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知らない地、異なる世界
足跡を探して
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【1】
「此処が、セントガルドなのですね!」
「そう!凄ぇだろ!」
目の前に広がる光景に圧倒される青年、シャオが少々興奮気味に口にする。それに何故がガリードが自慢していた。
沼地地帯を後にして一日が経過し、その日も正午を既に超えていた。繁忙期を迎える大通りは人で溢れ返り、セントガルドの魅力が最大限に発揮されており、一目で如何言った場所か理解しよう。
そのセントガルドに到着した一行。三人に疲労の色が濃く映る。挟んだ睡眠時間が野宿の為、浸み込んだそれがまだ癒え切れずに。だが、目の前の活気を浴びれば、不思議と活力が沸き起こっていた。
「さて、そのまま人と人を繋ぐ架け橋に戻りましょう。二人共多忙ですので、あまり期待は出来ませんが」
一言が多いマーティンが指示し、目の前の大波を掻き分けて行こうかと歩み出す。
「もし居なかったら如何するんだ?」
「居なかったら、戻ってくるまで待機ですね。まさか、彼を、シャオさんを放置すると?」
「ああ、やっぱり待つんだな」
厳しい態度を取られるのだが、問い掛けたガリードは納得を優先した為に気にしておらず。彼の口調に気に留めたのは山崎のみ。
「シャオさんの為にも早く向かいますよ」
マーティンが二人をせっつき、人波を掻き分け、端に沿いながら進み行く。セントガルド城下町の中央の広場へ、噴水が主役である其処を経由し、西南方向に続く大通りへと。
その途中、初めて訪れたシャオに対して粗方の案内を行う。その説明はマーティンが行っていたのだが、その口調が少々威圧的で偉そうな為、受ける者は不快感を抱こう。当人は笑みを浮かべ、説明を楽しく聞き受けていた。
彼の笑みは新しい知識を得られる喜びか、様々な人が居る事への安心か、マーティン達と出会い、良くしてくれる事への嬉しさであろうか。ともあれ、その微笑みは眺める者の胸を暖める魅力があり、傍の三人は表情を和らげていた。
やがて、四人は無骨な外見の施設に辿り着き、その前に一旦立ち止まっていた。
少々大人しい建物が立ち並ぶ公道の中、唐突に出現する其処はとても人助けを生業とするギルドの施設とは思えない。ならず者達が活用する廃墟と言っても過言では無かった。
「此処がそうなのですね」
対する第一声は変哲もないものだが表情は実に明るいもの。何に対しても好感を受ける様子を示し、人と人を繋ぐ架け橋についてもその為、案内した者達も少々喜ばしく感じていた。
「そう、此処が私達が所属する人と人を繋ぐ架け橋の拠点です」
「此処に、山崎さんやガリードさん、マーティンさんのような心優しい人々が居るのですね」
「おう!だから、もっと頼りにしてくれよ!」
「新人なのに威張るな、阿呆・・・優しいのかは分からないが、頼りになる人が居るとは思うぞ」
何故か皆を代表するように威張る彼を、溜息交じりに冷静に諭す。その遣り取りをニコニコと眺めるシャオ。
「では、中へと行きましょう」
事を急ぐ様にマーティンに促され、三人は踏み入っていった。
「来たね、待っていたよ」
人気を感じられず、光の届かない室内に踏み入った直後、一行は明るい声で出迎えられた。その者はレインである。思ってみなかった事に三人は驚いて立ち止まってしまった。
「報告は聞いているわ、お疲れ様。災難だったわね、まさか巨大なグレディルに襲われるなんて」
傍にはユウも居り、激戦を終えた三人に労いの言葉を掛けていた。
「全くです、よもやあのような魔物と遭遇するなんて」
「でも、返り討ちにしてやったけどな!シャオのお陰でな!」
強敵を斃した達成感、その優越感を胸を張って示しながら報告する。褒めて欲しいと言わんばかりの態度に、ユウは労いと賞賛の言葉を掛けていた。対する反応は言うまでもない。
「待っていてくれたんだな」
遣り取りを傍に、山崎が出迎えてくれたレインに謝意を示すように話し掛ける。それに彼は笑顔で応じる。
「報告を受けたからね、重要な事でもあるから、ステインが来られない以上、僕達が直接受けないとね」
そう言って彼はシャオに近付く。唯一の生存者を前にして、とても切ない表情で見つめる。彼についての報告も粗方聞いており、その事情も知っている故の同情が見える。彼の動きはその場の皆の意識を集め、ユウも同様の表情で眺める。
「記憶喪失なんだってね・・・それは、辛いね」
「そうなんですか?」
過去を知らない、自分が如何言う人物なのかが分からない事は不幸でしかない。それに至る経験はどれ程のものか、それを思って憐れむのだが当人はいまいち理解していない。
「・・・辛くはないの?自分が分からないのは、怖くないの?」
「はい。これから色んな事を知れるから楽しみにしています。それに、素晴らしい事を聞きました」
「それは?」
「人と人を繋ぐ架け橋は人助けを目的とする団体なのですよね?素晴らしいです!是非、私も手伝いをさせて貰いたいです!」
尊敬の念で目を輝かせ、興奮した彼は食い入るように頼み込む。今迄の彼とは信じられない勢いに、レインは思わずたじろいでしまった。
セントガルドに戻るまでの道中、マーティンから自分達の身分を明かしていた。同時に所属するギルドの説明も行っていた。シャオの琴線に触れたのは、ギルドの基本方針の一つ、住民への支援や依頼の解消、詰まり人助けを目的とする点である。それに深く感動し、感心を寄せたようだ。
「本当!?本当に言っているの!?」
思っても見なかった申し出に大興奮するレイン。思わぬ事に何度も聞き返し、抱き付きそうになるほどに被り寄って。
「それは良いですね。シャオさんが仲間になるのはとても心強いです。何せ、聖復術を使えるのですから」
「もう、大歓迎だよ!、聖復術を使える人は稀だから、色んな人から重宝されるよ!」
「私の、この不思議な力で誰かを助けられると思うと、嬉しいです」
必要とされる事をこの上なく喜び、これからの事を考えて奮起する。その様子は穏やかに、柔らかな微笑みを零して。
「ともあれ、これから宜しくね、シャオ。また、後日、皆を集めて顔合わせの機会を作るから」
シャオの微笑みに負けず劣らない満面の笑顔を浮かべたレインが握手を促す。それは初めましてと同時に、これから宜しくと言う意味も込めて。
「他にも人が居るのですね?それは楽しみです。これから宜しくお願いします」
シャオはそれに答え、力強く握り締め合う。握手はユウにも向けられ、彼女は抵抗もなく応じていた。
新たな仲間を迎え入れる現場に立ち会い、山崎とガリードは満足げな表情で見守っていた。救助者が仲間になる点は不安を残すが、心優しく、傷を治せる力を有した青年は頼りにはなる。
なんにせよ、誰かが快く受け入れられて仲間となった場に立ち会えたのは感無量であろうか。
現状の責任者との顔合わせは恙無く終了し、そのままシャオを引き渡すだろうかと一考される。その矢先、考えた山崎はレインと目が合う。
「差し当たってになるんだけど、シャオの世話を頼んでも良いかな?町案内とかになるんだけど」
「・・・別に構わないが、それは俺達で良いのか?レインやユウがした方が良いと思うが・・・」
それは自分達の対応を思い出しての事。それと比べて扱いに差があると感じて。
「したいのは山々なんだけど、これから仕事なんだよ。休みたいかも知れないけど、ごめんね?」
「ユウさんは如何するんスか?」
「私?私はこれから書類を確認しないと駄目ね。シャオを知っている人が捜索願いを出しているかも分からないから。法と秩序に尋ねて照合しないと駄目だから・・・とても出来ないわ」
この人と人を繋ぐ架け橋の責任者代行とする二人。当然、同僚以上に忙しいもの。ユウにしても、それが住めば仕事に出るだろう。手が空いていないなら仕方がなく。
「・・・分かった。出来るだけ頑張ってみよう」
「頑張るっスよ、俺も!」
頼まれては仕方ないとやる気無げに請け負う。隣のガリードは大役を任されたと張り切って。
「それと、行くなら、皆新しい衣服を新調してね!その恰好で平然で居られるなんて、信じられない!」
そう、軽蔑まで至りそうな嫌忌を含んだ表情で指摘され、四人は自身と互いの衣服を確認する。詳細を言うまでもなく、酷い姿である事は誰もが認識する。実際、セントガルドに戻ってきた時、そう言った目で複数回見られていた。
「・・・分かった」
「ウッス・・・」
「そうですね、着替えないと駄目ですね」
己の衣服を顧みて反省する二人、客観的に認識して応じるシャオとの反応は対照的に。
「その分の費用は言ってくれたら払うから。それと、ちょっと早いけど、給料」
そう言ってレインは腰のウェストバッグを探り、小さな布の小袋を取り出す。それは山崎に手渡され、僅かばかりの重みが加わる。
「ああ、それと、もし、シャオの情報を集めたいと思うなら、酒場に行くのも良いね。商業区画の主要道にあるから、行ったら直ぐに分かると思うよ」
「酒場?って、あれっスか?居酒屋って感じで良いんスか?」
「その想像で大丈夫だよ。色んな人が集まるから、色んな情報が集まって、店員さんがそれを整理して管理しいるんだよ。此処や法と秩序__メギル__#に行かない情報があるかも知れないから、行ってみるのも良いね」
「分かりました、行ってみるっス!!」
シャオの力に為りたい、延いては一員として力に為りたいとガリードは張り切る。けれど、山崎は途中から明らかな嫌悪感を示していた。憚る事無く、一言吐き捨てて否定しかねないほどの表情で睨み付けていた。
ただ一人の不快感は気付かれているものの指摘はしなかった。単なる仕事の上乗せに因る不快感ではないと気付き、触れるべきではないと察して。
