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第一章
入学式
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◇◆◇◆
あのあと、結局レーヴェン殿下がお兄様を止めてくれて、何とか事なきを得た。
揉めている時間も僅かだったから、パーティーをぶち壊すようなことにはならなかったけど……大人達から、叱られたのは言うまでもない。
『帰宅するなり、お説教タイムだったなぁ』と思い返しながら、私はクローバーのネックレスを眺めた。
「────あれから、約十年か。本当にあっという間ね」
リディアとして二度目の人生を歩み始め、気づけばもう十六歳。
ついに乙女ゲーム『貴方と運命の恋を』の舞台となる、アントス学園へ入学する年齢となった。
多少の不安はあるが、『行かない』という選択肢はない。
だって、デスタン帝国の貴族は必ず学園へ通い、見識を広めなければならないから。
グレンジャー公爵令嬢としてこれから生きていくなら、避けては通れない道だ。
まあ、ゲームの世界に酷似しているだけで本当は全くの別物かもしれないし、気楽に行きましょう。
『悲観的になっても何も始まらない』と奮起し、私は入学式当日を迎える。
晴れ舞台に相応しい青空を前に、私はグレンジャー公爵家の馬車へ乗り込んだ。
「それでは、行って参ります」
お見送りに来てくれた両親やアイリスに挨拶し、私は笑顔で手を振る。
すると、彼らは名残惜しそうな表情を浮かべた。
恐らく、寂しいのだろう。
アントス学園は完全寮制のため、長期休暇になるまでなかなか会えないから。
「リディア、元気でね……!体調には、充分気をつけるのよ!」
「はい、お母様もご自愛ください」
「お嬢様、何かあったら直ぐに相談してくださいね。暗殺でも、誘拐でも何でもやりますから」
「暗殺や誘拐は遠慮しておくけど、ありがとう。気持ちは嬉しいわ、アイリス」
「学園に通うのが嫌になったら、いつでも帰ってこい。お前の居場所はちゃんとここにある」
「はい。ありがとうございます、お父様」
当たり前のように公爵家を帰る場所として提供してくれる父に、私は目を潤ませた。
『泣かないって、決めたのに』と思いつつ、何とか笑顔を保つ。
「あちらに着いたら、手紙を書きますね。それでは、また会える日まで────ごきげんよう」
淑女らしい挨拶で締め、私は前を向いた。
御者に『出発してください』と声を掛け、制服のスカートをギュッと握り締める。
零れ落ちそうになる涙を何とか堪えながら、私は流れる景色をじっと見つめた。
────間もなくしてアントス学園に到着し、馬車から降りる。
と同時に、見覚えのある顔を発見した。それも、二人。
「やっと来たか」
「待ってたぜ、リディア」
そう言って、こちらにやってきたのは────兄のニクス・ネージュ・グレンジャーと、友人のリエート・ライオネル・クラウンだった。
三年生の証である黄色のネクタイを身につける二人は、その美貌も相まり結構目立っている。
『ここ数年ですっかり、“男の人”になっちゃったものね』と思いつつ、私はニッコリと微笑んだ。
「お久しぶりです、お兄様、リエート卿。お二人とも、また大きくなりましたね」
成長期なのか顔を合わせる度ぐんぐん背が伸びていく二人を見上げ、私は感心する。
『そろそろ、二メートルに突入しそう』と考える私を前に、二人は小さく肩を竦めた。
「そのせいで、また制服を新調する羽目になったけどな」
「大きくなれるのは嬉しいけど、こう……一気にガンッと来てほしいよな。色々面倒くせぇ」
『体の節々も痛むし』とボヤき、リエート卿はガシガシと頭を搔く。
傍から見れば贅沢な悩みだろうが、本人達は至って真剣だった。
最初の頃は凄く喜んでいたのにね。
身長高い方が格好いいし、戦いにも有利だからって。
過去の懐かしい記憶を呼び覚まし、私はクスクスと笑う。
『さすがにもうお腹いっぱいなんだろう』と考えながら、顔を上げる。
「そろそろ集合時間ですので、私はこれで。また後でお話しましょう」
『入学式の前にお二人の顔を見れて良かったです』と言い残し、私は集合場所へ足を向けた。
その瞬間────正門で女子生徒がバランスを崩し、転倒する。
『あら!』と声を漏らす私は慌ててその子の元へ駆け寄り、抱き起こした。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「えっ?」
困惑した様子でこちらを見つめ、瞬きを繰り返す彼女はポカンと固まっていた。
『訳が分からない』と言わんばかりの表情を浮かべて。
とりあえず、怪我はなさそうだけど……この反応は一体?
