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6章 あふれの渦中

6-5. あの時の、それぞれの状況

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 セーフティーエリアでは、救援隊の人たちが見張りをしてくれるので、ゆっくりすることができた。
 安全地帯に戻っているようなので、見張りと言っても入り口付近にテントを張って、モンスターが入ってこないか見ているだけで、救援隊の一部のメンバーだけで回してくれている。
 ダンジョン特別部隊に入っている教会の治癒術師さんが、全員の体調も診てくれた。この治癒術師さん、治癒だけでなく戦闘もこなす武闘派だ。
 従魔も大丈夫そうですね、とさりげなくブランに近づいていたので、きっとブランの正体を知っているのだろう。

 食事もして、落ち着いたところで、ミランさんが「地上はどうなっている?」と質問したのを機に、お互いの状況把握のための会が始まった。みんな気になっていたので、静かに聞いている。

 ユラカヒは王都から馬で飛ばせば2日の場所にある街だ。
 タペラであふれが発生したことは、冒険者から冒険者ギルド、領と国へ報告が上がり、すぐに対応が取られた。だが同時に、氷花がタペラ攻略中であることも伝えられた。

 冒険者ギルドは、氷花の救援はあふれが収まってからと決め、いつも通り周辺の街のBランク以上に緊急招集をかけて、ユラカヒに向かわせ、地上の対応にあたらせた。
 地上では、ここのダンジョンが人気でもともと人が多かったことも幸いして、上層から脱出した地元の冒険者たちが出てくるモンスターを迎え撃ったこともあり、街への侵入は最低限に抑えられた。このダンジョンには鳥型のモンスターもいるので、街には上空から侵入されてしまったが、それは領軍が対応した。
 氷花だけでなく、地元のSランク2パーティーがタペラ内にいると分かって、街は一時絶望的な雰囲気になったが、周りの街から応援も到着して、ダンジョン特別部隊も来たので、街への被害は、上級ダンジョンのあふれにしては少なく抑えることができた。
 それで、ダンジョン内で氷花とSランクが戦っているのではないかという噂が広がった。中で戦っているから、地上に出てきたモンスターが抑えられたのではないかと。
 ダンジョンからあふれるモンスターがひと段落したところで、ダンジョン特別部隊と一緒に生きている可能性にかけて救援に入ってきた。

 そう、冒険者が説明してくれた。お前らはどうやって生き残ったんだ?と聞かれて、脱出組はお互いに顔を見合わせた。実は僕たちもお互いにどうやってあのセーフティーエリアにたどり着いたかを知らないのだ。

「その話は教会としても是非お聞きしたいですね。おそらくこれだけ多くの人が、上級ダンジョン内であふれを生き延びた例はありません。可能であれば、お一人ずつ話を聞きたいくらいです。冒険者ギルドでも共有したい内容でしょう」
「教会からの神のお告げでは、ダンジョンの放置があふれにつながるということでしたが、ここのダンジョンは人気なのにあふれるのですか?」
「放置すると可能性が高くなるというだけで、人気でもあふれるときはあふれます」
「まあ実際あふれましたしね。あふれのときに一番深く潜っていたのは氷花ですよ」

 そう話を振られて、アルが、僕たちの経験を話しだそうとしたので、僕はアイテムボックスから紙とペンを取り出して、治癒術師さんに渡した。メモを取るならどうぞ。

 僕たちは、周りで一斉にモンスターが湧いてくる中、ブランに乗って上層を目指したこと、階段前で渋滞していたモンスターを倒しては階層を上がって行ったことを話した。あの状況は、ブランがいなければ生き残れなかった。

「騎乗できる従魔がいたから生き延びれたってことか」
「魔剣がここのモンスターに効果的だったことも大きい。あとはやはりユウのアイテムボックスだ。マジックポーションは惜しみなく使った。それで上がっていくうちに、階段の上で戦闘しているのに気が付いて、階段下にいたモンスターを一掃してから、クルーロたちに合流した」
「あの時は、久しぶりに休めて、ありがたかったよ」

 それから、クルーロさんがセーフティーエリアにたどり着くまでのことを説明してくれた。
 いつもよりモンスターが多いことに気づいて、なんだか様子がおかしいので引き返そうと、周りの冒険者に声をかけながら下層に近い中層を地上へと進んでいた途中で、あふれが発生した。
 あふれが発生したと気付いたのは、モンスターが階段を上ろうと階段付近に集まっているのを見た時だそうだ。通常、モンスターは階層を越えられない。中層では、周りで一斉にモンスターが湧くというようなことはなかったそうだ。
 地上までは帰れないと判断して、階段とセーフティーエリアが近い、中層真ん中あたりに籠城することを決めて、周りにいた冒険者も拾いながらそこまで一気に駆けた。もともとセーフティーエリアにいたパーティーも合わせて9パーティーで、生き残れる可能性にかけて、食料やポーションなどを出しあって、順番に休憩しながら戦闘していたら、2日目に僕たちが合流した。
 同じように階段とセーフティーエリアが近い上層と中層の境目のところに、もしかしたら籠城しているパーティーがいるかもしれないので、そこまで行くことも検討していたが、無理だろうと判断していた。けれど、僕たちが同行すると言ってくれたので、行くことを決めた。ここにいても生き残れない、だったら少しでも生き残る可能性が高いほうにかけようと思ったそうだ。