「それじゃあ、頼むね」
「返ってきて早々だけど、頼むわね」
明るい様子で二人は立ち去る。レインはやや急いだ足取りで外へ、ユウは資料でごったがえった資料室へと。
「報告も済みましたし、私はこれで失礼しますね」
立ち去る二人を見送った直後、マーティンが一礼を残して立ち去ろうとする。流れるような様子に引き留めない訳がない。
「え?一緒に来てくれねぇの?」
「すみませんが、この後、私にも仕事がありますのでご了承を。ですので、シャオさんの世話はお任せします」
まるで人との関わりを極力避けるかのように。それでも実際に仕事があるのだと思わせる様子であった。
それに山崎は一連の遣り取りに得心した。今迄の二人の話し振りはマーティンを含めてのものではなかったと。
「分かりました。気を付けてください、マーティンさん」
「お気遣い、ありがとうございます」
爽やかに見送られて彼は立ち去る。シャオが文句を言わなければ、二人が引き留める必要もなかった。
足早に新たな仕事、或いは頼まれ事を受けた山崎は溜息を零す。無意識に零されたそれは、これから向かう場所に向けての嫌気でしかなく。
「・・・まずは、あれか。部屋を案内しねぇとな。多分、また教えて貰えると思うけど、一応教えるから」
「分かりました、お願いします」
早速、新たな仲間となるシャオの為に案内を行うガリード。当人の明るい返答に気持ちを良くし、張り切る彼は階段を駆け上がっていく。その様子を見て、山崎は気を取り直して後に続いていく。
これからの予定は、二人に教えられた事で決定されていた。
【2】
人と人を繋ぐ架け橋の案内は大した時間を掛ける事は無かった。全てを周る事無く、一階と二階、中央の広場まで粗方案内するだけだった為、時間を有する事がなかったのだ。
案内を済ませた後、向かう先は商業区画。汚れ、傷付いた衣服の新調とシャオの情報を集める為に。損傷した防具の修理、又は新調は後にし、一先ずは傍の問題を片付ける事だけを念頭に入れて。
人で賑わう通りは心を躍らせる活気を見せ、購買、販売意欲の熱は頂点まで上がりつつある。その熱は大通りでなくとも、目的の通りに行くまでの小道も浮かしてしまうほど。
その途中、三人は屋台を見掛けて軽食を購入していた。余談だが、レインに渡された小袋の中には硬貨が十数枚。金が一枚混じっており、衣服の相場が知らないものの、心許ない金額が入っていた。
口内に広がる軽食の味を堪能しつつ進み行けば、目的の通りに辿り着く。二人は数回程度しか訪れていない場所だが、大通りと比肩するほどの人で溢れ返る。雑踏と人の声で溢れ返り、僅かばかり温度が上がっている様に感じて。
「わぁ!一杯人が居ますね!何時も皆楽しそうにして此処に居るのですか?」
観点の少し変わり、他人の表情を眺めて頬を緩めるシャオが質問を投げる。
「だと思うぜ?俺もあんまり来た事無ぇけど、来る度に人が居るな」
視点の異なる感想に感心する傍、ガリードは深く考えずに答えていた。
「この通りで服を買う。それから、酒場を探す」
「誰かに聞きゃ分かるだろ、先ずは服か・・・」
まずは身形を整える事を優先する。それは、通りに着き、集まる視線の大半がまさに汚い物を見る目であり、それに鈍感に居る事は出来ず。
溢れ返った人波に逆流し、飲まれないように建物に沿いながら進み出す。その道中はなかなか面白い光景が一つや二つ。婦人と思わしき人達がとある商品棚に群がる景色を捉えたり、昼間から酒を飲んでなのか掴み合いの喧嘩を行い、取り押さえられる光景など、実に平和だと思える景色が複数に。
普段から見られるであろう場面に遭遇しつつ、展開される販売店の内容を確認して進み行けば、目的の場所に辿り着く。流石に、衣服を店頭に飾っていれば見誤る事は無いだろうか。
その店の外見は茶色一色と意外に味気がない。屋根は緑色で多少目立ったとしても周囲と比べて特出した点はそれのみ、印象に残り難いであろう。けれども人の往来がそこそこあるのは供給が整い、客の要望に応えられる証左である。
「どんな、服売ってんのかな?凄ぇのとか置いてんのかな?」
「・・・どのようなものでも良いから、さっさと決めて酒場を探すぞ」
変な期待を抱く彼を冷たくあしらってから店内へと踏み入っていった。
まず、彼等を迎えたのはマネキンである。見本として、客に良く分かるように衣服を着せられて微動もせずに立てられる。着せられた衣服は独創的なそれでなく、奇抜なそれでなく、一般的に出回るものであった。
無言の出迎えを横切り、更に踏み入れば数々の商品棚に置かれ、掛けられた商品と対面する。ジャケットにトレーナー、ジーンズにチノ・パンツなど、見やすいように、手に取り易いように数多くの商品が陳列される。衣服だけに留まらず、帽子やマフラーなど装飾品も揃えられていた。
大概のものが人の目を引くような奇抜な形、色でなく、どちらかと言えば一般受けする形と地味な色で構成される。例え、派手な衣服があったとしても山崎に購入する気はない。シャオは兎も角、ガリードの内心は知れないので彼には分らず。
いざ、衣服店に来た所で悩むほど見て回る気は山崎に無い。今着ている服に似通った服であればいい、そんな無頓着な考えを以って此処に訪れていた。
その安直な考えの元で山崎は店内を見て回る。同時にシャオの衣服についても探して。その間、ガリードは気になったものは手当たり次第に手に取り、試着室に直行していた。店内の片隅に設置された囲い、布で仕切られたその中で。
「如何か致しましたか?」
手にした全てがいまいち似合わないと不満げにする様子を他所に、歩いて回っていた山崎とシャオの元に一人の店員が訪れる。丁重な口調であり、澄んだ声の人物は女性。緑のエプロンを着衣し、柔らかな笑みを浮かべる。
「いや、服を買いに来た。今俺が来ている服と同じようものがあればと思ってな。隣も同じだ」
「そうでございますか。でしたら、私共で探してきましょうか?それか、お客様に似合う服を探してきましょうか?」
「良いのか?」
「はい、お客様の御要望に応えるのが私共の役目です」
「悪いな。なら、今着ている上下を頼む」
店員の気遣い、或いは店の方針に尊敬の意を感じつつ要望する。彼女は頷いて快く了承していた。
「そちらのお客様は如何致しましょうか?」
「如何しようかな?」
自らの事は決めかねるのか、周囲を見渡して気楽な様子で呟く。その顔に困った様子はない。周囲の衣服に目移りしている様子がなく、ただただ深く考えていないだけか。
「・・・なら、俺と同じように、来ている服と似通ったものを頼む」
「畏まりました、直ぐに用意致しますのでお待ちください」
女性店員は畏まった様子で一礼を残してから立ち去っていく。彼女の接客態度に感心し、見送る山崎は切に見直して欲しいと思っていた。そう、何時の間にか隣に居るガリードに向けて強く思っていた。
「俺は決まったぜ!」
自信満々に告げ、決めた商品を見せ付ける彼。それは現在着衣する衣服と如何違うのだろうか。色と細部が僅かに異なっているぐらいの差異であろう。
「それは良かったな」
思考回路が似通っているのかと僅かな嫌悪感を抱いた山崎は冷たくあしらっていた。
「で、服ってどれぐらいするんだろうな。全部、値札とか付いてねぇしよ」
「さぁな、次に来た店員に聞けば分かるだろ」
金額に対して不安は残る。貰った給料分で買えるかどうかも疑わしいのだ。
「お待たせしました、お客様。こちらの品々で宜しいでしょうか?」
二人の会話が終わると否や、先の店員が戻ってくる。戻ってきた彼女は衣服を広げて確認を取ってくる。多少細部が異なったそれらのサイズも同じで、店員の観察眼の高さを知る。
「ああ、それで構わない。こっちの阿呆の分も含めて、どれぐらいになるんだ?」
シャオの了承も待たず、直ぐにも金額について踏み込む。気に入った所で買えなければ意味がないと言うように。
「分かりました。それでは、こちらへ来てください」
彼女に案内され、店内の奥へと向かっていく。何ら変哲も無い、茶色の其処には他の客の姿はない。其処に彼女は向かい側に移動して、受け取った商品を机上に置く。手馴れた手付きで値札を確認し、それを外しながら、算盤なる物を駆使して合計額を計算を行っている。同時進行で外した値札は針金で編まれた籠、他の値札が積もるように入れられる其処の一つにしていく。洗練された動きは瞬く間に終えられ、衣服の合計額は直ぐにでも洗い出された。
「二千八百エルドになります」
「二千八百エルド、か・・・」
相場は知らないとは言え、予算に十分収まった金額に山崎は小さく安心を抱く。その手で、ウェストバッグに仕舞っていた小袋を取り出して金の硬貨を差し出した。
「ありがとうございます。直ぐに着替えなされますか?」
「ああ、そうする。前の服の処分を頼んでも良いか?」
「はい、構いません。責任を以って処分させていただきます。では、お手数ですが此方へ」
ガリードから衣服を受け取った彼女は丁寧な言葉遣いで案内を始める。その対応を受けながら釣銭を小袋に入れ、仕舞った山崎は続く。新しい衣服に心を躍らせるガリードが後を、ニコニコとするシャオが最後に続いていった。
そうして案内されたのは、布で仕切られる簡素な試着室。年季の入ったそれの内部はかなり狭く、動き辛い事は見て分かってしまう。実際に使用すれば、その窮屈さを存分に理解する事となった。
数分を掛け、三人は衣服を着替え終える。些末な変化でしかない服装の交換だが、新しい衣服は心機一転させる力を有する。清々しい思いと共に、試着室から先に着ていた衣服を脇に抱えて出ていた。
「如何でしょうか?お客様」
「・・・ああ、満足だ。ありがとう」
先に着ていた衣服を渡した山崎は軽く身体を動かす。今迄袖や裾を通していた衣服との差異、素材の違いによる感触や通気性、動き易さを確認する。その機能性に異常は感じられず、選んでくれた店員に感謝の意を告げていた。
