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第一章

転移

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「いいか?この方角の〇〇キロ先に、クライン公爵家がある。こうやって上を向いたまま、転移しろ。絶対に視線を下げるな」

 よく分からない指示を口にする兄に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

「どうしてですか?」

「上空に転移するためだ」

「えっ?地上じゃないんですか?」

「ああ。キャルキュレイトでは、距離と方角だけを頼りに転移するからどうしてもズレが生じる。それが前後左右であれば問題ないが、上下だった場合……最悪、地中に生き埋めだ」

「!!」

 兄の解説を聞き、驚愕する私は言葉を失った。
ファンタジー小説やゲームでは、当たり前のように地上へ転移していたため、生き埋めの可能性なんて微塵も考えてなかった。
でも、『言われてみれば、確かに』とは思う。

「だから、多少誤差があっても問題ないように上空へ転移してくれ。着地は……」

「俺の方でどうにかする。これでも一応、風属性に適性あるからな」

 『空気の膜でも作って衝撃を吸収する』と述べるリエート卿に、兄は頷いた。
『失敗したら、お前をクッションにするからな』と軽口を叩き、卿の腕を掴む。
いつまで経っても立ち上がらないリエート卿に痺れを切らしたのか、半ば強引に起立させた。
かと思えば、後ろから私の顔を覗き込んでくる。

「それで、具体的な発動方法についてだが────」

 細かい手順について説明する兄に、私は時折質問を投げ掛けながら相槌を打つ。
初めての魔法実践ということもあり、基礎の基礎まで教えてもらった。
それらの内容をリディアの優秀な頭脳に叩き込み、私は早速発動準備に取り掛かる。

 大事なのは、移動する距離の間隔・・を正確に把握していること。
ただ漠然と移動する距離を知っているだけじゃ、ダメ。
『1メートルは畳の短い面より、やや大きい』というように、具体的なイメージを持っていることが大事。

 銀の杖を母に預け、両手を前に突き出す私は体内魔力をそっと動かす。
移動距離の間隔を有名な建物や山の長さに例えて想像しながら、次元に干渉した。
すると────目の前に鳥居を連想するような門が現れる。

 これが────現在位置中央神殿目的地クライン公爵家を繋げるゲート?

 聞いていた転移魔法の効果内容と酷似しているソレを、私はじっと見つめた。
『本当にあちら側へ繋がっているのだろうか?』と疑問に思い、そっと覗き込むものの……残念ながら、向こうの景色は見えない。
ただ白く光っているだけ。

「よし、成功だな。じゃあ、一斉に通過するぞ。これは術者本人であるリディアが一緒じゃないと、通れないからな」

 満足そうに目を細める兄は私の頭を撫でながら、指示を出す。

異空間に取り残されるはぐれる可能性もあるから、念のため手を繋ぐぞ。リエート、今のうちに魔法の準備をしておけ」

「おう」

 『任せろ』とでも言うように腕捲りし、リエート卿はニッと笑う。
私の手をそっと握り『準備万端だ』と示す彼の前で、兄は後ろを振り返る。

「それでは行って参ります、父上母上」

「ああ。救助隊を引き連れて、私も直ぐに駆けつける」

「三人とも、気をつけてね。無茶だけはしちゃダメよ」

 『行ってらっしゃい』と送り出す両親に、兄は優雅にお辞儀する。
『必ず無事に帰ってきます』と言い残し、ゲートに向き直った。
かと思えば、私の空いている方の手を掴み、一歩前へ進む。

「いいか?合図したら、一斉に飛び込め」

「「了解分かりました」」

 了承の意を示す私とリエート卿に、兄は大きく頷くと真っ直ぐ前を向いた。

「それじゃあ、行くぞ。三、二、一────飛び込め!」

 兄の号令と共に、私達はゲートを潜り抜ける。
手を繋いでいたおかげか、誰一人欠けることなく無事転移でき────急降下する。
予定通り座標を上空へ固定したため、私達の体は真っ逆さま。
『これがスカイダイビング』と目を輝かせる私を他所に、ゲートはパッと閉じる。

 通常の魔法と違って、世界の理の揺り返しを受けやすい転移魔法は物質として存在することが出来なかった。
なので、ああして直ぐに消えてしまう。
『存在を固定出来たら、チート過ぎるもんね』と思案しつつ、私は空の旅を楽しむ。
昔からジェットコースターやバンジージャンプに興味があったため、特に恐怖を感じることはなかった。
────が、なんだか気持ち悪くなる。

 『酔っちゃったのかな?』と首を傾げる私の横で、リエート卿が手を前に突き出した。
と同時に、落下スピードは落ち、空気の膜で手厚く保護される。
感覚としては、エレベーターに乗っている時に近かった。
凄く安定している。

「やれば、出来るじゃないか」

「そりゃあ、ニクスに勝つために相当魔法を練習したからな。まさか、こんな形で披露する羽目になるとは思わなかったけど」

 感心したように目を見開く兄に、リエート卿は小さく肩を竦める。
────と、ここで私達は無事地上へ降り立った。
役目を終えた空気の膜がパンッと弾ける中、私は手で口元を押さえる。

 重心が安定すれば、回復するかと思ったけど……さっきより、酷くなっている気がする。
一体、どうして?リディアの体は至って、健康なのに。

 吐き気と倦怠感に襲われ、目を白黒させる私は『振動に弱い体なのかな?』と考えた。
でも、それにしては症状が重すぎる。
『なんだか、動悸や目眩もするし……』と四苦八苦していると、兄が身を屈めた。

「やっぱり、こうなったのか」

 そう言って苦笑いする彼は、魔術で周辺の温度を少し下げる。

「魔力コントロールの訓練を受けてない人間が、一度に大量の魔力を消費すると体調不良になるんだ」

 状態異常の原因を明かすと、兄は冷静に私の脈を測った。
と同時に、眉尻を下げる。

「問題なければ、もう一回転移魔法を使って帰らせようと思ったんだが……難しそうだな」

 『下手したら死にかねない』と判断し、兄はこのまま連れていくことを決意した。
いつになく優しい手つきで私に触れ、スッと目を細める。

「少し休めば良くなるが、今はそんな暇ないからしょうがない」

 『少し我慢してくれ』と言い、彼は私をお姫様抱っこした。
『寝ていてもいいからな』と優しく声を掛ける彼の横で、リエート卿が堪らず口を開く。

「それなら、俺が……」

 ここに来る手段として私を利用した負い目があるからか、彼は『自分にやらせてくれ』と申し出た。
『俺のせいで、こんな……』と顔を歪め、グッタリする私を辛そうに見つめている。
今にも罪悪感に押し潰されそうな彼を前に、兄は『はぁーーー』と長い長い息を吐いた。

「いや、お前は剣士だろ。両手が塞がっている状態じゃ、満足に戦えない。ここは魔導師の僕がリディアを持つべきだ」

 『冷静に考えろ』と言いながら、兄はガンガンとリエート卿の足を踏みつける。
少々手荒だが、これが彼なりの活の入れ方なんだろう。
『大体、お前なんかに妹の世話を任せられるか!』と怒鳴り、フンッと鼻を鳴らした。
かと思えば、前を向く。

「それより、さっさと構えろ────魔王の配下達がお出ましだぞ」
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