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第3巻第2章 里上層部vsマヤ

農作物をもっと売る

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「さっすがマッシュ、すごい勢いだね」

 マヤは宿の1階の床下で、どんどんと土を後ろに飛ばしていくマッシュを見ながら感嘆の声を上げた。

「そもそも私は穴に住んでいるアナウサギの魔物だからな。よ、っと」

 マッシュがお尻を上げたところからどんどんと飛ばされてくる土を、マヤが収納袋で受け止めていく。

 みるみるうちに穴は大きく深くなっていく。

 マヤの後ろでは、カーサが土を階段状に押し固めてくれていた。

「これならあっという間に里の外まで繋がりそうだね」

「うん、マッシュさん、すごい……。でも、それ、よりも、あれ」

 カーサはマッシュのお尻を指さした。

 そこには、時々ぴょこんと上がるお尻と心なしかふりふりしているように見える尻尾があった。

「あー、あれはずるいよね」

「うん、ずるい。あんなの、かわい、すぎる……っ」

 マヤとカーサは、可愛く動くマッシュのお尻と尻尾に釘付けだった。

「もうやっちゃおうか?」

「うん。やる、しか、ない!」

  基本無表情のカーサにしては珍しく、目を爛々と輝かせてマッシュににじり寄っていく。

 マヤもカーサと並んでマッシュへと距離を詰めた。

 そして、2人同時にそっとマッシュのお尻に手を添える。

「…………おい、何をしているのだお前たちは」

「え? いやいやいや、なんにもしてないよ? ねえカーサ?」

「うん、なにも、おかしな、ことは、してない。だから、続けて、いい、よ?」

「……いや、何もしていないわけないだろう……じゃあ何なのだその手は」

 マッシュは自分のお尻にそっと添えられた手に、非難の眼差しを向ける。

「それはー、ねえ、カーサ?」

「うん、ねえ、マヤさん?」

 言葉に詰まった挙げ句、何を当たり前のことを聞いているんだ、という雰囲気で押し切ろうと言う2人に、マッシュはやれやれとため息をついた。

「はあ、この際もう気にしないことにしよう。ただし! しばらくしたらまた仕事に戻るのだぞ?」

「「はーい」」

 折れてくれたマッシュに、マヤとカーサは小さくハイタッチすると、それからしばらくの間、可愛く動くマッシュのお尻と尻尾を、もふもふもふもふして堪能したのだった。

***

「陛下ー、こっちですー」

 マヤがマッシュの穴掘りによって完成したトンネルの抜けて森の中でキョロキョロしていると、押し殺した声でマヤを呼ぶ声がした。

 農作物を運んできてくれたSAMASサマスの隊員がマヤを見つけたのだろう。

「ちょ、ちょっと、ここではただの旅行者ってことになってるんだから! 陛下とか呼ばないで!」

「そ、そうでした! すみません陛――じゃなくてマヤ様」

「様もだめ! 私がどこかの偉い人だってバレるだけでも良くないんだから。いい、これからはマヤちゃんって呼ぶように」

「ええっ!? それは流石に……」

「今はもう私が密輸入品を売ってるってこの里の上層部にはバレてるんだから、気をつけるにこしたことはないんだよ。わかった、エルフのお兄さん?」

「……っ。わかりま――いや、わかったよ、マヤちゃん」

「うん、よくできました。それじゃあさっさと受け取らせてもらうね。目立つといけないからこっちに来て」

 マヤはSAMASサマスの隊員を連れて穴の中に入る。

「それにしてもマヤちゃん、どうして里の上層部にバレてるのに、まだ農作物を売ろうとしてるの?」

「うーん? まあ色々理由はあるけど、一番の理由はこの里の人たちが困ってるから、かな」

「それだけでこんなにこそこそしてまで?」

「それだけじゃないよ? うちの国のためって意味ではこうすれば今まで通り農作物を売れるし、外貨獲得にもなるし」

 マヤの言葉に、SAMASサマスの隊員は首を傾げる。

「……ごめん、外貨獲得って何? すると何がいいの?」

「そうだねー、難しいこと言ってもしょうがないから…………わかりやすいところだと、ドワーフが使ってるお金を持っておけば、ドワーフからものを買うときにスムーズってことかな」

