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シャロン 3 浮かび始めた疑問 2
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心が落ち着かないときは料理に限る。
貴族の娘にしては珍しく、シャロンの趣味は料理だ。
クラウド夫人にははしたないと叱られてしまうが、家族からの評判はいい。
特にパイを焼くのが好きだ。
そう言えば、殿下の好物がミートパイだと聞いた覚えがある。
どういう話の流れだったかは忘れてしまったが、好物なのだと聞いたはずだ。
それを聞いてからは頻繁にミートパイを作るようになった。少しでも美味しい物を作れるようにと。
けれども、婚約者とは言え、王位継承者に手料理なんて食べさせられるはずがない。クラウド夫人に厳しく叱られてしまい、家族と使用人以外には振る舞わないようになった。
貴族の娘が料理だなんて。
未来の王妃がすることではない。
料理は専門の使用人に任せるべきだ。
何度も何度も。嫌になるほど聞かされた。
未来の王妃にはちょっとした息抜きすら許されないのだろうか。
めん棒で生地を伸ばしながら溜息が出る。
繰り返す単純作業は好きだ。深く考えなくていい。たとえその結果、使用人達が呆れる量のパイが出来上がることになったって構わない。
気持ちを落ち着けたかった。
自分の心に気がついたからか、胸の奥がざわつくような嫌な感覚がある。
考えるのは父のこと、兄のこと、なにより殿下のこと。
ずっと彼と結婚すると思っていた。父だってそのつもりだったはずだ。
殿下はシャロンを求めてくれている。シャロンも、きっと同じ気持ちのはずだ。
それなのに、シャロンははしたない子で、殿下を不安にさせてしまった。
ようやく気持ちが伝わったと思うと、今度は兄たちに反対される。
どうしたらいいのだろう。
気がつけば山のようなパイ生地が出来上がっている。
ミートパイだけでは飽きてしまいそうだからリンゴを使ったパイも作ろう。きっと味を変えれば使用人達もパイの消費に協力してくれるはずだ。
生地を型に入れ、具材の準備を始める。
そう言えば、あの耳飾りはどうなってしまったのだろう。
相応しいときになるまで預かっておくとクラウド夫人は言っていた。
ドレスも、首飾りも相応しくないと取り上げられてしまったのもがいくつかある。
相応しいときにお返しします。
彼女はいつもそう口にしていた。
では、相応しいときとはいつだろう。
シャロンがはしたない子だから、どこに出ても恥ずかしくない淑女になるまで預かるということなのだろうか。
殿下も耳飾りのことを気にしていた様子だ。
たぶん、あの耳飾りを着けなかったことが、彼の不安を増幅させてしまったのだろう。
本当に、あの耳飾りを気に入っていた。
けれども、使わないのであれば信じてもらえない。
明日はクラウド夫人の授業があるはずだ。耳飾りを返して貰えるようにお願いしてみよう。
あとは……アレクシスを落ち着かせてなんとか殿下と面会する方法を探さなくてはいけない。
とりあえず、パイでも渡して……。
そう考え、利き手があの調子ではフォークを持つのも大変そうだと気づく。
手掴みで食べられるように生地で包み込んだ物も用意するべきだろうか。
長兄が手掴みで物を食べる姿が想像出来ずに思わず笑ってしまう。
あの破壊衝動さえなければ完璧な兄なのに、あれでは嫁を探すのも大変そうだ。なにせ、男女平等で手が出てしまう人だ。
具材を詰めたパイをオーブンに入れる。
殿下は今頃、どう過ごしているのだろう。
陛下が相当お怒りだったのは、兄のせいの方が大きいのではないのだろうか。一度こちらから謝罪に行くべきだろうか。
寝込んでいる父を考え、溜息が出る。
たぶんアレクシスの行動はただの八つ当たりだった。父も長男には手を焼いている。問題も多いが有能すぎる息子を手放すことができないのだ。多額の慰謝料を払い続ける生活をしても、息子を追放することができない。
アレクシスがいれば国を牛耳れる。
もちろん、物理的に国を乗っ取ることだってできてしまうだろう。その気になれば国王の頭を砕くくらいやってのけるだけの怪力と、それだけの距離に近づける権力がある。
シャロンを王子の婚約者にしたのは暴力に頼らず国を乗っ取るのに都合がよかったからなのかもしれない。
考えすぎだろうか。
焼き上がったパイを取りだし、次のパイをオーブンに入れる。
息が詰まりそうだ。
考えたくないことばかり考えてしまう。
貴族の結婚なんて家の為のものだと理解している。不満もなかった。
むしろ、お相手が殿下であったことに感謝している。
それなのに、雲行きが怪しくなってしまっている。
「殿下……」
焼き上がったパイを切る。
悪くない仕上がりに見える。
いつか、彼に食べて貰える日は来るだろうか。
それが叶わなくても、せめて……会いたい。
乱暴な物言いでも敵わない。彼の強引さでシャロンを引っ張って欲しい。