「やっぱり、新しい服を着るのは気持ちが良いですね!」
「シャオもそう思うよな!?もっと買って来るか?」
「調子に乗るな、さっさと行くぞ」
シャオと意気投合し、気分を高める彼は更に購入しようと周辺を見渡す。その出鼻を最初に最初に挫いた山崎、彼の耳を引っ張って退店していく。
「痛だだだだッ!!」
当然、無理矢理引っ張られる彼は悲鳴を上げる。店頭付近で痛がり、周辺の視線を集めてしまうのは仕方ない事。その視線を山崎は全く気にせず。
「あ、あの、お客様・・・」
「ああ、気にするな。また機会があったら利用させて貰う。今日は本当に助かった」
流石の店員も困惑し、声を掛けるのだが山崎はこれが日常茶飯事と言うように平然と、感謝を述べて立ち去っていく。
この光景を目の当たりにした彼女は更に困惑するのだが、客が退店する事実を優先し、彼等の背に来店を望む挨拶を掛けていた。それらの様子は実に奇妙に映ったであろう。
ちなみに、この遣り取りをシャオは微笑ましく眺めていた。本当に仲が良いのだと、心を暖かくして。
【3】
衣服店を後にした三人は再び人波を逆らっていた。それは次なる目的地、情報が集まるとされる酒場に向かう為に。
情報源は道行く誰か。不服そうな山崎が尋ねた結果、怪訝そうな表情で教えてくれたのだ。このまま北に向かえば分かると、通りの最北端に行けば一目で記憶すると。
その情報を以って、人波の端を逆らって進み行く三人。傍を通る建物の内部を横目にしつつ、人波でごった返す奥を目指す。
「しっかし、あれだよな」
「突然如何した?」
脈略も無く話し出したガリードに、山崎は煩わしく反応する。
「いやさ?仮に、俺達と一緒に来てたとしたら、もう二週間は経ってんだぜ?その間、シャオが生き延びたって事だろ?凄ぇなって思ってよ」
二週間の生存に対する疑念ではなく、単純な尊敬の念を口にしていた。その浅慮な様子に溜息が零されていた。
「・・・そうじゃないかも知れない。もっと先に来ていて、何かしらの衝撃で記憶を失った可能性があるから、ユウが調べてくれている。俺達も、その為に調べているんだ」
「あ、成程」
「お前なぁ・・・」
今の今迄理解していなかった事に呆れを抱き、長く深い溜息が零される。
「その為に、酒場に行っているんだろうが」
呆れを示す山崎に怒りが見える。ガリードに対する苛立ちだけでは説明付かないそれに、怒られる彼は気付けなかった。
「酒場、か。レインさんは居酒屋みたいのって言ってたし、ジュースとか食べ物とかあんのかな?んで、色んな人が集まってよ、凄ぇ楽しそうにしてんのかな?」
「如何だかな」
今迄以上に辛辣に返す彼に、何かしらの偏見があるのだろうか。覗くのは憎悪、に見えた。
「楽しそうな場所だと良いですね」
ガリードの期待に同調し、山崎の興奮を治めるようにシャオが語り掛ける。それが場を治め、目的地に向けて人波を再度掻き分けていく。心成しか、向かう足が早められていた。
「此処、か?」
「多分、そうだろうな。行ったら分かるって言ってたのは、目立つから、だろうな」
「確かに目立ちますね。他と全然違います」
人が溢れ返る通りを背に、三人はとある建物を前にして立ち止まっていた。言われた意味を理解しながらまじまじと見上げる。
その建物は通りの最後を飾るように建てられる。その上、他とは一線を画す外見故、見逃さず筈もない。もし、店名を上げられると迷わずこの通りを、この外見を思い出すに違いない。
木造で構築されたそれは、まるで西部劇に出てきそうな異質で古風な外見ながら、この世界観を阻害せずに佇む。多少小さめの建物であり、大部分が茶褐色で周囲に融け込もうとする努力も甲斐もあろうか。
酒場と言えば酒場だが、彼等が暮らしていた国の酒場の建物とは異なっていた。すると、嫌でも余計な想像が頭に浮かぶ。むさ苦しい男達、酒を浴びるように飲み、馬鹿騒ぎし、時には騒動を起こす光景を。
「・・・此処で、合ってる、よな?」
「違っていたら、直ぐに出るまでだ」
二人して同様の想像を巡らせたのだろう。嫌気の差す面のガリードの問いを、怒りを顔に宿して吐き捨てた。
思しき場所を前にして二人は踏み入る事を躊躇する。一人は怒りに、一人は不安に。そうした二人の前を、平然とシャオが踏み出す。普段ながらの足取りで店に入ろうとする。
「あれ?入らないのですか?」
「・・・ま、まぁ、入るよ」
「ああ」
彼の物怖じしない様子に牽引されるように、両開きの正面扉を押し開けていった。
店内に入り、直ぐに彼等を迎えたのは静けさであり、直ぐにも予想は覆されていた。
踏み入り、見渡した店内はとてもシックな色で落ち着き、とても馬鹿騒ぎする場所とは思えぬ雰囲気であった。
正面には横に長いカウンターが構えられ、等間隔で椅子が備えられる。その向こうには巨大な棚が設けられ、所狭しと種類豊富な酒が飾られる。取り取りのそれは見ているだけで、酒飲みは歓喜しようか。
左右を見れば、テーブルが窓沿いに一つずつ設置され、ソファが両側に備えられる。その一式は窓と隣接して置かれ、外の景色が見えるようにされる。更に進めば店の奥へと続いているようだが、入り口から確認は出来ず。
そしてなにより、観葉植物を所々に、細部を拘っていたり、バリアフリーを考えている等、想像の男達には似合わない内装とされる。また、そう言った者が利用した痕跡もない。
店内は実に綺麗にされていた。掃除と管理が端まで行き届いており、埃の一つ見当たらない。窓が多く、光が良く入り込む為に程度が良く分かる。
印象としては上品なバーを思わせる酒場であった。店内を見渡し、それを認識した山崎は安心した溜息を零す。
「あれ?まだやってねぇの?」
そうガリードが口にするのも当然、昼を迎えていると言うのに客が全然居ないのだ。まだ開店していない可能性はあるとしても、その気配が感じられないのだ。
「あら?お客さん?今は昼休憩中ですよ?」
不意に店の奥から声が響く。その方向へ視線を向けると、明らかに店員であろう女性が立っていた。
整った等身を際立たせる黒いスーツに似た衣服を着込む。黒の長髪を後ろで纏め、凛々しいながらも、やや童顔の為に多少の違和感を纏って。
「それは悪い。レインとユウから教えられて此処に来たんだ。少し調べたい事があってな」
店主とは思えない、恐らくはウェイターの一人であろう彼女にまずは事情を話す。すると彼女は表情を明るくさせた。
「レインさんとユウさんから?すると、貴方達は同僚か、新人さん?」
「そうっス!俺はガリードって言うっス!こっちが山崎で、こっちがシャオっス」
粗雑な自己紹介を行う彼に鋭い視線が向けられる。
「なんだ、その挨拶の仕方は。全く・・・ともあれ、山崎だ。よろしく頼む」
「私はシャオと申します。よろしくお願いします」
溜息を零しつつ挨拶を行った山崎に続き、丁重にシャオは挨拶を述べる。それらを彼女は笑顔で受け止め、小さくお辞儀を行った。
「ガリードさんに山崎さん、シャオさんですね。初めまして、この酒場『リッカー』のウェイターを努めさせて頂いているエールと申します。今後ともリッカーをご贔屓に。折角来て頂いたのですから、椅子に掛けて下さい。リッカー自慢の品を披露致しますから」
店員として相応しい丁寧な言葉遣いで三人に勧める。
「休憩していたんだろ?悪いな」
「構いません。御気に為さらず、どうぞ」
寛容な彼女に促され、三人はカウンター前の椅子に腰掛けていく。いの一番に着席したガリードが手元のメニューと思しき紙面を手に取った。
メニューを手に取った彼は注文しなければならない義務感に駆られ、見惚れそうなほど綺麗な手書きの文字を睨み付ける。
「突然で悪いが、彼、シャオに付いての情報を聞きに来たんだ」
山崎もまたメニューを確認しつつも、シャオを指差しながら本題に踏み入る。それに彼女は不満そうな表情を浮かべた。
「何かを食べに来たのではないのですか?情報を聞くだけ為に来たのですか?」
そう、彼女は威圧を掛ける。それがこの店の本質ではないと断じるように。
「ああ、悪いと思っているが、そうなんだ。記憶を失っていて、手掛かりだけでも欲しくて来たんだ」
「えっ?記憶喪失しているのですか?シャオさんは」
「はい、そうなんです」
事情を知って驚く彼女だが、シャオを見て怪訝な表情を浮かべる。当人がそれを全く気にしていない、朗らかな笑みを浮かべている為に。
「・・・分かりました。けれど、飲み物でも良いですから注文してくださいね」
「折角来たから、頼むっスよ。どれにしようかなぁ~」
エールの気持ちを酌むようにワクワクしてメニューを眺めるガリード。その発言が一先ずは彼女の気持ちを静めて。
「それで、シャオさんは如何して記憶を失っているのですか?お二人は知人ではないのですか?」
作業に取り掛かる前に質問が投げられる。その彼女は透明なグラスを取り、布巾で磨く。耳障りの良い音が奏でられ、注文に臨む者の食欲を掻き立てる。
「俺達が知り合ったのは最近なんだ。仕事中、偶然救助したんだ。その時から記憶は無かったんだ。シャオは仮の名前で、本当の名前すらも覚えていなかった」
「多分、俺達と一緒に来たんじゃねぇかって言われているっス。俺達が来たのは二週間ぐらいまえっスね」
「だが、もしそれよりも前に来ていたら、シャオの友人か誰かが捜索願いを出しているかも知れない。そうじゃなくても、ちょっとの情報でも欲しくて来たんだ」
交互に聞き分ける彼女は小さく頷く。此処に来た理由を理解し、真剣な表情で記憶を整理する様子が見える。
「分かりました。それでは、引き続いてメニューを考えていてください。今、調べてきますから」
そう告げるとグラスを丁重に置き、早足で店の奥へ移動していった。店を空けてしまう事は不用心極まりないが、それは彼等を信頼しての事だろう。
「なぁ?このリモンチェッロ?って美味ぇのか?頼んでみても良いか?」