もしかして、頭でも打った?
などと考えつつ、私はチラリとネクタイを確認する。
『青色……ということは、私と同じ一年生か』と推察し、対応を迷った。
もし在校生なら、保健室まで一緒についていこうと思ったが……同じ一年生なら、それは出来ない。
だって、場所が分からないから。
『ここはお兄様やリエート卿に頼んだ方がいいか』と思案する中、彼女は突然立ち上がる。
「わ、私は大丈夫なので……!」
半ば怒鳴るようにして叫び、彼女は私の手を振り払った。
ビックリして何も言えない私を他所に、彼女は素早くこの場を立ち去る。
あっという間に見えなくなった彼女の背中を前に、私はコテンと首を傾げた。
集合時間に遅れそうで、焦っていたのかしら?
『あと五分もないものね』と思いつつ、私は周囲の人々に騒がしくしたことを謝る。
それから急いで集合場所へ向かい、入学式の説明を受けると直ぐに本番となった。
白黒の制服を身に纏う男女で埋め尽くされた会場内を前に、私は先生方の有り難い話を聞く。
式典への参加は初めてなので、妙にワクワクした。
────と、ここで新入生代表挨拶となる。
「皆さん、初めまして。本日よりアントス学園でお世話になる────レーヴェン・ロット・デスタンです」
笑顔で生徒達を見下ろし、壇上に立つレーヴェン殿下はまず自己紹介から始めた。
敬語を使っているのは、学園内で身分差を緩和する制度が立てられているから。
一番身分の高い自分が率先して、その制度を活用するべきだろうと考えたようだ。
そうしないと、身分を盾に問題を起こす生徒や平民を軽んじる生徒が出てしまうから。
良くも悪くも見習われる立場のため、正しい姿勢を示すべきだと思ったらしい。
なんとも、殿下らしい考えだ。
「────以上をもちまして、新入生代表挨拶とさせて頂きます。それでは、新入生・在校生の皆さん、これからよろしくお願いします」
優雅にお辞儀して挨拶を終えるレーヴェン殿下は、盛大な拍手に包まれながら壇上を降りる。
それと入れ替わるように、私の兄が壇上に姿を見せた。
「生徒会長ニクス・ネージュ・グレンジャーです。まずは新入生の皆さん、入学おめでとうございます。我々はあなた方を心より、歓迎します。また────」
真顔でツラツラと祝辞を並べ、兄はスピーチを終えた。
一礼してから後ろへ下がる彼を他所に、学園長の挨拶へ移る。
その後も式は滞りなく進み、幕を下ろした。
明日から、本格的に学園生活が始まるのね。
楽しみだわ。
たくさんお友達を作って、たくさん勉強して、たくさん思い出を作りましょう。
────と意気込んだのも束の間、入学三日目にして校舎裏へ呼び出される。
それも、初日に助け起こしたあの女子生徒────改め、特待生のルーシーさんに。
最初は『何事か』と身構えていたものの、待っていたのはまさかの転生者というカミングアウト。
なので、こちらも憑依者だということを明かした訳だが……あちらはポカンとしていた。
「あぁ……それで……だから……」
顎に手を当て考え込むルーシーさんは、下を向いてブツブツと呟く。
難しい顔つきで一度ギュッと目を瞑ると、勢いよく顔を上げた。
かと思えば、こちらに向き直る。
「いい?よく聞いて。私はこの世界────『貴方と運命の恋を』のヒロインなの!」
あのあと、結局レーヴェン殿下がお兄様を止めてくれて、何とか事なきを得た。
揉めている時間も僅かだったから、パーティーをぶち壊すようなことにはならなかったけど……大人達から、叱られたのは言うまでもない。
『帰宅するなり、お説教タイムだったなぁ』と思い返しながら、私はクローバーのネックレスを眺めた。
「────あれから、約十年か。本当にあっという間ね」
リディアとして二度目の人生を歩み始め、気づけばもう十六歳。
ついに乙女ゲーム『貴方と運命の恋を』の舞台となる、アントス学園へ入学する年齢となった。