「なるほど、だからこうまでして農作物を売ってるのか」

「まあそんな感じ。よしっ、とりあえずこれで全部かな?」

「うん、僕が持ってきたのはこれで全部だね」

「了解。ありがとね、お兄さん」

「ううん、マヤちゃんの頼みなら」

 マヤとSAMASサマスの隊員は、最後の最後まであくまで対等の友達同士のふりをして別れた。

「さて、これで尻尾を掴めなかった里の上層部がどう動いて来るかが楽しみだね」

 マヤはトンネルの中で楽しそうに笑うと、宿の部屋へと戻ったのだった。

***

「いやー、今日はまた一段とすごかったね」

 昨日同様農作物を売り切ったマヤたちは、楽しく喋りながら宿へと向かっていた。

 昨晩この里の警察に逮捕され挙げ句厳重注意されたにもかかわらず、なんとものんきなものである。

 とはいえ、里の一般市民たちにマヤたちを責めるものはおらず、世論としては警察が悪者になりつつあるようなので、マヤたちのこの呑気さにもある意味納得できる。

「おっ、八百屋の嬢ちゃんじゃねーか。今日も完売かい?」

「魚屋のおじさん、こんばんは~。うん、今日もお陰様で完売だよ」

「ははっ、すげえ勢いだな。でも、お陰様なのはこっちだよ。嬢ちゃんがいなきゃ今頃餓死するやつが出てただろうからな」

「えー? 流石にそこまでじゃないんじゃない? あっ、そうだ、今日はあれ入ってるの?」

 マヤは、このまま魚屋の店主が里を批判する方向で話を進めてしまうのを避けるために、少し強引に話題を変えにかかる。

「あの細長いのか? うなぎとか言うんだったか」

「そうそう、うなぎうなぎ! 入ってる?」

「ああ、入ってるが……本当にこんな魚と嬢ちゃんとこの野菜を交換でいいのかい?」

「もちろん! おじさんは知らないかもしれないけど、こんなに大きなうなぎだったらもっとお金払ってもいいくらいなんだよ?」

 マヤは立派なサイズのうなぎを指差して力説する。

「そうなのか? 変わった嬢ちゃんだな。ほらよ」

「やった! ありがとね、おじさん。はいこれ、取っておいた野菜」

 マヤは魚屋が差し出したうなぎを受け取ると、カーサに持ってもらっていた野菜1袋を魚屋に渡した。

「おう、ありがとな」

「それじゃあまたね!」

「おう、また来てくれよー」

 マヤが魚屋と別れると、後ろを歩いていたパコが、不思議そうに。

「マヤさん、本当にこの魚が好きだよなー」

 とそう言った。

「えー、だって美味しんじゃん。パコ君は嫌いなの?」

「いや、嫌いじゃねーけど、普通じゃないか? 目の色変えて喜ぶほどかなって」

「うーん、まあうなぎがよく捕れるとこの人からしたらそうなのかもね。私の故郷だと特別な時しか食べられないごちそうだったから」

「ふーん。そういえば、マヤさんの故郷ってどこなの?」

「えっ!? いやー、えーっと……」

 マヤが失言に気がついた時には、もう遅かった。

 その場にいた全員の興味が、マヤの故郷に移ってしまっている。

「そういえば聞いたことがなかったな? 私と同じ牢にいたからあの周辺だと思っていたが……」

「マッシュ、さんも、知らな、いんだ? 後、牢に、いたの?」

 まさか異世界から来たなどと言うわけにはいかないマヤは、先ほどのマッシュの勘違いに乗っかってごまかすことにする。

「えーっと、そうそう! ヘンダーソン王国の外れの小さな村が私の故郷だよ?」

「ヘンダーソンでうなぎを食べるなどという話は聞いたことがないが……」

「そうなの!? 私の故郷でもお祭りのときだけしか食べてなかったから、もしかしたらマイナーなのかも! ほらほら! そんなことよりさっさと宿に戻ってうなぎを調理してもらお、ね?」

 誤魔化しきれない気配を感じたマヤは、強硬手段に出る。

「どうしたのだマヤ、そんなに慌てて」

「慌ててなんてないって! ささっ早く宿に行こう!」

 こうして、無理やりマヤの故郷問題を押し流された一行は、そのまま足早に宿へと帰ったのだった。

 その一行を遠くから観察していた1人のドワーフは、マヤ達が宿の中に入るの見届けてから、少し肩を落として去っていったのだった。
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