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第二章
学園長の懇願
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どこかで聞き齧った情報を思い浮かべ、私はニッコリと微笑む。
その瞬間、学園長は慌てて立ち上がった。
膝辺りまである白髪を手で払い、こちらへ駆け寄ってくる。
灰色のローブをまるでドレスのように摘みながら。
多分、走るのに邪魔だったんだと思う。
「お、お待ちください!軟禁と言っても、不便はありませんよ!?きちんと衣食住は用意しますし、娯楽品や趣向品だって……あっ」
公爵令嬢を物や待遇で釣るのは無理があると気づいたのか、目頭を押さえる。
『そうだった、この人金持ちだった……』とでも言うように肩を落とし、学園長は苦悶した。
元々シワシワだったお顔に更なるシワが追加され、三歳は老けたように見える。
「あ、アガレス様の生贄になるのは大変名誉なことで……」
「あら、そうですの?でしたら、みんな平等にチャンスを与えるべきですわ。私だけ、なんだかズルをしたみたいじゃないですか」
「……」
『独り占めはいけない』と進言する私に、学園長は何とも言えない表情を浮かべた。
『やりにくい』と項垂れ、嘆息する彼は天井を見上げる。
と同時に、表情を引き締めた。
「はぁ……仕方ありませんな。こうなったら────無理やり、連れて行きましょう」
『円満解決は諦める』と言い、学園長は視線を前に戻す。
先程までの態度は全て演技だったのか、それとも腹を決めたことで豹変したのか……もう優しそうなご老人の姿はどこにもなかった。
体の芯に響くような敵意を向けられ、私は身構える。
『やっぱり、こうなるか』と表情を強ばらせながら。
四天王アガレスの名前を出された時点で、帰す気がないのは薄々分かっていた。
だって、もし解放する予定があるなら今後のことを考えて、与える情報は必要最低限にするでしょう?
相手の信用を得るためとはいえ、ここまで無防備に晒すことは有り得ないわ。
まあ、囮役としては願ってもない展開だけど。
『ある意味、順調?』と頭の片隅で考えつつ、私は一先ず席を立つ。
『逃げるフリくらいはしておかないと』とジリジリ後退する中、学園長は────
「どうか、悪く思わないでください」
────一瞬で私の背後に回った。
『いつの間に……!?』と驚く私にそっと触れ、彼はスッと目を細める。
その刹那、景色が変わった。
いや、比喩表現でも何でもなく本当に変わったのだ。それも、瞬きの間に。
一体、何が……?
薄暗い空間を見回し、私はケホケホと咳き込む。
カビやホコリの臭いが凄くて。
『地下室か、何か?』と首を傾げながら、私はチラリと後ろを振り返った。
すると、そこには案の定学園長の姿があり……どことなく緊張した面持ちで前を見据えている。
私も釣られるように前へ……というか、奥へ視線を向けた。
と同時に、目を剥く。
暗くてよく見えないけど、あれは間違いなく────人間じゃない。もちろん、動物でも。
人型でありながら背中に大きな翼を生やしている男に、私は警戒心を強める。
だって、これはルーシーさんの言っていた魔族の特徴と合致するから。
ということは、彼が────
「生贄を連れて参りました」
────四天王アガレス。
斜め後ろで跪く学園長は、『歴代最高峰の魔力量を持っている子供です』と付け加えた。
途端にアガレスはこちらを振り返り、近づいてくる。
その際、雑に切られた黒髪がサラリと揺れた。
「飯」
低く唸るような声でそう言い、アガレスは黄金の瞳に私を映し出す。
と同時に、私の胸ぐらを掴み上げた。
無理やり自分と同じ目線まで持ってくる彼は、無表情なまま口を大きく開ける。
徐々に近づいてくる美しい顔を前に、私は『あともうちょっと……』と思案した。
しっかりアガレスの外見を覚えたら、一度お兄様達のところへ行って……もう一度戻ってくる。皆を連れて。
でも、そのためにはマーキングで転移するための条件を満たさないと。
などと考える中────アガレスの頭に生えた二本のツノが目に入る。
それを合図に、私はアガレスの腕に掴まった。
そして懸垂のように下半身を引き寄せると、アガレスの顎を膝で蹴り上げる。
『ぐふっ……!?』と言って後ろへ仰け反る彼に、私は更にキックをお見舞いした。
その際、手の力が緩んだのか彼は私の胸ぐらから手を離す。
今がチャンス……!