多少の不安はあるが、『行かない』という選択肢はない。
だって、デスタン帝国の貴族は必ず学園へ通い、見識を広めなければならないから。
グレンジャー公爵令嬢としてこれから生きていくなら、避けては通れない道だ。
まあ、ゲームの世界に酷似しているだけで本当は全くの別物かもしれないし、気楽に行きましょう。
『悲観的になっても何も始まらない』と奮起し、私は入学式当日を迎える。
晴れ舞台に相応しい青空を前に、私はグレンジャー公爵家の馬車へ乗り込んだ。
「それでは、行って参ります」
お見送りに来てくれた両親やアイリスに挨拶し、私は笑顔で手を振る。
すると、彼らは名残惜しそうな表情を浮かべた。
恐らく、寂しいのだろう。
アントス学園は完全寮制のため、長期休暇になるまでなかなか会えないから。
「リディア、元気でね……!体調には、充分気をつけるのよ!」
「はい、お母様もご自愛ください」
「お嬢様、何かあったら直ぐに相談してくださいね。暗殺でも、誘拐でも何でもやりますから」
「暗殺や誘拐は遠慮しておくけど、ありがとう。気持ちは嬉しいわ、アイリス」
「学園に通うのが嫌になったら、いつでも帰ってこい。お前の居場所はちゃんとここにある」
「はい。ありがとうございます、お父様」
当たり前のように公爵家を帰る場所として提供してくれる父に、私は目を潤ませた。
『泣かないって、決めたのに』と思いつつ、何とか笑顔を保つ。
「あちらに着いたら、手紙を書きますね。それでは、また会える日まで────ごきげんよう」
淑女らしい挨拶で締め、私は前を向いた。
御者に『出発してください』と声を掛け、制服のスカートをギュッと握り締める。
零れ落ちそうになる涙を何とか堪えながら、私は流れる景色をじっと見つめた。
────間もなくしてアントス学園に到着し、馬車から降りる。
と同時に、見覚えのある顔を発見した。それも、二人。
「やっと来たか」
「待ってたぜ、リディア」
そう言って、こちらにやってきたのは────兄のニクス・ネージュ・グレンジャーと、友人のリエート・ライオネル・クラウンだった。
三年生の証である黄色のネクタイを身につける二人は、その美貌も相まり結構目立っている。
『ここ数年ですっかり、“男の人”になっちゃったものね』と思いつつ、私はニッコリと微笑んだ。
「お久しぶりです、お兄様、リエート卿。お二人とも、また大きくなりましたね」
成長期なのか顔を合わせる度ぐんぐん背が伸びていく二人を見上げ、私は感心する。
『そろそろ、二メートルに突入しそう』と考える私を前に、二人は小さく肩を竦めた。
「そのせいで、また制服を新調する羽目になったけどな」
「大きくなれるのは嬉しいけど、こう……一気にガンッと来てほしいよな。色々面倒くせぇ」
『体の節々も痛むし』とボヤき、リエート卿はガシガシと頭を搔く。
傍から見れば贅沢な悩みだろうが、本人達は至って真剣だった。
最初の頃は凄く喜んでいたのにね。
身長高い方が格好いいし、戦いにも有利だからって。
過去の懐かしい記憶を呼び覚まし、私はクスクスと笑う。
『さすがにもうお腹いっぱいなんだろう』と考えながら、顔を上げる。
「そろそろ集合時間ですので、私はこれで。また後でお話しましょう」
『入学式の前にお二人の顔を見れて良かったです』と言い残し、私は集合場所へ足を向けた。
その瞬間────正門で女子生徒がバランスを崩し、転倒する。
『あら!』と声を漏らす私は慌ててその子の元へ駆け寄り、抱き起こした。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「えっ?」
困惑した様子でこちらを見つめ、瞬きを繰り返す彼女はポカンと固まっていた。
『訳が分からない』と言わんばかりの表情を浮かべて。
とりあえず、怪我はなさそうだけど……この反応は一体?
