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第4話 冷たい唇
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Dに手を恐る恐る伸ばしてみた。その生首に触れようとして、けれど途中で止まる。
「噛みつきゃしねえよ。ほれ、こうやって撫でてやれば。……んー、可愛いなあ。咥えさせてやりてえ」
アサトはDの髪をごつごつした指で撫でつけた。仕草に愛情のようなものが滲んだ気がして、なんとなく心臓がぎゅっとなる。この感覚はなんだろうか。──嫉妬、なのだろうか。わからなかった。
アサトと体を重ねることはあってもそれは単なる性処理だ。
そう思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。気づきたくないだけなのかも。そんなことをぐるぐる考えていたら、アサトはDの首を自分の目の高さまで持ち上げ、キスでもするかのように顔を近づけた。
「綺麗な顔だ。うまく解凍出来て良かった」
「なんでそんなもの、凍らせておいたんだ……冷蔵庫だよ? 気持ちが悪いと思わないのか」
「気持ち悪くなんてない。ほれ、美人だろう」
確かにアサトの言うとおり、Dは美しかった。
癖のない、万人受けする美しさだ。顔のパーツがとてもバランスよく収まり、鼻筋が通っている。しかしそれは無個性にも思える美しさだった。僕の心には、アサトのような造りの方が印象に残る。
僕は多分……多分だけど。
──アサトを、好きなんだろう。
けれどけして甘い関係を望んでいるわけではなかった。対等でありたかった。対等であれるはずもないのに。
ふと脳裏を過った言葉に自分自身で動揺する。しかしその動揺に気づいていないのか、Dの生首を抱えたアサトは、しげしげとその顔を眺めてから、結局キスをした。
濡れた音が僕の耳に入る深い深いキス。Dは特に抵抗するでもなく、瞼を開けたままアサトのキスを受け入れていた。非常にシュールなラブシーンに、思わず目を逸らす。
「アサ……ト……何やってるんだ」
「んー?」
「生首だぞ……?」
「んーひんやり」
生返事が返ってくるばかりなので、それ以上何かを言うのはやめた。
そもそも、解凍したそれを一体どうするつもりなのだろう。こうやって可愛がる為に解凍したのか。何故僕にそんなものを見せるのだ。苛立ちばかりが募った。
「なあミチルよ。今から俺は地上に出る。お前もついてくるか」
「……え? 何をしに」
Dとのキスに溺れていたのかと思ったら、飽きたのかアサトは何事もなかったかのように話を変えた。
「食料調達と、偵察と……Dの駆除だ」
ぞわりとした汗が背中を這った。
蛇の舌に舐められるかのような、気味の悪い感触だった。
地上に、出る。
それは今この瞬間よりも死に近づくことを意味していた。
今までもアサトは一人で地上に出て、食料を持ち帰ってきてくれた。僕は体力に自信がないので居残り組だったが、果たしてそんなんで相棒などと呼んでいいのだろうか、という疑問はある。けれど足手まといになる可能性の方が大きいのも事実だ。
対等であれるはずもない、というのはこういう点においてだった。僕はアサトと比較して何が勝っているのだろう。
何も、勝るところなどない。ささやかな娯楽を提供する、守られているだけの弱々しい男だ。
「戻ってこれないとでも怯えているか?」
「いや……そんなことは。ただ書きかけの小説を、仕上げたいというか」
我ながら苦しい言い訳だった。アサトは内心を見透かしたように何秒か無言で僕を見つめ、嘲笑するでもなく笑った。
「早くEOFつけちまえ。俺以外の誰が読むってんだ」
失礼な言い分だが、確かに僕の書いたものを読むのは、僕自身とアサトだけしかいない。
「噛みつきゃしねえよ。ほれ、こうやって撫でてやれば。……んー、可愛いなあ。咥えさせてやりてえ」
アサトはDの髪をごつごつした指で撫でつけた。仕草に愛情のようなものが滲んだ気がして、なんとなく心臓がぎゅっとなる。この感覚はなんだろうか。──嫉妬、なのだろうか。わからなかった。
アサトと体を重ねることはあってもそれは単なる性処理だ。
そう思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。気づきたくないだけなのかも。そんなことをぐるぐる考えていたら、アサトはDの首を自分の目の高さまで持ち上げ、キスでもするかのように顔を近づけた。
「綺麗な顔だ。うまく解凍出来て良かった」
「なんでそんなもの、凍らせておいたんだ……冷蔵庫だよ? 気持ちが悪いと思わないのか」
「気持ち悪くなんてない。ほれ、美人だろう」
確かにアサトの言うとおり、Dは美しかった。
癖のない、万人受けする美しさだ。顔のパーツがとてもバランスよく収まり、鼻筋が通っている。しかしそれは無個性にも思える美しさだった。僕の心には、アサトのような造りの方が印象に残る。
僕は多分……多分だけど。
──アサトを、好きなんだろう。
けれどけして甘い関係を望んでいるわけではなかった。対等でありたかった。対等であれるはずもないのに。
ふと脳裏を過った言葉に自分自身で動揺する。しかしその動揺に気づいていないのか、Dの生首を抱えたアサトは、しげしげとその顔を眺めてから、結局キスをした。
濡れた音が僕の耳に入る深い深いキス。Dは特に抵抗するでもなく、瞼を開けたままアサトのキスを受け入れていた。非常にシュールなラブシーンに、思わず目を逸らす。
「アサ……ト……何やってるんだ」
「んー?」
「生首だぞ……?」
「んーひんやり」
生返事が返ってくるばかりなので、それ以上何かを言うのはやめた。
そもそも、解凍したそれを一体どうするつもりなのだろう。こうやって可愛がる為に解凍したのか。何故僕にそんなものを見せるのだ。苛立ちばかりが募った。
「なあミチルよ。今から俺は地上に出る。お前もついてくるか」
「……え? 何をしに」
Dとのキスに溺れていたのかと思ったら、飽きたのかアサトは何事もなかったかのように話を変えた。
「食料調達と、偵察と……Dの駆除だ」
ぞわりとした汗が背中を這った。
蛇の舌に舐められるかのような、気味の悪い感触だった。
地上に、出る。
それは今この瞬間よりも死に近づくことを意味していた。
今までもアサトは一人で地上に出て、食料を持ち帰ってきてくれた。僕は体力に自信がないので居残り組だったが、果たしてそんなんで相棒などと呼んでいいのだろうか、という疑問はある。けれど足手まといになる可能性の方が大きいのも事実だ。
対等であれるはずもない、というのはこういう点においてだった。僕はアサトと比較して何が勝っているのだろう。
何も、勝るところなどない。ささやかな娯楽を提供する、守られているだけの弱々しい男だ。
「戻ってこれないとでも怯えているか?」
「いや……そんなことは。ただ書きかけの小説を、仕上げたいというか」
我ながら苦しい言い訳だった。アサトは内心を見透かしたように何秒か無言で僕を見つめ、嘲笑するでもなく笑った。
「早くEOFつけちまえ。俺以外の誰が読むってんだ」
失礼な言い分だが、確かに僕の書いたものを読むのは、僕自身とアサトだけしかいない。
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