奪われたはずの婚約者に激しく求められています？

シャロン 3 浮かび始めた疑問 1

　兄の姿を見てシャロンは呆れてしまった。
　仮にも文官だというのに、ペンを握る利き手を負傷してしまったという。
　それも、玉座を破壊して負傷したのだという。国王の目の前で。
　地下牢を破壊した話は聞いていたが、更に続きがあったとは驚きだ。
　本来であれば死罪どころかシャロンも含めて首が飛んでいるだろう。
　が、今回は相手の弱味をこれでもかと握っている。よって彼の首は無事だった。
「僕も、今回のことはとても殿下を許せそうにない」
　ジェフリーが真剣な表情で言う。
　彼にしては珍しく本気で怒っているようだった。
「他に王位継承者がいるなら彼を始末したいと僕も兄さんも同意している」
「それは……」
　反応に困ってしまう。
　間違いなく本気で口にしているのが伝わった。そして誰もこの発言を耳にしていないかと気になってしまう。
　万が一誰かに聞かれてしまっては謀叛の企てになってしまわないだろうか。
　今度は本当にあの暗い地下牢に永住しなくてはいけなくなるかもしれない。
　いや、その前に一族揃って首が飛ぶ。
「あの……今回のことはお芝居だったと、殿下からも説明してくださいますし……」
「それだけで済むと思っているのか？」
　アレクシスがまた家具を壊しそうな苛立ちを必死に堪えている。
　決して収入が少ないわけではないはずなのに、裕福ではない理由が彼だ。
　家具がどんどん安物になるのはアレクシスがすぐに壊してしまうからだ。一応、応接間だけはそれなりの物を揃えているが、それもすぐに壊されてしまうので家格の割には質素と感じられてしまうだろう。
　お気に入りの花瓶が無事だといいなと考えながら、シャロンは兄が落ち着くのを待つ。
「とりあえず、兄さんの怪我が治るまでは殿下が兄さんの分も仕事することになってるから」
「……はぁ……」
　大丈夫なのだろうか。アレクシスの仕事量は妹のシャロンから見ても異常だ。人間の範囲を超えている。それがわがまま放題な殿下に務まるかというと、ほとんど不可能というのがシャロンの見解だ。
「で、シャロンも面会禁止ね」
「へ？」
　様子を見に行くのはだめなのだろうか。
　ちゃんと仕事をしているのか……それ以前に、アレクシスが殿下を殺めてしまわないかを確認したい。
「大丈夫、兄さんがうっかりやらかさないように一応僕が見張っておくから。まあ、家具は全滅すると思うけど」
　ついでに壁や扉、もしかすると窓まで消滅するかもしれない。
　修理代をどれだけ請求されるだろうか。
　胃が痛くなってしまう。
　今回の一件が殿下の評価を地に落としてしまったことは確かだけれども、だからといってアレクシスの破壊活動が許されるわけではない。
　むしろ、双方の影響で、シャロンの立場も随分と悪くなってしまったのではないだろうか。
　国を思えば憂いしかない。
　けれども、個人的な感情は……。
　求められて喜んでいる自分に気づく。
「シャロンは昔から殿下に甘いから……」
　ジェフリーは困ったように笑う。
　その直後、アレクシスがカップを割ってしまった。
「……兄さんのカップは全て木製にするべきだね」
「いいえ、無駄です。木製だって素手で壊してしまう方ですもの」
　あの怪力で、殿下の頭蓋骨が割られてしまわないか不安になる。
　一応、あれでも相手が死なない程度の加減はしている。その証拠に今まで殺人事件は起こしていない。
　けれど。
　今回は普段とは比べものにならない怒りだ。
　有能だから死なずに済んでいるけれど、たぶんこれから処罰がある。
「……シェリー、あいつは処分しよう。もっといい嫁ぎ先を探してやる」
　アレクシスは無理矢理作った笑みを見せる。
「お兄様……私は、殿下以外の方に嫁ぐつもりはありません」
　彼に嫌われてしまったら、修道院に行くか……命を終わらせてしまうかもしれない。
　そんなシャロンの反応を二人の兄は不満そうに眺めていた。