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第一章

講義

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 『何で僕がこんなことを……』という本音を月の瞳に滲ませつつ、小公爵は口を開く。

「魔法のことは、どこまで知っている?」

「お恥ずかしながら、ほとんど何も知りませんわ」

「じゃあ、魔法の定義から説明した方が良さそうだね」

「はい、よろしくお願いします」

 『魔法=凄いこと』程度の認識しかない私は、素直に教えを乞う。
すると、小公爵は『……あぁ』とぶっきらぼうに頷いた。
微かに赤くなった頬を隠すようにそっぽを向き、『なんだか、調子が狂うな』と零す。
その様子は、年相応に見えた。

「ったく……いいか?魔法というのは、自然の理を覆す現象のことだ────と言っても、きっと理解出来ないだろうから、もっと簡単に説明してやる」

 そう言うが早いか、小公爵は手のひらを上に向け────飴玉サイズの氷をたくさん出現させた。

「今の現象は、自然の理にどう反していると思う?」

「えっと……何もないところから、氷が現れたことでしょうか?」

「正解だ。本来ここには存在しない筈のものが、ここにある。それが魔法」

 『もっと噛み砕いて言うと、材料なしでモノを生産することだ』と述べ、小公爵は氷に息を吹き掛けた。
その瞬間、氷がまるで霧のようにフッと消える。

「ちなみに、今やったのは魔術。魔法と何が違うか、分かるか?」

 こちらの学力を推し量ろうとしているのか、小公爵はレンズ越しに見える月の瞳を光らせた。
『思ったことをそのまま言ってみろ』と促す彼に頷き、私は自分の見解を述べる。

「新たにモノを生産するのではなく、既に存在するモノで異常現象を起こしたこと……ですかね?」

「まあ、概ね正解だ。魔術は既にあるモノに干渉し、操るもの。でも、モノの本質を変えることは出来ない。だから、氷をパンに変えたり爆発させたりすることは不可能だ」

「なるほど」

 小公爵の分かりやすい説明に瞠目しながら、私は相槌を打った。
『さすが、グレンジャー公爵家の次期当主』と感心する中、私はじっと彼の手を見つめる。

「あの、私でも魔法や魔術を使えますか?」

 この世界に魔法があると知ってからずっと気になっていた疑問をぶつけ、私は唇を引き結んだ。
僅かな期待を抱く私の前で、小公爵は困ったような表情を浮かべる。

「それは何とも言えない。魔法や魔術は基本────世界の理に縛られないエネルギーであるマナを元に作られた、魔力がないと使えないから」

 『現状どうしようもない』と零す小公爵に、私は更なる疑問をぶつける。

「じゃあ、魔力はどうやったら手に入れるんですか?」

「いや、これは努力じゃどうにも出来ない。生まれつきのものだから」

「と言いますと?」

「空気中のマナを取り込み、魔力へ変換する器官が体内にないと、どうにも出来ないってことだ」

「そうですか……それは残念です」

 シュンと肩を落とす私は、『リディアのスペックに賭けるしかない』と考えた。

 体の作りに関わる事となると、本当にどうしようもないものね。

 山下朱里のとき嫌というほど思い知った先天的なものの恐ろしさを思い返し、私は嘆息する。
『まあ、健康な体を手に入れただけでも有り難く思わなきゃ』と考え、気持ちを切り替えた。
────と、ここで父にポンッと肩を叩かれる。

「諦めるのは、まだ早いぞ。リディアは魔力検査すら、受けてないのだから」

 『希望を捨てるな』と言い聞かせ、父は僅かに身を屈めた。

「どれ、少し見てあげよう。さすがに魔力の総量や相性は検査してみないと分からないが、魔力の有無くらいは判別出来る筈だ」

「まあ、本当ですか」

 こちらへ手を差し出す父の前で、私はパッと表情を明るくする。
期待に胸を膨らませながら彼の手を取り、ギュッと握り締めた。
すると────冷たい何かが、体の中へ入ってくる。
物凄く不思議……というか違和感のある感覚だが、不快感はなかった。
落ち着かない気分のまま、じっと耐えること二分────突然、父がカッと目を見開く。

「な、なんだこれは……魔力量が────半端じゃないぞ」

 珍しく動揺を見せる父は、『確実に私の倍はあるな』と零した。
その瞬間、小公爵は衝撃のあまり固まる。
『父上の倍……』と譫言うわごとのように呟き、呆然としていた。

「詳しい数値は検査してみないと分からないが、リディアは間違いなく天才だ。きっと、歴史に名を残す大魔導師になるだろう」

 『グレンジャー公爵家始まって以来の快挙だ』と手放しで褒め讃え、父は私の頭を撫でる。

「やはり、リディアは我が家に残るべきだ。これほどの逸材を外へ放り出すのは、勿体ない」

 『将来きっと役に立ってくれる』と主張し、父はグレンジャー家の利益について言及した。
恐らく、理屈っぽい息子には損得勘定で話をするのが一番だと判断したのだろう。
でも、それは────

「どうして、こいつばかり……」

 ────愛に飢えた子供にとって、残酷過ぎる言葉だった。
月のように透き通った瞳から光を消し、代わりに涙を浮かべる小公爵はどこかボーッとしている。
普通の子供の癇癪とは少し違う態度に、違和感を抱いていると、彼はふとこちらに視線を向けた。
かと思えば、無表情のままこう言う。

「お前なんか────死んでしまえ」

 淡々とした口調且つ感情の籠っていない声色なのに、彼の怒りや悲しみを強く感じた。
ゾクリとした感覚が全身に広がる中、小公爵は────渦をまくようにして、冷風を放つ。
その途端、地面がパキッと凍った。
鼻の奥がツンとするような寒さを前に、彼はひょう混じりの雪を四方八方へ撒き散らす。
完全に無差別だが、人を殴り殺せそうなほど大きい氷の塊は私へ向けられた。

 狙ってやっているのか、それとも無意識にやっているのかは分からないけど……とにかく、不味い状況であることは確かね。
幸い、リディアの身体能力が優れているから避けられそうだけど……って、ん?

「────足が動かない……?」
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