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一話 三河戦線異常なし
三河戦線、異常なし(8)
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寺部城に元康の三河衆が戻ると、正門付近で焼き芋を焼きながら見張っていた服部隊が合流する。
半蔵は元康に、鈴木重辰から寄越された書状を手渡す。
元康は、内容を一読してから、朝比奈泰朝にパスする。
「鈴木重辰は自害するので、一族は見逃してとの事です」
朝比奈泰朝は、書状を確認しながら冷徹に舌打ちする。
「裏切った一族を遇する今川ではありません。全員撫で斬りにして構いません」
元康の無言の拒否に、朝比奈は言葉を重ねる。
「普通は、当主の謀反を知れば離れます。遅くとも、討伐軍を差し向けられた段階で、離れます。今この時、あの城の中にいるのは、織田に与する事を承知した者だけです。
殺していいのですよ」
元康は、穏やかに塾考する様を見せる。
「事は重大につき、この件は守護様に預けます」
戦う気を、一切見せない。
督戦しようと言葉を重ねようとする朝比奈の目に、三河衆の疲労が目につく。
ここまで疲労した軍団に、城攻めを強いる事は出来ない。
「こうなる展開まで予想して戦っていらしたのなら、松平殿は相当な狸ですね」
「いえいえ、詰めが甘かったので、朝比奈殿を失望させてしまった。恥じ入るばかりです。すみませんね、初陣なもので」
朝比奈が、真っ向から元康を見据える。
「まるで他人事ですね。謀反人の成敗なのに」
元康が、真っ向から言い返す。
「他人事ですよ。私は、三河の次期国主です。今川の一武将の尺度で、私に意見しないで下さい」
朝比奈泰朝から、台風にも匹敵する殺意が吹き荒れる。
周囲の三河衆が武器に手をかけ、大久保忠世や鳥居元忠が元康の前に出る。何人かは、小便を漏らした。
服部半蔵が、朝比奈泰朝の真後ろに立つ。
朝比奈泰朝から、逆巻く殺意が、止まる。
お互い、動かない。
朝比奈泰朝は態度を改め、深呼吸をしてから、元康に頭を下げる。
「確かに、これは某の出過ぎでした。勝ち戦、おめでとうございます。末長い武運長久をお祈りしましょう」
朝比奈は、書状を持って去った。
朝比奈の姿が見えなくなった頃合で、元康が声を上げる。
「勝ち鬨を上げるぞ」
年配者は男泣きしながら、若者は哄笑しながら、勝ち鬨を放つ。
軍を引き上げる途中で、米津常春は服部隊に顔を出す。
気の済むまで褒め称えた後で、常春は前回の戦から気にかかっている件を尋ねる。
「服部隊は、どうして美人が多いの? モテ過ぎじゃね? テクノブレイクの危険が有りはすまいか?」
半蔵の背後を歩く月乃が、赤面する。
その話題の行き着く先に、見当が付く。
半蔵は、馬鹿正直に美人が多い訳を明かす。
「自分は、伊賀の里の者から、将来必ず出世する人間だと見込まれています」
「うんうん、確かに」
「そして独身です」
「げにも、げにも」
「自分の子種を貰う契約で、伊賀の女忍者が四人、自分に仕えています」
常春の顔が、思考ごと停止する。
「自分は多忙なので、一人につき月一の種付けで勘弁してもらっています。基本は」
半蔵の真横に並んだ無表情な更紗が、わざと褌を締め直して見せる。
「次の晩は、更紗の番だ。膣から溢れるまで注がせて、受精確率を限界まで引き上げる(むん!)」
常春の脳が、ようやく話を理解する。
「四人とも?! 全員!?」
常春の顔に、大きな文字で『羨ましい』という文字が浮かぶ。
「お前なんか、もう二度と助けてあげないもんね! ばーか、ばーか!」
常春は号泣しながら、ダッシュで服部隊から離れていった。
「騒がしい人だなあ」
半蔵は、苦笑しながら、今日の戦の行方を思案する。
元康との初対面で言い渡された頼み事は、常に半蔵に思案を要求する。
『敵方にいる三河衆は、可能な限り殺さぬように配慮してくれ』
今の三河衆にとっては、度々侵攻してくる織田と戦う事が問題なのではない。ぶっちゃけ、織田は弱いし。
敵方に付いた三河衆に、如何にして損害を与えないように戦を済ませるかが、問題なのだ。
政治の都合で二手に分かれつつあるが、元は松平家に仕える同胞である。
元康の皮算用では、将来の家臣達である。
『それ以外の敵に回った兵は、可能な限り減らすように』
半蔵は、言外の含みを受け取った。
彼の主君は、ずっと前から戦を始めていた。
三河の植民地化を、甘んじて受け入れるような器ではない。
月乃は、半蔵が鬼のような顔で笑っているので、あの日の元康との会話を思い出しているのだと察する。
