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暮れ六つの鈴

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愛嬌のある、くりくりした瞳にふっくら柔らかい尻尾。ふにふにした耳。

「あ、タヌキ!お母さん、あのお兄ちゃんタヌキさんみたいだよっ」

『しぃ~っ…、こら、こら。』

電車に揺られて、
今日は楓のトコに遊びに行く。

夏の夕暮れ時に、
理由なんかないけど
なんとなく楓に逢いたくなった。
それだけの事。

もちろん、伝えてもない。
元は、一緒に暮らしてた楓のトコに行くのに連絡するのも、なんだか気恥ずかしくて。

いいんだ、顔見るだけで
きっとすぐに
安心するから。

心地いい、電車の揺れ。

もうすぐ、着く。

煌龍殿は、山の中にある。
外界とは隔絶された
違う空間のようなトコに存在する。

『お土産ってなぁ…いっか、別に。』

見える子には、見える
タヌキの耳に、尻尾。
子供には、ごく稀に自分の正体が見えている。
困る話でも無いが。

最近、大和に戻して貰った神力のおかげで
また、煌龍殿に出入りできるようになった。

『あ、降りな…。』

無人駅で電車から降りる。
他に降りた人は、いない。

暑い。
夏も、そろそろ終わりだというけど…まだまだ。
つーん、と切なさが迫るような哀愁が漂う。
夕暮れ時は、多感が人を襲うから。

『ゴメンなぁ、茜。墓参り遅くなって。』

茜は、俺の母親のような存在で。
今でも彼女を1日たりとも
忘れた事は無かった。

それは、楓との関係が
一線を越えても変わらなかった。

山路を10分程歩くと、
小さな祠がある。

『あ…。』

長い黒髪に、今の時代に似つかわしくない太刀を帯刀した和服姿の男が祠の前に立っていた。

『楓…気付いたんだ?』
「途中から、タヌキ出てただろ。」

『うん…。楓、一応念の為に大和に聞いたんだけど。交心の儀って、あれは本来のやり方じゃなかったんだね。』

バレたか、と言いたげに楓は苦笑いする。

「お前は、特別な。お前には俺の神力が入ったせいで、消耗するとまた最初に神力を入れた人物の力を補給しないといけない身体になる。やってから、俺も気が付いた。」

足並みをそろえて、
煌龍殿へと向かう。

『だから…その…これからは定期的に逢いに来ようと思った。』

結界の内部へと入る。
そこは、いつも
夢みたいに綺麗で、儚く
いい匂いがする
優しい居場所だった。

時間が、止まったみたいに昔のままの風景が
あり続ける。

「珍しいな?お前が俺を望むなんてな…。」

満更でもないと
言うように、表情が和らぐ楓。
やっぱり、少しは嬉しいのかな?

『楓に、最後は頼らなくちゃダメなんて…ちょっと悔しい。』

仕方なかった。
自分には、どうにも出来ない。神力については。

だから、余計に悔しいんだ。
「悔しいか?お前らしいけど…もっと俺に頼って欲しい。野良ダヌキになるトコだったんだぞ。来い、一晩付き合ってやる。」

一晩⁈

え、ちょっと…
『そんなつもりじゃ無いって…』

俺は、ただ…
楓の顔が見たくて。
一緒にいれたらいいなぁって。

「じゃあ、どういうつもりだ?」

困った。
早々に寝所に連れて行かれた。

『茜の、お墓参りも兼ねてたんだけど。』
「茜に墓はない事くらい、覚えてるだろ?」

そうだ、
茜は…彼女はお墓にすら入っていない。

けど、楓が成仏してくれたらしい。
『ん…。』

「どうせ誤魔化すならもっと、上手い嘘をつくなりしたらいい。」

癇に障ったらしく、布団に組み敷かれた。

楓…相変わらずかっこいい。
薄ぼんやりと
楓を見上げる。

目の奥が優しい。

もしかして…、
俺の勘違いかな?

楓、俺に気付いて待っててくれた?

逢いたかったのは、俺ばっかりじゃないのかな。

だって、今日は楓が
あまりにも優しい目で見てくるから。

任せていいのかな?
なんて、思いそうになる。
『楓で、いっぱいになりたい…』






『⁉︎キュウ~ン』

痛くて、タヌキみたいな鳴き方になってしまった。

「…大丈夫か?」

事後、腰を労って撫でてくれる楓を横眼で見る。

『大丈夫じゃない…途中軽く意識飛んでたし。』
久しぶりの逢瀬だから、
楓もしつこかった。

「タローの声、鼻がかってるから…結構聞いててドキッとする」

え…?

何言ってんの、このショタ神。


声の事なんて、今まで一回も言われたことがなかった。

むしろ、特徴的な声を
ときどき真似されて
よくイラっとしてた所。

『まさか、ってか…今更どうしたの?』

「どうしたも何も…普段から思うけど、言わないだけで。」

そんな、千年経ってから言われても…反応しにくい。

『…ん、うん…。あ、そうだ』

こんなタイミングに
思い出すのも、なんだけど。
百年に一度、守護職のもの達の行事として
いつからか、定着化した
神具としての鈴の交換がある。

交換する相手の守護県の繁栄などを願い行われる。
鈴は、守護職の神力を増幅させる効果などがある。
楓とは、いくつもの鈴の交換をしてきた。

まだ子供だった頃の俺を
護る意味で贈ったのが
始まりだったと知る人は少ない。

茜が亡くなってから、
再び身体に入られないように、と。

特に、夕暮れ時が危険だからと言われ
楓の側を離れないように
ついてまわった。

「鈴の交換行事…最近じゃあ人間同士でもしてるって。」

『…どこから、話が広がったんだ?最初はタローと俺だけの間でしか、してなかったはずだが。』

「何か…想う気持ちを形にして相手に伝えたいのかもね。」

『意地らしいな。まぁ、でもアノ二人なら喜びそうだ。』

「…千年も経ったね。信じられない。楓は、俺を拾う前にどれくらい生きてたの?」


うつらうつらとしだした様子を見て、楓が目を細める。
すっ、と伸ばされた掌に
瞼を閉ざされてしまった。






『言える訳、無い…。』
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