「荷物を全部持ってもらえたから、1日走り続けられたんだ。荷物を持っていてはたどり着けない、けれど籠城しないといけないから荷物は捨てられないってことで、上に行くのを諦めたから。あんなにホイホイ貴重なマジックバッグを渡されるとは思っていなかったよ」
「生きて帰ることが最優先だからな」
「しかも移動中も魔剣でバサバサ倒してくれたから、無事にセーフティーエリアにたどり着けたんだ。予想以上に人がいて、寝床がめちゃめちゃ狭くなったけどな。ミランたちはあの階層にいたのか?」
「5階層下にいた」

 ミランさんたちは5階層下にいた。中層に入るところなので、モンスターはSランクパーティーには余裕の強さだ。あふれに気付いたのは、階段を下りようとしたときに、下からモンスターが上がって来たからだそうだ。
 ここのダンジョンはモンスターがごちゃ混ぜなので、下層のモンスターが中層にいると言うのは分かっても、1階層下のモンスターがいるのは、上がるところを見なければ気付けない。
 それで、地上へと引き換えそうとしたが、やはり地上までは帰れないと判断して、5階層上がってあのセーフティーエリアに籠城することを決めた。途中地上へ引き返そうとしているパーティーも誘って、セーフティーエリアにいたパーティーとも共闘することを決め、戦っていたところに、僕たちの集団が着いた。

「あの時は、これで生き残れるって思ったけど、甘かったね。氷花がいなかったら、2倍か3倍の戦力は必要だったと思う。クルーロは死にかけたし」
「そうなのですか?」
「エリクサー使ってもらえなかったら死んでたな」
「エリクサーですか。思い切りましたね」
「決めたのはユウだ。お前たちはこの街の希望だから、生きて帰らなければならないんだそうだ」

 こういう時、僕は失言が怖くてしゃべらないので、アルが代弁してくれる。

 それから、あふれの前後で気づいたことなどを質問されて、聞き取り調査のような感じだったけど、話が弾んだ。命の危機から脱して、緊張が解けたのだろう、みんな少し興奮している感じだった。
 でも大半はこの街の出身だ。ここを脱出した後に待ち受ける厳しい現実も覚悟しているだろう。セーフティーエリアに誘ったけど来なかったという顔見知りの冒険者は、おそらくもう戻らない。あの状況を経験すれば、このダンジョン内で生き残ることがどれほど大変か分かる。だからこそ今だけは、自分たちが生き残った幸運を喜んでおきたいのかもしれない。


 久しぶりに、戦闘も見張りもない夜だ。寝る時も外さなかった防具を、やっと外して眠れる夜だ。
 うつぶせになったアルの背中を、体重をかけてマッサージしていく。ずっと戦闘していたアルにはゆっくり休んでほしい。

「アル、ごめんね」
「どうした?」
「僕のわがままで、危険な目に合わせたから。地上に帰っていれば、4日も連続して戦闘するなんてこともなかったし。ごめんなさい」
「残ると決めたのは俺だ。ユウが気にすることじゃない」

 アルを巻き込んでまで、ここに残ったことが正しかったのだろうか。結局、どうにもならなくなって、ブランに助けてもらった。
 けれど、見捨てたとして、僕はそのことに耐えられたのか分からない。いつもブランとアルに心まで守られている。
 国はダンジョン特別部隊に僕を救出させるつもりだったんだろうけど、冒険者ギルドは僕たちが生き残ることを確信していた。ギルドにはブランの実力がけっこう正確にバレている気がする。

「帰ったら、王都に行ってもいい?」
「何か買いたいものがあるのか?」
「ブランのお気に入りのお肉」
「ブランにはたくさん助けてもらったから、山盛りで買わないとな」
『ドガイのチーズも食いたい』
「コサリマヤにチーズ食べに行きたいね。タサマラで買えなかったチーズも買いたい」
「そうだな。カリラスに会いに行くか」

 カリラスさんは、アルが成人してすぐ友達になった、アルが自分を戦闘奴隷として売ってでも助けたかった人だ。4年前にドガイに行ったときに会って以来、手紙のやり取りのみなので、久しぶりに会いに行くのもいいかもしれない。でもちゃんと事前にギルドに言っておかないと、また出奔騒動になってしまうから気をつけないと。
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