4 / 21
3 いくつかの規則
しおりを挟む
デラという女性を紹介されたのは昼過ぎだった。
彼女は洗濯室で生乾きの洗濯物にアイロンをかけている最中だった。
「彼女はデラ。僕が子供の頃からここで働いてくれている。洗濯、料理、掃除や買い出しが彼女の仕事だよ。ベンは僕の秘書兼男性使用人ってところかな。掃除や買い出しは彼も手伝ってくれているよ」
一通りダニエルに紹介すると、今度はデラの前で膝をつく。
「デラ、彼はダニー。今日からうちで働いてくれることになってる。掃除やアイロンがけの仕方を教えてあげて」
デラに話しかけるアンバーの声はとても優しい響きだ。
デラはダニエルが想像したよりは若い女性だったが片足が義足だった。
だからだろう。彼女は椅子に座ってアイロンがけをしている。
「デラは足が悪いけれど日常生活には支障がないから普通に接して。でもあんまり重いものを持たせたりはしたくないんだ。ってことでダニー、屋敷の掃除は張り切ってくれ」
アンバーはこっそりデラのことを告げたかと思うとおもいっきりダニエルの背を叩いた。
見た目によらず力があるなと驚いたが、彼はその場をデラに任せ、出ていってしまった。
「アンバー様は相変わらず元気なお方ですね」
デラはくすくすと笑う。
「いつもああなのですか?」
「ええ」
彼女は何事もなかったかのようにアイロンがけを続ける。
「僕はなにから始めたらいいでしょう?」
仕事を与えられたのだから働かなくてはいけない。
一宿一飯の恩とは言うが、あまりに好条件な雇用契約までもらってしまった。しっかり働いて恩を返さなくてはいけない。
「洗濯は私の仕事ですから……掃除を手伝ってもらいましょうか。通いの庭師もいるのですが、手が空いたときは庭掃除をすると彼の負担が減ります」
「庭師?」
「クレムという名の老人です。薔薇の世話が上手なのでアンバー様のお母様が大変気に入られていた庭師です」
アンバーが冗談のように口にしていた「天国の母上」だろうか。
思い返せば初対面の日に家族はいないと口にしていた。
「この屋敷にはアンバー様の他はベンとデラしか住んでいないのですか?」
「ええ。あなたが来たから少し賑やかになると嬉しいわ」
デラは柔らかく笑む。
なんというか包容力のある女性といった印象だ。母性の塊だとかそういったものなのかもしれない。
アンバーは彼女を大切にしているようだった。もしかするとただの使用人ではないのかも知れないと勘ぐってしまう。
「この屋敷ではいくつかの規則があります。アンバー様はああ見えて繊細なお方で、少々拘りが強いのです」
デラは優しく説明を始める。
「まず、アンバー様の寝室には決して近づかないでください。私とベン以外の人が近づくのを嫌います。洗濯は私に任せてください。下着類は私が、他の衣類はクリーニングに出しています。リネンも業者へ外注しています」
個人宅なのに衣類の殆どをクリーニング業者に外注しているということに驚いたが、この屋敷の規模だ。アンバーは本当に金持ちなのだろう。
「アンバー様は繊細なお方で、気分ムラが激しい時期があります。ここ数日はかなりナイーブになっていますので……塞ぎ込んでいるときはあまり近寄らないように気をつけてください」
「元気そうに見えたけれど、普段はもっと元気ということ?」
「あなたの前だから元気に振る舞っているのかもしれません」
そうだとしたら気を使わせてしまっているなとダニエルは思う。
「ハンカチ程度でしたら私がここでアイロンをかけますが、大きなものは業者に任せています。なので、洗濯室は私だけで間に合います。問題は、お掃除です」
「ああ……このお屋敷は広いから」
「はい。アンバー様は無理に全部屋掃除しなくてもよいとおっしゃいますが……やはり少しは手入れをしないと老朽化が進みますから」
一体何部屋あるのか。
ダニエルはうっかり道に迷わないか不安になるほどこの屋敷は広い。
「本館を使用して生活していますが、屋敷には東館と西館があります。ここは全くと言っていいほど手が付かず……人ではあればあるだけ嬉しいのですが……好奇心の強い使用人ばかりが来てしまい、解雇される人が後を絶たず、アンバー様もすっかり諦めてしまっているところだったのです。なので……あなたが来て下さって本当に嬉しいです。どうか、屋敷の規則を厳守してくださいね」