もしかして、頭でも打った?
などと考えつつ、私はチラリとネクタイを確認する。
『青色……ということは、私と同じ一年生か』と推察し、対応を迷った。
もし在校生なら、保健室まで一緒についていこうと思ったが……同じ一年生なら、それは出来ない。
だって、場所が分からないから。
『ここはお兄様やリエート卿に頼んだ方がいいか』と思案する中、彼女は突然立ち上がる。
「わ、私は大丈夫なので……!」
半ば怒鳴るようにして叫び、彼女は私の手を振り払った。
ビックリして何も言えない私を他所に、彼女は素早くこの場を立ち去る。
あっという間に見えなくなった彼女の背中を前に、私はコテンと首を傾げた。
集合時間に遅れそうで、焦っていたのかしら?
『あと五分もないものね』と思いつつ、私は周囲の人々に騒がしくしたことを謝る。
それから急いで集合場所へ向かい、入学式の説明を受けると直ぐに本番となった。
白黒の制服を身に纏う男女で埋め尽くされた会場内を前に、私は先生方の有り難い話を聞く。
式典への参加は初めてなので、妙にワクワクした。
────と、ここで新入生代表挨拶となる。
「皆さん、初めまして。本日よりアントス学園でお世話になる────レーヴェン・ロット・デスタンです」
笑顔で生徒達を見下ろし、壇上に立つレーヴェン殿下はまず自己紹介から始めた。
敬語を使っているのは、学園内で身分差を緩和する制度が立てられているから。
一番身分の高い自分が率先して、その制度を活用するべきだろうと考えたようだ。
そうしないと、身分を盾に問題を起こす生徒や平民を軽んじる生徒が出てしまうから。
良くも悪くも見習われる立場のため、正しい姿勢を示すべきだと思ったらしい。
なんとも、殿下らしい考えだ。
「────以上をもちまして、新入生代表挨拶とさせて頂きます。それでは、新入生・在校生の皆さん、これからよろしくお願いします」
優雅にお辞儀して挨拶を終えるレーヴェン殿下は、盛大な拍手に包まれながら壇上を降りる。
それと入れ替わるように、私の兄が壇上に姿を見せた。
「生徒会長ニクス・ネージュ・グレンジャーです。まずは新入生の皆さん、入学おめでとうございます。我々はあなた方を心より、歓迎します。また────」
真顔でツラツラと祝辞を並べ、兄はスピーチを終えた。
一礼してから後ろへ下がる彼を他所に、学園長の挨拶へ移る。
その後も式は滞りなく進み、幕を下ろした。
明日から、本格的に学園生活が始まるのね。
楽しみだわ。
たくさんお友達を作って、たくさん勉強して、たくさん思い出を作りましょう。
────と意気込んだのも束の間、入学三日目にして校舎裏へ呼び出される。
それも、初日に助け起こしたあの女子生徒────改め、特待生のルーシーさんに。
最初は『何事か』と身構えていたものの、待っていたのはまさかの転生者というカミングアウト。
なので、こちらも憑依者だということを明かした訳だが……あちらはポカンとしていた。
「あぁ……それで……だから……」
顎に手を当て考え込むルーシーさんは、下を向いてブツブツと呟く。
難しい顔つきで一度ギュッと目を瞑ると、勢いよく顔を上げた。
かと思えば、こちらに向き直る。
「いい?よく聞いて。私はこの世界────『貴方と運命の恋を』のヒロインなの!」
応援ありがとうございます!
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