遣り取りの最中も続けてメニューを見通すガリードが山崎に話し掛ける。メニューに写真や絵は無く、文字だけなので興味から想像し、期待を膨らませていた。
そうして、気になるそれを指差しながら見せる。応じた山崎だが、途端に表情が険しくなった。怒気を示す彼が睨むのは項目である。
「酒の欄・・・俺に、酒について聞くな」
「お、おう、分かった」
低い声で脅しの台詞を呟く。ただ尋ねただけで怒りを買った事にガリードは戸惑い、少々怯えて身を引く。これについては踏み込めないと理解して、別の場所を眺めていた。
「・・・ジュースはあるな。でも、炭酸飲料がねぇな・・・」
「・・・それは無理だろ、技術的に。出来なくもないだろうが、それの水源が無い限り難しいだろうな」
少々怒りを抱きつつ、情けない声での嘆きに対して山崎は冷静に下す。
「俺、炭酸しか飲まない事にしているのだけどなぁ・・・」
「水でも飲んでろ」
激しく落ち込む彼に向けて冷たい声で吐き捨てる。冷たくあしらわれた彼を、シャオが何時もの笑みを浮かべ、肩を叩いて優しく慰める。
「シャオは、何にするんだ?ホラ、これ・・・」
すっかり消沈した彼はメニューを力無く手渡す。受け取る彼は、カウンターに項垂れる姿に心配しつつ、メニューに目を通して選び始める。
横目でガリードの様子を見ながら彼は熟考を重ねる。眺めている欄はジュース系統のアルコールの含まれない飲み物。種類少ないのに、決めかねて時間を掛けていた。
漸く三人の注文が決まった頃、丁度良くエールが戻ってきた。何も持たないその表情は優れない。それだけで大体の心境を察する事が出来た。
「ありがとう。情報は・・・まぁ、その様子だと、察しが着くが」
彼女に気付き、尋ねようとするのだが察して口を噤む。カウンターに戻った彼女は口では返さず、首を横に振って意を示した。
「それらしい情報は有りませんでした。捜索願は全て子供に関する物、でした。シャオさんの特徴に一致する依頼は無く、記帳していた世間話等の会話にもそれらしいものは有りませんでした。過去の未解決のものも目を通しましたが・・・」
「そうか・・・そうか、それは仕方ないな」
無い事は仕方がない。文句など誰にも付けられず、ただ残念な思いだけが募るのみ。
憐れむ目が当人に向けられる。落ち込んでいないかと心配しての事だが、視線が合った時、彼は笑顔を見せていた。我が事なのに平然と出来る心境が不思議に映った。
「なぁ、頼まねぇの?」
カウンターに突っ伏していたガリードが会話を終わったのを見計らって呻くように口を挟む。それほどに飲めない事が残念だったようで、数分経っても気持ちは吹っ切れず。
「そうだな、とりあえず・・・」
催促を受け、山崎とシャオは順番に注文する。ついでに気が乗らない様子のガリードも仕方なく水を頼んでいた。
承ったエールは三つの透明のグラスに紫と橙色ジュースと水を注ぎ、丁重に三に配る。ジュースを頼んだ二人はそれを堪能し、一名は沈んだままでちびちびと喉に通していた。
実に美味しそうにジュースを飲むシャオの横顔を、怪訝な表情で眺める山崎は身中で疑念を渦巻かせていた。
失ったものを取り戻したくなる思いはあるだろう。不安もあるだろう。必ずしも執着する、しないは個人の勝手だが、それにしてもシャオは全くの感心が感じられなかった。まるで他人事のように、周囲の反応に合わせているようにも見えた。
故に、疑念が一つ湧く。密かにその視線に変わってしまう。信じたくとも、信じ切れる材料が少ない為に。
「・・・っ!」
不意に、シャオとの視線が交わった山崎は小さく動揺する。まるで心の内を読まれたかのように映った為に。その彼は再び笑顔を浮かべていた。不思議がる事無く、微笑み、視線を戻していった。
その笑みが多少の疑いを解れさせた。気の迷いだと思わせるほどの、柔らかく、優しい微笑みであったのだ。
消えた訳ではないものの、考えを定めるには早計だと考え、今はゆっくりとジュースを飲む事に専念していた。静かな酒場の雰囲気を、少しの時間だが堪能して癒されていた。
【4】
注文したジュースを飲みつつ、山崎とレインはエールと多少の会話を行っていた。その内容は他愛ないもの、何時頃来たのか、此処には慣れたのか、レインやユウさんの近況を尋ねたりと。
その間、一人盛り下がっていたガリードは席を立ち、暇潰しにリッカーを歩き回っていた。店の奥へと足を運び、表側同様の空間が広がっていると認識する。
そんな彼の興味は、店の奥の壁に立て掛けられた掲示板であった。一際目立つそれに足を運び、表に所狭しと張り付けられた用紙をまじまじと眺めていた。
様々な内容が掲示されていた。捜索依頼、採取依頼、修繕依頼等、気が重くならないものばかりが所狭しと、我先と貼り付けられ、実に見え辛くされる。その中でも一際目立っていたのが、端に揃えて張られた数枚の紙。
やや大きなそれには似顔絵が描かれる。様々な人相のそれは悪人面が多く、下部には人名と金額が書かれる。それは所謂、賞金首、手配書である事は一目で理解しよう。このような世界でも、悪人が発生すると言う証左でもあった。
「やっぱ、悪人って、居んだな」
気の抜けた関心をしつつ、眺めていた彼は一つの賞金首に目を止めてしまう。それは多額の金額だった為。
「・・・は?百二十万!?嘘だろ?」
驚き返った彼はその額を凝視するが、見間違えそうな金額は正しく数えられており、驚きは続く。それもその筈、他の賞金首の金額の十倍以上の差を付けており、それだけで危険度が読み取れた。
「こ、こんな奴が、百・・・」
驚く理由はもう一つ、問題の者は男性として描かれているものの、万人が見てひ弱に映る優男であり、とても賞金首になるほどの危険な男には見えなかった。だからこそ、危険であると言う裏返しでもあろうか。
とは言え、弱い印象が最初に占めた為、彼は浅ましい考えを頭の端に過ぎらせた。これなら捕まえられるんじゃないのかと。
その考えは愚かとしか言えない。この世界に来たばかりの人間が、早々凶暴犯であろう人物を捕らえられる筈もなく、浅慮も良い所であった。
「・・・出来る訳がねぇな」
しかし、彼とて愚者ではない。少々余計な想像を膨らませたとしても、掲載される意味と己が力量と知識の浅さを自覚している。それに勤しもうとする愚昧さは無かった。
「おい、そろそろ出るぞ」
「おう」
山崎に促され、ガリードはすんなりとその場から離れる。直ぐにも例の賞金首の印象が薄れ、酒場を出る頃には忘れ去っていた。
けれども、その名前だけは密かに覚えているであろう。似顔絵の下に書かれた名前、カッシュ、その名前を。
そして、手配書に書かれた謎の若者、カッシュ。その男とは未来で遭遇する事になる。それも幾度となく、出会ってしまう。ある時は声だけ、ある時は敵として立ち塞がり、またある時はかなり離れた存在として。今の彼にそれ知る由はなかった。そして、その事を思い出す事もなかった。
呼ばれたガリードが入り口付近に戻ると、丁度エールに見送られる場所に遭遇していた。
「今日は突然に来て、悪かった。また、機会があれば、レインとユウを連れてくる」
「構いません、ちゃんと注文をしてくださいましたので。お二人についても、出来るだけお願いします。二人が来て下さらないので、少し寂しいですから」
「分かった。その旨は伝えておく」
二人とは親密な関係なのだろうか、言葉通りの様子が窺え、その気持ちに少しでも答えるように承知していた。
「また来るっスね!」
「お元気で、エールさん」
「またの御来店を期待しています」
各々の挨拶の後、彼女は両手を下腹部に添え、敬礼を行って見送っていった。
酒場リッカーを後にした三人は、まだ人で溢れる道を奥まで眺めながら立ち尽くす。成果を得られなかったと言う残念な気持ちがそこに現れる。
「・・・残念だったな、何も得られなくて」
「大丈夫です、気にしていませんから」
慰めの言葉を、シャオはニコニコと受け止める。挫けていないとも取れる様子に、山崎の眉は少々顰められた。
「ま、仕方ねぇよ。気を取り直して、セントガルドを見て回るか」
底抜けに明るい彼の一言で場の空気は明るいまま保たれた。
「・・・そうだな、これから此処で暮らす事にもなるしな」
「俺達が覚えるのも兼ねてな!」
「お願いします」
彼の言う通り、気を取り直してシャオに対しての道案内が始められる。人波を逆らいながら、陽が暮れるまで、このセントガルド城下町を大まかに案内していった。
その道中は然したる問題が起こらず、何事もない平穏な時間として流れる。例え、目的を果たせなくとも、その日を重ねる事で少しでも関係が深まり、良好に向かったのなら良しと言えた。
晴れていた空、淀み無い青が天上から遠退き、紅に、薄暗闇が迫ってくる。積雲に因る陰りは訪れず、太陽はその日の役割を終え、地平の彼方へ隠れてしまう。それよりも前に、三人は人と人を繋ぐ架け橋へと戻り、一日を終えるのであった。
後日、情報を得られなかった三人に元にユウが訪れていた。期待を抱き、朗報を望んだのだがそれは外れてしまう。その際の落胆の色は濃かった。実の所、彼女の情報だけが頼りだった為に。
所属するギルドに寄せられていた捜索願いは彼に該当するものは無く、法と秩序__メギル__#に問い合わせたしても不振に終わってしまった。詰まり、手掛かりは無かった。
結果、行き着くのはやはり、山崎やガリードと同時期にこの世界に招かれたと言う見解。そうでなければ説明が着かない。いや、彼に纏わる情報に行き着いていない、彼を知る人物に尋ねられていないと言う可能性もあったが、それに期待するだけ虚しくなるのは分かり切っていた。
因って、彼の情報を集める事は自然と打ち切られてしまった。慰めとして、新しい仲間になったと言う事実に目を向ける事としていた。救いなのは、当人がそれに気にして居ない事であろう。
