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一話 三河戦線異常なし
三河戦線、異常なし(9)
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駿府城に戻った朝比奈泰朝は、今川義元に『松平元康の初陣で起きた事』を伝える。
そのまんま、伝える。
最近、中年太りが目立ってきた今川家の当主は、書きかけの法度改正案下書きを仕舞いながら、嘆息する。
「服部半蔵と女忍者の裸踊りが見られないとは、残念だ」
「第一声が、それですか!?」
普段は『今川家ナンバーワン武将』の看板を背負っている朝比奈くんも、心を許した上司の前では多感な若造に戻る。
「裸踊りは品が無いので、女人の方は服を着たまま踊るように、配慮させるつもりだったよ。この私が、駿府で破廉恥な真似を許す訳がないではなイカ」
「そっちじゃなくて、松平元康の態度ですよ!」
朝比奈くんは、三河衆の前では我慢して抑えていた鬱憤を、まとめて吐き出す。
「今川に保護してもらって、今川に育ててもらって、美人の姫様まで世話してもらったくせに、どうして被害者面して独立宣言っぽい事かましてくれたのですか、あの宿なし小僧は?! 信じられない! ど田舎のマイナー武将の小倅が! 今川に巣食った寄生虫が!!!!」
同じ城内でも、元康の寄宿している所までは大声でも届かない。城内の従業員たちに伝言ゲームされて届く可能性は大きいが。
「独立心を抱くのは、罪かね?」
義元は、荒ぶる腹心に問うてみる。
上司の穏やかさに、朝比奈くんはテンションを下げて丁寧に答える。
「罪とは言いませんが、元康の場合は恩知らずです。そこまでして、三河の国主の座が欲しいのでしょうか?」
「うん。国主になりたくなったら、恩知らずに成るよ。父や兄でも殺すよ。私がそうしたから、間違いない」
義元は、平常値の声音で言ってのけた。
洒落になっていないので、朝比奈くんが固まる。
リアクションに困る忠臣くんを放置して、今川義元は三河政策を次の段階に移す。
「さて、戦国大名の先輩として、格の違いを見せつけるとしよう。竹千代くん(元康の幼名)は賢いから、隙を見せなければ私に挑んだりしないよ」
今川義元にとっては、掌中で対応可能な出来事である。
初陣を勝利で飾った松平元康は、今川義元から三百貫文(年収二千四百万円)相当の旧領を返却された。小物を討っただけにしては、かなり多めの褒賞と言える。
これで宿なしという誹謗中傷や、親戚のお情けで凌ぐ貧乏暮らしとも、お別れである。
住居は駿府城に限定されたままだが。
少々の満足感は、続いて発表された今川義元の隠居宣言で消し飛ばされる。
この時、義元は三十九歳。
年齢が理由では、絶対にない。
「駿府での行政は、全て嫡男に仕切らせています。今の駿府・遠江では、大きな問題が起きないからでしょう」
本多正信が、縁側で碁を打ちながら元康に今川義元の動向を伝える。
聞いている元康は、碁を打つより爪を囓る時間の方が多い。
「本人は、三河に移って商業の保護、流通の統制、行政の整理に邁進しています。三河を領する国主としての仕事を、誰の目にも明らかな形で施しています」
碁の盤に、元康の爪先から滴る血が垂れる。
顔が、敗北感に捩じ切れそうに歪んでいる。
「あの方自身の手腕で三河支配を盤石にする気です。三年もすれば、三河の民草は今川に心服する事になるでしょう」
松平元康は、力任せに碁盤を拳で叩き割る。
荒れるのも暴れるのも、この件ではそれが最後だった。
「半蔵」
少し離れた場所に控えていた服部半蔵は、元康の下知を待ち受ける。
「織田の出方を、探ってくれ。今川様が三河に引っ越した以上、首を狙う可能性が高い」
既に対策を練り上げた元康は、平静に戻って『今川家に聞かれても全く困らない内容』の言葉を述べる。
