処でも手掛かりはなかった。それにガリードは多少残念な気持ちを抱き、当人は気にする様子はない。
返答を受け、ガリードは腕を汲んで思案する。本当にシャオは自分達と同じ時期にこの世界に来たのかと疑問を浮かべる。また、僅かな希望を浮かべずには居られずに。
「それで、えっと・・・」
考える彼を眺めながら話し始めようとした彼女だが言葉を詰まらせた。それを不思議がる当人だが、同様の流れを先程経験したと思い出す。
「ガリードって言うっス」
「・・・ガリードさん、お尋ねしますが、シャオさんはギルドに所属していらっしゃいますか?」
「してるっス!人と人を繋ぐ架け橋に入っているっスね。俺と同じギルド」
「そうなんですか・・・」
そう言って彼女は落胆する。だが、それで引き下がる事はしなかった。
「不躾な事は承知の上でお聞きします、シャオさん。人と人を繋ぐ架け橋を脱退し、天の加護と導きの一員になって下さいませんか?」
一つ息を吐き、シャオと正対した彼女はそう告げた。真剣な眼差し、力を篭めた声、迫真の気概を以ってそう尋ねていた。
引き抜きの勧誘の返答を、顛末を、ガリードは黙して見守る。受ける展開は望んでいなくとも、全ては彼の選択、彼の意思次第。何方に転んでも受け入れる心構えで眺めていた。
表情から笑みが消えたシャオの手を、女性は片方ずつ手に取り、手元まで上げから包み込むように両手で握り込んだ。
「シャオさん。私達が所属するギルド、天の加護と導きは、貴方の使う力、聖復術で負傷や怪我で苦しむ人々を救う事を目的としています。人命救護、それがギルドの方針の根幹です。貴方の力があればもっと多く救える事が出来ます。是非とも協力して頂きたいのです」
力添えを求む、苦しむ誰かを救いたい、その純粋な思は眼差しを偽りのないものとする。純真な思いを受け、シャオは再び表情を和らげた。対面する女性の思いに答えるような安らかな笑み。静かに彼女の手を解き、上に添えると下げさせていた。
「すみません。お受けしたい気持ちは山々ですが、断らせて頂きます」
二択であったとは言え、予期していなかったのだろう、驚いた表情を浮かべた後、落胆を色濃く映してやや俯き加減となる。
「・・・如何して、でしょうか?」
諦め切れないのかその理由を尋ねていた。聞かれ、彼は一瞬逡巡して、口を開かせた。
「確かに、素晴らしい思いです。私もその思いに似た、願いを抱いています。常に、人の為になりたいと。ですが、私は隣のガリードさんを含めた三人の方に助けて頂きました。その恩を返す為であり、人と人を繋ぐ架け橋の方針にも感動し、入る事を望みました。ですので、残念ですが御断りさせて頂きます」
シャオの発言に、ガリードは意外に感じて感心していた。人に尽くすような人物であるとは考えており、それが予想通りであったと言う納得も同時に。
「そう、ですか・・・それは残念です」
彼女は真に残念がり、両手を降ろして溜息を零す。人手が足らないと言うより、同士を得られなかった残念さ故か。
「でも、時々手伝いに来ても宜しいでしょうか?重複してギルドに所属する事は出来なくても、私個人として、私事で支援出来る事があれば手伝いたいのです」
彼女の顔を覗き込み、微笑むシャオは優しく尋ねるとその顔は明るくされた。
「はい!勿論、歓迎致します。何時でもいらして下さい!」
優しいシャオの言葉に彼女はもう一度その手を握って願いを申し上げる。
「俺も子供達の相手をしに来ても良いっスかね?結構、子供って好きなんスよ。無邪気な所とか、元気一杯の所とか」
そう言いながら、傍のラビスの頭をポンポンと叩きながらガリードも頼み込む。
受けるラビスは女性の返答を窺う。その目は期待を含み、一つの事を望んで。
「ええ、是非にも!少々やんちゃ盛りで手に余っていました。貴方のような方が力に為ってくれるなら、有り難いです!」
快諾の返答が告げられる。その瞬間、ラビスの顔がパァと明るくなる。期待通り、望んでいた通りの結果になったととても嬉しそうな笑みを浮かべた。
和やかに、そして明るい交渉の後、四人は笑いを浮かべていた。心が弾む感覚を受けるガリードは人との出会いの素晴らしさを噛み締め、打ち震えていた。
日々過ぎる中での邂逅、それの素晴らしさで歓喜する彼は、隣のシャオ同様に自然な笑顔を浮かべていた。喜びからの笑みは誰が浮かべても素敵なものと言えようか。
その頃、山崎は一人せっせと仕事を行っていた。生活区画のとある通り、立ち並んだ一軒家の屋根にて鉄鎚を振るっていた。
慣れない大工仕事に悪戦苦闘する。使い慣れない鋸で木材を切断し、あわや転落しそうになりつつも屋根に上がり、いざ釘を打ち込もうとして度々指を打ち付けて。
激痛ともどかしさに苛々しつつも、度々心配、或いは応援してくれる近隣住民達の期待に応える為に自身を奮い立たせて。
結局、山崎の元にガリード達は来る事は無かった。そのまま手伝いに入ったのか。何であれ、山崎は一人で修繕依頼に取り掛かり、一日では済ます事は出来なかった。翌日、ガリードを罵倒する彼の姿があった。
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