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第一章

ティータイム

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◇◆◇◆

 その日を境に、母やアイリスと過ごす時間が格段に増え、ティータイムを共にするほど仲良くなった。
未だに態度がぎこちなくなることもあるものの、互いを尊重し合うことを忘れずに接しているため案外悪くない。
何より、私達の関係は……時間は、動き出したばかりだ。
焦らず、やっていくべきだろう。

「お母様、体調はいかがですか?」

 裏庭にあるガゼボでティータイムを楽しむ私は、フォーク片手にコテリと首を傾げた。
その際、母に和解の証として貰った三日月の髪飾りがシャナリと揺れる。

「大丈夫よ。最近は本当に調子がいいから。そのうち、外出も出来そうよ」

 向かい側の席に腰掛ける母は、ニコニコ笑いながら答えた。
以前と比べて肌の血色も良くなった彼女を前に、私はパッと表情を明るくする。

「本当ですか?その時は是非ご一緒させてくださいね」

「もちろん。もうすぐリディアの誕生日だし、忙しくなる前に遊んでおかないとね。七歳になったら、洗礼式やデビュタントがあるから」

 『イベント目白押しよ』と言い、母は準備期間の出来事などを説明する。
それに相槌を打ちながら、私は紅茶を一口飲んだ。

「アイリスの淹れてくれた紅茶は、本当に美味しいですね」

 フワッと広がるいい香りと味わいに、私は思わず感嘆の声を漏らす。
すると、アイリスは一旦作業の手を止め、お辞儀した。

「恐れ入ります。それと、しつこいかもしれませんが、敬語は外して頂けると……」

「あっ、ごめんなさい。つい、いつもの癖で……気をつけるわね」

 先日から何度も言葉遣いについて指摘を受けていた私は、苦笑を零す。
身分制度など特になく、『年上は敬うべき』という価値観で育ったため修正には時間が掛かりそうだ。

 知識面はともかく、立ち振る舞いは私の方でどうにかしないとね。

 憑依特典なのか、リディア自身の知識や経験を引き継いでいるため、勉強では特に苦労していない。
頭脳も運動神経も抜群で、新たな課題を課せられても難なくクリア出来ている。
まさにチートだ。
『私みたいなポンコツが憑依しなければ、完璧人間になれたかも』と思う程度には。

 スペックの無駄遣いをしている気がしてならない私の前で、アイリスは『少しずつ、慣れて頂ければ』とフォローする。
そしてスコーンを手に取ると、素早くジャムを塗り、私と母の皿に置いた。
きちんとそれぞれの好みに合わせて、ジャムの量を調整するあたりプロである。

 うん、美味しい。
スコーンやジャムを作ったシェフの腕がいい、というのもあるんだろうけど、甘さ加減が絶妙。

 食事制限のせいで前世ではあまりお菓子を食べられなかったため、ちょっと感動する。
『これなら、幾らでも食べられそう』と考える中、アイリスはハンカチを取り出した。
かと思えば、私のほっぺたについたジャムをサッと拭き取る。
ついでに紅茶のお代わりも用意してくれた。
無言で甲斐甲斐しく世話を焼く彼女は、これが当たり前かのように振る舞う。

 アイリスのお世話レベルが高すぎる。
ここまで快適だと、他の侍女じゃ満足出来なくなりそう。

 『胃袋を掴まれる』と似た感覚に陥り、私はアイリスの仕事ぶりを高く評価した。
その瞬間────凍てつくような寒さに襲われる。
一瞬、自分の温度感覚が狂ったのかと思ったが……吐く息は白く、鼻の奥はツンとした。
おまけに、スコーンのジャムもうっすら凍っている。
『もう夏なのに、どうして……?』という疑問が脳裏を過ぎる中────視界の端に二人の男性が映った。

「卑しいメイドの子がルーナを懐柔したと聞き、仕事を早く切り上げて駆けつけてみたが……まさか、本当だったとは」

 怒りを孕んだバリトンボイスでこちらを威嚇し、歩み寄ってきたのは────グレンジャー公爵家の現当主イヴェール・スノウ・グレンジャーだった。
実物を見るのは初めてだが、廊下に飾ってあった似顔絵とそっくりなので間違いない。
青空を連想させる長い髪を後ろで結う彼は、タンザナイトの瞳に不快感を滲ませ、ガゼボの前で立ち止まった。
氷のように冷たい表情を浮かべる彼の横で、もう一人の男性も足を止める。

「母上はお優しいですから、そこにつけ込んだのでしょう」

 カチャリと眼鏡を押し上げ、透き通った瞳に侮蔑を込める彼は狡猾そうな雰囲気を放っていた。
短く切り揃えられた金髪を風に揺らし、腰に差した剣に手を掛ける彼の前で、私は目を見開く。

 乙女ゲームのパッケージに載っていた顔と全く同じ……ということは、恐らく────攻略対象者の一人であり、グレンジャー公爵家の小公爵であるニクス・ネージュ・グレンジャーね。
まだ子供だからあどけない印象も受けるけど、氷のように冷たい眼差しは本当にそっくり。
外見は母親譲りで、内面は父親譲りなのかしらね。

 ────と分析しながら、私は腕を擦る。
まだ昼間のため日差しがある分、マシだが……このままだと、凍死しそうだ。
寒さのあまりカタカタと震える体を抱き締めていると、母が勢いよく席を立つ。

「ちょっと!リディアに何をしているの!今すぐ、魔法を解いて!」

 珍しく声を荒らげる母は、焦った様子でこちらへ駆け寄る。
自分の肩に掛けていたショールで私を包み込み、その上からギュッと抱き締めた。
────と、ここで我に返ったアイリスが『毛布を持ってきます!』と言って、屋敷へ向かう。
血相を変えて走っていく彼女を他所に、公爵はこちらへ手を伸ばした。

「ルーナ、そいつから早く離れろ。体が冷えるぞ」

 『風邪を引いたら大変だ』と述べる公爵に、母は目を吊り上げる。

「そう思うなら、早く魔法を解いて!まだ六歳の子供になんてことをしているの!」

 彼の手を叩き落とし、私を抱き締める手に力を込める母は大声で怒鳴った。
すると、小公爵が困ったように眉尻を下げる。

「母上、それ・・は普通の子供じゃありません。丁寧に扱う必要など……」

「ニクス!貴方をそんな冷たい子に育てた覚えはないわ!いい加減にしなさい!」

 険しい表情で叱りつける母に、小公爵は怯んだ。
と同時に、唇を噛み締める。
実子である自分より庶子を優先され、ショックのようだ。
『何故、自分の味方をしてくれないのか』と不満に思う彼の前で、私は母の腕をそっと下ろす。
『このままじゃ、いけない』と思ったから。

 お母様の振る舞いは決して間違ってないし、有り難いけど、リディアを庇えば庇うほど溝は深まる。
小公爵からすれば、母親の愛情を横取りされたようなものだから。
きっと、面白くないと感じている筈。
ゲームのプロフィールには『氷のように冷たい人』と書かれていたけど、まだ子供だもの。
全てを割り切れるほど、強くないわ。
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