「織田信長とは、そういう人だ」
半蔵は、例の笑顔を浮かべるのを我慢しながら、承った。
そのまんま、伝える。
最近、中年太りが目立ってきた今川家の当主は、書きかけの法度改正案下書きを仕舞いながら、嘆息する。
「服部半蔵と女忍者の裸踊りが見られないとは、残念だ」
「第一声が、それですか!?」
普段は『今川家ナンバーワン武将』の看板を背負っている朝比奈くんも、心を許した上司の前では多感な若造に戻る。
「裸踊りは品が無いので、女人の方は服を着たまま踊るように、配慮させるつもりだったよ。この私が、駿府で破廉恥な真似を許す訳がないではなイカ」
「そっちじゃなくて、松平元康の態度ですよ!」
朝比奈くんは、三河衆の前では我慢して抑えていた鬱憤を、まとめて吐き出す。
「今川に保護してもらって、今川に育ててもらって、美人の姫様まで世話してもらったくせに、どうして被害者面して独立宣言っぽい事かましてくれたのですか、あの宿なし小僧は?! 信じられない! ど田舎のマイナー武将の小倅が! 今川に巣食った寄生虫が!!!!」
同じ城内でも、元康の寄宿している所までは大声でも届かない。城内の従業員たちに伝言ゲームされて届く可能性は大きいが。
「独立心を抱くのは、罪かね?」
義元は、荒ぶる腹心に問うてみる。
上司の穏やかさに、朝比奈くんはテンションを下げて丁寧に答える。
「罪とは言いませんが、元康の場合は恩知らずです。そこまでして、三河の国主の座が欲しいのでしょうか?」
「うん。国主になりたくなったら、恩知らずに成るよ。父や兄でも殺すよ。私がそうしたから、間違いない」
義元は、平常値の声音で言ってのけた。
洒落になっていないので、朝比奈くんが固まる。
リアクションに困る忠臣くんを放置して、今川義元は三河政策を次の段階に移す。
「さて、戦国大名の先輩として、格の違いを見せつけるとしよう。竹千代くん(元康の幼名)は賢いから、隙を見せなければ私に挑んだりしないよ」
今川義元にとっては、掌中で対応可能な出来事である。
初陣を勝利で飾った松平元康は、今川義元から三百貫文(年収二千四百万円)相当の旧領を返却された。小物を討っただけにしては、かなり多めの褒賞と言える。
これで宿なしという誹謗中傷や、親戚のお情けで凌ぐ貧乏暮らしとも、お別れである。
住居は駿府城に限定されたままだが。
少々の満足感は、続いて発表された今川義元の隠居宣言で消し飛ばされる。
この時、義元は三十九歳。
年齢が理由では、絶対にない。
「駿府での行政は、全て嫡男に仕切らせています。今の駿府・遠江では、大きな問題が起きないからでしょう」
本多正信が、縁側で碁を打ちながら元康に今川義元の動向を伝える。
聞いている元康は、碁を打つより爪を囓る時間の方が多い。
「本人は、三河に移って商業の保護、流通の統制、行政の整理に邁進しています。三河を領する国主としての仕事を、誰の目にも明らかな形で施しています」
碁の盤に、元康の爪先から滴る血が垂れる。
顔が、敗北感に捩じ切れそうに歪んでいる。
「あの方自身の手腕で三河支配を盤石にする気です。三年もすれば、三河の民草は今川に心服する事になるでしょう」
松平元康は、力任せに碁盤を拳で叩き割る。
荒れるのも暴れるのも、この件ではそれが最後だった。
「半蔵」
少し離れた場所に控えていた服部半蔵は、元康の下知を待ち受ける。
「織田の出方を、探ってくれ。今川様が三河に引っ越した以上、首を狙う可能性が高い」
既に対策を練り上げた元康は、平静に戻って『今川家に聞かれても全く困らない内容』の言葉を述べる。
「織田信長とは、そういう人だ」
半蔵は、例の笑顔を浮かべるのを我慢しながら、承った。
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