デラは力強くダニエルの手を握った。
「あ、はいっ……」
勿論、アンバーには恩がある。
そんなに難しい規則ではない。プライベートに踏み込みすぎるなというだけの話だろう。
少しばかり怪奇小説にでも出てきそうな規則だが……。
そう考えると、好奇心が刺激されてしまった歴代使用人達の気持ちも理解出来てしまう。
ダニエルは必死に思考を振り払う。
折角差し伸べられた手だ。ここを追い出されてしまっては寝るところも食べるものも困ってしまう。
アイロンの電源を落とし、畳んだハンカチをカゴに入れるデラは屋敷を案内しますと歩き始めた。
義足を感じさせない美しい姿勢と動きに少しだけ驚き、それから不躾に見てしまっていたと反省する。
好奇の視線を向けられる辛さは身に沁みているはずなのに、同じことをしてしまった自分を恥じた。
そして、見た目からは想像出来ないほど早足のデラに必死について歩いた。
彼女は洗濯室で生乾きの洗濯物にアイロンをかけている最中だった。
「彼女はデラ。僕が子供の頃からここで働いてくれている。洗濯、料理、掃除や買い出しが彼女の仕事だよ。ベンは僕の秘書兼男性使用人ってところかな。掃除や買い出しは彼も手伝ってくれているよ」
一通りダニエルに紹介すると、今度はデラの前で膝をつく。
「デラ、彼はダニー。今日からうちで働いてくれることになってる。掃除やアイロンがけの仕方を教えてあげて」
デラに話しかけるアンバーの声はとても優しい響きだ。
デラはダニエルが想像したよりは若い女性だったが片足が義足だった。
だからだろう。彼女は椅子に座ってアイロンがけをしている。
「デラは足が悪いけれど日常生活には支障がないから普通に接して。でもあんまり重いものを持たせたりはしたくないんだ。ってことでダニー、屋敷の掃除は張り切ってくれ」
アンバーはこっそりデラのことを告げたかと思うとおもいっきりダニエルの背を叩いた。
見た目によらず力があるなと驚いたが、彼はその場をデラに任せ、出ていってしまった。
「アンバー様は相変わらず元気なお方ですね」
デラはくすくすと笑う。
「いつもああなのですか?」
「ええ」
彼女は何事もなかったかのようにアイロンがけを続ける。
「僕はなにから始めたらいいでしょう?」
仕事を与えられたのだから働かなくてはいけない。
一宿一飯の恩とは言うが、あまりに好条件な雇用契約までもらってしまった。しっかり働いて恩を返さなくてはいけない。
「洗濯は私の仕事ですから……掃除を手伝ってもらいましょうか。通いの庭師もいるのですが、手が空いたときは庭掃除をすると彼の負担が減ります」
「庭師?」
「クレムという名の老人です。薔薇の世話が上手なのでアンバー様のお母様が大変気に入られていた庭師です」
アンバーが冗談のように口にしていた「天国の母上」だろうか。
思い返せば初対面の日に家族はいないと口にしていた。
「この屋敷にはアンバー様の他はベンとデラしか住んでいないのですか?」
「ええ。あなたが来たから少し賑やかになると嬉しいわ」
デラは柔らかく笑む。
なんというか包容力のある女性といった印象だ。母性の塊だとかそういったものなのかもしれない。
アンバーは彼女を大切にしているようだった。もしかするとただの使用人ではないのかも知れないと勘ぐってしまう。
「この屋敷ではいくつかの規則があります。アンバー様はああ見えて繊細なお方で、少々拘りが強いのです」
デラは優しく説明を始める。
「まず、アンバー様の寝室には決して近づかないでください。私とベン以外の人が近づくのを嫌います。洗濯は私に任せてください。下着類は私が、他の衣類はクリーニングに出しています。リネンも業者へ外注しています」
個人宅なのに衣類の殆どをクリーニング業者に外注しているということに驚いたが、この屋敷の規模だ。アンバーは本当に金持ちなのだろう。
「アンバー様は繊細なお方で、気分ムラが激しい時期があります。ここ数日はかなりナイーブになっていますので……塞ぎ込んでいるときはあまり近寄らないように気をつけてください」
