食べて欲しいの

夏芽玉

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本編

1.美味しく食べてくださいね*

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 小さな檻の中に身体を伸ばせるスペースはなく、脚を抱えて座ることしかできない。馬車が揺れるたびに、肩や頭が檻にぶつかった。殴られた部分もズクズクと痛む。
 檻には黒い布が掛けられているので、外の景色は良く見えない。不自由な体勢で狭い場所に閉じ込められて、圧迫感に息苦しさを感じた。
 今からどこに連れていかれるのだろうか。

 だけど、この先どこに行っても、いいことなんてひとつもないんだろうなと僕は思った。



 育ててくれたおじいさんとおばあさんが死んだ後、僕は見世物小屋に売られた。僕の涙は金の粒になるのだ。おじいさんとおばあさんが死ぬまで、僕はそのことを知らなかった。
 見世物小屋で、僕は殴られ続けた。僕は怖くて沢山泣いた。
 泣きすぎて、最近では涙も枯れてしまったみたいだ。そしたら、食事を抜かれるようになった。

 僕はここで死ぬのかな……

 そう思っていたら、今度は誘拐された。
 あの場所から救い出してくれるなら、誰でもいい。助けて欲しいと何度願ったことだろう。

 だけど、身体を伸ばして眠ることができたぶん、まだ見世物小屋のほうが少しだけマシだったような気がする。
 今度はどんな酷い目に遭うことになるのだろうか。
 こんなところに閉じ込められて運ばれているんだ。まともな待遇なんて期待できない。
 四角い檻の中で見た絶望は、暗闇の色をしていた。




「何を運んでいる?」

 突然、凛々しい声が聞こえた。

「フェンリルだ……!!」

 叫び声がして、ガダンと馬車が止まる。カシャリと僕を繋ぐ鎖が鳴った。
 グルルルル……と低いうなり声が聞こえた気がした。

 何だろう?

 黒布の所為で外の様子は見えない。
 誰かが「逃げろ」と言った。だけど、檻に鎖で繋がれていては、それも叶わない。
 身体を小さくして震えていると、バサリと布が取り除かれた。

 目の前に現れたのは、大きな狼だった。
 銀色の毛並みが、満月の光を反射して神々しく光っている。
 僕はその美しさに思わず見惚れた。

「おまえ、獣人か」
「わっ!?」

 狼は何故か人の言葉を喋った。
 口の中に、立派な牙があるのが見えた。
 ああ、僕はこのまま食べられちゃうんだ……
 不思議と恐怖は感じなかった。というより、それでもいいかなと思った。

「ええと……はい。そうです」

 今は人の姿をしているけれど、僕はもともと醜い小鳥だった。
 ニンゲンになれれば愛されるかもしれない。そう願って、彷徨って。辿り着いたのは、おじいさんとおばあさんの家だった。
 彼らは、僕が醜い小鳥でも大切に育ててくれた。だけど無力な僕は、二人が病に倒れた時、助けてあげることができなかった。
 僕は泣いた。沢山、泣いた。
 そして気が付けば、人の姿になっていたんだ。


 大狼は爪と牙を使って僕を檻から出してくれた。
 不自然な格好で檻の中に押し込められていたので、立ち上がるとクラリとした。
 僕はなんとか踏ん張って大狼の前に立った。
 逃亡防止のためだと言われて、見世物小屋では服を与えられなかった。だから、今、僕が身に着けているのは、千切れた鎖がついた首輪だけだ。
 みすぼらしい裸を見せるのはちょっと恥ずかしいけれど、今から食べられちゃうんだから、まぁいいかと思った。

「……美味しく食べてくださいね」

 なんだか気分が高揚している。
 早く食べられたくて心臓もドキドキする。

 大狼は僕を背中に乗せると、木々の間を抜けて、洞窟へと走った。



 洞窟の中にはちょっとした家具なんかもあって、まるで人が住む家のようだった。
 大狼は、自分のねぐらに僕を連れて来てくれたみたいだ。
 ということは……
 道端で雑に食い散らかされるのではなく、巣の中でじっくりと味わってもらえるんだ。
 そう気づいたら、僕の胸は期待に震えた。

 大狼の背中から下ろされたら、ベッドに横たえられる。草の上に大きな布が被せられただけのものだったけれど、見世物小屋では藁が少しもらえただけだったから、僕にとっては十分上等なベッドだ。
 しかも、なんかイイ匂いがする。僕はクンクンと匂いを嗅いだ。大狼の背中で感じたのと同じ匂い……きっとこれが大狼の匂いなんだろう。僕の大好きな匂いだ。大きく息を吸い込むと、大狼に全部満たされた気がして嬉しくなる。
 今から食べられようとしているのに、こんなに幸せな気分になっちゃっていいのだろうか。

 あ。そういえば。
 今から大狼は僕を食べるのだから、ここはベッドじゃなくて、テーブルなのかもしれない。僕がシーツだと思ったのは、テーブルクロスだったりするのかな。

「どうぞ、召し上がれ」

 僕は仰向けになって、テーブルクロスの上で身体を伸ばした。
 上から大狼が僕のことをギラギラした目で覗き込む。ハァハァと息を吹きかけられて、ちょっと擽ったかったけれど、僕は動くのを我慢した。

 大きな口が腹に近づいてきた。
 ああ、お腹からガブリっていっちゃう感じかな。
 自分が食べられる様子なんて見ていても仕方ないと思うんだけど、大狼の一挙一動から目が離せない。
 真っ赤な舌が僕の肌に触れて、肉なんてほとんどついていない胸に向かってベロリと舐め上げられた。身体がゾクゾクした。鳥肌が立つ。

 大型の獣に舐められて嬉しい小鳥なんて、居るはずないのに。
 心臓がドキドキしているのは、恐怖心からくるものではないような気がした。
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