ともあれ、それ以上留まっていられないと、日々を順応に当てて生きていくのであった。
「此処が、セントガルドなのですね!」
「そう!凄ぇだろ!」
目の前に広がる光景に圧倒される青年、シャオが少々興奮気味に口にする。それに何故がガリードが自慢していた。
沼地地帯を後にして一日が経過し、その日も正午を既に超えていた。繁忙期を迎える大通りは人で溢れ返り、セントガルドの魅力が最大限に発揮されており、一目で如何言った場所か理解しよう。
そのセントガルドに到着した一行。三人に疲労の色が濃く映る。挟んだ睡眠時間が野宿の為、浸み込んだそれがまだ癒え切れずに。だが、目の前の活気を浴びれば、不思議と活力が沸き起こっていた。
「さて、そのまま人と人を繋ぐ架け橋に戻りましょう。二人共多忙ですので、あまり期待は出来ませんが」
一言が多いマーティンが指示し、目の前の大波を掻き分けて行こうかと歩み出す。
「もし居なかったら如何するんだ?」
「居なかったら、戻ってくるまで待機ですね。まさか、彼を、シャオさんを放置すると?」
「ああ、やっぱり待つんだな」
厳しい態度を取られるのだが、問い掛けたガリードは納得を優先した為に気にしておらず。彼の口調に気に留めたのは山崎のみ。
「シャオさんの為にも早く向かいますよ」
マーティンが二人をせっつき、人波を掻き分け、端に沿いながら進み行く。セントガルド城下町の中央の広場へ、噴水が主役である其処を経由し、西南方向に続く大通りへと。
その途中、初めて訪れたシャオに対して粗方の案内を行う。その説明はマーティンが行っていたのだが、その口調が少々威圧的で偉そうな為、受ける者は不快感を抱こう。当人は笑みを浮かべ、説明を楽しく聞き受けていた。
彼の笑みは新しい知識を得られる喜びか、様々な人が居る事への安心か、マーティン達と出会い、良くしてくれる事への嬉しさであろうか。ともあれ、その微笑みは眺める者の胸を暖める魅力があり、傍の三人は表情を和らげていた。
やがて、四人は無骨な外見の施設に辿り着き、その前に一旦立ち止まっていた。
少々大人しい建物が立ち並ぶ公道の中、唐突に出現する其処はとても人助けを生業とするギルドの施設とは思えない。ならず者達が活用する廃墟と言っても過言では無かった。
「此処がそうなのですね」
対する第一声は変哲もないものだが表情は実に明るいもの。何に対しても好感を受ける様子を示し、人と人を繋ぐ架け橋についてもその為、案内した者達も少々喜ばしく感じていた。
「そう、此処が私達が所属する人と人を繋ぐ架け橋の拠点です」
「此処に、山崎さんやガリードさん、マーティンさんのような心優しい人々が居るのですね」
「おう!だから、もっと頼りにしてくれよ!」
「新人なのに威張るな、阿呆・・・優しいのかは分からないが、頼りになる人が居るとは思うぞ」
何故か皆を代表するように威張る彼を、溜息交じりに冷静に諭す。その遣り取りをニコニコと眺めるシャオ。
「では、中へと行きましょう」
事を急ぐ様にマーティンに促され、三人は踏み入っていった。
「来たね、待っていたよ」
人気を感じられず、光の届かない室内に踏み入った直後、一行は明るい声で出迎えられた。その者はレインである。思ってみなかった事に三人は驚いて立ち止まってしまった。
「報告は聞いているわ、お疲れ様。災難だったわね、まさか巨大なグレディルに襲われるなんて」
傍にはユウも居り、激戦を終えた三人に労いの言葉を掛けていた。
「全くです、よもやあのような魔物と遭遇するなんて」
「でも、返り討ちにしてやったけどな!シャオのお陰でな!」
強敵を斃した達成感、その優越感を胸を張って示しながら報告する。褒めて欲しいと言わんばかりの態度に、ユウは労いと賞賛の言葉を掛けていた。対する反応は言うまでもない。
「待っていてくれたんだな」
遣り取りを傍に、山崎が出迎えてくれたレインに謝意を示すように話し掛ける。それに彼は笑顔で応じる。
「報告を受けたからね、重要な事でもあるから、ステインが来られない以上、僕達が直接受けないとね」
そう言って彼はシャオに近付く。唯一の生存者を前にして、とても切ない表情で見つめる。彼についての報告も粗方聞いており、その事情も知っている故の同情が見える。彼の動きはその場の皆の意識を集め、ユウも同様の表情で眺める。
「記憶喪失なんだってね・・・それは、辛いね」
「そうなんですか?」
過去を知らない、自分が如何言う人物なのかが分からない事は不幸でしかない。それに至る経験はどれ程のものか、それを思って憐れむのだが当人はいまいち理解していない。
「・・・辛くはないの?自分が分からないのは、怖くないの?」
「はい。これから色んな事を知れるから楽しみにしています。それに、素晴らしい事を聞きました」
「それは?」
「人と人を繋ぐ架け橋は人助けを目的とする団体なのですよね?素晴らしいです!是非、私も手伝いをさせて貰いたいです!」
尊敬の念で目を輝かせ、興奮した彼は食い入るように頼み込む。今迄の彼とは信じられない勢いに、レインは思わずたじろいでしまった。
セントガルドに戻るまでの道中、マーティンから自分達の身分を明かしていた。同時に所属するギルドの説明も行っていた。シャオの琴線に触れたのは、ギルドの基本方針の一つ、住民への支援や依頼の解消、詰まり人助けを目的とする点である。それに深く感動し、感心を寄せたようだ。
「本当!?本当に言っているの!?」
思っても見なかった申し出に大興奮するレイン。思わぬ事に何度も聞き返し、抱き付きそうになるほどに被り寄って。
「それは良いですね。シャオさんが仲間になるのはとても心強いです。何せ、聖復術を使えるのですから」
「もう、大歓迎だよ!、聖復術を使える人は稀だから、色んな人から重宝されるよ!」
「私の、この不思議な力で誰かを助けられると思うと、嬉しいです」
必要とされる事をこの上なく喜び、これからの事を考えて奮起する。その様子は穏やかに、柔らかな微笑みを零して。
「ともあれ、これから宜しくね、シャオ。また、後日、皆を集めて顔合わせの機会を作るから」
シャオの微笑みに負けず劣らない満面の笑顔を浮かべたレインが握手を促す。それは初めましてと同時に、これから宜しくと言う意味も込めて。
「他にも人が居るのですね?それは楽しみです。これから宜しくお願いします」
シャオはそれに答え、力強く握り締め合う。握手はユウにも向けられ、彼女は抵抗もなく応じていた。
新たな仲間を迎え入れる現場に立ち会い、山崎とガリードは満足げな表情で見守っていた。救助者が仲間になる点は不安を残すが、心優しく、傷を治せる力を有した青年は頼りにはなる。
なんにせよ、誰かが快く受け入れられて仲間となった場に立ち会えたのは感無量であろうか。
現状の責任者との顔合わせは恙無く終了し、そのままシャオを引き渡すだろうかと一考される。その矢先、考えた山崎はレインと目が合う。
「差し当たってになるんだけど、シャオの世話を頼んでも良いかな?町案内とかになるんだけど」
「・・・別に構わないが、それは俺達で良いのか?レインやユウがした方が良いと思うが・・・」
それは自分達の対応を思い出しての事。それと比べて扱いに差があると感じて。
「したいのは山々なんだけど、これから仕事なんだよ。休みたいかも知れないけど、ごめんね?」
「ユウさんは如何するんスか?」
「私?私はこれから書類を確認しないと駄目ね。シャオを知っている人が捜索願いを出しているかも分からないから。法と秩序に尋ねて照合しないと駄目だから・・・とても出来ないわ」
この人と人を繋ぐ架け橋の責任者代行とする二人。当然、同僚以上に忙しいもの。ユウにしても、それが住めば仕事に出るだろう。手が空いていないなら仕方がなく。
「・・・分かった。出来るだけ頑張ってみよう」
「頑張るっスよ、俺も!」
頼まれては仕方ないとやる気無げに請け負う。隣のガリードは大役を任されたと張り切って。
「それと、行くなら、皆新しい衣服を新調してね!その恰好で平然で居られるなんて、信じられない!」
そう、軽蔑まで至りそうな嫌忌を含んだ表情で指摘され、四人は自身と互いの衣服を確認する。詳細を言うまでもなく、酷い姿である事は誰もが認識する。実際、セントガルドに戻ってきた時、そう言った目で複数回見られていた。
「・・・分かった」
「ウッス・・・」
「そうですね、着替えないと駄目ですね」
己の衣服を顧みて反省する二人、客観的に認識して応じるシャオとの反応は対照的に。
「その分の費用は言ってくれたら払うから。それと、ちょっと早いけど、給料」
そう言ってレインは腰のウェストバッグを探り、小さな布の小袋を取り出す。それは山崎に手渡され、僅かばかりの重みが加わる。
「ああ、それと、もし、シャオの情報を集めたいと思うなら、酒場に行くのも良いね。商業区画の主要道にあるから、行ったら直ぐに分かると思うよ」
「酒場?って、あれっスか?居酒屋って感じで良いんスか?」
「その想像で大丈夫だよ。色んな人が集まるから、色んな情報が集まって、店員さんがそれを整理して管理しいるんだよ。此処や法と秩序__メギル__#に行かない情報があるかも知れないから、行ってみるのも良いね」
「分かりました、行ってみるっス!!」
シャオの力に為りたい、延いては一員として力に為りたいとガリードは張り切る。けれど、山崎は途中から明らかな嫌悪感を示していた。憚る事無く、一言吐き捨てて否定しかねないほどの表情で睨み付けていた。
ただ一人の不快感は気付かれているものの指摘はしなかった。単なる仕事の上乗せに因る不快感ではないと気付き、触れるべきではないと察して。
「それじゃあ、頼むね」
「返ってきて早々だけど、頼むわね」
明るい様子で二人は立ち去る。レインはやや急いだ足取りで外へ、ユウは資料でごったがえった資料室へと。
「報告も済みましたし、私はこれで失礼しますね」
