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本編

第8話_不穏な波-1

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数日後、朝の花房はなぶさ酒店ではいつも通りの開店準備が始まっていた。
開店時間直前に表へ出てきたレツが、半開けにしていたシャッターを全開し、出入り口に暖簾を吊るす。
そんな決まり決まったモーニングルーティーンをこなしていると、よくよく見知ったシルエットが視界の端に入り、近付いてくる足音に振り向く。

「…蒼矢ソウヤ!」

周囲までよく通る声掛けに、俯きながら歩を進めていた蒼矢は一瞬遅れて気が付き、酒屋の方へ顔を上げた。
その場へ立ち止まった彼へ、烈は前掛けを揺らしながらゆったり駆け寄っていく。

「おはよう。今日は大学一限目からか?」
「! …ああ」
「だろ? 当たりっ」

蒼矢の大学の時間割を把握しているのか、言い当ててみせた烈は嬉しそうに笑う。

「最近風邪流行ってるみたいだから、用心しろよ? お前、大体薄着だからな」
「…うん」
「…あ、仕入れまでにまだ時間あるから、送ってこうか?」

後方のバイクへ親指を向け、ニカッと笑いかけながら誘う烈へ、蒼矢は少し顔を伏せながら、首を横に振る。

「…いや、いい」
「? 遠慮しなくていいんだぞ?」
「そういうんじゃない。…途中、駅の構内で買い物したいから」
「…! …そっか。じゃあ、気を付けて行ってこいよ」
「ああ」

ちらりと目を合わせて薄く笑みを見せ、すぐに視線を外し、蒼矢は烈を通り過ぎて駅へと歩いていった。
烈は小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、頭に手をやる。

「…」

蒼矢の仕草や面差しから、漠然と覇気の無さを感じ取ったものの、その先を深く考えられないまま烈の思考は止まり、眉を寄せながらその場で息をついた。
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