異形頭のデルフィニウム

硯羽未

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第5話 地上への通路

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 地上へと続く地下道は暗い。電気は通っているとは言っても整備されているわけではない。ポケットに入るサイズの懐中電灯を頼りに、僕たちはひたすら歩く。
 武器になるものは、アサトのサバイバルナイフと、ベッドの材料にも使われた鉄パイプくらいで、あと持っているものと言えば水と食料を入れる袋だけだ。なんとも心許ないが仕方ない。

 お互いの足音だけが闇に響く。湿った地下道に他の気配はない。
 この辺には生き残りがいないのだろうか。僕が地上へ出るこの道を通るのは、一体どれくらいぶりだったろう。以前はもっと人の気配を感じられた気がする。
 地下道の途中にある非常にわかりにくい扉を開くと、別の地下道に繋がっている。そこからまた数分歩いたら、やがて光が見えてきた。

「これを被ってな」
 地上に出る前にアサトはフード付きの上着を渡してきた。
「俺と違って、ミチルは紫外線に慣れてないだろうからな。しっかりフードも被っとけよ」
 言われてみれば確かに地下にこもりきりで、急な紫外線は刺激が強いかもしれない。それにモノアイを誰かが見たらびっくりだろう。アサトの言に大人しく従うと、地上に出た。
 
 太陽の光だ。
 僕はその光を久しく見ていなかった。人工の明かりとはまた違う輝きに、モノアイの視界がハレーションを起こして思わず顔を背ける。それが特別まばゆく感じられたのは、あまりにも久しぶりだったからなのだろう。実際に地上に出てしばらくすると、空は大して晴れ間があるわけでもなく、薄曇りでどんよりとしていることに気づいた。
 高く聳えるビル群には鬱蒼と植物がまとわりつき、入り口を探すのも一苦労だった。僕の知っている世界とは違う。人の手が入らない文明はこうも荒廃するのか。

「凄いだろう」
「……前に見た景色と違う」
「あっけないもんだぜ、人の力なんてものは。けど俺はそれに流される気はない。何故世界は終わったのか。俺はそこが知りたい」
「Dのせいだろ? 薬品汚染とか、突然変異とか? そのへんは想像でしかないけど」

 Dの見た目は人間とほとんど変わらない。ただ顔の美しさは際立っていた。アサトが解凍したDの生首も、美しかった。そして基本的に同じような顔をしていた。
 何故存在するのか? そんな疑問を抱くのはもしかしたら、「人間は何故存在するのか」というのと同じくらい、愚問なのかもしれない。
 
 ──ふと、アサトがDに何をしたのかが気になった。
 静かな地上を踏みしめながら、僕は思い切ってアサトに尋ねる。
「Dをヤったって……その……犯したの?」
「合意の上だから犯したという表現は間違っているな」
「合意って? 意思の疎通があったということ?」
「意思の疎通は出来る。……ミチル、今日ここを生きて戻れたら、あの生首を交えて楽しもうじゃないか。さっき物欲しそうに見てたろう。ミチルの股間が文句を言ってたのを、俺は知っているぞ」
「──は!?」

 生首を交えるなんてとんでもない異常行為に思えて、僕は思わずアサトから距離を取った。しかもあの時僕のことを冷静に観察していたとでも言うのか。
 アサトは僕の不機嫌と羞恥などまるで気にかけることもせず、植物に覆われたビルの入り口を見つけると、かつて自動ドアだったそれを無理やりこじ開けた。

「食品会社だったんだ、ここは。商品化する予定のものとか、サンプルとかが、いろいろ置いてある。一度に持ち帰ることは難しかったからな。今日ミチルを連れてきたのは実はこの為だ」
 長い階段をこつこつと上り三階まで行くと、何かの気配がした。
「先客かな」
 食料の存在を嗅ぎつけた誰かが、僕たちより先に来ているのかもしれない。
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