「お気に入りなのですね、松平様を」
「ああ、気に入った。殿は、いいぞ」
月乃は、もうその件を持ち出さなくなった。
半蔵は元康に、鈴木重辰から寄越された書状を手渡す。
元康は、内容を一読してから、朝比奈泰朝にパスする。
「鈴木重辰は自害するので、一族は見逃してとの事です」
朝比奈泰朝は、書状を確認しながら冷徹に舌打ちする。
「裏切った一族を遇する今川ではありません。全員撫で斬りにして構いません」
元康の無言の拒否に、朝比奈は言葉を重ねる。
「普通は、当主の謀反を知れば離れます。遅くとも、討伐軍を差し向けられた段階で、離れます。今この時、あの城の中にいるのは、織田に与する事を承知した者だけです。
殺していいのですよ」
元康は、穏やかに塾考する様を見せる。
「事は重大につき、この件は守護様に預けます」
戦う気を、一切見せない。
督戦しようと言葉を重ねようとする朝比奈の目に、三河衆の疲労が目につく。
ここまで疲労した軍団に、城攻めを強いる事は出来ない。
「こうなる展開まで予想して戦っていらしたのなら、松平殿は相当な狸ですね」
「いえいえ、詰めが甘かったので、朝比奈殿を失望させてしまった。恥じ入るばかりです。すみませんね、初陣なもので」
朝比奈が、真っ向から元康を見据える。
「まるで他人事ですね。謀反人の成敗なのに」
元康が、真っ向から言い返す。
「他人事ですよ。私は、三河の次期国主です。今川の一武将の尺度で、私に意見しないで下さい」
朝比奈泰朝から、台風にも匹敵する殺意が吹き荒れる。
周囲の三河衆が武器に手をかけ、大久保忠世や鳥居元忠が元康の前に出る。何人かは、小便を漏らした。
服部半蔵が、朝比奈泰朝の真後ろに立つ。
朝比奈泰朝から、逆巻く殺意が、止まる。
お互い、動かない。
朝比奈泰朝は態度を改め、深呼吸をしてから、元康に頭を下げる。
「確かに、これは某の出過ぎでした。勝ち戦、おめでとうございます。末長い武運長久をお祈りしましょう」
朝比奈は、書状を持って去った。
朝比奈の姿が見えなくなった頃合で、元康が声を上げる。
「勝ち鬨を上げるぞ」
年配者は男泣きしながら、若者は哄笑しながら、勝ち鬨を放つ。
軍を引き上げる途中で、米津常春は服部隊に顔を出す。
気の済むまで褒め称えた後で、常春は前回の戦から気にかかっている件を尋ねる。
「服部隊は、どうして美人が多いの? モテ過ぎじゃね? テクノブレイクの危険が有りはすまいか?」
半蔵の背後を歩く月乃が、赤面する。
その話題の行き着く先に、見当が付く。
半蔵は、馬鹿正直に美人が多い訳を明かす。
「自分は、伊賀の里の者から、将来必ず出世する人間だと見込まれています」
「うんうん、確かに」
「そして独身です」
「げにも、げにも」
「自分の子種を貰う契約で、伊賀の女忍者が四人、自分に仕えています」
常春の顔が、思考ごと停止する。
「自分は多忙なので、一人につき月一の種付けで勘弁してもらっています。基本は」
半蔵の真横に並んだ無表情な更紗が、わざと褌を締め直して見せる。
「次の晩は、更紗の番だ。膣から溢れるまで注がせて、受精確率を限界まで引き上げる(むん!)」
常春の脳が、ようやく話を理解する。
「四人とも?! 全員!?」
常春の顔に、大きな文字で『羨ましい』という文字が浮かぶ。
「お前なんか、もう二度と助けてあげないもんね! ばーか、ばーか!」
常春は号泣しながら、ダッシュで服部隊から離れていった。
「騒がしい人だなあ」
半蔵は、苦笑しながら、今日の戦の行方を思案する。
元康との初対面で言い渡された頼み事は、常に半蔵に思案を要求する。
『敵方にいる三河衆は、可能な限り殺さぬように配慮してくれ』
今の三河衆にとっては、度々侵攻してくる織田と戦う事が問題なのではない。ぶっちゃけ、織田は弱いし。
敵方に付いた三河衆に、如何にして損害を与えないように戦を済ませるかが、問題なのだ。
政治の都合で二手に分かれつつあるが、元は松平家に仕える同胞である。
元康の皮算用では、将来の家臣達である。
『それ以外の敵に回った兵は、可能な限り減らすように』
半蔵は、言外の含みを受け取った。
彼の主君は、ずっと前から戦を始めていた。
三河の植民地化を、甘んじて受け入れるような器ではない。
月乃は、半蔵が鬼のような顔で笑っているので、あの日の元康との会話を思い出しているのだと察する。
「お気に入りなのですね、松平様を」
「ああ、気に入った。殿は、いいぞ」
月乃は、もうその件を持ち出さなくなった。
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