「元気そうに見えたけれど、普段はもっと元気ということ?」
「あなたの前だから元気に振る舞っているのかもしれません」
そうだとしたら気を使わせてしまっているなとダニエルは思う。
「ハンカチ程度でしたら私がここでアイロンをかけますが、大きなものは業者に任せています。なので、洗濯室は私だけで間に合います。問題は、お掃除です」
「ああ……このお屋敷は広いから」
「はい。アンバー様は無理に全部屋掃除しなくてもよいとおっしゃいますが……やはり少しは手入れをしないと老朽化が進みますから」
一体何部屋あるのか。
ダニエルはうっかり道に迷わないか不安になるほどこの屋敷は広い。
「本館を使用して生活していますが、屋敷には東館と西館があります。ここは全くと言っていいほど手が付かず……人ではあればあるだけ嬉しいのですが……好奇心の強い使用人ばかりが来てしまい、解雇される人が後を絶たず、アンバー様もすっかり諦めてしまっているところだったのです。なので……あなたが来て下さって本当に嬉しいです。どうか、屋敷の規則を厳守してくださいね」
デラは力強くダニエルの手を握った。
「あ、はいっ……」
勿論、アンバーには恩がある。
そんなに難しい規則ではない。プライベートに踏み込みすぎるなというだけの話だろう。
少しばかり怪奇小説にでも出てきそうな規則だが……。
そう考えると、好奇心が刺激されてしまった歴代使用人達の気持ちも理解出来てしまう。
ダニエルは必死に思考を振り払う。
折角差し伸べられた手だ。ここを追い出されてしまっては寝るところも食べるものも困ってしまう。
アイロンの電源を落とし、畳んだハンカチをカゴに入れるデラは屋敷を案内しますと歩き始めた。
義足を感じさせない美しい姿勢と動きに少しだけ驚き、それから不躾に見てしまっていたと反省する。
好奇の視線を向けられる辛さは身に沁みているはずなのに、同じことをしてしまった自分を恥じた。
そして、見た目からは想像出来ないほど早足のデラに必死について歩いた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
蜂蜜とストーカー~本の虫である僕の結婚相手は元迷惑ファンだった~
清田いい鳥
BL
読書大好きユハニくん。魔術学園に入り、気の置けない友達ができ、ここまではとても順調だった。
しかし魔獣騎乗の授業で、まさかの高所恐怖症が発覚。歩くどころか乗るのも無理。何もかも無理。危うく落馬しかけたところをカーティス先輩に助けられたものの、このオレンジ頭がなんかしつこい。手紙はもう引き出しに入らない。花でお部屋が花畑に。けど、触れられても嫌じゃないのはなぜだろう。
プレゼント攻撃のことはさておき、先輩的には普通にアプローチしてたつもりが、なんか思ってたんと違う感じになって着地するまでのお話です。
『体育会系の魔法使い』のおまけ小説。付録です。サイドストーリーです。クリック者全員大サービスで(充分伝わっとるわ)。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
秋風の色
梅川 ノン
BL
兄彰久は、長年の思いを成就させて蒼と結ばれた。
しかし、蒼に思いを抱いていたのは尚久も同じであった。叶わなかった蒼への想い。その空虚な心を抱いたまま尚久は帰国する。
渡米から九年、蒼の結婚から四年半が過ぎていた。外科医として、兄に負けない技術を身に着けての帰国だった。
帰国した尚久は、二人目の患者として尚希と出会う。尚希は十五歳のベータの少年。
どこか寂しげで、おとなしい尚希のことが気にかかり、尚久はプライベートでも会うようになる。
初めは恋ではなかったが……
エリートアルファと、平凡なベータの恋。攻めが十二歳年上のオメガバースです。
「春風の香」の攻め彰久の弟尚久の恋の物語になります。「春風の香」の外伝になります。単独でも読めますが、「春風の香」を読んでいただくと、より楽しんでもらえるのではと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる