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もう一つの姿

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「昔、少し話したと思うが…分からない。お前の母親らしき人物と河原にお前は行き倒れになっていたからだ。それ以上は、何もあの状況では分からない。」

自己を、出生の事を知りたがるなんて。
タローも、大人になったんだろう。

なんにせよ、タローの存在をハッキリさせる決定打に欠けているからか、どこか不安げなんだ。

「そればっかり…俺はどうして髪が皆と違う色なの!?眼だって、こんなの…昔洛中に出掛けた時に他所の人に何度も見られたり、怖がられたよ。俺は、そんなにおかしいの?」

昔、タローを拾った時から覚悟はしていた。
人間の心の弱い部分が、
タローを苦しめる。

「気にするな。タローは、タローなんだ。それに、俺はお前のその橙色の髪が好きだ。初めて目にした時から。赤茶色の瞳も…美しい。お前は、普通では無い。だが、…いや、だからこそ輝く存在だ。それの何が不満だ?皆と違うかもしれないが、同じ命だ。あまり変わらないはずなんだ。自分という存在に、自信を持て。」

少し説教くさいかもしれないが…タローには、陽のあたる明るい道を歩んでもらいたかった。
「帝だけだよ…俺の存在を認めてくれるのは。あ、茜もだよね。俺はね、2人に育てられて本当に良かった。幸せを沢山教えてもらった。だから…もう、出生の話は忘れる。そんなの関係無く思えるように、立派になるよ。帝に恩返しする!」

寝所で床に就き、タローも隣に寝そべる。
「そういえば、帝っていくつになったんだっけ?」

「俺は28歳だが…」
まずい。
タローには、全く京の守護の話をしていなかった。

「?まさか、そんな若いわけないよ。確かに顔はずっと変わらないけど帝。年齢は、そんなわけにもいかないでしょ?」
タローは、ぽかんと中空に眼を泳がせる。

「何から言えば、うまく伝わるか。俺は、京の守護を任せられている。ほぼ不死に近く、歳もあまり取らない。俺も特殊な存在だ。」

タローの目が皿みたいに丸く見開かれ、異形のものを見るような目になっていた。

これが、お前の答えになるか…。

「その目、タロー…自覚は無いのだろうがお前も洛中の人にされた事を俺にもしているんじゃないか?」

責めるような口調では無く、あくまで諭すように。

「そんな、そんな事無いよ…ただ、ちょっとびっくりしただけ。帝、は人間なんだよね?」

顔色をうかがいながら、それでも瞳の奥には微かに恐怖の色が滲んでいる。

「人間だった。昔は。ただ人間よりかは神仏の類に近付いたか。タロー…お前もゆくゆくは神格を与えられる程にならねば。」

同じ温もりを共有しているタローなら、本当は気づいていたことだろう。

人ではあるが、並みならぬ内に秘めた力を。

「良かった。同じなら怖くないよ。一人違うのは寂しいからさ。帝がいると、安心する。」

タローには、言えない。

本当は、憶測でしかないが。
恐らく、タローの片親は人間以外の可能性がある。

上手く人に化けた
物の怪か…或いは。

その界には、顔も効くのだが…まだ早い。
もう少し、タローが成長するまでは黙っておこう。
今は茜の件も落ち着かないからな。

「世の中は広い。色んな者がいる。いちいちびっくりしていたら身が持たない。」

「そうなんだけど…怖いのは嫌だな。」

蝶よ花よと大事に大事に育ててきたタローは、少し気が小さいが優しく。
人の思いに自らも思いを寄せやすい。

タローは、気づかないだろうが…そういう人間は縛られ易いのだ。

霊、思念、そういったモノに。
「俺がお前を守る…。大丈夫だ。だが、タローも強くならないとな。」

日頃から、剣、弓、馬術の稽古を見てやるようになって。
タローは、徐々にひ弱げだった身体もそれなりに
しっかりして来た。

「そうだね、帝に守られてばっかりじゃ駄目だから。俺も強くならなきゃ。」

煌龍殿の外は、まだまだ恐ろしい魔物、妖怪がいる事をタローも自覚はしている。

祓い、鬼道、教えられる物は山のようにある。
だが、全てを教えても
身に付くのは、一握り。
使いこなすには、相当な鍛練が必要になる。

焦ることは無い。
一つずつ、タローのために成る物を教えるだけだ。

「最近、黙ってたけど…茜の間から気配がするんだけど…帝は、気付いてた?」


タローの場合確実に
何と無く、は

いる。
「!いや、分からなかった。悪いものか?」

「よくは…無いかな。ただ、悲しそうなんだ。だから、お願い。帝、そっとしておこう?しばらくしたら成仏するはずだよ。」

知った以上、何もしないという事は…できないだろう?
タローは、可哀想だと言うが。
未練で成仏できないままの方が、俺からしてみれば
辛いと考える。

「例えば、それが他のものに取り付いたら?タロー、お前はどうするつもりだ。」
感情論だけでは、
どうにもできない問題がある事を、タローにも知ってもらいたい。

「そんな事…しないよ!きっとあれは茜なんだ。茜、一人で寂しくて…あっちに行けないんだよ。」

一人で寂しくて?

「…そこまで言うなら。お前が信じてる方に賭けてみるか。俺も、気にはなっていたからな。」


二人で、ようやく
深い眠りについた。

はずだった。

寝ている俺の体が
異常に重い。

嫌な予感がして、目が覚めた。
薄ぼんやりと、
視線の先に
俺に跨るタローがいた。

「どうした?」
「帝さん…」

?…
「もしかして、茜なのか?」
しずかに頷き微笑む。
タローの体に、どうやら
茜の霊が入り込んでいるらしい。

言わんこっちゃない。
「タローに入るな。出ていけ。分かってるだろ、まだ子供のタローに入ればどうなるか。」

長い時間居座られてしまうと、タローの体に負担が掛かる。

下手すれば心神喪失する可能性さえある。

「分かってます…けど、あんまり寂しくて一人で旅立つ者の気持ちが分かります?」

「いや、分からんよ。俺は不死やからな。けど、大事な人を見送るだけの人生も…なかなかどうして辛いもんや。周りがみんな、おらんようになる恐怖。これは理解できんやろ?」

タローの体がだんだん体温を失うように冷たくなってきている。

「タローちゃんとも、帝さんもウチも…まだ一緒が良かった。帝さんが不死なら、タローちゃんもろてこかなぁ。ホンマに、この子はウチの子や思って育ててきたから。」

長く伸びた爪が、タローの首をかいた。

ぱぱっ、と
布団や、衝立てにまで
タローの血が飛び散る。
「…タロー!」

やむを得ない。
使いたくは、無かったが

符を取り出しタローの胸へと押し当てた。

「…っ!どうして…」
答えるまでもない。
タローまで、失ってたまるか。
茜の霊は、符に封印された。
言葉には、しないが
俺はどうしてもタローを守りたい。

茜、お前は…本当に無念だったと思う。
だが、タローは
そちらには
渡せない。

封印された符を、召喚した式神に喰わせた。

これで、成仏されるはずだ。

「タロー!しっかりしろ…。」
血が、思ったより沢山流れている。
止血が、間に合わない。

「…みか、ど…?いる?」
目が見えなくなっているらしく、タローが手をのばして来る。

導くように、タローの手を取り握り締める。

「タロー!俺は、ここだ。タロー…死ぬな…。」
息が上がる中、やっとやっと、言葉を紡ごうとする姿は胸が焼けるような思いでいっぱいになる。

「…ありがとう…。みか、ど…。大すき、だよ…。」

何かの糸が切れたように、
タローは
そのまま眼を開ける事は無くなった。

「?」
そう思っていたタローの体から、モヤのようなものが出てきて身体を包んだ。

モヤが晴れるしばらくの間、俺は呆然としていた。

そして、
「た、タヌキ⁈」
タローの頭に、尻に
タヌキの耳と尻尾が生えている。

「お前…の、親…まさかタヌキだったのか?」
むくむくと、柔らかそうな尻尾と耳が
何とも愛くるしい。

「みかど…?」
嘘みたいに、
生き返ったって言うのか?

さっきまで、血まみれだった首の傷も消えている。

まさか、そんな…

「タロー…お前、大丈夫なのか?」
赤茶い瞳が細められ
いつものようにタローは笑う。

「死ぬかと思った?」
「いや、暫くは息してなかったぞ。」

ふらふらと膝が折れる。
タローがそれを抱き留めた。
「俺、やっぱり人間じゃなかったんだね。びっくり。でも、生きてて良かった。」

「タヌキ顔だとは、思ってたけど…まさかなぁ。瀕死になる事で、本来の姿が今目覚めたのかもしれないな。」

良かった、良かった。と、何度もタローの頭を撫でる。

「帝…帝。」
「タロー…。お前が生きてて良かった、良かった。」

どちらからとも無く、抱き締めあって
お互いがどんなに想い合っているのかを実感した。

朝まで、結局は二人とも眠れずに。
ただ、一つの布団で抱き合っていた。

「タロー…尻尾はしまえないのか?かさ張る。」
「そんな、さっきまで無かったの操るのは難しいよ…ん…っ。」

とりあえず念じているらしいが…

格闘する事、五分程で耳と尻尾がしまわれた。

「おぉ、消えた。凄いな。」

「なんだか、疲れちゃったよ。帝…もう寝よう?おやすみ…。」


「…おやすみ。」

愛らしい額に口付けて、
朝までの数時間をタローと再び眠りについた。

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