ベストフレンド

ROSE

文字の大きさ
上 下
5 / 21

4 休日

しおりを挟む

 アンバーの屋敷に世話になり始め、一週間経った。
 主な仕事は掃除と買出しだ。たったこれだけであんなに賃金をもらっていいのだろうかと不安になってしまう。
 そして、初めての休日。
 正直、どう過ごせばいいのかわからない。
 朝食と夕食は一緒に過ごすアンバーは気まぐれとしか思えない時間でふらりと出かけていく。
 仕事なのかプライベートなのか。
 それすらわからない。
 いつも上等なスーツを着て、時々ベンを同行させる。
 彼が運転免許証を持っていると言う事実に驚いたけれど、とっくに成人しているのだ。少年の様な外見に騙されてはいけない。

 アンバーの屋敷では最初に告げられた規則さえ守れば自由に過ごしていいとのことだった。外出も禁止されてはいない。
 けれどもダニエルはまだ外出する気になれなかった。
 もしどこかでうっかりジョージに出会ってしまったら?
 その可能性は低いだろう。とっくに別の街か、もしかすると海外に逃げているかもしれない。
 けれども、散々結婚すると自慢して回ったかつての従業員達や友人とうっかり出会して結婚生活の話をされたら?
 とても対応出来る自信がない。
 正直買出しだって不安だ。なるべく目立たないように迅速に買い物を済ませ、真っ直ぐ屋敷に戻るようにしたとしても、どこで誰に見られているかわからない。
 幸いなのはアンバーの屋敷はネットが繋がらないことだろう。
 談話室を兼ねた応接室はなんとかネットが繋がるようだが、それ以外の部屋は全く繋がらないらしい。おかげでスマートフォンを完全に手放した。つまり、SNSを気にする必要がなくなったのだ。
 元部下や同僚が悪口を書き込んでいたとしても目に入らない。
 それで完全に気にならなくなるわけではないが、少しは気が楽になる。
 以前のダニエルからは考えられないほど弱気になっているのは自覚していた。
 なんというか、以前のダニエルは……思い返せば相当性格が悪かったと思う。
 若くして幸運に恵まれ、成功してしまった。慢心していた。
 仕事上付き合いのあった人間は多かったはずなのに、いざ宿無しの無一文になった時、手を差し伸べてくれるような友人はいなかった。いや、それ以前に他人に頼るなんて発想すらなかったのかもしれない。
 アンバーと出会わなければどうなっていただろう。
 そう考えると本当に彼には感謝しかない。
 休日を与えられたというのに、じっとしているなんてできそうにないダニエルは、掃除道具を手に古びたランプの手入れを始めた。
 広すぎる屋敷は灯りの数も多い。
 今でこそ電気が通っているものの、前時代の名残があちこちにある。ベンとデラだけでは普段使わない品物にまで手が回らないだろう。
 暇つぶしも兼ねているのだから労働ではない。
 ダニエルは心の中で言い訳をして掃除に励んだ。



「あれ? なんだかいつもより空気が綺麗な気がするな。換気したの?」
 外出から戻ってきたアンバーが嬉しそうな声を上げる。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。あれ? 今日休日なのに、掃除なんてしなくていいよ」
「暇だったから、つい」
 ダニエルが答えると、アンバーは考え込むように唸る。
「君を使用人として雇っている以上休暇に掃除をさせるのは問題なんだよ」
「今は僕の家でもあるから、休みの日に自分の家を掃除していると思えばよいかと」
「……うーん……君がいいならいいけど……」
 困ったように笑うアンバーの違和感に気づく。
 朝食の時より顔色が悪い気がする。
「アンバー、調子悪いの? 顔色悪いけど」
「え? あー、やっぱ化粧しないとだめかな? 血色悪いってよく言われるし」
 彼は誤魔化そうと笑うけれど、そういう次元ではない。
 なんというか顔に疲労が表れている。
「美味しいもの食べたら元気になると思うな。ピザ食べようよ。ピザ。デリバリーの」
 デラには悪いけど。とひそひそ告げる。
「たまにはデラにも休暇をあげないと」
「規定通りにもらっているそうだけど?」
 アンバーはおおらかなようで、規則にはうるさい。
 休暇だとか、労働時間だとかそう言う部分が特に。
「いいかい? 僕はね、労働というものが心底嫌いなんだ。けれども人間として生まれた以上は労働しないと生きていけないからね。過労死なんて絶対ごめんだから手を抜いてほどほどの人生にするんだよ。君たちも、休暇はしっかり取ってくれ」
 顔色の悪さのせいで説得力のないアンバーは、それでもなにか思うところがあるらしい。
「さ、ピザを注文しよう。オンラインでメニューを選ぼうとすると接続が途切れたりしやすいから……ポスティングされる広告をファイリングしてあるのだけど……」
 アンバーは固定電話の隣に置かれたスタンドの中を漁る。
「あった。ダニー、なに食べたい? 僕はペパロニがあれば満足だ」
 そういうアンバーは親戚の家に集まってデリバリーメニューを選ぶ時の子供みたいな表情をしている。
「シーフード。あとサラダも欲しい」
 どうせ給料から引かれるだろうが、賃金がいい。多少贅沢をしたって問題ないだろう。
「いいね。ベンはチキンのが好きだったはずだから、一緒に注文しておこう。デラも食べるかな? ペパロニは二枚頼むか。残ったら夜食にすればいいよ」
 アンバーは慣れた手つきで固定電話を操作する。
 彼の見た目で固定電話を使いこなしている姿がとても不思議に見えてしまうのは時代の流れというものだろうか。
 そう言えば、自分の家にも固定電話はなかったなと思い、不思議な気分になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

処理中です...