立ち去る二人を見送った直後、マーティンが一礼を残して立ち去ろうとする。流れるような様子に引き留めない訳がない。
「え?一緒に来てくれねぇの?」
「すみませんが、この後、私にも仕事がありますのでご了承を。ですので、シャオさんの世話はお任せします」
まるで人との関わりを極力避けるかのように。それでも実際に仕事があるのだと思わせる様子であった。
それに山崎は一連の遣り取りに得心した。今迄の二人の話し振りはマーティンを含めてのものではなかったと。
「分かりました。気を付けてください、マーティンさん」
「お気遣い、ありがとうございます」
爽やかに見送られて彼は立ち去る。シャオが文句を言わなければ、二人が引き留める必要もなかった。
足早に新たな仕事、或いは頼まれ事を受けた山崎は溜息を零す。無意識に零されたそれは、これから向かう場所に向けての嫌気でしかなく。
「・・・まずは、あれか。部屋を案内しねぇとな。多分、また教えて貰えると思うけど、一応教えるから」
「分かりました、お願いします」
早速、新たな仲間となるシャオの為に案内を行うガリード。当人の明るい返答に気持ちを良くし、張り切る彼は階段を駆け上がっていく。その様子を見て、山崎は気を取り直して後に続いていく。
これからの予定は、二人に教えられた事で決定されていた。
【2】
人と人を繋ぐ架け橋の案内は大した時間を掛ける事は無かった。全てを周る事無く、一階と二階、中央の広場まで粗方案内するだけだった為、時間を有する事がなかったのだ。
案内を済ませた後、向かう先は商業区画。汚れ、傷付いた衣服の新調とシャオの情報を集める為に。損傷した防具の修理、又は新調は後にし、一先ずは傍の問題を片付ける事だけを念頭に入れて。
人で賑わう通りは心を躍らせる活気を見せ、購買、販売意欲の熱は頂点まで上がりつつある。その熱は大通りでなくとも、目的の通りに行くまでの小道も浮かしてしまうほど。
その途中、三人は屋台を見掛けて軽食を購入していた。余談だが、レインに渡された小袋の中には硬貨が十数枚。金が一枚混じっており、衣服の相場が知らないものの、心許ない金額が入っていた。
口内に広がる軽食の味を堪能しつつ進み行けば、目的の通りに辿り着く。二人は数回程度しか訪れていない場所だが、大通りと比肩するほどの人で溢れ返る。雑踏と人の声で溢れ返り、僅かばかり温度が上がっている様に感じて。
「わぁ!一杯人が居ますね!何時も皆楽しそうにして此処に居るのですか?」
観点の少し変わり、他人の表情を眺めて頬を緩めるシャオが質問を投げる。
「だと思うぜ?俺もあんまり来た事無ぇけど、来る度に人が居るな」
視点の異なる感想に感心する傍、ガリードは深く考えずに答えていた。
「この通りで服を買う。それから、酒場を探す」
「誰かに聞きゃ分かるだろ、先ずは服か・・・」
まずは身形を整える事を優先する。それは、通りに着き、集まる視線の大半がまさに汚い物を見る目であり、それに鈍感に居る事は出来ず。
溢れ返った人波に逆流し、飲まれないように建物に沿いながら進み出す。その道中はなかなか面白い光景が一つや二つ。婦人と思わしき人達がとある商品棚に群がる景色を捉えたり、昼間から酒を飲んでなのか掴み合いの喧嘩を行い、取り押さえられる光景など、実に平和だと思える景色が複数に。
普段から見られるであろう場面に遭遇しつつ、展開される販売店の内容を確認して進み行けば、目的の場所に辿り着く。流石に、衣服を店頭に飾っていれば見誤る事は無いだろうか。
その店の外見は茶色一色と意外に味気がない。屋根は緑色で多少目立ったとしても周囲と比べて特出した点はそれのみ、印象に残り難いであろう。けれども人の往来がそこそこあるのは供給が整い、客の要望に応えられる証左である。
「どんな、服売ってんのかな?凄ぇのとか置いてんのかな?」
「・・・どのようなものでも良いから、さっさと決めて酒場を探すぞ」
変な期待を抱く彼を冷たくあしらってから店内へと踏み入っていった。
まず、彼等を迎えたのはマネキンである。見本として、客に良く分かるように衣服を着せられて微動もせずに立てられる。着せられた衣服は独創的なそれでなく、奇抜なそれでなく、一般的に出回るものであった。
無言の出迎えを横切り、更に踏み入れば数々の商品棚に置かれ、掛けられた商品と対面する。ジャケットにトレーナー、ジーンズにチノ・パンツなど、見やすいように、手に取り易いように数多くの商品が陳列される。衣服だけに留まらず、帽子やマフラーなど装飾品も揃えられていた。
大概のものが人の目を引くような奇抜な形、色でなく、どちらかと言えば一般受けする形と地味な色で構成される。例え、派手な衣服があったとしても山崎に購入する気はない。シャオは兎も角、ガリードの内心は知れないので彼には分らず。
いざ、衣服店に来た所で悩むほど見て回る気は山崎に無い。今着ている服に似通った服であればいい、そんな無頓着な考えを以って此処に訪れていた。
その安直な考えの元で山崎は店内を見て回る。同時にシャオの衣服についても探して。その間、ガリードは気になったものは手当たり次第に手に取り、試着室に直行していた。店内の片隅に設置された囲い、布で仕切られたその中で。
「如何か致しましたか?」
手にした全てがいまいち似合わないと不満げにする様子を他所に、歩いて回っていた山崎とシャオの元に一人の店員が訪れる。丁重な口調であり、澄んだ声の人物は女性。緑のエプロンを着衣し、柔らかな笑みを浮かべる。
「いや、服を買いに来た。今俺が来ている服と同じようものがあればと思ってな。隣も同じだ」
「そうでございますか。でしたら、私共で探してきましょうか?それか、お客様に似合う服を探してきましょうか?」
「良いのか?」
「はい、お客様の御要望に応えるのが私共の役目です」
「悪いな。なら、今着ている上下を頼む」
店員の気遣い、或いは店の方針に尊敬の意を感じつつ要望する。彼女は頷いて快く了承していた。
「そちらのお客様は如何致しましょうか?」
「如何しようかな?」
自らの事は決めかねるのか、周囲を見渡して気楽な様子で呟く。その顔に困った様子はない。周囲の衣服に目移りしている様子がなく、ただただ深く考えていないだけか。
「・・・なら、俺と同じように、来ている服と似通ったものを頼む」
「畏まりました、直ぐに用意致しますのでお待ちください」
女性店員は畏まった様子で一礼を残してから立ち去っていく。彼女の接客態度に感心し、見送る山崎は切に見直して欲しいと思っていた。そう、何時の間にか隣に居るガリードに向けて強く思っていた。
「俺は決まったぜ!」
自信満々に告げ、決めた商品を見せ付ける彼。それは現在着衣する衣服と如何違うのだろうか。色と細部が僅かに異なっているぐらいの差異であろう。
「それは良かったな」
思考回路が似通っているのかと僅かな嫌悪感を抱いた山崎は冷たくあしらっていた。
「で、服ってどれぐらいするんだろうな。全部、値札とか付いてねぇしよ」
「さぁな、次に来た店員に聞けば分かるだろ」
金額に対して不安は残る。貰った給料分で買えるかどうかも疑わしいのだ。
「お待たせしました、お客様。こちらの品々で宜しいでしょうか?」
二人の会話が終わると否や、先の店員が戻ってくる。戻ってきた彼女は衣服を広げて確認を取ってくる。多少細部が異なったそれらのサイズも同じで、店員の観察眼の高さを知る。
「ああ、それで構わない。こっちの阿呆の分も含めて、どれぐらいになるんだ?」
シャオの了承も待たず、直ぐにも金額について踏み込む。気に入った所で買えなければ意味がないと言うように。
「分かりました。それでは、こちらへ来てください」
彼女に案内され、店内の奥へと向かっていく。何ら変哲も無い、茶色の其処には他の客の姿はない。其処に彼女は向かい側に移動して、受け取った商品を机上に置く。手馴れた手付きで値札を確認し、それを外しながら、算盤なる物を駆使して合計額を計算を行っている。同時進行で外した値札は針金で編まれた籠、他の値札が積もるように入れられる其処の一つにしていく。洗練された動きは瞬く間に終えられ、衣服の合計額は直ぐにでも洗い出された。
「二千八百エルドになります」
「二千八百エルド、か・・・」
相場は知らないとは言え、予算に十分収まった金額に山崎は小さく安心を抱く。その手で、ウェストバッグに仕舞っていた小袋を取り出して金の硬貨を差し出した。
「ありがとうございます。直ぐに着替えなされますか?」
「ああ、そうする。前の服の処分を頼んでも良いか?」
「はい、構いません。責任を以って処分させていただきます。では、お手数ですが此方へ」
ガリードから衣服を受け取った彼女は丁寧な言葉遣いで案内を始める。その対応を受けながら釣銭を小袋に入れ、仕舞った山崎は続く。新しい衣服に心を躍らせるガリードが後を、ニコニコとするシャオが最後に続いていった。
そうして案内されたのは、布で仕切られる簡素な試着室。年季の入ったそれの内部はかなり狭く、動き辛い事は見て分かってしまう。実際に使用すれば、その窮屈さを存分に理解する事となった。
数分を掛け、三人は衣服を着替え終える。些末な変化でしかない服装の交換だが、新しい衣服は心機一転させる力を有する。清々しい思いと共に、試着室から先に着ていた衣服を脇に抱えて出ていた。
「如何でしょうか?お客様」
「・・・ああ、満足だ。ありがとう」
先に着ていた衣服を渡した山崎は軽く身体を動かす。今迄袖や裾を通していた衣服との差異、素材の違いによる感触や通気性、動き易さを確認する。その機能性に異常は感じられず、選んでくれた店員に感謝の意を告げていた。
「やっぱり、新しい服を着るのは気持ちが良いですね!」
「シャオもそう思うよな!?もっと買って来るか?」
「調子に乗るな、さっさと行くぞ」
シャオと意気投合し、気分を高める彼は更に購入しようと周辺を見渡す。その出鼻を最初に最初に挫いた山崎、彼の耳を引っ張って退店していく。
「痛だだだだッ!!」
当然、無理矢理引っ張られる彼は悲鳴を上げる。店頭付近で痛がり、周辺の視線を集めてしまうのは仕方ない事。その視線を山崎は全く気にせず。
「あ、あの、お客様・・・」
「ああ、気にするな。また機会があったら利用させて貰う。今日は本当に助かった」
流石の店員も困惑し、声を掛けるのだが山崎はこれが日常茶飯事と言うように平然と、感謝を述べて立ち去っていく。
この光景を目の当たりにした彼女は更に困惑するのだが、客が退店する事実を優先し、彼等の背に来店を望む挨拶を掛けていた。それらの様子は実に奇妙に映ったであろう。
ちなみに、この遣り取りをシャオは微笑ましく眺めていた。本当に仲が良いのだと、心を暖かくして。
【3】
衣服店を後にした三人は再び人波を逆らっていた。それは次なる目的地、情報が集まるとされる酒場に向かう為に。
情報源は道行く誰か。不服そうな山崎が尋ねた結果、怪訝そうな表情で教えてくれたのだ。このまま北に向かえば分かると、通りの最北端に行けば一目で記憶すると。
その情報を以って、人波の端を逆らって進み行く三人。傍を通る建物の内部を横目にしつつ、人波でごった返す奥を目指す。
「しっかし、あれだよな」
「突然如何した?」
脈略も無く話し出したガリードに、山崎は煩わしく反応する。
「いやさ?仮に、俺達と一緒に来てたとしたら、もう二週間は経ってんだぜ?その間、シャオが生き延びたって事だろ?凄ぇなって思ってよ」
二週間の生存に対する疑念ではなく、単純な尊敬の念を口にしていた。その浅慮な様子に溜息が零されていた。
「・・・そうじゃないかも知れない。もっと先に来ていて、何かしらの衝撃で記憶を失った可能性があるから、ユウが調べてくれている。俺達も、その為に調べているんだ」
「あ、成程」
「お前なぁ・・・」
今の今迄理解していなかった事に呆れを抱き、長く深い溜息が零される。
「その為に、酒場に行っているんだろうが」
呆れを示す山崎に怒りが見える。ガリードに対する苛立ちだけでは説明付かないそれに、怒られる彼は気付けなかった。
「酒場、か。レインさんは居酒屋みたいのって言ってたし、ジュースとか食べ物とかあんのかな?んで、色んな人が集まってよ、凄ぇ楽しそうにしてんのかな?」
「如何だかな」
今迄以上に辛辣に返す彼に、何かしらの偏見があるのだろうか。覗くのは憎悪、に見えた。
「楽しそうな場所だと良いですね」
ガリードの期待に同調し、山崎の興奮を治めるようにシャオが語り掛ける。それが場を治め、目的地に向けて人波を再度掻き分けていく。心成しか、向かう足が早められていた。
「此処、か?」
「多分、そうだろうな。行ったら分かるって言ってたのは、目立つから、だろうな」
「確かに目立ちますね。他と全然違います」
人が溢れ返る通りを背に、三人はとある建物を前にして立ち止まっていた。言われた意味を理解しながらまじまじと見上げる。
その建物は通りの最後を飾るように建てられる。その上、他とは一線を画す外見故、見逃さず筈もない。もし、店名を上げられると迷わずこの通りを、この外見を思い出すに違いない。
木造で構築されたそれは、まるで西部劇に出てきそうな異質で古風な外見ながら、この世界観を阻害せずに佇む。多少小さめの建物であり、大部分が茶褐色で周囲に融け込もうとする努力も甲斐もあろうか。
酒場と言えば酒場だが、彼等が暮らしていた国の酒場の建物とは異なっていた。すると、嫌でも余計な想像が頭に浮かぶ。むさ苦しい男達、酒を浴びるように飲み、馬鹿騒ぎし、時には騒動を起こす光景を。
「・・・此処で、合ってる、よな?」
「違っていたら、直ぐに出るまでだ」
二人して同様の想像を巡らせたのだろう。嫌気の差す面のガリードの問いを、怒りを顔に宿して吐き捨てた。
思しき場所を前にして二人は踏み入る事を躊躇する。一人は怒りに、一人は不安に。そうした二人の前を、平然とシャオが踏み出す。普段ながらの足取りで店に入ろうとする。
「あれ?入らないのですか?」
「・・・ま、まぁ、入るよ」
「ああ」
彼の物怖じしない様子に牽引されるように、両開きの正面扉を押し開けていった。
店内に入り、直ぐに彼等を迎えたのは静けさであり、直ぐにも予想は覆されていた。
踏み入り、見渡した店内はとてもシックな色で落ち着き、とても馬鹿騒ぎする場所とは思えぬ雰囲気であった。
正面には横に長いカウンターが構えられ、等間隔で椅子が備えられる。その向こうには巨大な棚が設けられ、所狭しと種類豊富な酒が飾られる。取り取りのそれは見ているだけで、酒飲みは歓喜しようか。
左右を見れば、テーブルが窓沿いに一つずつ設置され、ソファが両側に備えられる。その一式は窓と隣接して置かれ、外の景色が見えるようにされる。更に進めば店の奥へと続いているようだが、入り口から確認は出来ず。
そしてなにより、観葉植物を所々に、細部を拘っていたり、バリアフリーを考えている等、想像の男達には似合わない内装とされる。また、そう言った者が利用した痕跡もない。
店内は実に綺麗にされていた。掃除と管理が端まで行き届いており、埃の一つ見当たらない。窓が多く、光が良く入り込む為に程度が良く分かる。
印象としては上品なバーを思わせる酒場であった。店内を見渡し、それを認識した山崎は安心した溜息を零す。
「あれ?まだやってねぇの?」
そうガリードが口にするのも当然、昼を迎えていると言うのに客が全然居ないのだ。まだ開店していない可能性はあるとしても、その気配が感じられないのだ。
「あら?お客さん?今は昼休憩中ですよ?」
不意に店の奥から声が響く。その方向へ視線を向けると、明らかに店員であろう女性が立っていた。
整った等身を際立たせる黒いスーツに似た衣服を着込む。黒の長髪を後ろで纏め、凛々しいながらも、やや童顔の為に多少の違和感を纏って。
「それは悪い。レインとユウから教えられて此処に来たんだ。少し調べたい事があってな」
店主とは思えない、恐らくはウェイターの一人であろう彼女にまずは事情を話す。すると彼女は表情を明るくさせた。
「レインさんとユウさんから?すると、貴方達は同僚か、新人さん?」
「そうっス!俺はガリードって言うっス!こっちが山崎で、こっちがシャオっス」
粗雑な自己紹介を行う彼に鋭い視線が向けられる。
「なんだ、その挨拶の仕方は。全く・・・ともあれ、山崎だ。よろしく頼む」
「私はシャオと申します。よろしくお願いします」
溜息を零しつつ挨拶を行った山崎に続き、丁重にシャオは挨拶を述べる。それらを彼女は笑顔で受け止め、小さくお辞儀を行った。
「ガリードさんに山崎さん、シャオさんですね。初めまして、この酒場『リッカー』のウェイターを努めさせて頂いているエールと申します。今後ともリッカーをご贔屓に。折角来て頂いたのですから、椅子に掛けて下さい。リッカー自慢の品を披露致しますから」
店員として相応しい丁寧な言葉遣いで三人に勧める。
「休憩していたんだろ?悪いな」
「構いません。御気に為さらず、どうぞ」
寛容な彼女に促され、三人はカウンター前の椅子に腰掛けていく。いの一番に着席したガリードが手元のメニューと思しき紙面を手に取った。
メニューを手に取った彼は注文しなければならない義務感に駆られ、見惚れそうなほど綺麗な手書きの文字を睨み付ける。
「突然で悪いが、彼、シャオに付いての情報を聞きに来たんだ」
山崎もまたメニューを確認しつつも、シャオを指差しながら本題に踏み入る。それに彼女は不満そうな表情を浮かべた。
「何かを食べに来たのではないのですか?情報を聞くだけ為に来たのですか?」
そう、彼女は威圧を掛ける。それがこの店の本質ではないと断じるように。
「ああ、悪いと思っているが、そうなんだ。記憶を失っていて、手掛かりだけでも欲しくて来たんだ」
「えっ?記憶喪失しているのですか?シャオさんは」
「はい、そうなんです」
事情を知って驚く彼女だが、シャオを見て怪訝な表情を浮かべる。当人がそれを全く気にしていない、朗らかな笑みを浮かべている為に。
「・・・分かりました。けれど、飲み物でも良いですから注文してくださいね」
「折角来たから、頼むっスよ。どれにしようかなぁ~」
エールの気持ちを酌むようにワクワクしてメニューを眺めるガリード。その発言が一先ずは彼女の気持ちを静めて。
「それで、シャオさんは如何して記憶を失っているのですか?お二人は知人ではないのですか?」
作業に取り掛かる前に質問が投げられる。その彼女は透明なグラスを取り、布巾で磨く。耳障りの良い音が奏でられ、注文に臨む者の食欲を掻き立てる。
「俺達が知り合ったのは最近なんだ。仕事中、偶然救助したんだ。その時から記憶は無かったんだ。シャオは仮の名前で、本当の名前すらも覚えていなかった」
「多分、俺達と一緒に来たんじゃねぇかって言われているっス。俺達が来たのは二週間ぐらいまえっスね」
「だが、もしそれよりも前に来ていたら、シャオの友人か誰かが捜索願いを出しているかも知れない。そうじゃなくても、ちょっとの情報でも欲しくて来たんだ」
交互に聞き分ける彼女は小さく頷く。此処に来た理由を理解し、真剣な表情で記憶を整理する様子が見える。
「分かりました。それでは、引き続いてメニューを考えていてください。今、調べてきますから」
そう告げるとグラスを丁重に置き、早足で店の奥へ移動していった。店を空けてしまう事は不用心極まりないが、それは彼等を信頼しての事だろう。
「なぁ?このリモンチェッロ?って美味ぇのか?頼んでみても良いか?」
遣り取りの最中も続けてメニューを見通すガリードが山崎に話し掛ける。メニューに写真や絵は無く、文字だけなので興味から想像し、期待を膨らませていた。