すかさずアガレスを蹴り飛ばし、私は急いで距離を取った。
『なん……なん!?』と驚愕する学園長を他所に、私は直ぐさま兄の姿を思い浮かべる。
アガレスの特徴はバッチリ掴んだ。
ここは一旦引きましょう。
『無茶するような場面じゃない』と割り切り、私はマーキングでゲートを開いた。
と同時に、飛び込む────筈が、何故か弾かれる。
それどころか、ゲートが消滅してしまった。
世界の理の揺り返しが大きいとはいえ、あまりにも早すぎる。
まるで、誰かに破壊されたような……?
『一体、どういうこと……?』と目を白黒させる中、背後で人の動く気配がした。
「いやはや、驚きました。まさか、ここまで戦える方だったとは……魔法の才能に恵まれているのは知っていましたが、土壇場でこれほど動けるとなると相当鍛錬を積まれているのでしょう」
『少々見くびっていた』と主張し、学園長はそろそろと立ち上がる。
本能的にゲートを壊したのは、この人だと確信した。
「一体、何をしたんですか?学園長……先程の移動といい、ゲートといい普通じゃありません」
表情を強ばらせながら問い質す私に、学園長は愉快げに目を細める。
「そうですね……リディア嬢には、特別に教えて差し上げましょう。先程の瞬間移動も、ゲートの機能停止も全て────私の持つギフト“空間支配”によるものです」
「!?」
ギフトという発想がなかった私は、思わず言葉を失った。
『そっか……そういう線もあるのか』と半ば納得する私を前に、学園長はゆるりと口角を上げる。
「これはその名の通り、あらゆる次元や空間を操り支配するものでしてね、魔王様より賜ったんですよ。アガレス様を育てる対価として」
ぎ、ギフトを賜る……!?そんなことって、可能なの!?
『ギフトの所有権は持ち主に帰属する』と聞いていたため、戸惑いを覚える。
が、腑に落ちる部分も幾つかあった。
学園長ともあろうお方が何で魔王に協力していたのか、甚だ疑問だったけど……力を得るためだったのね。
そりゃあ、こんなチート能力をもらったら欲に目が眩むのも頷ける。
ようやく見えてきた全貌に目を細め、私はギュッと胸元を握り締めた。
溢れ出そうになる不安や焦りを抑えるように。
「学園長、今からでも心を入れ替えてこちら側につく気はありませんか?」
一縷の望みを懸けて問い掛ける私は、『同じ人間なのだから分かり合えるかもしれない』と期待する。
だが、しかし……
「申し訳ありませんが、お断りですな。アガレス様を無事育て上げたら、更にもう一つギフトを頂けることになっておりますので」
悩む素振りすら見せずに、学園長は拒絶した。
取り付く島もない彼の様子に、私は内心肩を落とす。
『争わずに済むなら、それに越したことはないと思ったんだけど……』と項垂れ、一つ息を吐いた。
まあ、しょうがない。こうなったら、戦うしかないわ。
『逃げる』という選択肢を早々に排除し、私は身構える。
だって、出口がどこかも分からない状況だから。
出来れば、お兄様達の到着を待ちたいところだけど……あちらがそんな余地を与えてくれるとは、思えないし。
最悪、私一人で彼らを倒さないといけないわ。
『誰にも頼れない』という事態に、私は少なからず不安を覚える。
だって、いつも傍には兄やリエート卿が居て……私を支えてくれていたから。
でも、囮役を買って出た時点で覚悟は出来ていた。
たとえ一人でも戦おう、と。
「学園長のお気持ちは、よく分かりました。では────」
そこで一度言葉を切ると、私は急接近してきたアガレスを蹴り飛ばす。
再び床に激突した彼を一瞥し、『ふぅー』と息を吐き出した。
いつも、兄がやっていたように。
「────僭越ながら、わたくしリディア・ルース・グレンジャーが全力でお二人をお相手します」
『よろしくお願いします』と言う代わりに、私は優雅にお辞儀する。
それを合図に、周囲の温度は下がり白い冷気で満たされた。
その瞬間、学園長は慌てて立ち上がった。
膝辺りまである白髪を手で払い、こちらへ駆け寄ってくる。
灰色のローブをまるでドレスのように摘みながら。
多分、走るのに邪魔だったんだと思う。
「お、お待ちください!軟禁と言っても、不便はありませんよ!?きちんと衣食住は用意しますし、娯楽品や趣向品だって……あっ」
公爵令嬢を物や待遇で釣るのは無理があると気づいたのか、目頭を押さえる。
『そうだった、この人金持ちだった……』とでも言うように肩を落とし、学園長は苦悶した。
元々シワシワだったお顔に更なるシワが追加され、三歳は老けたように見える。
「あ、アガレス様の生贄になるのは大変名誉なことで……」
「あら、そうですの?でしたら、みんな平等にチャンスを与えるべきですわ。私だけ、なんだかズルをしたみたいじゃないですか」
「……」
『独り占めはいけない』と進言する私に、学園長は何とも言えない表情を浮かべた。
『やりにくい』と項垂れ、嘆息する彼は天井を見上げる。
と同時に、表情を引き締めた。
「はぁ……仕方ありませんな。こうなったら────無理やり、連れて行きましょう」
『円満解決は諦める』と言い、学園長は視線を前に戻す。
先程までの態度は全て演技だったのか、それとも腹を決めたことで豹変したのか……もう優しそうなご老人の姿はどこにもなかった。
体の芯に響くような敵意を向けられ、私は身構える。
『やっぱり、こうなるか』と表情を強ばらせながら。
四天王アガレスの名前を出された時点で、帰す気がないのは薄々分かっていた。
だって、もし解放する予定があるなら今後のことを考えて、与える情報は必要最低限にするでしょう?
相手の信用を得るためとはいえ、ここまで無防備に晒すことは有り得ないわ。
まあ、囮役としては願ってもない展開だけど。
『ある意味、順調?』と頭の片隅で考えつつ、私は一先ず席を立つ。
『逃げるフリくらいはしておかないと』とジリジリ後退する中、学園長は────
「どうか、悪く思わないでください」
────一瞬で私の背後に回った。
『いつの間に……!?』と驚く私にそっと触れ、彼はスッと目を細める。
その刹那、景色が変わった。
いや、比喩表現でも何でもなく本当に変わったのだ。それも、瞬きの間に。
一体、何が……?
薄暗い空間を見回し、私はケホケホと咳き込む。
カビやホコリの臭いが凄くて。
『地下室か、何か?』と首を傾げながら、私はチラリと後ろを振り返った。
すると、そこには案の定学園長の姿があり……どことなく緊張した面持ちで前を見据えている。
私も釣られるように前へ……というか、奥へ視線を向けた。
と同時に、目を剥く。
暗くてよく見えないけど、あれは間違いなく────人間じゃない。もちろん、動物でも。
人型でありながら背中に大きな翼を生やしている男に、私は警戒心を強める。
だって、これはルーシーさんの言っていた魔族の特徴と合致するから。
ということは、彼が────
「生贄を連れて参りました」
────四天王アガレス。
斜め後ろで跪く学園長は、『歴代最高峰の魔力量を持っている子供です』と付け加えた。
途端にアガレスはこちらを振り返り、近づいてくる。
その際、雑に切られた黒髪がサラリと揺れた。
「飯」
低く唸るような声でそう言い、アガレスは黄金の瞳に私を映し出す。
と同時に、私の胸ぐらを掴み上げた。
無理やり自分と同じ目線まで持ってくる彼は、無表情なまま口を大きく開ける。
徐々に近づいてくる美しい顔を前に、私は『あともうちょっと……』と思案した。
しっかりアガレスの外見を覚えたら、一度お兄様達のところへ行って……もう一度戻ってくる。皆を連れて。
でも、そのためにはマーキングで転移するための条件を満たさないと。
などと考える中────アガレスの頭に生えた二本のツノが目に入る。
それを合図に、私はアガレスの腕に掴まった。
そして懸垂のように下半身を引き寄せると、アガレスの顎を膝で蹴り上げる。
『ぐふっ……!?』と言って後ろへ仰け反る彼に、私は更にキックをお見舞いした。
その際、手の力が緩んだのか彼は私の胸ぐらから手を離す。
今がチャンス……!
すかさずアガレスを蹴り飛ばし、私は急いで距離を取った。
『なん……なん!?』と驚愕する学園長を他所に、私は直ぐさま兄の姿を思い浮かべる。
アガレスの特徴はバッチリ掴んだ。
ここは一旦引きましょう。
『無茶するような場面じゃない』と割り切り、私はマーキングでゲートを開いた。
と同時に、飛び込む────筈が、何故か弾かれる。
それどころか、ゲートが消滅してしまった。
世界の理の揺り返しが大きいとはいえ、あまりにも早すぎる。
まるで、誰かに破壊されたような……?
『一体、どういうこと……?』と目を白黒させる中、背後で人の動く気配がした。
「いやはや、驚きました。まさか、ここまで戦える方だったとは……魔法の才能に恵まれているのは知っていましたが、土壇場でこれほど動けるとなると相当鍛錬を積まれているのでしょう」
『少々見くびっていた』と主張し、学園長はそろそろと立ち上がる。
本能的にゲートを壊したのは、この人だと確信した。
「一体、何をしたんですか?学園長……先程の移動といい、ゲートといい普通じゃありません」
表情を強ばらせながら問い質す私に、学園長は愉快げに目を細める。
「そうですね……リディア嬢には、特別に教えて差し上げましょう。先程の瞬間移動も、ゲートの機能停止も全て────私の持つギフト“空間支配”によるものです」
「!?」
ギフトという発想がなかった私は、思わず言葉を失った。
『そっか……そういう線もあるのか』と半ば納得する私を前に、学園長はゆるりと口角を上げる。
「これはその名の通り、あらゆる次元や空間を操り支配するものでしてね、魔王様より賜ったんですよ。アガレス様を育てる対価として」
ぎ、ギフトを賜る……!?そんなことって、可能なの!?
『ギフトの所有権は持ち主に帰属する』と聞いていたため、戸惑いを覚える。
が、腑に落ちる部分も幾つかあった。
学園長ともあろうお方が何で魔王に協力していたのか、甚だ疑問だったけど……力を得るためだったのね。
そりゃあ、こんなチート能力をもらったら欲に目が眩むのも頷ける。
ようやく見えてきた全貌に目を細め、私はギュッと胸元を握り締めた。
溢れ出そうになる不安や焦りを抑えるように。
「学園長、今からでも心を入れ替えてこちら側につく気はありませんか?」
一縷の望みを懸けて問い掛ける私は、『同じ人間なのだから分かり合えるかもしれない』と期待する。
だが、しかし……
「申し訳ありませんが、お断りですな。アガレス様を無事育て上げたら、更にもう一つギフトを頂けることになっておりますので」
悩む素振りすら見せずに、学園長は拒絶した。
取り付く島もない彼の様子に、私は内心肩を落とす。
『争わずに済むなら、それに越したことはないと思ったんだけど……』と項垂れ、一つ息を吐いた。
まあ、しょうがない。こうなったら、戦うしかないわ。
『逃げる』という選択肢を早々に排除し、私は身構える。
だって、出口がどこかも分からない状況だから。
出来れば、お兄様達の到着を待ちたいところだけど……あちらがそんな余地を与えてくれるとは、思えないし。
最悪、私一人で彼らを倒さないといけないわ。
『誰にも頼れない』という事態に、私は少なからず不安を覚える。
だって、いつも傍には兄やリエート卿が居て……私を支えてくれていたから。
でも、囮役を買って出た時点で覚悟は出来ていた。
たとえ一人でも戦おう、と。
「学園長のお気持ちは、よく分かりました。では────」
そこで一度言葉を切ると、私は急接近してきたアガレスを蹴り飛ばす。
再び床に激突した彼を一瞥し、『ふぅー』と息を吐き出した。
いつも、兄がやっていたように。
「────僭越ながら、わたくしリディア・ルース・グレンジャーが全力でお二人をお相手します」
『よろしくお願いします』と言う代わりに、私は優雅にお辞儀する。
それを合図に、周囲の温度は下がり白い冷気で満たされた。
応援ありがとうございます!
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