現状ではそれすら困難と理解している。
それを紛らわせようと、焼き上がったパイを兄たちに運んだ。
貴族の娘にしては珍しく、シャロンの趣味は料理だ。
クラウド夫人にははしたないと叱られてしまうが、家族からの評判はいい。
特にパイを焼くのが好きだ。
そう言えば、殿下の好物がミートパイだと聞いた覚えがある。
どういう話の流れだったかは忘れてしまったが、好物なのだと聞いたはずだ。
それを聞いてからは頻繁にミートパイを作るようになった。少しでも美味しい物を作れるようにと。
けれども、婚約者とは言え、王位継承者に手料理なんて食べさせられるはずがない。クラウド夫人に厳しく叱られてしまい、家族と使用人以外には振る舞わないようになった。
貴族の娘が料理だなんて。
未来の王妃がすることではない。
料理は専門の使用人に任せるべきだ。
何度も何度も。嫌になるほど聞かされた。
未来の王妃にはちょっとした息抜きすら許されないのだろうか。
めん棒で生地を伸ばしながら溜息が出る。
繰り返す単純作業は好きだ。深く考えなくていい。たとえその結果、使用人達が呆れる量のパイが出来上がることになったって構わない。
気持ちを落ち着けたかった。
自分の心に気がついたからか、胸の奥がざわつくような嫌な感覚がある。
考えるのは父のこと、兄のこと、なにより殿下のこと。
ずっと彼と結婚すると思っていた。父だってそのつもりだったはずだ。
殿下はシャロンを求めてくれている。シャロンも、きっと同じ気持ちのはずだ。
それなのに、シャロンははしたない子で、殿下を不安にさせてしまった。
ようやく気持ちが伝わったと思うと、今度は兄たちに反対される。
どうしたらいいのだろう。
気がつけば山のようなパイ生地が出来上がっている。
ミートパイだけでは飽きてしまいそうだからリンゴを使ったパイも作ろう。きっと味を変えれば使用人達もパイの消費に協力してくれるはずだ。
生地を型に入れ、具材の準備を始める。
そう言えば、あの耳飾りはどうなってしまったのだろう。
相応しいときになるまで預かっておくとクラウド夫人は言っていた。
ドレスも、首飾りも相応しくないと取り上げられてしまったのもがいくつかある。
相応しいときにお返しします。
彼女はいつもそう口にしていた。
では、相応しいときとはいつだろう。
シャロンがはしたない子だから、どこに出ても恥ずかしくない淑女になるまで預かるということなのだろうか。
殿下も耳飾りのことを気にしていた様子だ。
たぶん、あの耳飾りを着けなかったことが、彼の不安を増幅させてしまったのだろう。
本当に、あの耳飾りを気に入っていた。
けれども、使わないのであれば信じてもらえない。
明日はクラウド夫人の授業があるはずだ。耳飾りを返して貰えるようにお願いしてみよう。
あとは……アレクシスを落ち着かせてなんとか殿下と面会する方法を探さなくてはいけない。
とりあえず、パイでも渡して……。
そう考え、利き手があの調子ではフォークを持つのも大変そうだと気づく。
手掴みで食べられるように生地で包み込んだ物も用意するべきだろうか。
長兄が手掴みで物を食べる姿が想像出来ずに思わず笑ってしまう。
あの破壊衝動さえなければ完璧な兄なのに、あれでは嫁を探すのも大変そうだ。なにせ、男女平等で手が出てしまう人だ。
具材を詰めたパイをオーブンに入れる。
殿下は今頃、どう過ごしているのだろう。
陛下が相当お怒りだったのは、兄のせいの方が大きいのではないのだろうか。一度こちらから謝罪に行くべきだろうか。
寝込んでいる父を考え、溜息が出る。
たぶんアレクシスの行動はただの八つ当たりだった。父も長男には手を焼いている。問題も多いが有能すぎる息子を手放すことができないのだ。多額の慰謝料を払い続ける生活をしても、息子を追放することができない。
アレクシスがいれば国を牛耳れる。
もちろん、物理的に国を乗っ取ることだってできてしまうだろう。その気になれば国王の頭を砕くくらいやってのけるだけの怪力と、それだけの距離に近づける権力がある。
シャロンを王子の婚約者にしたのは暴力に頼らず国を乗っ取るのに都合がよかったからなのかもしれない。
考えすぎだろうか。
焼き上がったパイを取りだし、次のパイをオーブンに入れる。
息が詰まりそうだ。
考えたくないことばかり考えてしまう。
貴族の結婚なんて家の為のものだと理解している。不満もなかった。
むしろ、お相手が殿下であったことに感謝している。
それなのに、雲行きが怪しくなってしまっている。
「殿下……」
焼き上がったパイを切る。
悪くない仕上がりに見える。
いつか、彼に食べて貰える日は来るだろうか。
それが叶わなくても、せめて……会いたい。
乱暴な物言いでも敵わない。彼の強引さでシャロンを引っ張って欲しい。
現状ではそれすら困難と理解している。
それを紛らわせようと、焼き上がったパイを兄たちに運んだ。
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