そうして、気になるそれを指差しながら見せる。応じた山崎だが、途端に表情が険しくなった。怒気を示す彼が睨むのは項目である。
「酒の欄・・・俺に、酒について聞くな」
「お、おう、分かった」
低い声で脅しの台詞を呟く。ただ尋ねただけで怒りを買った事にガリードは戸惑い、少々怯えて身を引く。これについては踏み込めないと理解して、別の場所を眺めていた。
「・・・ジュースはあるな。でも、炭酸飲料がねぇな・・・」
「・・・それは無理だろ、技術的に。出来なくもないだろうが、それの水源が無い限り難しいだろうな」
少々怒りを抱きつつ、情けない声での嘆きに対して山崎は冷静に下す。
「俺、炭酸しか飲まない事にしているのだけどなぁ・・・」
「水でも飲んでろ」
激しく落ち込む彼に向けて冷たい声で吐き捨てる。冷たくあしらわれた彼を、シャオが何時もの笑みを浮かべ、肩を叩いて優しく慰める。
「シャオは、何にするんだ?ホラ、これ・・・」
すっかり消沈した彼はメニューを力無く手渡す。受け取る彼は、カウンターに項垂れる姿に心配しつつ、メニューに目を通して選び始める。
横目でガリードの様子を見ながら彼は熟考を重ねる。眺めている欄はジュース系統のアルコールの含まれない飲み物。種類少ないのに、決めかねて時間を掛けていた。
漸く三人の注文が決まった頃、丁度良くエールが戻ってきた。何も持たないその表情は優れない。それだけで大体の心境を察する事が出来た。
「ありがとう。情報は・・・まぁ、その様子だと、察しが着くが」
彼女に気付き、尋ねようとするのだが察して口を噤む。カウンターに戻った彼女は口では返さず、首を横に振って意を示した。
「それらしい情報は有りませんでした。捜索願は全て子供に関する物、でした。シャオさんの特徴に一致する依頼は無く、記帳していた世間話等の会話にもそれらしいものは有りませんでした。過去の未解決のものも目を通しましたが・・・」
「そうか・・・そうか、それは仕方ないな」
無い事は仕方がない。文句など誰にも付けられず、ただ残念な思いだけが募るのみ。
憐れむ目が当人に向けられる。落ち込んでいないかと心配しての事だが、視線が合った時、彼は笑顔を見せていた。我が事なのに平然と出来る心境が不思議に映った。
「なぁ、頼まねぇの?」
カウンターに突っ伏していたガリードが会話を終わったのを見計らって呻くように口を挟む。それほどに飲めない事が残念だったようで、数分経っても気持ちは吹っ切れず。
「そうだな、とりあえず・・・」
催促を受け、山崎とシャオは順番に注文する。ついでに気が乗らない様子のガリードも仕方なく水を頼んでいた。
承ったエールは三つの透明のグラスに紫と橙色ジュースと水を注ぎ、丁重に三に配る。ジュースを頼んだ二人はそれを堪能し、一名は沈んだままでちびちびと喉に通していた。
実に美味しそうにジュースを飲むシャオの横顔を、怪訝な表情で眺める山崎は身中で疑念を渦巻かせていた。
失ったものを取り戻したくなる思いはあるだろう。不安もあるだろう。必ずしも執着する、しないは個人の勝手だが、それにしてもシャオは全くの感心が感じられなかった。まるで他人事のように、周囲の反応に合わせているようにも見えた。
故に、疑念が一つ湧く。密かにその視線に変わってしまう。信じたくとも、信じ切れる材料が少ない為に。
「・・・っ!」
不意に、シャオとの視線が交わった山崎は小さく動揺する。まるで心の内を読まれたかのように映った為に。その彼は再び笑顔を浮かべていた。不思議がる事無く、微笑み、視線を戻していった。
その笑みが多少の疑いを解れさせた。気の迷いだと思わせるほどの、柔らかく、優しい微笑みであったのだ。
消えた訳ではないものの、考えを定めるには早計だと考え、今はゆっくりとジュースを飲む事に専念していた。静かな酒場の雰囲気を、少しの時間だが堪能して癒されていた。
【4】
注文したジュースを飲みつつ、山崎とレインはエールと多少の会話を行っていた。その内容は他愛ないもの、何時頃来たのか、此処には慣れたのか、レインやユウさんの近況を尋ねたりと。
その間、一人盛り下がっていたガリードは席を立ち、暇潰しにリッカーを歩き回っていた。店の奥へと足を運び、表側同様の空間が広がっていると認識する。
そんな彼の興味は、店の奥の壁に立て掛けられた掲示板であった。一際目立つそれに足を運び、表に所狭しと張り付けられた用紙をまじまじと眺めていた。
様々な内容が掲示されていた。捜索依頼、採取依頼、修繕依頼等、気が重くならないものばかりが所狭しと、我先と貼り付けられ、実に見え辛くされる。その中でも一際目立っていたのが、端に揃えて張られた数枚の紙。
やや大きなそれには似顔絵が描かれる。様々な人相のそれは悪人面が多く、下部には人名と金額が書かれる。それは所謂、賞金首、手配書である事は一目で理解しよう。このような世界でも、悪人が発生すると言う証左でもあった。
「やっぱ、悪人って、居んだな」
気の抜けた関心をしつつ、眺めていた彼は一つの賞金首に目を止めてしまう。それは多額の金額だった為。
「・・・は?百二十万!?嘘だろ?」
驚き返った彼はその額を凝視するが、見間違えそうな金額は正しく数えられており、驚きは続く。それもその筈、他の賞金首の金額の十倍以上の差を付けており、それだけで危険度が読み取れた。
「こ、こんな奴が、百・・・」
驚く理由はもう一つ、問題の者は男性として描かれているものの、万人が見てひ弱に映る優男であり、とても賞金首になるほどの危険な男には見えなかった。だからこそ、危険であると言う裏返しでもあろうか。
とは言え、弱い印象が最初に占めた為、彼は浅ましい考えを頭の端に過ぎらせた。これなら捕まえられるんじゃないのかと。
その考えは愚かとしか言えない。この世界に来たばかりの人間が、早々凶暴犯であろう人物を捕らえられる筈もなく、浅慮も良い所であった。
「・・・出来る訳がねぇな」
しかし、彼とて愚者ではない。少々余計な想像を膨らませたとしても、掲載される意味と己が力量と知識の浅さを自覚している。それに勤しもうとする愚昧さは無かった。
「おい、そろそろ出るぞ」
「おう」
山崎に促され、ガリードはすんなりとその場から離れる。直ぐにも例の賞金首の印象が薄れ、酒場を出る頃には忘れ去っていた。
けれども、その名前だけは密かに覚えているであろう。似顔絵の下に書かれた名前、カッシュ、その名前を。
そして、手配書に書かれた謎の若者、カッシュ。その男とは未来で遭遇する事になる。それも幾度となく、出会ってしまう。ある時は声だけ、ある時は敵として立ち塞がり、またある時はかなり離れた存在として。今の彼にそれ知る由はなかった。そして、その事を思い出す事もなかった。
呼ばれたガリードが入り口付近に戻ると、丁度エールに見送られる場所に遭遇していた。
「今日は突然に来て、悪かった。また、機会があれば、レインとユウを連れてくる」
「構いません、ちゃんと注文をしてくださいましたので。お二人についても、出来るだけお願いします。二人が来て下さらないので、少し寂しいですから」
「分かった。その旨は伝えておく」
二人とは親密な関係なのだろうか、言葉通りの様子が窺え、その気持ちに少しでも答えるように承知していた。
「また来るっスね!」
「お元気で、エールさん」
「またの御来店を期待しています」
各々の挨拶の後、彼女は両手を下腹部に添え、敬礼を行って見送っていった。
酒場リッカーを後にした三人は、まだ人で溢れる道を奥まで眺めながら立ち尽くす。成果を得られなかったと言う残念な気持ちがそこに現れる。
「・・・残念だったな、何も得られなくて」
「大丈夫です、気にしていませんから」
慰めの言葉を、シャオはニコニコと受け止める。挫けていないとも取れる様子に、山崎の眉は少々顰められた。
「ま、仕方ねぇよ。気を取り直して、セントガルドを見て回るか」
底抜けに明るい彼の一言で場の空気は明るいまま保たれた。
「・・・そうだな、これから此処で暮らす事にもなるしな」
「俺達が覚えるのも兼ねてな!」
「お願いします」
彼の言う通り、気を取り直してシャオに対しての道案内が始められる。人波を逆らいながら、陽が暮れるまで、このセントガルド城下町を大まかに案内していった。
その道中は然したる問題が起こらず、何事もない平穏な時間として流れる。例え、目的を果たせなくとも、その日を重ねる事で少しでも関係が深まり、良好に向かったのなら良しと言えた。
晴れていた空、淀み無い青が天上から遠退き、紅に、薄暗闇が迫ってくる。積雲に因る陰りは訪れず、太陽はその日の役割を終え、地平の彼方へ隠れてしまう。それよりも前に、三人は人と人を繋ぐ架け橋へと戻り、一日を終えるのであった。
後日、情報を得られなかった三人に元にユウが訪れていた。期待を抱き、朗報を望んだのだがそれは外れてしまう。その際の落胆の色は濃かった。実の所、彼女の情報だけが頼りだった為に。
所属するギルドに寄せられていた捜索願いは彼に該当するものは無く、法と秩序__メギル__#に問い合わせたしても不振に終わってしまった。詰まり、手掛かりは無かった。
結果、行き着くのはやはり、山崎やガリードと同時期にこの世界に招かれたと言う見解。そうでなければ説明が着かない。いや、彼に纏わる情報に行き着いていない、彼を知る人物に尋ねられていないと言う可能性もあったが、それに期待するだけ虚しくなるのは分かり切っていた。
因って、彼の情報を集める事は自然と打ち切られてしまった。慰めとして、新しい仲間になったと言う事実に目を向ける事としていた。救いなのは、当人がそれに気にして居ない事であろう。
ともあれ、それ以上留まっていられないと、日々を順応に当てて生きていくのであった。
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